崩れ行く……7
「……ダリウス・ヴァルシオン」
彼の名が突然、お父様の口から飛び出した瞬間、私の心臓が跳ね上がった。
「魔界の名門――ヴァルシオン家の長男、ダリウス・ヴァルシオン。
そいつと、特別に親しい関係にあると聞いたが……本当か?」
だ、誰がそんな事を!?
まったく予想もしていなかった事態に、一瞬で頭が真っ白になった。
「えっ……。そ、そんな……」
慌てて否定しようとしたその瞬間、お父様の視線が、一層鋭くなるのが分かった。
駄目――
絶対バレたら駄目!
バレたら、前世の時みたいに……
彼を……ダリウスを、守れなくなってしまう……っ!!
「親しいとか、そういうのではありません!それは完全に誤解です!」
「誤解?」
「確かに事件が起こる前は同じクラスでしたし、隣の席だったので話すことはありました。事件が起こってからも、挨拶くらいはしていました。でも……本当にそれだけです!」
お願い。
信じて!
このまま彼との関係が知られたら……引き裂かれるなんて生易しい話じゃない!
彼の命が、また……奪われてしまうかもしれない!
あの時と、同じように……
本当は、まだダリウスと別れるという事を迷っていた。
頭では別れないといけないと分かっていても、決心が出来なかった。
でも、私はもう……選ばなきゃいけないのかもしれない。
彼と、世界のための選択を――
私は拳をぐっと握って口を開けた。
「分け隔てなく接していたつもりでしたが……
私の行動が『特別な関係』だと誤解されてしまったのなら、それはフローレンス家の名に傷をつける、軽率な振る舞いだったと思います」
お父様は視線を逸らすことなく、じっと私を見据えている。
その視線の重さに、背筋がすっと伸びるのを感じる。
「……今後は、彼と完全に距離を置きます。誤解を招くような行動は、一切取らないように努めます」
「そうか。それならいい。行動には十分に注意してくれ」
「……はい」
彼を守るためにも、家にこれ以上迷惑をかけないためにも……
そして、何より、
この世界を守るためにも……
やっぱり、この恋を終わらせるしかないんだ。
もう二度と――
あんなことは、起こさせない!
ダリウスの部屋――
「実家に呼び出されたって、何があったんだ?」
その問いに、私は何も返せず、ただ俯いたままドアの近くで立ち尽くしていた。
「……どうした?なんでずっとそんなとこに立ってるんだ。こっちに来いよ」
促されても、足は動かなかった。
痺れを切らしたダリウスが、軋むソファを押して立ち上がり、ゆっくりと私の前まで歩いてくる。
「こんなふうに突っ立ってるの、初めてここに来た時みたいだな」
懐かしげに言うダリウス。
そう――
あの日、私は、ここで最も大きな過ちを犯してしまった。
けれど、今の私は、あの時とはまるで違う気持ちでここに立っている。
目の前にいる、背の高い彼を胸が張り裂けそうになりながら見上げる。
何度も迷った。
何度も何度も……
あなたと一緒に居られないのなら、死んだ方がマシだって思うほどに、あなたが好き。
でも、それ以上に……あなたが無事でいる事が何よりも大事なの。
今から自分がしようとしている行動を想像するだけで、涙が出てきそうになる。
だけど――もう、他の道はない。
私は、グッと手に力を入れてから震える唇を開いた。
「……私たち、もう……会わない方がいいわ」




