崩れ行く……4
…………
……
朝――
柔らかな光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
自分の部屋のベッドで目を覚ました私は、ぼんやりと天井を見つめた。
「……やっと会えたのに……」
なのに、どうして……
すぐに昨夜のことが、頭に鮮明に浮かび上がってくる。
嗚咽する私を、悲しげに見つめるだけだった彼。
いつもなら抱きしめるか、優しい言葉をかけてくれていた。
なのに、そのどれも、私には届かなかった……
あの時、初めて私たちの間に見えない壁を見た。
前世を思い出したことで、私への気持ちが変わった……?
私は捕らえられたあとは、ただ処刑されるだけだった。
でも、ダリウスは悪魔。
ただ牢に閉じ込められていただけじゃないのかもしれない。
酷い拷問を受けていた可能性も……
じゃあ……その時の記憶のせいで……?
「……ダリウス……」
名前を呼んでみても、当然、返事なんて返ってこない。
私たちの前世であるあの時代は、『世界の破滅の記憶』が過去になりきれていなかった。
あの出来事の余韻が、世界のどこかに今も残っているような、そんな時代だった。
記憶と、天界で学んだ歴史を照らし合わせたら、あの世界は今から7千年前のことだって分かる。
7千年も経って、ようやくダリウスと巡り会えた……
なのに……
運命は、なんて残酷なの?
重い気持ちでゆっくりとベッドを降りた。
しばらく立ち尽くした後、私は、ぼんやりとした頭のまま身支度を整えた。
最後に、制服に手を伸ばす。
その動作さえ、ひどく重たく感じた。
沈んだ心を押し隠すように、私は静かに制服に袖を通した。
…………
……
「リシェル、大丈夫?」
「……えっ?」
「顔が真っ青よ」
気付けば、教科書を抱えた友人が心配そうにのぞき込んでいた。
ふと背景に視線を移すと、賑やかな廊下の景色が映った。
そうだ。今、教室移動中だった……
「戦争の事だよね」
悩んでいたこととはまったく違う話題に、一瞬、頭がついていかなかった。
でも、すぐに今の状況を思い出す。
誤解されるのも、無理はない。
昨日から、学院中は戦争、戦争……そんな話ばかりだ。
私だって、最初に聞いた時は、戦争のことしか考えられなかった。
だから今の状況は、むしろ落ち込んでいる私がいても、不自然に見えない。
この状況は、正直助かる。
「……うん」
「こうなったのも……全部あの悪魔のせいよね!あの悪魔が、あんな事をしなければ……」
そう言いかけて、ハッと口をつぐむ彼女。
「ごめん。リシェルはあの悪魔がやったって思ってなかったんだよね」
私は目を伏せ、頑張って口角を上げた。
「私は、リシェルが嘘をついているとは思ってないよ。でも……」
友人は眉をひそめて申し訳なさそうに続ける。
「あの事件の犯人が天使だとも思えないの。何かの間違いなんだろうって……」
「うん。……そう思うのは分かる。だから気にしないで。あんな噂が流れたのに、それでも私のそばにいてくれる。それだけで……十分すぎるくらい嬉しいよ」
「リシェル……」
未だに、まだ上級生からは変な目で見られる。
なのに、こうやってまた仲良くしてくれている。
私は本当に友人には恵まれているようだ。
ふと、彼女の目が何かを捉えた。
「あっ……」
視線を追うと、木陰で密かに寄り添う天使と悪魔の生徒が見えた。
幸せそうに見つめ合う二人。
それは、まるで、私たち自身のようだと思った。
「ほんとヤバいよね。講師達もああいうの、ちゃんと取り締まってほしいよね!」
そんな言葉に、ドクン――と胸が鳴った。
「天使と悪魔だって自覚してるのかしら。過ちを犯せば、この世は破滅するかもしれないって!」
怒りを隠そうともしない友人。
私は、まるで自分が責められているような気がして、ぎゅっと胸元を押さえた。
「……それ、本当なのかな?」
口をついて出た言葉。
「……えっ?」
彼女は、ちらりと私を見た。
でも……もう、言わずにはいられなかった。
「だって、1万年も前の話でしょ?世界の破滅の資料はすごく少ないし、内容もほとんど載っていない。それって……実際には何もなかったからじゃないのかな」
正直、前世を思い出して、『滅ぼしの子』が本当にただの伝説なのか、よく分からなくなってしまった。
7千年前は『滅ぼしの子』に関する資料が、今よりもあった。
ダリウスと付き合っている時に、少し調べたことがある。
詳しい内容までは思い出せないけど、それを読んだ上で一線を越えないようにしていた。
それは、一体何を意味するのか……
考えれば考えるほど悪い方にしか考えが行かない。
恐ろしくて、自分のしてしまった行動を思い出すと怖くて――つい自分を庇護するような言葉が出てしまったようだ。
「何言ってるの。あれは本当よ」
彼女は当然のように言うと、天使と悪魔に目を戻して口を開けた。
「うちのお爺様の家に、滅ぼしの子で命を落とした先祖の位牌があるもの」
「い……位牌……?」
心臓が、ドクンと不整脈を打つ。
「お爺様の家は私の家よりも、うんと広いんだけど、そこで昔迷子になった時、偶然見つけたの。そこにあった大きな位牌に刻印があったわ。
――滅ぼしの子によって命を落としたって……」
「う……嘘……」
息が詰まる。




