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アナザーストーリー〜エレナ編〜2

閲覧ありがとうございます。

エレナ番外編です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

学園を卒業した私たちーーエレナ、ルイ、エミリエは、今はサロンの正社員として、お客様に笑顔を届ける日々を過ごしている。

エミリエの結婚式も終わり、エミリエもサロン勤務に戻ってきている。


けれど、そんな穏やかな日常が、突然ゆがんだ影に塗りつぶされるなんてーー。


休憩時間に控室へ戻ったとき、胸の奥にじんとするような痛みを覚えた。


(なんだろう……さっきのクッキーのせいかな……)


思い返すのは、通りで困っていた少女に手を差し伸べたこと。


お礼だと言って、差し出された焼き菓子の甘い香り。

ほんのひとかけら口にしただけなのに、ふわりと目の前が揺れた。

慌てて、ふらつきながら店のバックルームに戻って、気づけば従業員用のソファに倒れ込んでいた。


目を開けたとき、ルイとエミリエが心配そうに私を覗き込んでいた。


「エレナ……大丈夫か?」


「誰かを呼ぼうか?」


微かに笑って首を振った。


「……平気。ちょっと休めば。」


そのときだった。

鍵がかかっているはずの控室の扉が静かに開いた。


そこに立っていたのは、どこか清楚な佇まいの少女。

見た目は少女そのものの体躯だが、纏う雰囲気は大人びていた。

初めて見るはずの顔なのにーーなぜか、胸の奥がざわりと震えた。


(どうして……見覚えがある……?)


瞳は私をじっくりと捉えていた。

何故か思い出すのは、前世の記憶。

直感で、私は名前をつぶやいていた。


「……ゆみちゃん?」


少女は小さく笑った。


「やっぱり……わかるのね、アタシのこと。」


ルイとエミリエは顔を見合わせる。


「誰だ、この人?」


「知り合い?」


「ええっと……昔、少しだけ会ったことがあって。」


でも、二人にはわからないだろう。

この少女は、かつて、前世で私の“親友”だった。

一緒にランチをして、恋バナをして、彼女の幸せを笑顔で祝った……ふりをしていた人。

なんで、この現世にいるの?


「あら、冷たいこと言うのね。親友じゃなかったっけ?アタシたち。ルイに選ばれたからって良い気になってるのかしら?ふさわしくないのよ……アンタなんか。」


ゆみちゃんの目が、淡い笑みのままぎらりと光る。


「アンタはアタシの親友。それだけ。アンタの昔のSNS、随分と殺風景だったもんね。大人になるに連れて、どんどんひとりになっていく様を見るのは滑稽だったわ。ねえ、知ってる?アンタにちょっかい出して、アタシの彼氏になった隆也。アタシは全然タイプじゃなかったけど、アンタが好きだって言ってたから盗っちゃった。」


背筋が凍る。


「……どうして……」


「どうして? だって……あんたの1番は私じゃないとおかしいじゃない。」


その声は、優しさを纏った刃のように鋭い。


「隆也のくそださいプレゼントをフリマアプリで売り払ったりもした。すぐに別れたわ、あんなつまらない男。付き合ってたという事実を消しちゃいたいくらい!それに、アンタが隆也に興味をなくしたから、アンタの1番は親友のアタシに戻ったと思ったのよ。」


ルイが一歩前に出る。


「おい……やめろ。ここはサロンの控室だ。」


エミリエも声を震わせて言う。


「失礼ですが、お引き取りください。」


けれど、ゆみちゃんは二人の言葉などまるで聞こえないように、私だけを見つめている。

ゆみちゃんは捲し立てるように言葉を吐き出していった。


「この世界ゲームのこと教えてあげたのもアタシだったよね?傷心してるアンタに勧めて、アンタはすっかりゲーマーまっしぐらだったもんね。でも、結局、隆也の件からアタシ達は疎遠になった。卒業して、アタシ達、完全に会うことはなくなった。でも、SNSはずっと見てたの……何かをきっかけにまた話すようになるって思って。でも、アンタの殺風景なSNSで最期に投稿されたのは……あのあと、アンタが病気で死んだってことだった。アタシは、疎遠になりすぎて、お葬式にも行けなかった。アンタは……最後までアタシを見てくれなかった。」


彼女の声が震える。


「だから、アタシ……あんたの後を追ったの。死んだらまた会えるかもしれないって。そしたら、一緒に“モブ同士”として、この世界で生きていけるって思ったのに……!」


ルイとエミリエは息をのむ。

前世を知らなければ、ゆみちゃんの言うことはおかしく、ゆみちゃんは、頭が少しおかしくなった子に見えるだろう。

ルイとエミリエにとって、目の前の少女は、虚言ばかりを言う子だ。


「……何を言ってるんだ、こいつ……?」


「エレナ……これは……?」


ゆみちゃんの目には、涙が浮かんでいた。


「でも……生まれ変わって、舞台になるこの国に向かった。アンタがいるんじゃないかって!でも、アンタは“モブ”のくせして、メイン攻略対象のルイと手を取り合っていた。アンタがアタシの1番でいる世界なんて、どこにもなかった。こんなに、想っていたのに!死んで追いかけてまで来たのよ!?だから、せめて……この世界で幸せになるのはアタシのはずなのに……!アンタなんかにルイの横は相応しくないはずなのに!こんなの間違ってる!だから、アタシはアンタに睡眠薬入りクッキーを食べて眠らせて、それから……」


その歪んだ執着に、胸が軋む。

私が失恋で苦しんでいた時、何も知らない彼女は私を友達として励ましてくれていたと思った。でも違った。彼女は全部知っていたんだ。

それはただ……彼女の支配欲と執着だった。

それに、なんだか彼女が言っている言葉は、かつて私が心の中でルイの気持ちを押し留めていた時に感じた言葉とどこか似ているものがあった。

自分に対する劣等感や負の感情。

きっと、昔の私のままであれば、この言葉に飲まれていたかもしれない。


私はルイの手を握り返した。

まっすぐに、ゆみちゃんの目を見て。


「……ゆみちゃん。私は、もうモブじゃないよ。モブとか関係ない。自分の人生は自分が主人公なんだって思うようにしたの。そして、私は、ルイと一緒に、ここで生きていくって決めたの。」


目を逸らさずに言葉を紡ぎ続けた。


「ゆみちゃんは、私の1番じゃない。私の1番は、ルイなの。」


その言葉に、ルイが私を強く抱きしめると、ゆみちゃんから守るようにルイが前に立つ。


「そうだ。俺にとっても……エレナは、俺の1番だ。これ以上、変なことを言うなら、容赦しないぞ。」


エミリエも、毅然とゆみちゃんを睨み返す。


「もうやめてください!あなたの言葉は、ここでは何の意味も持たない!何が何だかわかりませんが、冷やかしなら帰ってください!」


ゆみちゃんの顔が、初めて悲しげに歪んだ。


「……そう……やっぱり、アンタもアタシを見てくれないのね……」


ふらりと背を向け、扉の向こうに消えていく。

その背中は、どこか壊れそうに小さかった。

扉の向こうに消えたゆみちゃんは、もう二度と振り返ることはなかった。


“誰も私を選んでくれない”

“私を1番だと、特別だと言ってくれない”

ゆみちゃんは、まるで少し前の私のようで。

思わず伸ばした手を、ルイが握り、首を振って止めた。


私も何度も“誰かに見て欲しい”と願っていた。

ゆみちゃんの気持ちは、私の中にもあったはずなのに。

でも私は、もうあの頃には戻らない。

私はゆみちゃんを追わなかった。


控室に残った沈黙の中、私は深く息をついた。

ルイの胸に額を預けると、彼がそっと髪を撫でてくれた。


「怖かったな。でも……もう大丈夫だ。俺がいる。」


窓から太陽の光が差し込んでいる。

もう、あの頃のように歪んだ関係は作らない。

この世界では、もう腐らずに、私と向き合ってくれる人とちゃんと向き合うようにする。

そして、その人と手を取り合って、一緒に進んでいくんだ。


「……ありがとう、ルイ。これからも、ずっと一緒にいて。」


「当たり前だ。もう、俺がオマエのこと離すわけがないだろう。」


そっと笑い合って、私たちはもう一度、目を見つめ合った。

そして、ふと、ルイの背後でエミリエが困ったように視線を逸らしていた。


「エミリエも庇ってくれてありがとう。」


「エレナにあんなこと言ってくるなんて!友達として怒って当然だよ!」


可愛らしく膨れるエミリエに私は思わず笑ってしまう。


「友達が困ってたら助けになりたいに決まってるじゃん!エレナは一人で抱えすぎちゃうんだから、ルイだけじゃなくて私にも頼って、ね?」


私の手をぎゅっと握ってくるエミリエの優しい言葉に、じんわりと心が温かくなる。

私は昔、こんな可愛い子に対して、なんてことを考えてしまっていたんだろう。

嫉妬や負の感情に満ちていた時、私はちゃんとエミリエという人を見ていなかった気がする。

ヒロインだからと距離を置いていて、勝手に疑心暗鬼に陥っていた。


これから先もどんな影が忍び寄ろうとも、今の私なら、きっと乗り超えられる。

だって、私には信頼できる仲間がいるから。

前世は過去だから。

前世は変えられなかったけれど、この世界でみんなで進む未来は変えられる。

苦い学びを自分を縛る鎖ではなく、糧にして、前に進もう。


前世の痛みも、哀しみも。

全部、自分の物語に刻みながら、生きていく。

疑心暗鬼になって、見えない敵に怯えたりしない。

モブだなんて卑下して、自分の弱さに逃げたりしない。自分の人生は自分が主人公なんだから。


それが、今の私がするべきことだ。


お読みいただきありがとうございます。

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