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閲覧ありがとうございます。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
最近、ルイの表情をちゃんと見られていない。
話す機会がなくなったわけじゃない。
むしろ、課題やサロンの仕事で一緒に過ごす時間はそれなりにある。
でも、目が合ってもすぐに逸らされる。
声をかけても、どこかよそよそしい。
(……私、何かしたっけ。)
少し距離が戻りつつあった、そう思っていたのに。
答えが見えない問いを抱えたまま、サロンの奥で手帳をまとめていた。
ふと、カウンターの向こうでルイとエミリエが話している声が耳に入る。
「それ、少しハチミツ入れてみたらどうかな?」
「うん、ちょっとまろやかになるかも。」
笑い声。自然なやりとり。
邪魔するつもりなんてない。けれど、なぜか心がざわついた。
(……あの空気、私には作れない。)
二人のシーンは絵になるのだ。
もっとも、エレナがかつていた世界ではスチルとして存在した二人なのだから。
その帰り道、廊下の角で偶然ルイとすれ違った。
「……エレナ。」
「お疲れ様、ルイ。」
ぎこちない沈黙の後、エレナは勇気を出して聞いた。
「ねえ、最近、エミリエと……よく話してるよね。」
「……ああ、まぁちょっと相談されてるだけだよ。」
「……どんな?」
「……前も言ったけれど、それは、俺の口からは言えない。」
それだけ。
(ルイだけが知ってて、私には言えないことなんだ)
ルイは悪くない。秘密を守ってるだけ。
私が言っていることがワガママなんだ。
でも、胸のどこかがチクリと痛んだ。
(私だけが“部外者”になったみたい。)
日曜日、エレナはカフェでフィリップと会っていた。
きっかけは、彼からの一言だった。
【あれからどうだい?もし疲れてたら、また、あの静かなカフェで話でもどう?】
誘いというより、フィリップなりの気遣いだと思った。
気安さと、少しだけ甘えさせてくれる余裕。
そんなものがほしくて、彼の言葉に乗った。
「少し元気がなさそうだね。」
「……気のせいだよ。」
「そうかな?君がここにいるってことは何かあるんじゃないかなって思ったんだけど。」
紅茶の香りに包まれた静かな空間。
全てを見透かしたようなフィリップに、気が抜けたように、エレナはぽつりと呟いた。
「誰かに選ばれるって、どういうことなんだろう。私は今まで誰かに選ばれたことがないからわからないの。」
「……また、唐突だね。何かあった?」
「私、ずっとルイと向き合おうと思ってた。前世とか関係なく……でも、最近、私ってやっぱり彼の世界には入れないのかなって思って。」
「エミリエとルイがなんかあったの?」
エレナは返事をせず、誤魔化すように口角を上げた。
「わからない……何が起きてるのか、誰が誰をどう想ってるのか。ただ……私が知らない間に取り返しがつかなくなるかもと思うと怖くなる。」
「怖い?」
「うん……気づかないふりをしてたけど、やっぱり私は“選ばれない”側なのかもしれないって。」
フィリップは驚いたように目を細め、それから静かに言った。
「君が誰かに選ばれるかどうかは、君の価値とは関係ないよ。不安で君の価値を自分で下げるようなことをしてはもったいないよ。」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……私、そういうの弱いから。比べて、落ち込んで、勝手に終わらせたくなる。取り返しがつかなくなる前に自分を落として防御線を張った方が傷つかなくて済むから。前の世界でも、同じだったの。信じたいのに怖くて、自分で離れていく方を選んでた。どんな言葉をかけられても、相手の本心は私を求めているわけじゃないって思ってたから。」
フィリップは、そんなエレナの言葉を遮らずに聞いてくれていた。
「ルイがエミリエと笑い合ってるのを見ると、私には作れない空気だなって思っちゃう。そんなふうに並べられると、やっぱり私じゃないんだって……比べるばかりで、何もできなくなるの。」
「君がそうやって試行錯誤しているのは、もうすでに、きっと本当に大事にしたい人がいるからだよ。」
「……そうなのかな。」
フィリップは、少しだけ微笑んだ。
「でも、選ばれるのを待ってるだけじゃなくて、自分が誰を選びたいかを考えてみたらどう?君はもう少し自分の本心に正直になってもいいと思うよ。」
エレナは、核心を突かれて言葉を失った。
(私が……誰を、選びたいか。)
そんなの最初から決まってるのに。
その翌日。
昼休み、廊下でルイとすれ違った。
声をかけようとしたけれど、彼はまた目を逸らした。
「……お疲れ様、ルイ。」
「……ああ、おつかれ。」
掛ける言葉が見つからず、そんな挨拶をして、会話も広がらず、少しの間、沈黙が続いた。
会話にならない空白があって、ルイは気まずそうにして、そのままエレナとは別の方向へ歩みを進めようとした。
それでもエレナは背中に小さく言った。
「また、話そうね。」
ルイは振り向かなかった。
ん、と軽い返事だけして別れた。
それでも、言えたことが今日の自分の進歩だとエレナは思った。
誰かに選ばれなかった記憶は、確かに怖い。
でも、今の私は、誰かを想ってる。
その想いは自分でも止められなかった。
ならばその想いに、少しだけ責任を持ってみたい。
誰かを信じるということは、同時に、自分を信じるということなのだから。
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