第53話 お金を稼ぎに異世界へ
目を覚ますと、知らない天井だった。
白を基調とした背景に、彼女はゆっくりと体を起こそうとする。
「痛っ……」
少し体を動かしただけで、全身が悲鳴を上げた。特に背中の痛みには堪え切れず、ベッドへと再度倒れこむ。
開け放たれた窓からは風が入り込み、暖かい光と共にその部屋全体を居心地の良いものに仕立て上げていた。
今のこの状況を聞きたいところだったが、周りには誰もいない。だが、ここがどこかはわかっていた。
『おはようございます。クシナさん』
「……ああ、おはようさん」
ふと、隣に燕尾服姿に身を包んだ紳士が隣に立っていた。
それには、頭部はない。
『どうですか? 病院のベッドの心地は。よく眠れましたか?』
「どうもこうも。全身痛いし、あの後のことあんま記憶ないし。散々やわ」
天使アリエルへ二撃目を食らわせて、そこで櫛奈の記憶は途切れている。勝ったのか負けたのか。それすらも実感がなかった。
「勝ったん? ウチ……」
『ええ。貴方と、それに国民のおかげで、天使は消失しました。お疲れさまでした』
珍しく、優しい声音だ。そんな労いの言葉を貰うものの、これだけボロボロなのだ、ほとんど痛み分けみたいなものだろう。それに、自分一人だったら勝てていなかったことも、自覚している。
納得できていないまま黙っていると、フェイレスは言葉を続ける。
『気が付いていないかもしれませんが、貴方は三日間眠っていましたよ』
「へ!? 三日!?」
『ええ。貴方の目が覚めたことを知れば、皆喜ばれることでしょう』
ここで目が覚める前は保健室で眠っていたはずだ。そこからの流れは、容易に想像できる。
一向に目を覚ます気配が無い自分を、学校側が病院に連れていってくれたのだろう。そして、その後の世話は弟がしてくれていたのかもしれない。
何にせよ、様々な人が自分の為に動いてくれた。そのことを胸に刻み、フェイレスの話の続きを聞く。
『シェイド・レグナムはその後、シェイド神が帰ってきたことにより、復興が始まっています。アーラさんもトゥムクスさんも回復しましたよ』
「そっか……。良かった……」
守れるものは、守れた。今はそれだけで、気持ちが満たされる。これ以上望むのは強欲だろう。他には何もいらない。
それと、と。そう続けようとするフェイレスの声音が明らかに変わった。それまでの落ち着いた声から、いつもの愉し気な声へ戻る。
『報酬のお話を受けました。貴方は寝ていましたので、代わりにワタシが預かっております』
「報酬って……。そんなん貰うために頑張ってたわけちゃうけど」
『貴方ならそう言うと思いました。ですが、『これが国の総意であり、金銭では払いきれない大恩もあるが、ひとまず受け取ってほしい』と。シェイド神からそう言付かっています』
「……まあ、貰うのも礼儀か。今度お礼言いに行かなな」
『ええ。それで金額の方が、こちらとなっています。ご確認ください』
そう言って渡してきたのは通帳だった。
「え、何この通帳」
『ワタシが作った口座を確認するためのものです。ご心配なく、この中にあるお金の動きは誰にも知られることはありませんから』
色々と尋ねたいことがあったが、櫛奈は流されるまま通帳を開いて確認した。
「えーっと……、え――?」
そこに刻まれた数字を見て、息が止まる。見たことのない桁の数が通帳で踊っていて、何度目をこすってもそれは変わらない。
『額にして、一億ほどでしょうか。もっとも、国一つを救ったのですから、これでは到底お礼としては足りないと思いますが……』
「いやいや十分すぎるやろ!? というか貰いすぎや! すぐに返しに行かな!」
『残念ながら受領したこちらの使い道は既に決まっています。まずはここの入院費用。それから弟さんの高校入学のための諸費用。向こう数年間の貴方達の生活費。その他雑費を差し引いて、そこからワタシからしている借金を引くと……、あら不思議』
フェイレスが指を鳴らす。先ほどまで通帳に並んでいた数字の羅列は、一転、これまた見たことのない桁数になり、その数字の先頭にはご丁寧にマイナス記号が付いていた。
「マイナス二千万……!?」
『そうです。天使との戦闘で、《咬我の蛇》を使い過ぎましたね。無論、そうしなければ勝てなかったので仕方ないのですが』
「ちょっと待って……、ってことは――」
『はい。借金生活、継続中です』
聞きたくない言葉を聞いてしまい、がっくりと項垂れる。あれだけ頑張ったにも拘らず、寧ろ金銭面に関してはマイナスになっているではないか。その事実に気が遠退いてしまう。
『おや、お休みなさるのですか? どうぞゆっくり療養してください。夕方には弟さんもいらっしゃるでしょうから、それまでおやすみなさいませ』
目を瞑ったのは現実逃避でしかなかったが、意外にも疲れが残っていたのか、すぐに眠気に誘われて眠りについた。
意識が途絶えるその直前。
隣に佇む紳士の嬉しそうな言葉が、耳に残った。
『さあ、今度は何をして、一緒に稼ぎましょうか』




