後日談:ウィルジールの光
ここ数日、すごく眠たくてお腹が空くと感じていた。
でも、季節の変わり目とかはそういう時もあるから、それだと思っていた。
朝起きて、わたしを抱き締めながらセレストさんが言う。
「ユイ、香油か何か変えましたか? いつもと少し匂いが違うのですが……」
セレストさんがスン、とわたしに鼻を寄せる。
「ううん、変えてないよ……?」
「そうですか……。では、体調はいかがですか? いつもと違うことは?」
「お腹が空くのと、結構眠いかも?」
セレストさんが真剣な眼差しでジッとわたしを見つめてくる。
「ユイ、医師に診てもらいましょう」
「お医者さんに?」
「体調の変化で匂いが変わることもあります。季節の変わり目での体調の変化であるなら良いですが、病や他の理由も──……いえ、とにかく一度診てもらいましょう」
言いながら、ベッドから立ち上がったセレストさんが一旦部屋を出て、戻ってくると手早く身支度を整えていく。
それからわたしも顔を洗い、セレストさんに手伝ってもらいながら着替えたり髪を整えたりした。
二人で一階に下りて、朝食を摂る。
……あれ、テオレじゃない?
いつもは食後にテオレが出てくるのに、今日は果実水だった。
わたしはいつも第二警備隊の救護室の人に診てもらっている。
人間は数が少ないので、診察できる医者も少なくて、前に月のものの時に診てくれた人にお願いしている。救護室のお医者様は隊員の健康面も担っているため、担当医になることが多いらしい。
とりあえずセリーヌさんとレリアさんが来て、家を任せて出仕した。
歩いている時も、馬車に乗っている時も、セレストさんがいつもよりわたしのことを気にする。
体調が悪いかもしれないと思っているのだろう。
確かにすごく眠くなる時があったり、お腹が空いたりする時もあるけど、他は特にない。
警備隊の建物に着くとセレストさんはわたしを連れて第三救護室に向かった。
「おはようございます」
セレストさんが声をかければ、救護室には二人いた。
一人はレミさんで、もう一人がわたしを担当してくれている女性のお医者様だ。
「すみません、ユイを診ていただけませんか? 匂いが変わって、いつもと体調も違うようで……」
「ええ、大丈夫ですよ。ではユイさん、こちらにどうぞ」
レミさんが「僕は席を外しますね」と気を遣って出てくれた。
それから、色々なことを訊かれて触診もして、魔法で検査もした。
セレストさんがそばで心配そうにわたしとお医者様のやり取りを聞いている。
お医者様は色々と調べた後に、小さく頷いた。
「これは病気ではありませんね」
セレストさんが「そうですか」と少しホッとした顔をする。
お医者様がわたしとセレストさんを診て、言った。
「おめでとうございます、ユイさんはご懐妊しています」
「え?」と声が漏れた。
セレストさんはあまり驚いていなくて「やはり……」と呟いた。
お医者様がわたしの手を取り、ギュッと握る。
「お腹の中に赤ちゃんがいるということです」
もう片手で自分のお腹に触る。
……まだ何も変化はないけど、ここにセレストさんとわたしの子供がいる?
顔を上げれば、セレストさんが優しく微笑んでいた。
そっと抱き締められる。
「わたしとセレストさんの子供?」
「ええ、そうです」
セレストさんが静かに頷いた。
「……産んでもいい?」
「もちろんです。……ありがとうございます、ユイ」
わたしもセレストさんを抱き締める。
この年齢で子供を産んで、育てていけるかという不安はある。
でも、好きな人との愛の証である子供ができるのは嬉しかった。
「まだ竜人か人間かは分かりませんが、確実に妊娠しています。体を冷やさないようにしてください。無理はせず、できるだけ体に負担をかけないように。一応、様子次第にはなりますがしばらくは夜の夫婦生活も控えてくださいね」
「はい」
「は、はい……」
夜について言われるとちょっと恥ずかしい。
竜人は出生率が低いので、もしかしたらお腹の子は人間かもしれない。
……ううん、竜人でも人間でも構わない。
セレストさんとの大切な子がここにいる。
今は、それだけで十分だった。
「もう少しお腹の子が大きくなれば、どちらか分かるようになりますよ」
お医者様の言葉に頷き返す。
どちらだとしても、わたし達の大切な子供なのだ。
「皆様に伝えるかはお任せします」
「はい、朝からありがとうございました」
「いいえ、新しい命の誕生を伝えられるのはとても嬉しいことです」
お医者様とセレストさんが話している。
仕事については、わたしは事務なので体に負担はかからないだろうということで、とりあえず今は継続していくことになった。
でも、出産の前後は休むことになるだろう。
妊娠初期に注意しなければならないことも沢山教えてもらった。
覚えきれないかもと思っていたら、後でリストを作ってセレストさんに渡してくれるというので助かった。
……わたし達の赤ちゃん……。
「ディシーとヴァランティーヌさんには伝えてもいい?」
見上げれば、セレストさんが頷いた。
「ええ。一応、第四事務室には伝えておきましょう。……両親や弟達にはもう少し、子が安定してからのほうが良いかと」
「うん、分かった」
ドキドキと小さく心臓が早鐘を打つ。
……わたし、子育てなんてできるかな……。
不安だけど、でも、セレストさんとの子供を大事にしたい。
お医者様にお礼を伝えて、セレストさんと一緒に救護室を出る。
第四事務室までの廊下を手を繋ぎ、ゆっくりと歩く。
チラリと見たセレストさんの表情は穏やかで、嬉しそうで、幸せそうだった。
その表情から、セレストさんもわたしの妊娠を受け入れてくれているのが分かる。
目が合うと、セレストさんがニコリと笑みを深めた。
「子育てが楽しみですね」
竜人は子育てに積極的だと本で読んだことがある。
出生率が少ないからこそ、子供を大切にするのだとか。
「うん、でも、ちょっと不安もある」
「そうですね。お互い、子を産むのも育てるのも初めてですから。……セリーヌやレリアにも相談して、色々と教えてもらいましょうね」
「そうだね」
幸い、セリーヌさんやレリアさんという先輩が近くにいる。
きっと色々と教えてくれるだろうし、祝ってくれるだろう。
二人で歩いていると後ろから声がかけられた。
「セス!」
その声に振り向けば、ウィルジールさんが近づいてくる。
「二人とも、おはよう」
「ええ、おはようございます」
「おはようございます」
挨拶をして、目が合い、何故かウィルジールさんが固まった。
まじまじと見つめられると少し居心地が悪い。
スン、とウィルジールさんが小さく鼻を鳴らした。
そうして、ウィルジールさんが流れるようにわたしの前に膝をついた。
突然のことにわたしだけでなく、セレストさんも驚いた様子でウィルジールさんの名前を呼ぶ。
「ウィル?」
けれど、ウィルジールさんの視線はわたしのお腹に向けられている。
その金色の目が揺れて、煌めく。
「……なあ、触れてもいいか……?」
そう訊いてきたウィルジールさんの声は震えていた。
セレストさんと顔を見合わせ、セレストさんが頷いたので、わたしも返事をする。
「いいですよ」
震えるウィルジールさんの手が、そっとわたしのお腹に触れた。
わたしのお腹を、ぼんやりとウィルジールさんが見つめている。
セレストさんがハッとした様子でウィルジールさんに声をかけた。
「ウィル、まさか……」
「……ああ、そのまさかみたいだ」
ウィルジールさんが泣きそうな顔で笑った。
「──……俺の番が、ここにいる」
* * * * *
ウィルジール=エル・アルナルディはもうすぐ齢三百歳になる竜人であった。
親友のセレストが番を得て、それを祝福しつつも、心のどこかで羨ましく感じていたのかもしれない。
魂の片割れ。運命の相手。生涯にただ一人の特別な人。
そんな存在にウィルジールはまだ出会ったことがなかった。
他の竜人やセレストいわく『一目で分かる』ということだった。
……本当かよ。
そう疑いたくなる気持ちはあった。
ウィルジールは交友関係が広いけれど、今まで、そのように心動かされる相手はいなかった。
唯一、特別に感じたのは親友のセレストだった。
セレストはウィルジールにとって、唯一無二の親友だ。
そんな親友の番から、嗅いだことのない、良い匂いがした。
本能的に惹かれる。欲しいと、触れたいと、魂が叫ぶ。
気付けば、ウィルジールはセレストの番の前に跪いていた。
竜人は番以外に頭を垂れることはないといわれており、ウィルジールもそうであったはずなのに。
セレストの番の腹から感じる微かな魔力に、その芳しい匂いに、心が震える。
「ウィル、まさか……」
親友の驚いた声に頷き返す。
「ああ、そのまさかみたいだ──……俺の番が、ここにいる」
セレストの番の腹の中の存在に惹かれる。
まだ生まれるには随分と時間がかかるだろうが、ここに、確かにウィルジールの番がいる。
馬鹿みたい嬉しくて、嬉しくて、言葉にできないほどの歓喜で声が震えた。
「はは……そういうことかよ……」
セレストが特別なのも、周りに呆れられるくらい親友に過敏になるのも。
全てはこれが原因だったのかもしれない。
竜王の息子でありながら、セレストには強く出られなかった。
セレストを怒らせたくないといつも思っていた。
それも、きっと、自分の番に関係すると本能的に気付いていたのではないか。
瞬きをすれば、涙がこぼれ落ちた。
「ウィル……」
親友がウィルジールの肩に触れた。
「……なあ、俺、セスや番の家族になれると思うか?」
「あなたが望めばきっと。……実はつい先ほどユイの妊娠が判明したばかりで、まだ子の種族も分かっていませんが……」
「そうか……」
もし人間であったならと思うと、親友の苦しみが理解できた。
人間は長生きしても百年ほどの寿命しかない。
……頼む、竜人で生まれてくれ。
セレストと番の悩みを、ずっとそばで見てきた。
竜王の息子である自分は魔力量も多くて、力も強い。
もし狂うようなことがあれば、グランツェールの街に甚大な被害が出るだろう。
セレストの番の腹から手を離そうとすれば、掴まれた。
ウィルジールよりも小さくてほっそりとした、セレストの番の手だった。
「大丈夫」
ハッキリとした声が降ってきて、顔を上げる。
「この子がウィルジールさんの番なら、きっと大丈夫」
ふ、とセレストの番が微笑んだ。
「でも、この子に意地悪はしないでくださいね」
それにウィルジールも気が抜けて、笑ってしまった。
「そんなことしない」
「それならいいです。……この子と仲良くなれるかは、ウィルジールさん次第」
「ああ」
セレストの番が幸せそうに笑っている。
「生まれる前から大切にしてくれる人がいて、良かったね」
まだ十八歳だというセレストの番だが、その表情はまるで母親そのものだった。
顔を上げて、セレストの番が親友を見た。
「でも、ウィルジールさんの番ってことは女の子かな?」
「そうかもしれませんね」
「竜人だといいね」
「ええ」
親友がもう一度、ウィルジールの肩を叩いた。
そうして、その手が差し伸べられる。
「ウィル」
名前を呼ばれ、その手を借りて立ち上がる。
「私にとって、あなたは親友であり、身内のような存在でもあります。番同士の結婚を否定もしません」
「いいのか?」
「はい。ただ、私達の子を大切にしてください。……竜人の本能に振り回されてはいけませんよ」
それは番を得たセレストだからこそ言える言葉なのだろう。
ウィルジールは頷いた。
「ああ、努力する」
竜人の中には本能のままに動いた結果、番に嫌われてしまう者もいた。
それでは意味がない。
「それに、セスを怒らせたら後が怖いからな」
肩を竦めてみせれば、親友が目を瞬かせ、そして小さく笑った。
「ええ、その通りです。……私とユイの大切な子ですから」
親友が己の番を大事そうに抱き寄せる。
その腹にウィルジールの番がいるというのは奇跡だと思った。
今はまだか弱くて、小さくて、微かな魔力の揺らぎのような存在。
けれども、成長していけばもっとハッキリと分かるようになるだろう。
番の存在を認識した瞬間、確かに世界が変わった。
永遠に満たされないだろうと思っていた何かが繋がった。
「名前はウィルジールさんがつける? それとも、わたしとセレストさんで考えてもいい?」
セレストの番の言葉に、ウィルジールは苦笑した。
「セス達の子だし、二人で考えてくれ。あと、俺に番の名前を考えるのは荷が重い」
それにセレストとその番が頷いた。
「分かりました。種族と性別が判明してから名前を考えますが、決まったらすぐに伝えますね」
「ああ、頼む。……番の名前を呼びたいのに、呼べないってのはしんどいな」
親友はウィルジールの呟きに、困ったように微笑んだ。
番の名前を呼べるというのは、それだけでとても幸せなことなのだろう。
「ウィル、ヴァランティーヌ達にも、このことを伝えてもいいですか?」
「ああ、別に構わない」
どうせ、黙っていてもそのうち知られることになるのだから。
……俺だけの番……。
どんな容姿なのか、どちらの種族なのか、性別は男か女か。
まだ何も分からないけれど、だからこそ楽しみでもあった。
【元戦闘用奴隷ですが、助けてくれた恩人は番だそうです。──続編・後日談(完)──】
続編も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ユイとセレストの物語をここまで書くことができたのは、皆様のおかげです( ˊᵕˋ* )
後日談も楽しんでもらえたらなら、幸いです。
一年ちょっとの更新、私も楽しかったです。




