後日談:またいつか / 番でない二人の話
結婚式を挙げてから二月が過ぎた。
セレストさんの蜜月期は、お義父様と同じく二月で終わった。
イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんは結婚式の翌日には出立してしまったそうだ。
ただ、二人はわたし達宛てに手紙を残してくれており、そこには『二人で幸せに』『また機会があれば会いたい』といった内容が書かれていた。
そのうち、お互いに落ち着けば会う機会もあるだろう。
近衛騎士の二人が忙しくても、セレストさんとわたしが王都に行くことができる。
そうして今日は、お義母様とお義父様の出立の日だった。
二人は何ヶ月もこの街に留まって色々な話を聞かせてくれて楽しかったし、家族が増えて嬉しかった。
「父さん、母さん、旅先は気を付けて」
セレストさんの蜜月期が終わって二人に連絡すると、すぐに返事があった。
元々、蜜月期が終わったらまた旅に出るという話だったけれど、その翌日には旅立つというのだからお義母様とお義父様の旅好きは相当なものなのだろう。
まだ一応、大事をとって家にいるわたし達のために挨拶に来てくれたようだ。
「ええ、ありがとう。あなた達も……特にユイは無理をしないように。嫌だと思ったり、つらいと感じたりした時は隠さずセスに伝えるように。セスもユイの体調には気を配るように」
「はい、何かあったらセレストさんに言います」
「ああ、分かっている」
わたしとセレストさんが頷けば、お義母様が満足そうな顔をする。
お義父様がセレストさんの肩を叩いた。
「その表情だと蜜月期は問題なく過ごせたようだな。……いい番を得られて良かった」
「それについてはユイが気を配ってくれた」
「そうか、互いに気遣い合えるのは素晴らしいことだ」
もう一度、お義父様がセレストさんの肩を叩くと手を離した。
「もう行くのか?」
セレストさんの問いにお義母様とお義父様が頷いた。
「馬車の時間が決まっているから」
「一応、次はここに行く予定だ。着いたら手紙を送る」
お義父様が小さく折った紙をセレストさんに渡した。
セレストさんはチラリと中身を見るとすぐに上着のポケットに仕舞った。
「分かった」
「お義母様、お義父様、気を付けて行ってくださいね。また、お二人にお会いしたいです」
わたしが言えば、お義母様とお義父様が微笑んだ。
「必ず、また来るよ」
「ああ、また」
二人はそう言って、あっさりと旅立っていった。
エルフや竜人にとって、十年ほど連絡がなくても普通のことだというけれど心配だ。
道の向こうに歩いていく二人の背中を見送るのは寂しかった。
わたしが抱き着けば何も言わずにセレストさんが抱き締め返してくれる。
完全に二人の背中が見えなくなってから家の中に戻る。
二階の居間に移動して、揺り椅子の上にセレストさんと二人で座る。
「寂しいですか?」
セレストさんの問いに素直に頷き返す。
「うん……」
「父と母も後ろ髪を引かれるような思いだったでしょうね」
「そうなの?」
「いつもなら手紙か、一言『旅に出る』と言うだけなのです。今回は旅立つ前にユイの顔が見たかったから、わざわざ家まで挨拶に来たのだと思います」
おかしそうにセレストさんが小さく笑う。
実の息子であるセレストさんが言うなら、そうなのだろう。
「わたしもお義母様とお義父様の顔が見られて良かった。……イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんは残念だったけど、またいつか王都に行けばいいし」
「ええ。それにあの二人なら上手く休みを作ってこちらに来るかもしれません。あれでなかなか要領が良いので、そう遠くないうちに会う機会はあるでしょう」
またそのうち、突然イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんがやって来そうな気がする。
その時はもっとゆっくり話したいし、家族として過ごしたい。
「そう焦る必要はありませんよ。私もユイも、時間はたっぷりあるのですから」
セレストさんの言葉に「うん」と頷き返す。
霊樹の実を食べたわたしは寿命が延びているはずなので、大丈夫だ。
きっとまた、家族みんなで集まって過ごすことができるだろう。
その時を楽しみにしつつ、今を過ごせばいい。
「……それにしても、休暇が終わると思うと少し憂鬱ですね」
セレストさんが小さく息を吐く。
「仕事中、ユイと離れ離れになると思うと寂しいです」
蜜月期は終わったものの、セレストさんは変わらずわたしにべったりで、こんな調子である。
……ううん、多分これが本来の竜人らしいセレストさんなのだろう。
今までがとても理性的だっただけだ。
「わたしもセレストさんと離れるのは寂しいよ」
「……しばらくはユイを第三救護室に派遣してもらいましょうか」
冗談だろうけど、冗談に聞こえなくて笑ってしまう。
甘えん坊なセレストさんも可愛くて大好きだ。
* * * * *
シャルル=ラクールは、このグランツェールの街では非常に珍しいリザードマンである。
黒く硬質な鱗に赤い瞳、体も大きく、明らかに異種族の容姿をしている。
大人でも怖がられることがあり、それは仕方がないと思っていた。
だがセレストの番と現在恋人であるディシー=バルビエは、シャルルに怖がらずに接してくれた。
ディシーはシャルルを好いてくれて『百年欲しい』と告白もされた。
シャルルはそれを受け入れた。
ディシーの明るくて、前向きで、努力家で、誰とでも仲良くなれて雰囲気を明るくしてくれるところがとても好ましくて、それでいて戦闘の腕もなかなかのもので、人としても戦士としても素晴らしいと思っていた。
いつの間にかディシーに惹かれていた。
告白された時は驚いたが、素直に嬉しかった。
互いが番ではないとどちらも理解しているが、それでも、番以外を好きにならないわけではない。
番を見つけられない者同士で愛が芽生え、結婚することも珍しいことではない。
比較的、長生きなリザードマンにとっては百年は短い時間だ。
だが、その百年をディシーのために使いたいと思った。
だから、シャルルはディシーの想いに応えた。
「ユイとセレストさんの結婚式、すごく良かったね」
午後の休憩時間に来たディシーが、シャルルの膝の間に座って寄りかかってくる。
「ああ、あの宣言の言葉は感動した」
「うん、いつでもお互いを大事にして、支えて、愛し合って生きていくって気持ちが伝わってきて素敵だった。……ユイとセレストさんならきっと、この先もずっと幸せに暮らしていけるよね」
「心配しなくても大丈夫だ。竜人の番なら暮らしに困ることもないし、セレストはユイを困らせたり苦しませたりするようなことはしない」
「そうだよね。でも、セレストさん、なかなかユイから離れられないみたいだけど」
ふふふ、とおかしそうにディシーが小さく笑う。
結婚式から二月で蜜月期が終わったセレストだが、そこから更に一月が経ったものの、番のユイから離れると落ち着かないらしく、ユイを第三救護室に連れて出仕している。
始業時間になると第四事務室に二人で行き、ユイの本日分の仕事を受け取り、第三救護室の目立たない隅に机と椅子を置いてユイは仕事をしているらしい。
救護室側としては治癒魔法に優れたセレストが抜けるのは痛手なのだろう。
ユイが見える場所にいれば、セレストは普段通りに仕事ができるのだとか。
蜜月期ではないので、ユイが知り合いの異性と話しても特に問題はないようだ。
けれども、恐らく異性がユイにうっかり触れればセレストはそれを許さない……と思う。
正式に番となったユイに対し、セレストは今まで以上の執着と愛情を見せている。
それに、実は周囲の者達は少しホッとした。
あまりに理性的なセレストが無理をして、いつか限界を迎えるのではないかと心配だった。
今の竜人らしい面が強く出たセレストを見ているほうが安心する。
「一般的な竜人に比べたら、あれくらい可愛いものだ」
「そうなんだ? 前はセレストさんにユイがついてくって感じだったのが、今はユイにセレストさんがくっついてるって感じでなんだか可愛いよね。結婚してからユイの雰囲気もちょっと変わったし」
……そういう捉え方もあるのか。
可愛いかどうかは分からないが、微笑ましくはある。
ディシーの手が、シャルルの手に重ねられる。
見上げてきたディシーと目が合った。
「私達の結婚式も楽しみだね」
シャルル達もディシーが二十歳になったら結婚式を挙げる予定だった。
今、ディシーは十九歳なので、もう少ししたら式の準備を始めることになるだろう。
「シャルルさんは家族、呼ぶ?」
「いや、リザードマンはあまり村から出ることはしない。家族ではないが、セレストとウィルジールに身内役を頼もうと思っている。あの二人とは関わることが多いからな。……ユイはディシーの家族として招待するんだろう?」
「うん、そのつもり。紹介文もユイにお願いするの」
「俺は……ヴァランティーヌだな」
グランツェールに来て、第二警備隊に入った時もヴァランティーヌが新人教育係だった。
ヴァランティーヌは魔法士だが、戦士として、先輩として尊敬している。
それでいて友人でもあり、共に新人達を教育する同僚でもあった。
「訓練場でいつも一緒だもんね」
「ああ、他の者はともかく、ヴァランティーヌには頭が上がらない」
「今度シャルルさんが新人だった頃の話、ヴァランティーヌに聞いてもいい?」
「それは構わないが……別に今と変わらないぞ?」
戦士として生きてきたシャルルは、リザードマンの村では最も強かった。
あの頃はもっと強い戦士になりたくて村を出た。
だが、どの街でもリザードマンはなかなか受け入れてもらえなくて、このグランツェールの街に辿り着いた。
ここは多様な種族が暮らしており、穏やかで、種族間の諍いも少ない。
第二警備隊の試験でヴァランティーヌが声をかけてくれ、その後、合格して入隊した。
気の良いヴァランティーヌがそばにいることで、シャルルは多くの者達と親しくなれた。
そういう意味で、ヴァランティーヌはシャルルにとって恩人とも言えるだろう。
「いいの。昔のシャルルさんのこと、知りたいだけだから」
好きな人のことは何でも知りたいんだよ、とディシーが明るく笑う。
こんなに気立の良い娘が自分の恋人なのかと、今更ながらにシャルルは思った。
「確かに、好きな相手のことは何でも気になるな」
怪我をさせないよう、そっと抱き締める。
リザードマンの手も、体も、鋭く硬い鱗に覆われている。
シャルルが望まなくとも簡単にディシーを傷付けてしまうだろう。
腕に、そっとディシーの手が添えられる。
「でしょ?」
「ああ。……結婚式に弟も呼ぶだろう?」
「うん、そのつもり。でも、来られるかなぁ。仕事の都合もあるだろうし、王都からここまで来るのも、結構お金がかかるし……」
心配そうなその顔は『姉』のものだった。
ユイを心配する時も、弟を心配する時も、同じ顔をする。
「来てくれたら、いくらか渡せばいい」
「それもそうだね!」
結婚後、引っ越すかはまだ検討中である。
ヴァランティーヌを一人にすることが心配らしく、ディシーは迷っているようだ。
シャルルは警備隊の寮で暮らしているが、結婚後に引っ越してもいいし、このままでも構わない。
ただ、どうしてもヴァランティーヌのことが気にかかるなら、シャルルが寮を出て、バルビエ家に入るという選択肢もある。
それならヴァランティーヌについても安心であるし、母親と娘を引き離さずに済むので良い案かもしれない。
ディシーは人間で、どれほど長生きしても百年そこらだ。
ヴァランティーヌとディシーが共にいられる時間は長いほうが良い。
「ねえ、シャルルさん」
ディシーが見上げてくる。
「何だ?」
種族も、容姿も、性格も、育ちも、何もかもが違うシャルルとディシー。
番ではなくても、誰かを愛し、愛されることもある。
「私の気持ちを受け入れてくれて、ありがとう」
幸せそうに、嬉しそうにディシーが笑う。
「やっぱり、シャルルさんのこと大好き!」
手を伸ばし、ディシーがシャルルに抱き着いてくる。
やや勢いはあったものの、シャルルにとっては大したものではなかった。
「ああ、俺もディシーが好きだ」
怖がられることの多いリザードマンは、自然と同族との繋がりや婚姻が多くなる。
村を出た時は結婚など考えたこともなかった。
だが、今こうして愛する恋人がいる。
「好きになってくれて、ありがとう」
これまでは街の人々を守るために、戦士としての技量を上げるために剣を握っていた。
けれども、これからの百年は愛する者を守るために剣を握る。
昔、生まれ育った村にいた頃、剣の師に言われた言葉があった。
『どの種族であっても「守る存在」がいると、強くなれるものだ』
その言葉は正しかった。
明確に『守りたい』と思える相手がいることで、気力も出るし、集中力も変わる。
どうすれば守れるのか。どのように守りたいのか。
守りたい者がいるからこそ、自分の望む未来を想像しやすくなる。
「ディシーと出会えたことは幸運だった」
ふふ、とディシーが笑う。
「私も、シャルルさんと出会えて幸運だよ」
体を起こし、振り返ったディシーが首に腕を回してくる。
ちゅ、と柔らかな唇が頬に触れた。
『守るべきものがない戦士は、戦士ではない』
師の言葉の意味を、ディシーという愛すべき者ができたことで、シャルルは理解した。
* * * * *




