安堵 / 夫婦になりたい
* * * * *
遅くなった昼食の準備を、セレストは行っていた。
ユイに勧められて先に入浴した後、軽食の用意をするために厨房まで下りた。
今日はセリーヌ達も休みを取ってもらっているので、家にはセレストとユイしかいない。
それでも、気の利く二人は昨日のうちにあれこれと準備をしてくれていたようで、厨房には今日一日分の食事になりそうなものがあれこれと置いてあった。
ありがたくそれらを使わせてもらい、セレストは軽食を用意して、二階の居間に戻った。
少し行儀は悪いけれど、絨毯の上で食べてもいいだろう。
小さめのテーブルと揺り椅子の上に盆を置いて準備を整えていると、居間の扉が開く。
振り向けば、丈の長いガウンを着たユイがいた。
「すみません、寒かったですか?」
と、訊けばユイが首を横に振った。
「ううん、これで丁度いいから大丈夫」
近づいてきたユイが室内履きを脱いで絨毯に上がる。
「遅くなりましたが昼食にしましょうか」
「うん」
「セリーヌ達が色々と用意してくれていたので助かりました」
日持ちするものが多く、絨毯の上、それぞれの前に盆を置く。
マフィンに野菜たっぷりのスープという組み合わせはおかしいが、そこは目を瞑ってもらおう。
果物もいくつか切って皿に盛ってある。
干した果物を浸して作った果実水をユイに渡した。
入浴後は喉が渇くので、紅茶よりも水分を摂りやすいこちらをユイは好む。
「ありがとう」
ユイがグラスの中身を半分ほど飲んだ。
それから、二人で簡単な昼食を摂る。
「明日、セリーヌがケーキを焼いてくれるそうですよ」
「本当? フレーズある?」
「ええ、ユイの好きなフレーズをたっぷり買うと言っていました」
「セリーヌさんのフレーズを使ったケーキ、すごく美味しいから好き」
成長しても好物に目を輝かせるユイは少し幼くて、可愛らしい。
先ほど、ユイは霊樹の実を食べた。
本人は『少し暑い』と言っていたけれど、その体内に取り込まれた魔力も今は完全に落ち着いているようだ。ユイから感じる魔力はとても安定している。
霊樹の実を食べて共に生きると言ってくれたユイだが、もしかしたら直前になって『食べたくない』と言われる可能性も考えて、内心、セレストは少し恐れていた。
もしユイが『食べたくない』と言っていたら、セレストはユイを責めてしまったかもしれない。
そんなことはしたくない。ユイを傷付けたくない。
そう思うのに、ユイが霊樹の実を食べるまでは不安だった。
だが、ユイは霊樹の実を食べてくれた。
ユイも己の体の変化をあまり実感していないようだが、確実に魔力量が増えている。
恐らく、種族としての格が上がったことでユイ自身の魔力量も増えただろう。
霊樹の実を食べ終えたユイを見た時、セレストは心底安堵した。
……これでユイは私と同じ時間を生きる。
もう寿命の差で思い悩むことはなく、二人並んで年老いていける。
言葉にならないほどの歓喜と感動、覚悟を決めたユイへの感謝の気持ちがあふれた。
思わず涙を流したセレストにユイは優しく微笑んでくれた。
「ん、バナヌだ」
セリーヌが作っただろうマフィンを、ユイが美味しそうに食べている。
ユイはあまり好き嫌いがないが、肉や野菜より果物のほうが好きらしい。
セレストが数口で食べてしまえる程度の大きさのそれを、味わって食べる姿は微笑ましい。
何となくその姿を眺めていればユイと目が合った。
首を傾げたユイに微笑み返す。
「何でもありません。……美味しいですか?」
「うん。セリーヌさんもレリアさんも料理上手だから、毎日美味しいものが食べられて嬉しい」
「そうですね、二人は料理の種類も違うので飽きませんし」
セリーヌは一般家庭の料理や菓子作りが上手く、レリアは店で食べるような料理が上手い。
セレスト達を飽きさせないためか、日替わりや週替わりで持ち回っているようで、毎日違う料理を食べられるというのは良い楽しみでもある。
料理が美味しいと休日もつい、家にこもりがちになってしまうが。
「落ち着いたら、新しい者を入れないといけませんね。セリーヌとレリアの料理の腕を覚えてくれると良いのですが……」
人間のセリーヌは年齢的にも寿命的にも長く働けるわけではない。
レリアは獣人なのでまだしばらくは問題ないが、それでも、いつかは年齢的な問題でやめざるを得なくなるだろう。
その時、また新しい使用人を雇って一から教えるのも、料理の味が落ちるのも望ましくなかった。
一人増やし、一時的に三人を雇うことになって金銭的な負担が増えたとしても、今後を考えればそうしたほうがいいだろう。
「レリアさんの娘さん達は? 前にレリアさんが働かせたいって言ってたよ」
「彼女の娘達が結婚しているのであれば、雇用しても良いかもしれません」
竜人は見目の良い者が多いと言われている。
……アデライドの件もある。同じことが起こるのはもう懲り懲りだ。
「それについてはまた改めて訊いてみましょうか」
「そうだね」
かと言って、男性使用人をこの家に入れることだけはできなかった。
たとえ使用人であっても、番のそばに自分以外の男がいるのは許容できない。
それならば女性使用人を雇ったほうがいい。
レリアの娘達に問題がなければ雇用し、その子供、そのまた子供と雇うのも悪くはないだろう。
昼食を食べ終えて、食器と盆を重ねてテーブルの上に移動させる。
すると、ユイが腰を上げてこちらに来て、セレストの膝の上に座った。
「ドレスは綺麗だし、嬉しいけど、セレストさんとくっつけないのはやだ」
ギュッと抱き着いてくるユイをセレストも抱き締める。
可愛らしいユイの姿に自然と顔が緩んでしまう。
「私も、何度ユイを抱き締めたいと思ったことか」
せっかくのドレスにシワをつけてしまっては良くないとセレストも我慢していた。
今はお互いに気楽な格好なので、好きなだけ触れ合うことができる。
しかし、ユイを抱き締めて違和感に気付く。
このガウンはいつも、春先や秋の涼しい時期に寝間着の上に着るものだ。
だから、触れるとガウン越しにいつも寝間着の感触がする──……はずなのだが……?
思わずユイの背中から腰に触れると、ユイの体が小さく跳ねた。
「セ、セレストさん……」
顔を赤くしたユイに、しまった、とセレストは慌てて手を離した。
さすがに今の触り方はまずい。
「すみません、違和感があったのでつい……」
しかし、離れようとすればユイがセレストの首に腕を伸ばした。
いつもより確実に密着して、ドキリとする。
「……セレストさんの部屋に行きたい」
その言葉にユイを抱き、立ち上がる。
俯くユイの表情は見えないけれど、髪から覗く丸くて小さな耳は赤くなっていた。
* * * * *
抱えられてセレストさんの部屋に行く。
珍しく、セレストさんが足で扉を閉めた。
今までそういった振る舞いをしたことがなかったので少し驚いたけれど、わたしを抱えているからだろう。
ベッドの上にそっと下ろされた。
セレストさんも縁に腰掛け、頬に触れられる。
カーテンが閉め切られているからか、室内は薄暗い。
「ユイ……」
名前を呼ばれ、顔を上げればキスされる。
唇が離れるとセレストさんが照れたような顔をする。
「……なんだか、照れますね」
「うん……」
セレストさんに手を伸ばして頬に、首に触れると、セレストさんの鼓動が速く脈打つのを感じる。
わたしもドキドキしているけれど、セレストさんもドキドキしているらしい。
……結婚式よりも今のほうが緊張してるかも。
本当の意味でこれから、セレストさんと夫婦になる。
その意味が分からないほどわたしはもう子供じゃない。
「あ、あのね……」
着ているガウンの前合わせに手をかけて、小さく深呼吸をして、ゆっくりとはだけた。
「セレストさんの番になる意味、ちゃんと知ってるから……」
ガウンの下に着ていた夜着を見せる。
肌が透けてしまうくらい薄い生地でできた、少し青みがかった白色の夜着は、胸元から下がふんわりとしたレースでできており、胸元と脇に同色のリボンがついていて、胸周りには同色の糸で繊細な刺繍がされている。肩紐は生地と同じ色合いで可愛らしい雰囲気だ。
口から心臓が飛び出しそうなくらい、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
こんな薄着を見せるのが恥ずかしくて、緊張して、震えそうになる。
あまりにドキドキしすぎて息苦しいくらい。
でも、なかなかセレストさんの反応が来ないので顔を上げれば、真っ赤な顔で固まっていた。
赤い顔で硬直していて、息もしてなくて、それなのにジッと見つめる視線は外れなくて。
「……セレスト、さん……?」
名前を呼ぶとハッとした様子でセレストさんが視線を外し、口元を手で覆う。
顔を背けたのに、すぐに視線だけはこっちに戻ってきた。
「っ……ユイ、そんなものを、いつの間に買ったのですか……?」
囁くような、抑えるような声だった。
「前、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんがお土産にくれたのだよ。セリーヌさんにお願いして、一番可愛いのを選んでもらったんだけど……似合ってない?」
「ああ…………いえ、その、とても可愛いです……」
何度も視線を外したり、戻したりを繰り返すセレストさんの様子から、嫌がっているわけではなさそうだ。
セレストさんは耳まで赤くて、今まで見たことがないくらい狼狽えている。
それがちょっとだけ可愛い……なんて感じるのは変だろうか。
口元から手を下ろしたセレストさんが言う。
「抱き締めてもいいですか……?」
恐る恐る訊いてくるので、わたしは頷いて、ガウンを脱いで両手を広げた。
セレストさんの手が伸びてきて、わたしの両脇に手を差し込むと自分の膝の上に移動させ、ギュッと囲い込むように抱き締められる。
はあ……と肩口にセレストさんの熱い吐息がかかって、ビクリとしてしまった。
「とても……本当に、とても可愛いです、ユイ……」
少し掠れた、低い声にドッドッと心臓が暴れる。
セレストさんに褒めてもらえて嬉しいのに、緊張で呼吸が浅くなる。
「……私のために着てくれたのですか?」
「う、うん……セレストさんと、夫婦になりたいから、そういう気持ちになってほしくて……」
言いながら、恥ずかしさのせいで顔だけでなく体まで熱く感じる。
いつもより薄着だから、セレストさんの体温や意外と筋肉質で固い体つきも感じてしまう。
夜着は薄いと分かっていたけれど、わたしが思っていたよりもずっと薄くて心許ない。
「……ありがとうございます。とても、嬉しいです……」
わたしの肩に顔を寄せたまま、セレストさんが小さく笑った。
「ユイ……心臓の鼓動が速いですね」
「き、緊張してるし……恥ずかしい、から……」
「照れるあなたも、すごく可愛いですよ」
セレストさんの視線を全身に感じて恥ずかしい。
夜着は丈がとても短くて、何とか下着は隠れているけれど、太ももはほとんど見えている。
胸元も結構開いていて、近くで見ると肌色が透けて見えて生地の薄さがより分かる。
「このままずっと見ていたいです」
セレストさんの言葉に、少しムッとしてしまった。
「……見るだけは、やだ」
……勇気を出して着たのに。
セレストさんが息を詰める音が微かに聞こえた。
更にギュッと抱き寄せられて体が密着する。
「あのね、結婚式のドレス……白にしたのは理由があるんだよ」
白は純潔の象徴かもしれないけれど、それよりもわたしには意味があった。
「『あなたの色に染まりたい』って意味があったの」
セレストさんの手に自分の手を重ねる。
「……もっと、あなたに触れたいです」
セレストさんがわたしの手を、自分の首に触れさせる。
そこには竜人が一番大事にしている、たった一枚だけの逆鱗がある。
指先に肌とは違う、少し固い感触が伝わってきた。
これを触ることができるのは番だけ。竜人にとって特別な意味を持つ鱗。
これを体内に受け入れたら、わたしはセレストさんの番になる。
そう思うと、とても大切で愛おしく感じる。
指先で優しく撫でれば、セレストさんの喉がゴクリと動く。
セレストさんの手がわたしの手に重なった。
「……これを受け入れたら、後戻りはできません」
もう結婚式を挙げて、霊樹の実も食べたのに、それでも最後までわたしの意思を尊重してくれる。
優しくて、理性的で──……わたしを大切にしてくれるセレストさんだからこそ、大好きだ。
「いいよ」
セレストさんの手を握り返す。
「後戻りなんて、しないから」
お腹に回されていたセレストさんのもう片手が動き、撫でるようにゆっくりと下りていく。
下腹部でその手が止まった。
「ここに、逆鱗を入れます。……いいですね?」
その言葉に小さく頷き返す。
逆鱗は飲み込む以外にも体内に入れる方法があると、お義母様から教えてもらっているから知っている。
下腹部にあるセレストさんの手の上に、自分の手を重ねた。
「はい……わたしをセレストさんの色に染めて、番にしてください」
見上げれば、セレストさんと目が合った。
普段は優しく微笑む緑がかった金色の瞳が、今は火傷しそうだと思うくらい、熱い。
近づいてくるセレストさんの顔に目を閉じる。
「……できる限り、優しくします」
そんな囁きと共に、唇が重なった。
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