結婚式(2)
セレストさんが幸せそうに微笑んでいる。
わたしのそばに立つ、この人がわたしの番で、運命で、愛する人。
そっと手が握り返される。
「私セレストは健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、ユイを愛し、敬い、慰め、助け、この命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
セレストさんがその場に跪いた。
竜人は番以外に跪くことはない。
竜人はそれほど誇り高く、己よりも強い相手にしか従わないという人もいる。
跪いたセレストさんがわたしの左手の甲に額を当てる。
きっと、セレストさんなりの誠意の示し方なのだろう。
頭を下げない竜人が、跪き、手の甲に額を当てたことに招待客の驚く気配が伝わってくる。
「セレストさん」
左手を差し出せば、大きな手が重なり、セレストさんが立ち上がる。
セレストさんの頬に手を伸ばして引き寄せた。
「大好き」
囁き、セレストさんの唇に、自分のそれを重ねた。
おお……というどよめきが広がったけれど、構わなかった。
数秒重なった唇がゆっくりと離れていく。
目尻が少しだけ赤く染まって、照れの交じった笑みを浮かべたセレストさんが囁く。
「私もユイを愛しています」
二人で招待客に体を向ける。
「わたし達は幸せになります」
「どうか、温かく見守ってください」
そう言えば、ワッと歓声と共に拍手が湧き起こる。
セレストさんと手を繋いだまま、段差を下りていく。
鳴り止まない拍手の中、道を歩けば色々な人から声をかけられる。
「幸せにな!」
「結婚おめでとうございます!」
「素敵な式でした!」
「二人に幸あれ!」
ふと見れば、ディシーが泣いていた。
感動のあまり泣いてしまったようで、目が合うと笑顔で手を振り返される。
それに手を振り返せば、ディシーの左右にいたヴァランティーヌさんとシャルルさんが微笑んだ。
シャルルさんが泣くディシーを抱き寄せ、ハンカチを渡している。
そんな姿がわたしは嬉しかった。
「ディシー!」
わたしが投げた花束を、ディシーが難なく受け取った。
「今度はディシーが幸せになる番だよ!」
わたしの言葉にディシーが涙を浮かべたまま、それでも笑顔で頷いた。
前を向き、セレストさんと共に道を進む。
……これからは、セレストさんとずっと一緒に生きていく。
この道を進むように、セレストさんはわたしに歩調を合わせてくれるだろう。
セレストさんの横に立っても恥ずかしくない自分でいたい。
見上げれば、セレストさんがすぐに気付いて微笑む。
「私と結婚してくださり、ありがとうございます」
それはわたしのセリフだった。
「わたしも結婚してくれてありがとう、セレストさん」
宣誓の場を出て、一旦、二人で控え室に向かう。
来る時に着ていた服などがまとめてあり、式場が用意してくれた馬車に乗って家に向かう。
招待客は新郎新婦の家族と共にこれから打ち上げに行くので、わたし達が何かをする必要はない。
婚礼衣装のわたしとセレストさんだけの馬車の中、二人で並んで座り、式の余韻に浸っていた。
「結婚式はあっという間でしたね」
「うん、でも、すごく良い式になったと思う」
「そうですね。ウィルとディシーの話も、とても良かったです」
なんだか、ふわふわした気分である。
「……わたし、もうセレストさんの奥さん?」
訊けば、セレストさんが頷いた。
「はい。私ももう、ユイの旦那です」
「旦那様?」
「ええ、何でしょう、私の奥さん?」
二人で顔を見合わせて小さく笑い合う。
「この呼び方は少し照れますね」
「確かに」
穏やかで、心地好くて、温かくて、少しくすぐったい気持ち。
……わたしはセレストさんと結婚したんだ。
馬車が停まり、家に到着すると御者の女性が荷物を家に運び入れてくれた。
そうして、お礼を伝える暇もなく「お幸せに!」と言って颯爽と去っていった。
その手際の良さにセレストさんとまた笑ってしまう。
「とりあえず、家に入りましょうか」
婚礼衣装のまま外にいると目立ってしまう。
中に入り、一息吐こうと思ったけれど、一人ではドレスを脱げないことに気付いた。
思わず玄関で立ち止まると歩きかけていたセレストさんが振り返る。
「ユイ?」
不思議そうに名前を呼ばれたので、セレストさんのそばまで歩いていく。
「あの、結婚式の後ってどうしたらいい?」
「どう……?」
「……ドレス、一人じゃ脱げないの」
わたしの言葉にセレストさんの頬が赤く染まった。
固まったセレストさんが、落ち着かない様子で視線を泳がせる。
「結婚した夫婦は、基本的にはそのまま……夜を過ごします」
夜を過ごす、という意味を理解するのに数秒かかってしまった。
でも、その意味を理解してわたしの顔も熱くなった。
「もちろん、ユイが嫌というのであれば──……」
「い、嫌じゃない……!」
慌ててセレストさんの言葉を遮って、けれど、恥ずかしくて俯いた。
「嫌じゃないけど、入浴はしたい……かも」
ふふ、とセレストさんが小さく笑う声がした。
顔を上げるとセレストさんがおかしそうに少し眉尻を下げて笑っていた。
「そうですね、私も汗を落としたいです。……式ではとても緊張したので」
そっと手を取られた。
「ですが、その前にもう少しだけユイの婚礼衣装を見ていたいです」
「……うん、わたしも、もう少しセレストさんの婚礼衣装を見たい」
二人で二階の居間に移動する。
昼間で、お互い服を着込んでいることもあって暖炉に火を灯さなくても過ごしやすい。
二人で暖炉の前の絨毯に座り、互いの姿を眺める。
「花束をディシーに渡して、良かったのですか?」
セレストさんの問いに頷き返す。
「前のわたしの世界では、結婚式の花嫁が投げた花束を取れた人が、次に幸せな花嫁になれるって言われていたから。……ディシーとシャルルさんの結婚式はまだだけど、二人にも幸せになってほしい」
「そうなのですね。……シャルルとディシーは番ではありませんが、きっと良い関係を築いていけるでしょう」
「うん、わたしもそう思う」
これまでのディシーとシャルルさんを見ていると、心からそう感じる。
番が運命の相手だったとしても、それ以外の人を好きにならないというわけではない。
きっとディシーとシャルルさんも、二人なりの幸せを見つけられるはずだ。
セレストさんと手を繋いだまま、しばらく沈黙が落ちる。
ふと霊樹の実のことを思い出した。
「そうだ、霊樹の実、持ってくるね」
立ちあがろうとするとセレストさんに手で制された。
「ドレスだと動きにくいでしょう。私が持ってきます」
立ち上がったセレストさんが靴を履き直して居間を出ていった。
いつもの家、いつもの居間なのに、わたし達は婚礼衣装を着ているから不思議な気分だ。
すぐにセレストさんが戻ってきて絨毯の上に座った。
両手で大事そうに持ってきた箱を差し出される。
「ありがとう、セレストさん」
それを受け取り、箱の蓋を開ければ、中には霊樹の実があった。
水晶みたいにキラキラしていて、透明で、手を伸ばして触ればひんやりしている。
箱から取り出して両手でしっかりと持った。
「結婚したね」
「ええ」
十八歳。結婚式を終えたら食べると決めていた。
これを食べればセレストさんと同じくらい長生きする。
……ディシーとはもう同じ速度で生きられなくなる。
そう思うと少しだけ不安になるけれど、でも、ディシーと話した。
わたしはセレストさんと同じ時間を生きると決めて、ディシーやヴァランティーヌさん達にも、お義母様達にも伝えて、あとはこれを食べるだけだ。
「わたしね、少し寂しい……ディシーと同じ時間を生きても、これを食べたら同じ速さで歳を取っていくことができなくなる。分かってるけど、ディシーのほうが先に走っていっちゃう」
セレストさん達長命種の気持ちが今更、分かった。
どんなに大切な人でも、どんなに仲良くなっても、種族が違うだけで先に死んでしまう。
……わたしもこれがなかったらそうなっていた。
ディシーと同じ時間を生きられなくなるのは寂しい。
だけど、セレストさんを残して死ぬのも同じくらい嫌だった。
「ディシーがね、最期はみんなに笑顔で看取ってほしいって言ってたから、それを叶えたい」
わたしの言葉にセレストさんが少し困ったように微笑んだ。
「きっとそれは叶うでしょう。……ディシーはいつも笑顔で、明るく、皆もそんなディシーを大切な仲間であり、友人だと思っています」
「うん」
「彼女はこれから、ユイに負けないくらい素晴らしい人生を送りますよ」
「うん、そうじゃなかったらシャルルさんからディシーを取り返す」
本気で言えば、セレストさんが小さく笑った。
「その時はヴァランティーヌも率先して手伝ってくれますね」
それにわたしも笑ってしまった。
「セレストさんも手伝ってくれる?」
「もちろんです。私とヴァランティーヌがいれば、シャルルからディシーを取り返せますよ」
「もしそうなった時はお願いします」
「はい、承りました」
二人でお辞儀をし合い、どちらからともなく噴き出した。
こんな話をわたし達がしていたと知ったらシャルルさんは怒るかもしれないが、セレストさんとヴァランティーヌさんはとても強い味方である。
「けれど、心配しなくてもディシーは幸せに生きていきますよ」
セレストさんが優しく微笑む。
「私達が結婚式を見守ってもらったように、ユイもディシーのこれからを見守ってあげてください」
「……そうだね、家族だからって何でも口出ししていいわけじゃないよね」
ディシーが悩んでいる時、苦しんでいる時はともかく、頑張って自分の幸せを掴もうとしている時や努力している時に横から口出しをするのは良くない。
わたしにはわたしの人生があるように、ディシーにはディシーの人生がある。
「わたしも、わたしの人生を歩かないと」
手の中の霊樹の実を見る。
リンゴそっくりの見た目の綺麗な実だ。
わたしの両手を、セレストさんの両手が包み、霊樹の実を持ち上げる。
セレストさんが触れることはできないけれど、そっと、セレストさんは霊樹の実に唇を寄せた。
「ユイのこれからに幸福がありますように」
微笑むセレストさんに、わたしも笑みを返す。
「もう十分、わたしは幸せだよ」
セレストさんに引き取られてからの時間は本当に幸せで、温かかった。
大きな手が離れ、わたしは霊樹の実を口元に持っていく。
水晶みたいな見た目だから、一口目はちょっと勇気が要る。
恐る恐る、一口、かじってみる。
普通のリンゴと同じように、しゃく、と爽やかな音がした。
見た目だけでなく食感も味もよく似ているけれど、これのほうがもっと甘くて、少し酸味がある。
……美味しい。
セレストさんがジッと心配そうにわたしを見つめている。
口の中のものを飲み込んだ。
「甘くて、ちょっと酸味があって、美味しいよ。味はポムとそっくり」
それを聞いて、セレストさんがホッとした表情をした。
瑞々しいのに果汁が垂れるようなことはなくて、しゃく、しゃく、と食べ進める。
少し体の内側がポカポカと温かくなってくる。霊樹の実にあった魔力の影響だろうか。
かじった食感はリンゴなのに、口の中で噛もうとするとまるでチョコレートみたいに溶けていく。
しかも、中に種子がないので全て食べられるようだ。
……このヘタまで食べていいのかな?
とりあえず最後の一欠片を口に入れれば、ヘタごと口の中で溶けていった。
全て食べ終える頃には体が温かくなり、少し暑いくらいだった。
わたしの手を取り、頬に触れ、セレストさんが確かめる。
「霊樹の実の魔力はユイの体に馴染んでいるようです。……元々、実はユイから分け与えられた魔力からできていたので、拒絶反応は出ないとは思っていましたが……」
セレストさんがまじまじとわたしを見る。
「ユイから強い魔力を感じます。具合が悪くなってはいませんか?」
「ちょっと暑いけど、大丈夫」
「体内で増えた魔力の影響……いえ、霊樹の実によって種族としての格が上がると言っていましたから、体が変化しているのかもしれません」
暑いけれど、不思議と嫌な暑さではない。
その証拠に暑いと感じながらも汗は出ていなかった。
セレストさんがわたしに意識を集中させているのを感じる。
しばらく静かに座っていると、段々と暑さが和らいでいく。
「……まだ暑いですか?」
「ううん、もうそんなに暑くない。入浴した後みたいにポカポカするくらい」
「かなりユイの体に魔力が馴染んでいます。これなら心配はないでしょう」
種族としての格が上がり、多分、これで寿命が延びたのだろう。
痛くもなければ苦しくもなくて、なんだか呆気ない。
本当に寿命が延びたのか不思議に思うくらい、簡単だった。
「寿命、延びたと思う?」
「恐らくは……ただ、こればかりは時間が経ってみないと分かりません」
「それもそうだね」
セレストさんの手が、わたしの手をしっかりと包む。
「ユイ」
顔を上げれば、セレストさんが微笑んでいた。
どこか泣きそうな、でも嬉しそうな、複雑な感情の入り交じった表情だった。
「ありがとうございます」
それが何に対する感謝なのか分からないけれど、切実な声だった。
「……私にはあなたが必要なんです。ずっと、この先も……」
瞬きをしたセレストさんの緑がかった金色の瞳から、一筋の涙が伝い落ちる。
それはわたしが初めて見るセレストさんの涙で、とても綺麗だと思った。
「心からあなたを愛しています」
セレストさんの頬に手を伸ばして、涙を拭う。
「ありがとう、ユイ……」
「わたしもありがとう、セレストさん」
……言葉にできないくらいの『ありがとう』を伝えたい。
絨毯から腰を上げてセレストさんに近づけば、抱き寄せられる。
重なった唇の感触が、セレストさんの体温が、ただただ心地好かった。
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