王都と話と
その後は何事もなく、グランツェールから出発して二週間。
わたし達の乗る馬車は王都に到着した。
外壁にある門を越えると途端に賑やかな人の声や足音が聞こえてくる。
「王都に到着しました。いやあ、皆様のおかげで無事に来られました」
と、御者が嬉しそうに言い、他の乗客達も少しそわそわしている。
上げられた後ろの布から外を見れば、外壁近くなのに多くの人々が道を歩いていた。
……王都は相変わらず活気がすごい。
馬車がゆっくりと通りを進む間も、人の声が足音、お店の呼び込みなどが聞こえた。
しばらく王都の中を進み、広場に着くと馬車が停まった。
噴水のある大きな広場には他にも馬車が何台か停まっていて、ここは乗合馬車の駅代わりなのだろう。
ウィルジールさんが御者の人に声をかけ、少し話すとこちらに来る。
ちなみに今回のような長旅の乗合馬車は最初に乗車賃を渡すので、降りる際は荷物だけ忘れずに持っていけばそれでいいそうだ。
旅の間、セレストさんが衣類を魔法で洗濯、乾燥してくれていたので荷物も少なくて済んだ。
実はバルビエの里に行く時もそうだったのだけど、魔法で洗濯・乾燥ができるとは思わなかった。
何でも魔獣討伐の遠征で汚れた時にすぐに洗って着られるように覚えたらしい。
……すごく汚れたことがあったんだろうなあ。
「じゃあ、城に行こうぜ。向こうに王城近くまで行く馬車が走ってるらしい」
「そうですか」
セレストさんがわたしの手を取り、歩き出したウィルジールさんについていく。
……わたし、さすがにもう迷子になるような年齢じゃないけど……。
セレストさんなりに心配してくれているのだと思うと言いにくいし、その気持ちは嬉しい。
ウィルジールさんが振り返った。
「手紙、持ってきてるよな?」
「ええ、もちろん。一応、先に陛下に返事も出しておきました」
「それならすぐに入れてもらえそうだな」
少し歩いて別の駅に着き、そこから王城近く行きの馬車に乗る。
乗りたがる人が多かったので、ここでもセレストさんの膝の上に座ることになった。
馬車は王都の中を走り、どんどん街が賑やかになっていく。
「王都の景色は楽しいですか?」
一番後ろの席で、膝の上から外を眺めていたからかセレストさんに訊かれた。
「うん」
「観光できないのが残念ですが……また来た時にはゆっくりできるといいですね」
セレストさんがわたしの頭を撫でる。
馬車が目的の駅に着いたので、ウィルジールさんとセレストさんと一緒に降りた。
……近くというか、目の前だ……。
城壁の門に歩いていき、ウィルジールさんが声をかける。
「竜王陛下から謁見に来るよう手紙をもらったんだけど」
セレストさんが門番に手紙を見せると「少々お待ちください」と言われた。
しばらく待つと一台の馬車が来て、見覚えのある人が降りてきた。
「どうぞ、こちらにお乗りください」
以前も出迎えてくれたやや年嵩の竜人の男性だ。
馬車に乗ると扉が閉められ、ゆっくりと走り出す。
「おかえりなさいませ、ウィルジール殿下。ユニヴェール様と番様もお元気そうで何よりでございます」
「ああ、親父の今日の予定は?」
「少々お待ちいただくことになるかと。ですが、ユニヴェール様よりお手紙をいただいておりましたので、今日中にはお目通りはできると思われます」
「だってさ。来いって言っといて待たせるなよなあ」
ウィルジールさんが肩を竦めてこちらを見る。
それにセレストさんが苦笑した。
「陛下はご多忙ですから」
「セスは本当、優しいな。そうだ、今回も泊まってくから二人は客室に案内してくれ」
「かしこまりました」
馬車が王城の裏手に停まり、降りて、中に入る。
見覚えがあるので以前と同じ道のようで、通された客室も前と同じ場所だった。
ウィルジールさんが「俺もここで待ってていいか?」と言い、セレストさんがわたしを見たので頷いた。
「ええ、構いませんよ」
「助かる。俺が帰ってきたって知られるとうるさいからさ」
中に入り、荷物を置いている間にウィルジールさんがソファーに座る。
部屋の扉が叩かれ、メイドだろう女性が飲み物と軽食を用意すると静かに下がっていった。
ウィルジールさんがさっそく、それに手を伸ばす。
でも、わたしがカバンから箱を出すとこちらに興味を示した。
「それが霊樹の実か?」
「はい」
ウィルジールさんのそばにいって、箱の蓋を開けて見せる。
「……ポムみたいだな?」
「わたしもそう思いました。あと、わたし以外は触れないみたいです」
「へえ、触ってみてもいいか?」
「どうぞ」
ウィルジールさんが指先で霊樹の実に触ろうとしたものの、スッと指が通り抜ける。
それに驚いた様子で何度も指を実に入れたり出したりする。
「こんなの初めて見た」
「エルフの間でも非常に特別で希少なものらしいので、他種族には黙っているのでしょう」
「ああ、こういうのって絶対に欲しがる奴が出るよな」
ウィルジールさんが手を引っ込めたので蓋を閉じる。
ウィルジールさんの向かいのソファーに座れば、セレストさんも横に腰掛けた。
箱はテーブルの端に置いておき、わたしもティーカップに手を伸ばす。
……うん、美味しい。
セレストさんも紅茶を飲んで、軽食に手を伸ばす。
そういえば、丁度昼頃に王都に着いたのでまだ昼食を摂っていない。
「ユイも食べるでしょう?」
「うん」
「では適当に取り分けますね」
セレストさんがわたしの好きそうなものを選んで取り分け皿に載せていった。
それがわたしの前に置かれる。
「ありがとう、セレストさん」
「どういたしまして」
セレストさんも自分の分を取り、食べ始める。
小さいサンドイッチやマフィン、ケーキ、クッキーやゼリーなど色々ある。
でも竜人用なのかわたしにはどれも少し大きい。
セレストさん達は一口か二口で食べられるみたいだが、わたしはそうはいかない。
サンドイッチを食べると甘酸っぱさが口いっぱいにひろがった。
「ん……!」
これはイチゴ使った甘いサンドイッチだ。
わたしの反応に気付いたウィルジールさんが笑った。
「本当、それ好きだよな」
「ユイは果物や甘いものが好きですからね」
セレストさんが微笑ましいという顔で、サンドイッチをわたしの皿に足した。
* * * * *
軽食を食べて二時間ほど経った頃、先ほどの竜人の男性が来た。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
と、促されて霊樹の実が入った箱を手に王城の奥に向かう。
道順は覚えていないけれど、所々で見覚えがあった。
通されたのは多分、前に来た時と同じ部屋だろう。
そこまで考えて、旅の装いのままだということに気付く。
……前は綺麗な服を着てだったよね?
心配になったものの、セレストさんもウィルジールさんも何も言わないのでこれでいいのだろう。
予想通り、案内されたのは前と同じ部屋だった。
男性が扉を叩き、開けると中に入る。
小さな部屋があって、更に奥に進むと竜王陛下ともう一人、誰かがいた。
竜王陛下は綺麗な緑色の長い髪に、金の瞳、顔立ちは端正で、ウィルジールさんよりは柔らかな印象だ。
ウィルジールさんが歳を取って、性格がもうちょっと穏やかになったらこんな感じかもしれない。
もう一人もウィルジールさんに少し似た面影はあるけれど、もっと真面目そうな雰囲気である。
「少し前にも呼び出したばかりなのに、すまないな」
どうぞ、と竜王陛下に促されて一礼してからソファーに座る。
ウィルジールさんがどかりとソファーに腰掛けながら言った。
「まったくだ。俺達だって仕事があるんだぞ」
「ウィルジール」
咎めるようにもう一人の男性がウィルジールさんの名前を呼び、ウィルジールさんは肩を竦めた。
「はいはい。兄貴は会うの初めてだよな? こっちは俺の親友のセレストとその番」
「初めまして、セレスト=ユニヴェールと申します」
「初めまして、ユイといいます」
セレストさんと同じく胸に手を当てれば、向こうも同様に返してくれた。
「マルスラン=エル・アルナルディ、王太子を務めている」
……何となくそんな気はしてた。
ウィルジールさんが兄と呼ぶ相手で、王族なら、王太子殿下しかいない。
「私がいると話しづらいかもしれないが、竜人にとって重大な話になりそうだったので同席させてもらいたい」
わたしが頷けば、セレストさんも「ユイが良ければ」と頷いた。
セレストさんがわたしの手を握る。
「まずはこれまでの経緯を聞かせてほしい」
竜王陛下の言葉にセレストさんが頷き、今までのことを説明してくれた。
第二警備隊で使おうとした魔道具が暴走したこと。それには精霊樹の枝が使われていたこと。
わたしの無属性魔力を与えると植物が霊花になる可能性が高いこと。
そしてバルビエの里で精霊樹が弱っていて、そこにいってわたしが精霊樹に魔力譲渡をしたこと。
そのお礼として霊樹の実と呼ばれる、精霊樹の実を分けてもらったこと。
それを食べればわたしは精霊に近くなり、寿命が伸びるということもセレストさんは話した。
わたしも持ってきた箱を開けて、霊樹の実を竜王陛下と王太子殿下にも見せた。
全てを聞き終えた竜王陛下と王太子殿下が難しい顔をする。
「無属性の魔力にそんな使い道があったとは……」
「エルフが霊樹の実を隠した理由も頷けます。寿命を伸ばすというだけでも大きな意味がありますが、精霊に近づくということは、より魔法を極められるかもしれない……欲する者は多いでしょう」
「精霊が認めたとしても、人間が食べることでどのような変化があるのか──……」
そこで突然、箱の中の霊樹の実から何かが飛び出した。
半透明の緑色をしたその女の子は──……。
「風の精霊さん?」
ふわりと風の精霊がわたしの両肩に手を置いた。
【大正解! 私がこの人間の子に実を与えたの】
竜王陛下と王太子殿下、ウィルジールさんが驚いた顔をする。
「まさか、精霊を目にする日が来ようとは……精霊殿、何故彼女に霊樹の実を与えた?」
【竜人と人間は寿命が違いすぎるから】
「この実を彼女が食べて、異常をきたすことは?」
【ないよ。霊樹の実を食べて、種として格が上がるだけ。エルフがハイエルフになるのと同じ】
ふわりと浮き上がった風の精霊がゆっくりとシャンデリアを一周回る。
【霊樹の実を食べれば精霊に近くなるから、時間の感覚も長くなって、狂うことはないよ】
それにセレストさんがハッとした様子でわたしを見た。
風の精霊は下りてくると後ろからわたしとセレストさんの首に手を回し、くっついてくる。
ほのかにそよ風が流れるような感覚はするものの、触れられる感じはない。
【食べるかどうかはこの子の自由。法や誓約で縛るのは不粋よ】
「過去にあった竜人と人間の悲劇を繰り返しはしないか?」
【このまま、この子が死ねば同じこと。それなら、番が長生きすれば青い竜は狂わないでしょ?】
またふわりとわたし達から離れて、風の精霊が部屋の中を楽しそうに飛び回る。
【人間は魔法を使えない者が多い。でも無属性の魔力は精霊樹を助けてくれる。……遥か昔、世界樹の守り人は人間だった。でも人間は欲に弱くて寿命が短いから、退屈な守り人の役目を忘れてしまったの】
そして、またわたしのところに戻ってくる。
【あなたは約束を守ってくれた良い子だから、お礼をしたの】
「約束?」
【そう、世界樹や精霊樹が困った時に魔力を分けてくれる約束】
わたしの疑問に風の精霊は答えてくれた。
【霊樹の実はその対価として支払われるもの。本来は人間が受け取るべきものだった】
「では、何故現在はエルフが精霊樹の守り人になっているのですか?」
【代わりに引き継いでくれただけね。でも無属性の魔力持ちは人間に生まれることが多いから、エルフだと難しい。普通の魔力譲渡と一緒で、もらえるけど、効率が悪いの】
セレストさんの問いにも風の精霊は答えた。
……つまり、人間は本当だったら霊樹の実をもらって寿命を延ばせるはずだった?
でも、人間自身が守り人の役目を放棄したから、寿命が短いままになってしまった。
【この実は古の約束を守ったこの子のもの】
「取り上げることはできない、ということか」
【この実に触れられるのはこの子だけ。他人が持っていても意味はないわ】
それにウィルジールさんとセレストさんが頷いた。
「俺も試してみたけど、触れなかった」
「私も触ることはできません」
風の精霊が言う。
【この子の選択を他人が決めてはいけないわ。全ての生き物には己の道を選ぶ権利があるんだから。それにこの子は特別な魂の持ち主だから、狂うことはないよ】
そうして、ふあ……と風の精霊が欠伸をする。
【さすがにここまで離れてると疲れるわ。……私は戻るね】
風の精霊はそう言って、手を振ると霊樹の実の中に消えていった。
……もしかしてこの実、精霊樹と繋がってる?
シンと静まり返った部屋の中で、竜王陛下が小さく息を吐いた。
「私達の考えは杞憂ということか」
竜王陛下が顔を上げてわたし達を見た。
「セレスト、ユイよ、その実をどうするかはそなた達に任せよう」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
取り上げられなかったことに少しだけ安心した。
「精霊の言葉が事実だとするなら、エルフの里から寄せられている精霊樹の弱りについても解決できるかもしれません。……無属性の魔力持ちの人間を積極的に雇用し、エルフの里に派遣すれば解決できるでしょう」
「ああ、エルフがそれを受け入れるかだが……っと、すまない、そなた達には関係のない話だったな」
ウィルジールさんが立ち上がる。
「話が終わったなら、俺達はもういいよな?」
「ウィルジール」
「第二王子の俺はいないってことにしておいたほうがいいんだよ」
それに竜王陛下と王太子殿下が困ったような顔をしていた。
ウィルジールさんに促され、セレストさんとわたしの三人は部屋を出た。
男性の案内の途中、ウィルジールさんは「俺は別の部屋に泊まるから」と別れ、セレストさんと二人で客室に戻った。
……手の中の箱が重い気がする。
わたしはどうしたいのだろうか。
16日はコミカライズ更新日でした!
コミックシーモア様にて23話・24話が更新されておりますので、是非お楽しみくださいませ(*´꒳`*)




