乗合馬車の旅(2)
それから馬車の旅は順調に進んでいった。
途中で村や街に宿を取ることもあり、野宿の時は交代で見張りをして、天気が良ければ男性は外で、女性や子供は馬車の中で寝る。わたしはセレストさんと一緒に外で寝た。
セレストさんはわたしが風邪を引かないか心配してくれたけど、くっついて寝れば問題ない。
セレストさんに抱えてもらって前は焚き火、後ろはセレストさんなのでむしろ暖かかった。
そして、旅が二週間目に入ったところでそれは起こった。
昼間、街道を走っている最中にセレストさんとウィルジールさんがパッと顔を上げた。
「止まれ、魔獣が来るぞ!」
ウィルジールさんが御者に声をかけると馬車が停まる。
すぐさまウィルジールさんが飛び出し、セレストさんもわたしを座席に下ろす。
「ユイ、馬車から出ないように」
とだけ言って、セレストさんも降りていく。
他にも戦える人がいるのか二、三人降りていった。
前方に降りていった人達が、後方にセレストさんとウィルジールさんが構える。
森の茂みがガサガサと揺れ、大きな狼が数匹飛び出してきた。
青みがかった濃い灰色の毛並みで、獰猛そうだ。
「ワーグだ! 他の魔獣もいるかもしれない!」
ウィルジールさんの声がして、全員が臨戦態勢を取る。
グォオッと狼の魔物が吠え、一匹がウィルジールさんに飛びかかった。
しかし、ウィルジールさんが剣で牙を受け止め、狼の魔獣に蹴りを入れた。
相当重い音がして、キャインッと狼の魔獣が悲鳴を上げて蹴り飛ばされる。
他の狼の魔獣がそれに気を取られた瞬間、セレストさんが数え切れないくらいの鋭い氷柱を残りの魔獣達に向けた。
刃物みたいに氷柱が狼の魔獣達の毛皮を切り裂いていく。
その間をウィルジールさんが駆け抜け、近い場所にいる魔獣から確実に仕留めていく。
二人とも、何も言っていないのに息ピッタリだ。
……ちょっと悔しい。
わたしだって戦えるけど、でも、きっとあそこに交じっても足手まといにしかならない。
セレストさんとウィルジールさんは親友で、幼馴染で、昔から一緒だった。
二人はお互いがどんなふうに戦うとか、どう動くとか、全部分かっているんだ。
だから言葉なんてなくても自然に揃って戦える。
セレストさんとウィルジールさんはあっという間に魔獣を倒して、辺りを警戒する。
「他の気配、感じるか?」
「いえ……魔力探知を行ってみます」
「ああ」
セレストさんが魔法詠唱をする間、ウィルジールさんは剣を構えて周囲を見回す。
魔法が発動して、セレストさんが顔を上げた。
「……近くに魔獣らしき反応はありません」
「単独の群れならいいけど、斥候だと厄介だな」
「ええ、今日明日は警戒したほうがいいでしょう」
二人が話している間に前方も魔獣を倒し終えて、こっちに戻ってくる。
セレストさんとウィルジールさんが他の人達にも話し、馬車の中にも声をかける。
「近くに魔獣の気配はないけど、大きな群れの斥候だった場合、今日か明日にもう一度襲撃を受ける可能性がある。夜も警戒を怠らないようにしてくれ。一人行動もしないように頼む」
ウィルジールさんの言葉に全員が頷いた。
討伐した魔獣をセレストさんが風魔法で森の奥に吹き飛ばし、ウィルジールさんが土魔法で血を消す。
手間だけど、街道に死骸があると他の魔物や野生動物が来てしまうからだろう。
片付けが終わるとセレストさん達は馬車に乗り込んだ。
馬車は走り出したが、いつでも停まれるようにするためか少し速度が遅い。
セレストさんはわたしを膝の上に乗せているけれど、警戒しているのが伝わってくる。
「さっきの狼の魔獣はワーグっていうの?」
大きな狼のように見えたけれど、戦っている感じからしてそれほど強くはなさそうだった。
「ええ、体が大きく単体ではさほど強くはないものの知能が高く、時には他の魔獣と協力して狩りを行うこともあります。大抵群れを作り、獲物を見つけると斥候を送り、相手の強さを確かめるのがワーグの戦い方です」
「相手が強ければ諦めることもあるけど、どうなるかは群れの頭の雄の性格によるな」
個体の弱さを群れで補っているらしい。
群れは雄一匹に複数の雌と子供達という構成が多く、頭の雄の性格によって群れの戦い方も変わる。
気の荒い雄なら強い相手でも襲ってくるし、慎重な性格の雄なら相手の力量を見て諦めることもあるそうだ。
「まあ、今回のは普通の群れだな。たまに若い雄だけの群れもあって、そっちは結構面倒なんだ」
「何でですか?」
「他の群れから放り出された問題児が集まってるようなもんだからな。連携もめちゃくちゃだし、頭もいないし、だからこそ最後の一匹になるまで諦めずに襲ってくるからしつこいんだ」
「逆に普通の群れは劣勢になるとすぐに逃げるので、分かりやすいですよ」
それに首を傾げてしまう。
「普通の群れとそうじゃないのって見た目で違いがあるの?」
「先ほど襲ってきたのはほとんどが雌と子供でした。大きさと匂いで雌雄は判断できます」
「匂い……」
それは五感に優れている竜人や獣人だからこそ分かるのだろう。
わたしには獣特有の臭いしか感じられなかった。
セレストさんが「人間の嗅覚では分からないかもしれませんね」とわたしの頭を撫でた。
「セレストさんとウィルジールさん、強くて、連携もすごかった」
振り向けば、セレストさんが嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。ウィルとは昔から背中を預けて戦っていますので」
「まあ、お互いに戦い方や癖も分かってるからな」
二人のその慣れた様子に思わず好奇心が湧いた。
「本気で戦ったらどっちが強いですか?」
わたしの問いに二人が顔を見合わせた。
「ウィルですね」
「セスだろ」
そして、二人同時にお互いの名前を言って、また顔を見合わせる。
「魔力量的にも、戦闘力でもウィルのほうが強いと思います」
「それはそうだけど、セスが全力で氷魔法を使って俺の動きを止めたらこっちが負けるだろ」
「そうですか? ウィルなら破壊できそうですが……」
セレストさんが不思議そうに言い、ウィルジールさんが首を横に振る。
「できなくはないけど、しないだろうな。何か昔っから、セスに刃向かわないほうがいいって気がしててさ……セスを怒らせるのは怖いんだよなあ」
「私を? 魔力量はあなたのほうが多いのに?」
「不思議だよな。俺のほうが強いって分かってるのに、感覚的にセスのほうが上って感じがしてるんだ」
「……そういえば昔から私の意見は比較的、聞いてくれましたね」
セレストさんもウィルジールさんも、不思議そうに首を傾げた。
わたしには全く分からないけれど、竜人にとってはかなり不思議なことらしい。
……あ、そっか。竜人は番か竜王陛下にしか頭を下げないんだっけ。
格上の言うことはある程度聞くが、服従することはない。
しかもウィルジールさんは竜王陛下の子だから、セレストさんより確実に強いはずだ。
それなのにウィルジールさんはセレストさんのほうが上だと感じている。
……確かに不思議。
「俺のほうが弱いってわけじゃなくて、何かこう『逆らうと後悔する』って本能的に感じる」
「……あなたの前で本気で怒ったことはありましたか?」
「ないな。……そういうわけで、訓練でもない限りセスに剣を向けるようなことはないと思う」
当の二人が不思議そうにまた首を傾げるので、それ以上は訊かないことにした。
それ以降、警戒したものの魔獣に襲われはしなかった。
だけどウィルジールさんいわく「この手の魔獣は夜に攻めてくるからな」ということだった。
戦える人は外で、他は馬車の中で休むことになり、少し狭いけれど仕方がない。
今夜はセレストさんと別々で、わたしは馬車の中で寝た。
そうして、深夜、聞こえてきた声に目が覚める。
「やっぱり、また来たぞ!」
ウィルジールさんの声がして、馬車の後ろの布を少し捲ると丁度セレストさんが馬車に防御魔法をかけるところだった。
目が合うとセレストさんはいつも通り微笑み「中にいてくださいね」と言った。
それからすぐにアオーンと遠吠えのような声がして、森の茂みから狼の魔獣達が現れる。
昼間よりも明らかに数が多い。
「本隊が来ましたね」
「ああ」
セレストさんとウィルジールさんはこちらに背を向けている。
「先制します」
セレストさんが素早く詠唱を行い、昼間と同じく氷柱を大量に出して魔獣に向ける。
しかし、魔獣達はそれを避け、こちらに駆けて来る。
ウィルジールさんが魔法詠唱をして、その手から炎が生まれる。
「斥候は弱い奴の集まりだったか!」
言いながら、近くにいた魔獣二匹を炎で燃やした。
グギャァオッと悲鳴を上げた魔獣が暴れるけれど、炎は消えず、二匹はあっという間に炭になった。
それを見て他の魔獣達が後退る。
「逃しませんよ」
セレストさんが魔獣達の後ろに防御魔法を張り、逃げられないようにする。
魔獣達の群れに炎を剣にまとわせたウィルジールさんが駆け出した。
剣が魔獣を切り裂き、魔獣が炎に包まれていく。
セレストさんも土魔法で魔獣の足元を固めて動けないようにし、ウィルジールさんを加勢しつつ、自分も氷の槍を作ると一匹ずつ確実に仕留めていく。
「セス、消火頼んだ!」
「分かりました!」
ウィルジールさんが斬り、燃やした魔獣をセレストさんが水魔法で炎を消した。
森の中なので火の扱いには気を付けなければいけないだろう。
二十匹近くいたのに、セレストさんとウィルジールさんは息一つ乱れた様子もなく倒してしまった。
すぐに前方に移動し、残りの魔獣もみんなで討伐したようだ。
少ししてセレストさんが戻ってきた。
「ユイ、もう大丈夫ですよ」
セレストさんは普段と変わらない様子で、その後ろでウィルジールさんが倒した魔獣を見ている。
「これで終わりだな」
「ええ、恐らく」
セレストさんが振り返り、ウィルジールさんに頷いた。
「もう少し待っていてください」と言い、セレストさんが昼間と同じく、魔物の死骸を森の奥に吹き飛ばす。
ウィルジールさんが土魔法で血を消しながら「勿体ないよな」とぼやいていた。
魔獣は毛皮や魔石などを回収し、売ることができる。
「魔獣の素材、取っていかないんですか?」
そう訊けば、ウィルジールさんが「ああ」と振り向いた。
「いちいち魔獣と戦う度に素材まで取ってたら、時間がかかりすぎる。冒険者がいるならともかく、そうじゃないなら討伐しても放っておくことが多いんだよ」
「確かに『勿体ない』ですね」
「まあ、素材を置く場所もないし、仕方ないな」
魔獣を全部吹き飛ばしたセレストさんが戻ってくる。
「怖くありませんでしたか?」
「うん、セレストさんもウィルジールさんも強いから安心だったよ」
「それは良かったです」
セレストさんの手がわたしの頭を撫でる。
「今夜は俺が起きてるから、セスは番と休んどけよ」
「いいのですか?」
セレストさんが振り返る。
「ああ、代わりに明日の昼間は警戒よろしく」
「はい、気遣いありがとうございます」
そういうわけで、セレストさんと他に戦っていた一人も馬車に乗り込んで休むことになった。
外にはウィルジールさんと他二人が見張りとして起きてくれているようだ。
馬車に乗り込んだセレストさんが他の乗客や御者に魔獣を討伐したことを説明し、恐らくもう襲撃はないと思うけれど、一応警戒しておくということを伝えていた。
セレストさんの膝の上で横向きに座り、寄りかかる。
「セレストさん、座ったままで寝れる?」
「ええ、問題ありません。警備隊の遠征では荷馬車で移動することもあるので、慣れていますよ」
抱き締められて、セレストさんのホッとしたような気配を感じた。
「むしろユイは大丈夫ですか? 体が痛ければ治癒魔法をかけますが……」
「大丈夫」
首を伸ばして、セレストさんにキスをする。
「セレストさん、かっこよかった」
「ありがとうございます」
セレストさんが嬉しそうに目尻を下げて微笑む。
少し照れたようなその笑みがちょっと可愛い。
「わたしも短剣、持ってくれば良かった」
今回は武器は必要ないからと言われたが、持ってきていたら戦闘に参加できただろう。
しかし、セレストさんは小さく首を横に振った。
「ユイが戦う必要はありません。私とウィル、それに他の方々もいるので護衛は足りています」
「……わたしじゃあ足手まといだしね」
「そうではなく……できればユイには戦ってほしくないという、私のわがままです」
セレストさんがそっとわたしに頬を寄せる。
「ユイは戦うことが好きではないでしょう? ……無理しなくていいのですよ」
と、言ってギュッとわたしを抱き締める。
「私はユイに綺麗なものを見せてあげたくて、良いものを与えたくて、戦闘なんて危険なことはしてほしくありません。あなたは元々頭が良いのですから、そちらの方面で頑張ればいいんです」
「うん」
「あなたはあなたの好きなことだけ、していいんですよ」
セレストさんはわたしを甘やかす天才だ。
そう言われると、本当にわがままになってしまいそうになる。
「セレストさん」
もう一度、セレストさんの唇に自分の唇を重ね合わせる。
セレストさんの番なのに、引き取られてからセレストさんを悩ませたし。
やっと番になる覚悟を決めたけど、まだ番っていない。
霊樹の実を食べるかどうかも悩んでいる。
それでも、セレストさんは『わたしの好きなことをすればいい』と言う。
「……わたし、十分わがままだよ」
そっとセレストさんに寄りかかり、目を閉じる。
セレストさんが小さく「もっとわがままになってもいいんですよ」と言った。
……やっぱり、わたしを甘やかす天才だ。
セレストさんなしではきっと生きていけない。
16日はコミックシーモア様にて漫画の最新話が更新日です!
是非お楽しみに(´∪︎`*)
11/20に紙コミックスの発売、11月にグッズも発売します。




