乗合馬車の旅(1)
セレストさんが第二警備隊長さんに話を通してくれて、わたし達はまた旅に出ることとなった。
今回は乗合馬車で行くので時間がかかるため、王都でのんびり観光する余裕はないかもしれない。
乗合馬車だと片道二週間、往復一ヶ月は最低かかるとのことだ。
それも天気が良くて何も問題がなければの話なので、雨が降ったり魔物に襲われたりといった問題が起こればもっと遅れるらしい。
一応、一ヶ月半ほど休むかもしれないと伝えてあるそうだ。
セリーヌさんとレリアさんは「お休みばかりいただいて申し訳ないので……」と旅の間も掃除などをしてくれるそうで、セレストさんもバルビエの里から戻ってきた時のことを思い出したのか、お願いした。
準備を整えつつ、ディシーやヴァランティーヌさん達や第四事務室にも説明をした。
竜人と番に関することでと言えば、前回の件もあったので事務室のほうは話もあっさり通った。
今回は観光できないかもと伝えるとみんな笑って「元気で帰ってきてくれればいいですよ」と言ってくれて、本当に良い人達に恵まれたなと思う。
そうして数日が経ち、出発の日となった。
出仕の時間と被るため見送りはないけれど、みんなとは昨日会ったので問題ない。
「では、行きましょうか」
「うん」
セレストさんと一緒に家を出る。
前回買ったローブを着て、旅行用のカバンを持ち、近くの駅に向かう。
一月以上、家から離れるとなると少し名残惜しい。
でも、また王都に行けるというは楽しみでもある。
観光はできなくても、馬車で街中を移動するだけでも景色が見られて楽しいだろう。
駅に来た馬車に乗り込み、座席に座る。
「ユイ、楽しそうですね」
と、セレストさんに言われて頷いた。
「うん、王都は街並みも綺麗だから楽しみ。馬車から見るだけでもいいの」
「前回行った時に思いましたが、グランツェールより華やかでしたね」
そんな話をしているうちに目的の駅に着き、セレストさんと馬車を降りる。
外壁の門のところにある広場には大きめの馬車が停まっていて、その近くにウィルジールさんがいた。
御者と話しているようだったけれど、わたし達に気付いて振り返った。
「お、来たか。おはよう」
手を上げたウィルジールさんにわたし達も歩み寄る。
「おはようございます、ウィル」
「おはようございます」
そこには獣人がいて、ぺこりと頭を下げる。
「この二人が俺の連れだ。竜人のセレストとその番」
「今回はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ竜人の方が二人もいらっしゃるなんて心強いです」
竜人は戦闘面でも強いので、乗合馬車の旅では喜ばれるようだ。
馬車の中には既に人々が乗っていて、わたし達が一番最後だったらしい。
でも集合時間より前なので遅刻ではないだろう。
ウィルジールさんが乗り、セレストさんとわたしも馬車に乗る。
セレストさんが先に座席に座ると両手を差し出してきた。
……え、膝の上?
ウィルジールさんはサッとセレストさんの横に座ってしまった。
思わずセレストさんとその膝を二度見すると、不思議そうにセレストさんが小首を傾げた。
「ユイ?」
「そろそろ馬車が動くぞ」
セレストさんとウィルジールさんに言われて、セレストさんの膝の上に座る。
……十六歳にもなって膝の上なんて……。
と一瞬思ったけれど、普通にいつも通りだと気付くと恥ずかしさはなくなった。
それに、他に乗っている人達もわたしがセレストさんの膝の上にいても無反応だった。
足元に荷物を置き、セレストさんがしっかりわたしのお腹に手を回すのとほぼ同時に馬車がゆっくりと動き出す。
後ろの布は明かりを入れるために上げてあるため、街の景色を見ることができる。
馬車が門を越えて街の外に出て、門と外壁が遠退いていく。
「今日は早起きだったので、眠ければ寝ていいですからね」
そう言って、セレストさんがわたしの頭を撫でる。
「どうせ旅の間はやることもないしな」
ウィルジールさんが言って、背もたれに深く寄りかかる。
「わたしが寝たら、セレストさん暇じゃない?」
「ウィルもいるので大丈夫ですよ」
……それはそれでちょっとモヤッとする。
お腹に回っているセレストさんの手に、自分の手を重ねて寄りかかる。
「……わたしの一番はセレストさんなのに……」
でもセレストさんとウィルジールさんは親友で、わたしがセレストさんと出会うよりずっと前からの付き合いだから、わたしのわがままでその関係を悪くしてほしくはなくて。
モヤモヤした気持ちを誤魔化すように目を閉じた。
* * * * *
「セス、顔が緩んでるぞ」
と、ウィルジールに声をかけられ、セレストは少し俯いた。
「すみません、つい……」
腕の中で眠っているユイをそっと抱き締める。
先ほど、ユイに『自分が寝たらセレストが暇にならないか』と訊かれ、気を遣って『ウィルがいるので』と答えたのだが、ユイにとってその答えは不正解だったらしい。
ぽつりと「……わたしの一番はセレストさんなのに……」と呟いて、そのまま寝てしまった。
……不貞寝だろうか?
そうだとしたら可愛すぎる。
ユイがベランジェールとの関係を勘違いして泣いたことがあったが、正直に言えばその嫉妬が嬉しかった。
今回もウィルジールに対して少し嫉妬したようだ。
「あの小さかったユイが、嫉妬するようになるなんて」
「ベランジェールの時もあっただろ。あと親目線になってるぞ」
「ユイの成長がとても嬉しくて、つい……本当に大きくなりましたね」
眠っているユイの頭を撫でる。
毎日顔を合わせて、共に過ごし、成長を見守っているのに時々驚いてしまう。
あの小さかったユイがこんなに成長し、大人になり、感情豊かになった。
「最初の頃から頭は良かっただろ? お前のところに引き取られるのも最初は『番の立場を利用するのは悪いことだ』と思ってすぐに頷けなかったみたいだしな」
「そうなのですか?」
それは初耳である。
ウィルジールが「あれ?」と小首を傾げた。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてません」
「まあ、番なりにセスのことを利用したくないって思ったんだろうな。俺が『利用すればいい』って言ったら変な顔してた」
ウィルジールが後押しをしてくれたことで、ユイはセレストのもとに来てくれたのかもしれない。
「ありがとうございます、ウィル」
「ん? あー……どういたしまして」
ウィルジールが顔を逸らし、鼻の頭を指先で掻く。
それはウィルジールの照れた時の反応だと知っているので、少し微笑ましい。
「だけど、番が起きたらちゃんと言っとけよ?」
それにセレストは頷いた。
「ええ、もちろん」
腕の中の大事な存在が愛おしい。
……もっと嫉妬してほしいなどと言ったら、ユイはきっと困るはずだ。
それでも、そう思ってしまうのは竜人の性なのだろうか。
* * * * *
昼頃、セレストさんに声をかけられて起きる。
昼食休憩だそうで、外に出ると気持ちいいほどよく晴れた空が見える。
荷物から袋を出して馬車から降り、近くの木陰に座ってそれを開けた。
拳大くらいの大きさの平たいクッキーが袋の中にぎっしり入っていて、セレストさんに差し出すと、三枚取っていった。
次にウィルジールさんにも差し出せば「俺も?」と目を瞬かせ、でも、すぐにセレストさんと同じく三枚取っていく。
わたしの手元には四枚残った。膝の上にハンカチを敷いて、二枚出す。
残りは今日のうちに食べればいいので、一旦袋の口を閉じる。
「セリーヌさんのクッキーです」
「セリーヌ……ああ、セスのとこの使用人か」
普通の生地とチョコレートの生地、それにチョコチップが入ったクッキーだ。
昼食に軽く食べられるようにと大きく作ってくれたのだ。
かじりつけば、ザクッとした食感と一緒に甘いチョコレートやバターなどの味がする。
……うん、やっぱりセリーヌさんのお菓子は美味しい。
二枚出したけど、一枚でも結構お腹が満たされそうだ。
セレストさんとウィルジールさんもクッキーを食べ進めていくが、二人とも食べるのが早い。
食べ方も綺麗で、急いでいる感じもないのに食べ進めるのに差が出るのは一口の大きさが違うからだと分かっていても、つい気になって見てしまう。
わたしがようやく一枚を半分ほどまで食べたのに、セレストさんもウィルジールさんも、もう二枚目を半分まで食べていた。
「魔物の気配もないので、天気さえ崩れなければ問題なさそうですね」
「最近、冒険者が街道沿いの魔獣狩りに力を入れてるらしいからな」
「ありがたいことです。──……ユイ? どうかしましたか?」
話していたセレストさんが、わたしの視線に気付いたのかこっちを見る。
「セレストさんもウィルジールさんも、食べるの早いなあって思って見てただけ」
二人の視線がわたしの手元のクッキーに向けられる。
そうして、セレストさんが微笑ましそうに目を細めた。
「私達に比べてユイは口が小さいですからね」
「そういや、人間って牙がないって本当か?」
「あるにはありますが、とても小さいので他の歯と変わらないですよ」
「そうなのか。……って、何でセスが知ってるんだよ?」
「以前、お互いに見せ合ったので」
「ね?」と嬉しそうに笑ったセレストさんに「うん」と頷き返す。
……あの牙があれば多少厚い肉でも簡単に引きちぎりそう。
以前見せてもらったセレストさんの牙を思い出しながらクッキーにかじりつく。
「人間は爪も牙も発達してないし、体も弱くて寒暖差も苦手なのによく生きていけるよな」
「……わたしはセレストさんのおかげで平気です」
「セスの? ……ちょっと待て。もしかしてそのローブ……?」
ウィルジールさんがジッとわたしの着ているローブを見つめる。
「以前のケープがだいぶ小さくなったので新調しました」
「いや、それ結構高いやつだろ?」
「ユイが健康に過ごせるなら安いものです」
「ほどほどにしとけよ? セスんとこのおじさんも、それでおばさんに怒られてたんだし」
呆れ顔で言うヴィルジールさんに、わたしは首を傾げた。
……アルレットさんが怒った?
セレストさんが苦笑する。
「父が『似合いそうだから』と母に際限なく服を買ってきたので、母が『こんなにあっても着られる体は一つしかない』と怒ったんですよ。それ以降、服を買いに行く時は二人一緒に行っていましたね。……一緒に出かけられると父は喜んでいましたが」
セレストさんの父親であるジスランさんは竜人で、本能が強いほうなので、母親のアルレットさんは苦労したらしい。
それを考えればセレストさんは確かに抑えてくれているのだろう。
「これでも抑えていますよ。数ではなく質を重視しているので、多少高くなるだけです」
「多少ねぇ?」
ウィルジールさんが品定めをするようにまたジッとわたしのローブを見た。
「まあ、番が体調を崩すよりかは全然いいか」
そこで値段を訊かないのはみんな同じだ。
話しているうちにお腹がいっぱいになってきてしまい、二枚目のクッキーを半分に割り、大きいほうをセレストさんに差し出した。
「セレストさんにあげる」
「それで足りますか?」
「うん」
セレストさんが半分になったクッキーを受け取った。
「ありがとうございます」
セレストさんもクッキーを食べ、わたしも同じようにクッキーにかじりつく。
先に食べ終えたウィルジールさんが立てた片膝に肘を乗せ、わたしを見る。
「本当に口、小さいな」
「……あんまり見られると食べにくいです」
「おっと、悪い」
わたしが言えば、ウィルジールさんはすぐに視線を外してセレストさんに顔を向ける。
「今日は野宿だっけ?」
「ええ、旅程の半分ほどはそうなるかと。次の村は明日着きますよ」
「馬で行けば早いんだけどな」
「ユイを乗せても休憩が必要になるので、あまり変わらないのでは? それに走っている最中に魔獣が出て、驚いた馬から落ちればユイは大怪我をしてしまうでしょう」
「ああ、まあそうか」
二人の話し声を聞きながら残りのクッキーを食べる。
セレストさんはわたしの体調や安全面を考えて乗合馬車を選んでくれたのだろう。
クッキーを食べ終えて、セレストさんが魔法で出してくれた水で手を洗っていると御者の「そろそろ出発します!」という声が聞こえてきた。
馬車に戻り、他の人達が乗り込んで、最後にわたし達も乗る。
多分、魔獣が出た時にウィルジールさんとセレストさんがすぐに飛び出せるから最後なのだ。
袋をカバンに戻して、またセレストさんの膝の上に座る。
……ここだと眠くなっちゃうんだよね。
「そうでした。ユイ、馬車に乗ってすぐのことですが、ユイが寝てしまってもウィルジールと話して時間を潰せるので大丈夫という意味で言ったことで、決してあなたがいなくても良いという意味ではなく、眠そうだったので寝ても良いと伝えたかっただけで……」
と、セレストさんがわたしを抱き締め、いつもより早口で言うので笑ってしまった。
「うん」
手を上げて、セレストさんの頭を撫でる。
少し驚いた様子のセレストさんに微笑み返す。
「分かってるよ」
寝て、起きて、あれはわたしへの気遣いだったと分かった。
いつもより早く起きてちょっと眠たかったのをセレストさんは気付いていて、わたしが無理しないように促しただけでセレストさんに他意はない。
わたしが勝手に想像して、不機嫌になって、不貞寝しただけ。
セレストさんの髪は癖があまりなくてしっかりとしていて、まっすぐで、艶がある。
手触りも良いから好きだけど、身長差もあって滅多に頭に触ることはない。
……それに竜人は他人が頭に触れるのを嫌がるって本に書いてあったし。
「ユイに頭を撫でてもらうのも良いものですね」
嬉しそうな声が、わたしも嬉しい。
「セレストさんの髪、好き」
三つ編み姿も好きだけど、一緒に眠るようになってから見る、髪を解いた姿も好きだ。
青い髪が白いシャツやシーツに流れている姿を見るとドキリとしてしまう。
「私もユイの髪が好きですよ。ふわふわで、少し癖があって、可愛いですね」
言いながら、セレストさんがすり寄ってくる。
その甘えるような仕草が可愛くて、少しだけドキドキした。
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