64. 黒豹の正体
ガクリと椅子に沈む様子に、申し訳なくなった。
もっと早く話せばよかった、と心からそう思う。
「エリザベス、あのさ、本当に申し訳ないんだけど――」
『そういう心配は無いんだ』と言おうとしたら、
「やめて! トリスタン。これ以上ハードルを上げられたら私、奇声を上げて窓から飛び降りるかもしれない」
エリザベスはすごい勢いでそう言って、両手で耳を塞いで勢い良く首を振った。半泣きになっている。
「いや、そうじゃなくて、僕はただ――」
「だから話さないでってば!」
「だけど、僕が言いたいのは――」
「私の相手はトリスタンみたいにかっこよくないって話ならちゃんとわかってるから! そういうのは言わなくていいの!」
……え?
今、なんて――?
言いかけた言葉を飲みこんで、まじまじと見つめた。
「わかってるから! 高望みはしてないの! でもせめて向こうに着くまででいいから、私の結婚相手はチビだとかデブだとかハゲだとか性格が最悪だとかそういう情報は入れないで!」
耳を塞いだまま、また勢い良く首を振る。
言われたことを理解するのに、ちょっと時間がかかった。
目の前のエリザベスは、やっと首を振るのをやめて、涙目で耳を塞いだままこっちを見上げていて――。
なんか、こんな状況なのに悪いけど、ものすごくかわいい――いや、かわいいのは知ってたけど。
しかも、トリスタンを『かっこいい』って言った。
それってつまり。
ウィリアムにもリュカにもステファンにも――つまりあのメンバーの誰にも(ウィリアムにはたまにやられて壁に向かってたけど)靡かないエリザベスの好みってどうなんだろう、って不安になっていたけど、少なくともトリスタンは『かっこいい』範疇には入っているらしい。
っていうか、『魔王』が『チビ』で『デブ』で『ハゲ』で『性格最悪』って、これまでそんな話をした覚えはない――。
「あ~、エリザベス?」
トリスタンの口の動きを見て、名前を呼ばれたのはわかったらしいエリザベスが「マイナス情報、言わない?」と聞いてきたので頷いた。
「絶対?」と聞かれたのでちゃんと目を合わせてもう一度頷くと、恐る恐る両手を耳から外して膝に下ろす。
涙目の上目づかい、むちゃくちゃかわいいな――。
でも泣きそうな顔、だし。
悪いことしたな。
本当に、もっと早く話すべきだった。
「前にも話したけど、僕は『魔王』についてはほとんど何も知らない。『チビ』で『デブ』で『ハゲ』で『性格最悪』って、誰がそんなこと言ったの?」
確認のためにそう聞いたら、エリザベスはものすごく納得がいかないって顔になった。
じっとトリスタンを見つめる。
「……違うの?」
って、聞いてくるのはなぜだろう。
「いや、知らないけど……え? それって僕がそう言ったってこと?」
「……言ってないわ」
今度はちょっと怒った顔――。
それはつまりどういうことだろう。
心当たりのないままに眉を寄せたら、エリザベスはほっとしたように息を吐いた。
そして、力の抜けた声で「じゃあ、何なの?」と、今度は聞かれた。
「何が?」
「だって私に言えないことで、私に言わなきゃいけないことがあるんでしょう? 今までずっと黙っていて、今日一日あれだけ言い出そうとして躊躇ってたんだから、絶対私の結婚相手はロクデナシだって話だと思ったのよ。でもまあ魔王だし仕方ないか、って思ってたのに、食事に行く前に荷物を開けたらマリーが荷物に入れたあれを見ちゃって。トリスタンが口に出すのをあれだけ躊躇うような、そんな人の前であれを着るのかって思ったらもう、どうしていいかわからなくて……そういう話じゃないの?」
「……違う」
とりあえず否定したら、エリザベスはものすごく大きな息を吐いた。
「なんだ……」
って、床にめり込みそうな程の脱力具合に、さっさと話さなかった自分を殴りたくなった。
リュカには『できるだけ早い方がいい』って言われてたのに。
「じゃあ、何?」
もう一度聞かれて、腹をくくった。
「まず、ごめん」
「何が?」
「今まで黙ってたこと。それに僕自身もまだわからないことがあること」
テーブルに額が付く角度で頭を下げた。
「よし、許すわ。で、何?」
「え?」
「『え?』って?」
まだ話してないのに『許す』って言った。
「内容は聞かないで許しちゃうの?」
「うん。許す。事情があるんでしょ? で、何?」
まっすぐこっちを見た目には迷いはない、と思うけど。
「いいの?」
「『いいの?』って?」
「だって、内容を聞いてないのに」
「だから、何? って聞いてるんだけど、何?」
……ずいぶん潔い。エリザベスらしいけど。
そう思ったらなんだか嬉しくなった。
気も楽になった――たぶん怒らせてしまうと思うけど、それはしかたない。
「話す前に一つだけ――質問は明日出発してから馬車の中で、にしてくれる? それと、僕は『魔王』についてのことは本当にわからないんだ。祖父は向こうに着いてからじゃないと話せないって言ってるから」
「質問は明日出発してからね? いいわよ?」
魔王の容姿や性格の話題じゃないとわかったせいか、あっさり了解。
本当にいい子だよな~。
うん。よし。
「じゃあ、話すよ」
大きく息を吸った。
「――エリザベス、君を狙ってる『魔王』なんてのはいない。『魔王』自体はこれから行く領地の『ダンジョン』にいるらしいけど、今回のこととは関係ない。君を狙っていたのはずっと僕で、あの夢を仕組んだのも僕だ。ちなみにそれはウィリアムもパートリッジの父も祖父も生徒会のみんなも知ってる。それからもう一つ――君が心から会いたがっているあの黒豹の正体も僕だ。今までずっと黙ってて本当にごめん。
つまり君も黒豹も『魔王』からは安全なんだけど、それでも僕たちの行先はシュヘル領で――そこに変わりはないんだ。それについてはまた明日説明する。
それと僕は今夜は部屋に防振・防音・侵入防止の魔法をかけるから突撃しても入れないし、宿の人に迷惑がかかるだけだ。だからとりあえず安心しておとなしく――おやすみ」
それだけ一気に言って、ダッシュで外に出て自分の部屋に戻り、速攻でドアに鍵をかけた。
聞き耳を立てる――までもなかった。
「ええええ!? 何それ!? ちょっと、トリスタンっ!!!!」
エリザベスが自分の部屋のドアを開ける音は聞こえたけれど、こっちの部屋のドアを叩く振動はちゃんと防ぐことができたし、もちろんそのドアは破られることもなかった。
とりあえず向き合うのは明日以降――。
一番の重荷を下ろしたトリスタンは少しだけ安心して、ベッドに入ったのだった。




