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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第一章 自分のストーリー
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62. 思案

 正面の座席に座ったエリザベスは少し困った顔をして外を見ている。


 行先がものすごく田舎の貧乏男爵家の領地だということはやはり気にならないようだし、自分と一緒の旅であることも、嫌がっていない。


 それに、今はその表情に恐怖はない――。


 皆が何度も確認したことだけれど、エリザベスは顔も知らない魔王のところに行くことを嫌がっていなかったし、むしろ楽しみにしているようなところさえあった。

 だけど、パーティー会場の入り口にチュンタロウが化けた黒豹と立っているトリスタンを見た時のエリザベスの瞳には確かに恐怖があったと思う。


 トリスタンはエリザベスを慎重に観察しながら今日使ってもらった魔法について思い返した。


 チュンタロウを黒豹に変えた後で祖父がトリスタンにかけてくれた変化の魔法は、自分自身を十歳ほど年上にするもので(つまり二十七歳だが、別人にするより簡単らしい)、身長が十センチ程伸びた。


 ――身長はつまりこれからまだ伸びるってことで、そこは安心した。


 髪の毛まで長く伸びていたことには驚いたけれど、荒々しい感じになったのでそこは『魔王』っぽくていいんじゃないかと思った。

 自分の服はサイズが合わないので父の服を借りて、顔の上半分を覆う仮面も被ってみたら、けっこう別人に見えて、これなら自分の正体を見抜かれることはないだろうと思った。


 そんな感じでちょっと迫力のある魔王の変装付きであの場に向かい、会場の外で黒い雲を空に湧きたたせて準備万端にしてみたわけなんだけど。


 パーティー会場の出入口に立っているトリスタンを目にした時――エリザベスは自分を守るように両腕で身体を抱いた。

 その場に踏みとどまろうと努めているようにも見えた。


 それはつまり、やっぱりエリザベスだって誰でもいいと思っているわけではないということで、本心から魔王がいいと思っているわけではないということだ。


 あの時点でのトリスタンは恐怖の対象だったのだから。


 すぐに正体がバレた時はびっくりしたけれど、トリスタンがキスをするフリをした時は、相手が誰かわかっていて、抵抗しなかった。

 つまりおそらく、エリザベスにとってのトリスタンは「いい」方に入ってるし、魔王は「よくない」方に入っている。だから、実際は魔王の嫁にならなくてもいい、という知らせは喜ぶはずだ。


 本当に魔王の嫁になるつもりか、と皆に聞かれるたびにエリザベスはトリスタンを見た――あんまり何度も見るので、最初の頃はあの夢を仕組んだのがトリスタンだとバレているのではないかと何度も疑った。


 けれどそれはバレていたではなくて、魔王がいるとされている『ダンジョン』があるのがトリスタンの相続する領地にあるためだった。トリスタンなら何か知っているかも、もしくはトリスタンの祖父に聞けば何かわかるかもしれないと考えているからだと後でわかった。

 少し仲良くなったころに『魔王』について何か知っているかと聞かれたから間違いない。


 ただ、残念ながら答えられることはなかった。


 祖父ホルストに送った手紙の返事には「魔王はいるが、今は気にしなくていい。詳細は手紙には書けないから来た後で話す」としか書かれておらず、「絶対に逃がすな」という言葉がしつこいくらいに書かれていた。


 逃がすつもりはもちろんないけれど、話さなければならないことがたくさんあるのは確かで、その内容には話したらかなり怒らせそうなことが含まれている。

 怒らせそうな内容ほどさっさと話した方がいい、というのはリュカの考えで、トリスタンもそう思う。


 だけどパートリッジの祖父は王都を出るまでは話すな、と言った――それはやっぱり逃げられないように、だろう。

 つまりやっぱり自分はエリザベスの結婚相手には不足、ということだ。


 シュヘルの祖父は領地に着くまで話すなと言った――それはどういうことだろうか。


 たしかに、どうせ着いたらすべては明るみに出る。口を噤んでいても事態に変わりはない。でも、だからこそわかっていることだけでもさっさと話した方がいいような気がするんだけど。


 あの黒豹は自分だと話したら――きっと怒るよな。

 口を開いてまた噤む。


 なんとか今日中に。うん。



 ~~~~~~



 馬車の窓から見える長閑な初夏の風景を楽しむでもなく、パートリッジ家を出て以来ずっと空気の足りない魚のように口を開いたり閉じたりしながらため息を繰り返しているトリスタンは――絶対何か困っている。


 それについてのエリザベスの心当たりは一つだけだった。


 たぶんだけれど。


 そうたぶん、魔王についての情報があるんだと思う――で、それだけ言いにくいということはつまり、それがあまりよくない内容だということだ。


 ある程度仲良くなったと思ってから「魔王について何か知っているか」と聞いた時は『わからない』、『祖父は手紙には書けない、って』という返事を返されたし、その時は困っている様子はなかったから、あの時点では本当のことを話していたんだと思う。


 だけどあれからかなり経つし、何か言いたそうにしていることも何度かあった。だから追加で何かわかったのかもしれない。

 それで今――黙っていたその情報を、ここまで来てやっと伝えようとしているのだ。明日には王都を離れるし、エリザベスも逃げ出せなくなるから。

 今話そうとしているのは、トリスタンが精一杯誠実であろうとしているせいだと思う。


 だとしたら。


 それはつまり、前にリュカが言っていたみたいに、魔王は性格が悪くて意地悪だとか、見た目が悪いとか――もしくはすごく年上だ、とか。

 あんまり聞きたい情報じゃないけど、すっぱり話してくれるように促してみようか――でもどうせ向こうに着けばわかることだし。本来なら悪いことを先延ばしにするような性格ではないのだけれど、残り少ない自由な期間なのだから現実逃避しておいても悪くないとも思う。


 それにたとえ魔王がどんな人でも、ナイトには(・・)会えるんだし。


 うん。先送りにしてもいいことはないとわかっているけれど、先送りにして悪いこともないだろう。


 気を取り直して、大切に畳んである足跡の手紙をカバンから取り出して一枚ずつ確認した。

 自分の手と変わらない、いやもっと大きいそれにそっと手を重ねてみる。


 きっと元気でいる。


 自分を励まして顔を上げると、なぜかトリスタンはそれまで以上に困った顔になって目を逸らしてしまった。


 ――魔王、まさかナイトに何かしたんじゃないだろうな。

 その時はアリーに踵の高い靴を送ってもらおう。踏んでやる。

 もしくはダンジョンの入り口に聖魔法で結界を張れないかやってみよう――二度と出て来られないようにしてやる。


 とりあえずそんなことを考えて心を落ち着け、足跡の手紙に視線を戻した。


 最後に送られてきた一枚に頬を寄せて目を閉じる。

 冷たい便箋は艶々した毛皮には比べようもないけれど、もうすぐ会える。そうしたら今度こそしっかり抱きしめて、「もう安心だよ」って言うのだ。


 口もとに浮かぶ笑みを隠さずにそのまま目を開けたら、なぜかトリスタンは今度は即座に目を逸らした。


 ――トリスタン、まさか向こうに着いたらナイトを横取りするつもりで送ってくれることにしたんじゃないだろうな。

 そう思いながら見れば、黒髪金目のトリスタンの容姿は、黒毛金目のナイトとお揃いで、よく似合う。

 トリスタンがナイトを欲しいって言ったら、その時は。


 その時はどうしよう。


 ……とりあえず諦めてくれるように誠心誠意頼むくらいしか対策が浮かばない。


 ちょっと自信を無くしつつ、長閑な景色の続く窓の外に視線を戻したエリザベスがトリスタンの赤らんだ頬と耳に気づくことは残念ながらなかった。


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