56. お茶会終了
誰よりも低く抑えた声。
リディアにしてはあり得ないほどに真剣な表情。
「……で、他に誰が着やせするタイプなんですか?」
「……本人に言わないでよ? ナイジェル以外だと、まずはリュカとディミトリよ。……それからウィル。ステファンは見た通りだから知ってるでしょ? ウィルはあれ程じゃないけど、王子様にしてはちゃんと締まってて……ジョナサンとトリスタンは見てないからわからないし、ロドリックはまだ若いから線が細くて最後まで少年の域を出なかったの……。
でもね? ジョナサンは寝起きが最高に素敵なのよ……もう、あれを見たらベッドから出られなくなりそうな……じゃなくて。着やせするかって話だったわよね。
ええっと、アントニーのことは話さないってこの前リリアナと約束したから言えないし、ニコラスは細身で、といってもやっぱり女子とは全然違うし、シャツの上から見るよりはやっぱりしっかり男の子で、胸から腰までの横幅がね、こう……」
「何の内緒話かな?」
割り込んできたリュカの声に、ぴたりと口を閉じた。
「あら、トリスタンとのお話は終わったんですか?」
何食わぬ顔でリディアが聞く。
「ああ、終わってないけど、僕たちは家でも話せるし。ちょっと祖父に聞きたいこともできて、中断したんだ。アリーとナタリーはまだ交渉中か……ところでエリー、君のお願いとやらだけどさ、今度話してみるよ」
そう言われて驚いた。
だってそう言われたということは――トリスタンが話してくれたに違いない。
だけど、トリスタンにはゲームの記憶などの話はしていないのに。――それとも祖父があらかた説明してくれていたのだろうか。そうかもしれない。エリザベスが鳩を飛ばした時もあまり驚いていなかったし。
感謝の気持ちでトリスタンに目をやったら。……なぜか気まずそうに視線を逸らされてしまったけれど。
「でも、その前に一つだけ確認しておきたいことがあって――エリーは本当にウィルより『魔王』がいいのか? 会ったこともないんだろ? もしかしたらすごく嫌なやつかもしれないじゃないか。年寄りで、不細工かもしれない。それに『魔王』なんだぞ? 嫁に行ったりしたらどんなひどい目に遭うか――」
不安気に揺れたエリザベスの瞳を見て、リュカがやっぱり、というように頷いた。
「エリー、行きたくないならそう言っていいんだ。ここはトリスタンの魔法で声は洩れないんだし、僕たちは誰もエリーを責めたりしないから」
勇気づけるようにリュカがもう一度頷いた。
涙目になったエリザベスがゆっくりと口を開く。
が。エリザベスの口から出てきた言葉はリュカの予想したものではなかった。
「だったら――今すぐにでも行きたいの。リュカ、私、酷い目に遭うと思う? それなら、ナイトは、攫われたあの子はどんな目に遭ってると思う? 私、主人なのに何もできない。もし来月の手紙が来なかったりしたら――」
その澄んだ目にみるみるうちに涙が盛り上がった。
「大丈夫だよ! うちの祖父が――パートリッジの方じゃなくて男爵領の方の祖父が、『ダンジョンは穏やかで魔物の動きに変調はない』って一昨日手紙をくれたばかりだ。『魔王』が不機嫌ならダンジョンは穏やかじゃない。穏やかだってことは変わりないってことだから、君の使い魔も元気だってことだよ。それに君が言ったんだぞ、『嫁に来るやつの使い魔を酷い目に遭わせたりしたら、嫁本人に逃げられる』って。『魔王』が本当に欲しいのは君なんだから、あいつは大丈夫だよ。元気でいるって」
大急ぎでとりなしてくれたトリスタンの言葉に慰められ、どうにか気を落ちつける。
「つまり、ハンサムな王太子ウィルより、不細工でジジイな『魔王』なのか? エリー、正気か?」
リュカは信じがたい思いでエリザベスを凝視した。
けれど心配するリュカの言葉の前半をエリザベスの耳はすっ飛ばしたらしい。
「不細工でジジイ? リュカ、会ったことあるの?」
びっくり顔で聞く。
「いや、ない」
「じゃ、顔も年齢もわからないってことじゃない」
そう言いながらエリザベスが見るのはトリスタンだ。『記憶』にある中で一番『魔王』に近い人。
もちろんここまでを求めるつもりはないけれど、希望くらい持ってもいいと思う。
「性格が悪いかもしれないぞ、なにせ『魔王』だし」
「私の知ってる『魔王』は別に性格は悪くなかったわよ?」
そう言いながらまた見るのはトリスタンの方だ。
やっぱりここまでを求めるつもりはないけれど、希望くらい持ってもいいと思う。
「チビでデブで毛深いかも。もしくはハゲとか」
「だって見たことないんでしょう?」
そう言いながら――以下略。
「エリー、『魔王』だぞ?」
「それは何度も聞いたわよ? しかも複数から」
「ウィルよりいいのか?」
確認するように繰り返されても、会ったことがない以上比べようがないし比べる気にもなれない。
ナイトなしのウィリアムとナイトありの『魔王』なら、どっちに自分が必要かって、当然後者だ。
それに『魔王』は社交界や政治世界から追放された妻がいてもまったく気にしない数少ない一人でもある。
というか、おそらく小難しい政治には無縁だ。税収とか領地経営も。それとも『ダンジョン』経営とか、あるのだろうか――そう考えると、笑えてくるけれど。
「エリーにとっての俺たちが恋愛対象に入ってないことはわかってるよ、でも『魔王』よりは俺たちの方が――ああっと、ごめん。僕たちの方がマシだと思うんだよ」
どのへんが、だろう?
ちょっと怒っているみたいな声。一人称を取り繕い損ねたらしいリュカは何が言いたいのか。
「『俺』でいいわよ? ここがウィルベリー家だからって改まらなくていい――アリーも気にしないわ」
エリザベスはそう言ってからもう一度トリスタンを見た。
田舎の男爵家の跡取りであるトリスタンだって、領地経営からは逃げられない。
「会ってみて好きになれなかったらどうするんだ? 逃がしてくれないぞ」
ふむ。
でも、その時はたぶん。
……ウィリアムが攻略されるストーリーだと、大抵の場合トリスタンが魔王になった。つまりどこかで代替わりするんだと思う。
その話を誰かにしたことはない。――末っ子とはいえ公爵家の子息が魔王になるなんて、とても口には出せなかったから。
トリスタンに魔王になって欲しいわけじゃないけれど、生き延びてさえいれば、いずれは解放してもらえる可能性は高い。それに、逃げられなくても一人じゃない。ナイトがいる。
「その時はその時。できるだけ楽しくやるわ。料理も家事も結構覚えたし」
「つまり俺たちより『魔王』なのは変わらないのか?」
リュカも(・)けっこうしつこいな、と思いながら答え方を変えてみた。
「私にわかるのは、私が『ナタリアがあなたを想うようにはウィルを愛してない』ってことと、ウィルが『あなたがナタリアを想うようには私を愛してない』ってことだけよ。
私にとってはウィルもあなたも同じなの。そういう意味ではまだ見ぬ『魔王』様の方が望みはあるわ。少なくとも彼は他の誰かじゃなくて私がいいって言ってくれてるんだし」
横から声が割って入った。
「それなら――私も、エリザベス様のお願い、お引き受けいたします。喜んで妹様のお友達になりますし、今後もウィリアム殿下をお支えいたします」
「ナタリア様! アリー、頼んでくれたの? 二人ともありがとう――これでやっと前に進めるわ」
エリザベスが笑顔になる。
計画通りに進んだのに、なぜか嬉しくなさそうな表情のアリアンヌが不思議だけれど、一歩進んだ。
「そのかわり、と言っては失礼かもしれませんが、私ともお友達になっていただきたいのです。リディア様やリリアナ様のように」
「ありがとう。もちろんよ。とっても嬉しいわ。学院では表立って仲良くはできないと思うけれど、私、あなたみたいにまっすぐで公正な人、大好きよ。サリーをお願い。あの子けっこうそそっかしいのよ。情にもろいし」
心から嬉しそうにお礼を言うエリザベスに二心などない。
その笑顔が眩しく見えて、ナタリアは目を伏せた。
ああ、やっぱり自分はこの人には勝てない――そう思った。
きっとリュカは、この人との約束を一生心にとめて、第一に守って生きるのだろう。
エリザベスの心の中にリュカに対する恋愛感情が欠片もないことはわかっている。助けてくれた時に感じたのは、一途な思い。『あなたに生きていて欲しい。戻って来て欲しい』という愛の感情だけだった。
それでも、自分が愛する男性の心の一部を占める異性の存在が少しだけ妬ましく思える、そんな自分が恥ずかしい。
そんなナタリアの心を包むように、リュカがそっと手を取ってくれた。




