55. お茶会(アリーとナタリー)
「あの、アリアンヌ様? 今日のこのお茶会って、お叱りを受けるわけではないのですか? エリザベス様は、本当にもてなすつもりで私達をお呼びになったの?」
俯き加減で控えめに声をかけられた。
三つ年上の侯爵家のお嬢様は随分緊張している様子で、膝の上の右手を左手がしっかりつかんでいる。
「叱るなんて、ナタリア様。姉はそんなことをする人じゃないわ。今日はナタリア様とリュカ様にお願いがあって、それで来ていただいたんです。
それにお二人がちゃんと元気でいるか知りたかったから。ほら、姉は王太子の婚約者になってから外出が難しくて――お二人とも学院にもほとんど出て来られていない様子でしたし、ナタリア様はこのまま卒業したことになさってしまうかもしれない、って思ったようで、一度会いたかったみたいなんです。
お願いがある立場なのに呼びつけるのは申し訳なかったんですけど、二人一緒の方が安心だろう、ってこともあって、来ていただくことになったの」
「お願い……?」
「そう。それに、ちゃんと二人が元気でいるかどうかの確認。さっきの盗聴具は、お父様ですか?」
「ええ、これ以上粗相をすると困るし、リュカに近づき過ぎないようにしなさいって。あと、エリザベス様が本当に怒っていないかどうかを知りたかったみたい」
なるほど。ビジョット侯爵の親心だったのか……とりあえず盗聴の魔術具の出所がわかってよかった。着替えた時に外した、で済ませることができそうだ。
「お二人の嬉しそうな顔が見られて、姉も安心したと思います」
ここに来てから視線が殆どナタリアから動かないリュカは、今も微笑みを浮かべてナタリアを見ながら、リラックスした様子でトリスタンと何か話している。
きっとこういうやつが、姉の言う『リア充』ってやつなのだろう。
そしておそらくこの二人は船上での騒ぎ以来初めて顔を合わせたのだろう。吸い寄せられるように視線がお互いに向かう。
「でも、エリザベス様はパートリッジ公爵家に通っていらしたのでしょう? だったらリュカのことは――あの二人は公爵家で会っていたのではありませんか?」
そう聞く声がまだ不安そうだ。
「いいえ? さっきもお料理の話でリュカ様は驚いていらしたでしょう? 会ったことはなかったんじゃないかしら。毎日ではないにしろ四カ月も出入りしていて気づかせないなんて、変装していたとはいえ姉もなかなかですよね」
解せない顔のナタリア嬢ににっこり笑って見せたら、なぜか酷く辛そうな顔をされた。
『会っていない』と言ったのに、辛そうになるのはどうしてだろう。
「ではエリザベス様はどうしてパートリッジ家に――?」
「花嫁修業の一環、ですって」
「え……?」
苦笑しながら言ったアリアンヌの言葉にはっきりと顔色が変わったナタリア嬢を見て、アリアンヌは慌てて両手を振って否定した。
『ナタリアは嫉妬心に苦しんでいた』ってエリザベスが言っていたことを思い出した。
「そうじゃないんです! パートリッジ家の誰かのところに嫁に行くとかじゃなくて、ただ単に料理と家事を覚えるためなんですけど、うちの親はいろいろちょっと面倒なのでここでやるわけにはいかなくて。それでお祖父様がパートリッジ家でやらせてくれているの――ほら、私達とパートリッジのお祖父様は同じ――従兄妹だから」
ナタリア嬢は少しだけほっとした顔になったけれど、また眉を寄せた。
「でも、エリザベス様は王妃になるのだし、王家に入ったら料理や家事なんて必要ないでしょう?」
そうそう、そうなんです――普通なら。
でも、残念ながらこの姉は普通ではない。
「そこなんです。今日のお願いが絡んでるの。単純に言うと、姉のお願いは『ナタリア様に私達の妹のサリーの友人になって欲しい』ってことで――、どんな時もリュカと一緒に、ウィリアム王太子殿下とサリーを支えてやって欲しい、ってことなんですけど」
ナタリア嬢の目がまん丸く見開かれた。
その顔から全く予想外のお願いだったことがわかる。
「妹、様の?」
「そうなんです。――どうですか」
「それは――もちろん喜んでお友達にならせていただきますが、今の時点ではお約束はできません。理由があるのでしょう?」
ああ、やっぱりステキな人だ。
アリアンヌは心の中で二度頷いた。
恩のある相手の頼みごとにも即決しないだけの分別がある。やっぱり、自分が一目置いているリュカが選んだ人だけある。
自分と相手のカップに新しいお茶を注ぎ直して、「今から話すことは他言無用です」と前置きをした後、アリアンヌは最初から話し始めた。
ただし、ゲームの部分はさっくりと割愛し、姉にあるのは前世の記憶ではなく、自分が学院にいる間の『未来』の一部が見える、ということに変えさせてもらった。
流石に、あれは無理がある。
幼少の頃にエリザベスが見た『未来』は、エリザベスはウィリアムと婚約するものの、一方的に非難される形で婚約は破棄される。姉は追放され、妻となったのは妹のキャサリンで、しかもウィリアムと妹の二人は思い合っていた、というものだった。
それを知っていたエリザベスは最初からウィリアムとの婚約に乗り気でなく、むしろひどく嫌がっていて、どうにか婚約を避けようとしてきたけれど、結局人生は姉の見た『未来』通りに進み、ウィリアムと婚約することになった。
変えることもできない『未来』なら、なぜそんな結末を見せられたのかと不信に思っていたら、婚約式の夜、ウィリアムとエリザベスが二人揃って将来を否定される夢を見た。
ウィリアムの部屋のドアにはナイフで切りつけたような傷跡が残されていて、エリザベスの方は当面の『身代わり』にと、かわいがっていた使い魔が連れ去られた。
そして、『魔王』がエリザベスを妻にと望んでいるらしいことがわかった――。
エリザベスが学院にいられる期間は、短ければあと半年と少し。エリザベス自身は、自分の追放はこのためだったのだと納得して、今は『魔王』のところに行くつもりで――役に立つ人材であることを示そうと料理や家事を学んで『花嫁修業』をしている。
『魔王』から王太子の婚約者をよこせと脅迫されていることを公表したりすれば国がパニックになるため、情報は伏せられているが、国王と五公爵家の当主と前パートリッジ公爵である祖父は知っているし、国を守るために将来的にウィリアムとエリザベスの婚約を解消し、エリザベスを『魔王』のところに送り出すことも覚悟している。
ウィリアムの立場を守ったまま婚約を破棄するには、自分の見た『未来』通りのことが起こるのが最適。そのために自分の方に非があることにしよう、これからは妹を貶める悪役になり、それを理由にウィリアムの方から婚約を破棄させよう、エリザベスはそういうつもりでいるが、その過程でエリザベスやアリアンヌとは母親の違うキャサリンが必要以上に周りから謗られることのないよう、キャサリンの周りを信頼できる人材で固めておきたいと考えていて――。
そこまで話して、アリアンヌは一度言葉を切り、手つかずのまま冷めてしまったお茶を淹れ直し、エリザベスが朝から手作りしたお菓子を薦めてさらに話した。
なかなかエリザベスのことを諦めてくれないウィリアムの説得をリュカに頼みたいと考えていること、今後は生徒会のメンバーにも全てを話し、協力を要請する予定であることを付け加え、以上が理由です、と結んだ。
そして、全てを聞いたナタリア嬢は。
「お受けすることなんてできません」
と、真剣な顔できっぱり断った。
うん。この人の頭は正常だわ。
「ですよね!」
がば、とナタリアの手を取ったアリアンヌを、年上の侯爵令嬢は驚いた顔で見つめた。
「私もそう思うんです。なのにエリーったら、『王妃』より『魔王の嫁』の方がいいみたいで、毎日楽しそうに料理や家事を……行先が田舎だからってこの頃では菜園だけじゃ飽き足らずに農園とか、畜産を生業にする人たちに話を聞いたりとかもしてて、『魔王』の方がいいポジションだとか言うんですよ。
絶対そんなはずないって思うんですけど、何度言っても『王妃』なんてゴメンだ、ウィリアム殿下と結婚なんて絶対嫌だ、だったら家出するとか言い出す始末で。
ちなみに、リディアとリリアナも知ってるんですけど、説得は無理でした。むしろ逆に説得されてる感じで……私もそうなんですけど。
だけど『魔王』って、恐ろしい存在ですよね? 私だったらそれの嫁なんて絶対無理――でも、姉が『未来』で見た『魔王』はもっと素敵な人だったみたいで、そっちに行けば攫われた使い魔にも会えるって、むしろ本当に楽しみに――って言っても、姉が見たのは「今の」魔王じゃなくて、「次の世代の」魔王らしいんですけど。
姉は、さすがに『魔王』を敵に回してまで『嫁』を奪う他国の王子もいないだろうし、むしろ安心だわ~、なんて本当に呑気で。
ナタリア様、なんとか説得できませんか?」
そこまで言って、相手が目を白黒させているのに気がついて、とりあえず手は離した。
お茶を一口飲んで、コホン、と咳払いをする。
「それに――」
と言いかけたら、ナタリア嬢は『まだあるのか』という顔をした。
当然だな、と思いながら肯定の印に頷いた。
「パートリッジのお祖父様の様子がおかしいんです。姉は祖父のお気に入りで――それこそ孫の中では一番のお気に入りなんです。なのにあの祖父が姉を『魔王』の嫁にすることに一切反対していないの。絶対におかしいと思うのに、ニコニコするだけで何も教えてくれないんです。しかもそれがいつもの妖怪みたいな作り笑いじゃない……パートリッジの伯父様も何か知っていると思うんですけど、聞いたりできないし、うちの父は全然頼りにならないし……」
本心からのため息を吐いて、またお茶を口に運び、みたらし団子を噛んだ。
適度な弾力と冷たさが気持ちいい。
最初に食べたゼリーも美味しかったし、姉が着実に腕を上げているのは確かで、これなら本当にシェフでもやっていけるかも、と思いながらアリアンヌはお茶に手を伸ばした。




