53. お茶会(リュカとナタリア来る)
残暑の日差しがまだ厳しいため、水曜日は室内サロンでのお茶会となった。
エリザベスは前日から張り切って(護衛付きで)買い物に出かけ、季節に合わせた三種類の冷たいお菓子を準備した。
薄い緑から青にグラデーションするゼリーにレモンの輪切りを閉じ込め、ミントの葉を乗せたもの。
青肉のメロンをふんだんに使ったムースはヨーグルトの層の上に新鮮な生クリームの層、その上に同じメロンのジュレを敷き、果肉も乗せた。
それから冷水でしっかり冷やした、もちもちつるんのみたらし団子。
焼き菓子やケーキはウィルベリー家のシェフの作ではあるが、お茶はパートリッジ家のシェフ直伝のフルーツティーで、みたらし団子に合う緑茶も用意したし、途中からはアリアンヌとリディアも手伝ってくれた。
キャーキャー楽しく準備して、整ったところにナタリアが到着し、間をあけずにリュカとトリスタンも到着した。
控えめに視線を交わすリュカとナタリアは少し緊張している様子だったのでその場では挨拶の時間を取らずにサロンに通す。
テーブルに揃ったお茶とお菓子を見て、トリスタンが小さく笑ったのがわかった。
みたらし団子と緑茶はトリスタンの好物なのだ。
公爵令嬢然として過ごしていた時はこの世界の食事事情は西洋的な物が多いのだと考えていたけれど、自分で料理をするようになってわかった。西洋風の料理が多いのは地理的な設定のせいで、探せば東洋の食材も結構見つけられるし、公爵家の伝手を頼れば入手するのも難しくない。
いろいろ作って感想を聞いてみたところ、トリスタンはけっこう和食も好きらしい。
サロンにはお茶を淹れるための使用人が控えていたのでそこできちんとした挨拶を受ける。アリーと一緒に、呼びだしたことを詫びて席に着き、使用人は下がらせた――。
ふう。
「トリスタン、お願いしていいかしら?」
「テーブル? 部屋全部?」
「せっかくだから部屋一つ、お願いします」
頷いたトリスタンが盗聴透視防止の呪文を唱えて――ちょっと眉を寄せた。
「ゴメン、ちょっと――」
そう言って視線を向けるのはナタリアの方――と。
カシャーン!
陶器の割れる音に続いて「あ! ごめんなさいっ!!」と謝るのはアリアンヌ。
「あ~、すみません、濡らしちゃって、これ、ダメですよね、ごめんなさい。すぐに着替えを――大丈夫です。ちょっと一緒に来てもらってもいいですか」
独り芝居をする間、ずっとアリアンヌの唇の前には指が一本立てられていた。
ささっとナタリアの手を取ってサロンから出て行く。
アリアンヌに言われたのだろう、使用人が入ってきて、アリアンヌが落として割った空のカップを片付けて出て行った。
アリアンヌとナタリアはほどなく戻ってきた。もちろん着替えてなどいないけれど、無言のままアリアンヌがトリスタンに渡したのはナタリアの胸もとに止めてあったブローチだ。
トリスタンはこちらも無言で受け取るとそのまま隣室に通じるドアを開け、そこにあった椅子の上に置いて戻ってきてドアを閉めた。
もう一度呪文を唱え直して、ほっと息を吐く。
「もう自由に喋っていいよ。部屋の中だけだけど、外からは覗けないし、自由にして――って僕の家じゃないけど」
トリスタンの言葉に残り四人もほっと息を吐いた。
「ありがとう、トリスタン。助かったわ。私、そういうの上手くできなくて」
エリザベスがお礼を言うと、トリスタンは小さく肩をすくめた。
「どういたしまして。緑茶、もらうね」
その力の抜けた感じが嬉しい。
「どうそどうぞ~。リュカとナタリアも、どうぞ寛いでね。焼き菓子以外は私が作ったのよ! 学院では化けてるから、なかなか披露する機会がなくって。今日は呼びつけて本当にごめんなさい。二人一緒の方がいいかと思ったの」
エリザベスも公爵家の令嬢モードを終了して話しかけた。
「え? エリーが作ったのか? これを? だけど僕、家でこの青と緑のやつ、見たことがあるような……」
目を丸くするリュカにあっさり説明する。
「そうなの。私この頃――って言ってももう四ヶ月になるんだけど、パートリッジ家の厨房にもぐり込んでるのよ。ちなみに一昨日のラムチョップのソース、私が作ったんだけど、どうだった? デザートのエッグタルトの卵はその日の朝に私が回収した産みたてよ。もちろん作成も私」
ふふん。と胸を張るエリザベスだ。
「え?」
聞かれたリュカの方は戸惑った顔。
「『え?』って? 一昨日はリュカが帰ってきてるから一つ多く作ってくれって料理長が――食べなかったの?」
感想を聞ける滅多にない機会を逃したか、と残念に思う。
「え?」
もう一度聞かれた。
本当に食べなかったのだろうか。
「表面が焦げてたから嫌だったの? だけどあれはちょっと焦げてるのが本当なのよ?」
見た目で好き嫌いをしてはいけない、と説教しようかと思っていたら、トリスタンが答えた。
「普通に食ってたよ。美味しそうに。ラムも、ちゃんと美味しかったよ」
「ありがとう! よかった~」
ぐっと拳を作る。
「エリーってば、もう追放されたら仕事はシェフでいいんじゃないの? 私、雇いたい」
リディアがメロンのムースを口に運んで笑顔になった。
「ありがとう。むこうでうまくいかなかったらそれで交渉することにするわ。ナタリア? 食べてみて。けっこう頑張ったのよ。ちなみにこっちのお団子はトリスタンのお気に入りなの。今日はわざわざつき合ってもらってるから、トリスタンにもお礼がわり。どうかな?」
「ん。美味しい」
素直に答えるトリスタン。
よっしゃ。
もう一つ拳を作るエリザベス。
リュカがナタリアにメロンのムースを薦めてくれて、スプーンですくってそっと口に運んだナタリアが目を丸くした。
「美味しいですよね。シェフに欲しいと思いませんか?」
と、リディアが聞いて、その言葉使いにハッとさせられた。
ついうっかり親しく話しかけてしまっていたけれど、あの船上での出来事以来ナタリアに会うのは初めてだし、それ以前のナタリアは白魔法のクラスでたまに会うだけの友人の姉で、すれ違えば会釈をする程度の付き合いしかなかった。
馴れ馴れしくし過ぎた。
「ごめんなさい! 私、失礼でしたよね。年上の方に――他人の気がしなくて、ついっ!」
焦ってあわあわしながら謝ると、なぜかナタリアの方まであわあわし始めて、二人でしどろもどろになっていたらリュカが笑い出した。
「いいんだよ、エリーは僕たちを助けてくれたんだから――しかも僕なんて二度目だ。僕のことならもう所有物と思ってくれていい――今日は、どうしたの? こんなふうに僕たちを呼び出すなんて」
リュカは先週から自主謹慎を説いてまた学院に通いだしたと聞いてはいたけれど、学院でもパートリッジ家でもほとんど顔を見る機会がなかった。だから久し振りのリュカの笑顔と落ちついた声は嬉しい。
が、所有物というのはいただけない。しかもナタリアの目の前で。
「リュカ。所有した覚えはないしするつもりもないから、そういうことを言うのは冗談でもやめて。私があなたを助けたのはナタリアさんに頼まれたからで、それだってあなたを助けないとナタリアさんが戻って来ない、ってわかっていたからよ。
でも、そのせいでウィルと婚約する羽目になったわ――酷い目に遭ったんだから殴るくらいしてもいいかも。……あ、でももう叩いたような気がする。うん。思いっきり叩いた覚えがあるわ。ごめんなさい」
右手を見ながらそう言った。
「僕の記憶にはないけど、確かに叩いた人がいたようだね。後で鏡を見たらほっぺに手形があったから。あれ、エリーだったんだ?」
左の頬を撫でながらリュカも言う。
「超特急だったから加減できなかったのよ。ナタリアさんの方が消えかかってて。本当に、あの時ナイトが来てくれなかったら――」
言葉が尻すぼみに消えた。
ナイトのことを思い出すのは、まだ辛い。
特に、温かい毛皮に触れた感触を思い出すのは。
流れ込んでくる魔力と混じり気のない純粋ないたわりの気持ちを思い出すのはもっと辛い。
大きく首を振って、気を取り直す。
「でも、まあ、二人とも戻って来てくれてよかったわ。……お茶、どうぞ?」
もう一度お茶を薦めたものの、次の言葉が出なかった。
だってこの流れで頼み事なんてできない。結果的に自分はこの二人の命を救ったのだし、自分が頼みごとをしたらこの二人は断れないだろう。そうとくればこれは頼み事ではなくて……強制だ。
「ね、エリー、これ、どうやって作るの?」
「え~っと、一番下にヨーグルトのムースで次がメロン入りムースで、一番上がメロンソース。ムースのところは生クリームとゼラチンで、砂糖はね……」
リディアに質問されたので本日のお茶菓子についてなんぞを話してみたものの、ここから、いったいどうしよう。




