31. 『シルヴァヌスの子』出現
「とにかくみんな運ぼう、ウィル、リュカ、手伝ってくれ。ジョナサンは一応その子たちのところに――警戒は続けておけよ」
上級生三人が太陽の光の中に踏み込んでいき、まだ倒れている生徒たちを運ぼうと声をかけた――その時だった。
フウゥッ!
ナイトがまた威嚇の声をあげ、今度はエリザベスの前に飛び降りた。弓なりに逸らせた背中の毛が逆立っている。
エリザベスはその勢いに二歩退いて、王太子たちに危険を知らせる声をあげ――その声を失った。
呆然とするエリザベスの横でリディアが悲鳴をあげる。
陽の光が燦燦と降り注いでいた空間に、うねうねとした細長い緑の触手が蠢いて、上級生たちを取り囲んでいた。
あっという間に巻き付いて――二人が膝をつくのが見えた。ウィリアムと、リュカ――その二人にナイジェルが怒鳴った。
「リュカ! 火だ! 燃やせ!」
自らは剣を振りまわし、触手を叩き切る。
キイィィィィッ
切られた個所からかん高い悲鳴のような音が響いて、ウィリアムとリュカが苦痛の声をあげて身体を震わせた――。
「切るな! ナイジェル! 攻撃はするな――! 動けるなら離れるんだ! 地面に近づくな!」
初めて聞くウィリアムの怒声。
「なん、どうして――!?」
巻き付こうと新たに伸びてきた触手をどうにか飛び躱し、ナイジェルが頭上の木の枝を片手で掴んだ。
標的を見失ったらしい触手が地面に戻る。
ナイジェルはそのままどうにか剣を鞘に戻し、両手で枝を掴み直すと、勢いをつけて樹上に身体を乗せた。
「こいつは『シルヴァヌスの子』だ――こいつらは生き物から魔力を吸い取るんだ」
ウィリアムの声に頭上のナイジェルの顔色が変わった。
「あいつらや僕は――囮、か」
ナイジェルの呟きにリュカも怒りを含んだ声で言う。
「そうだ。最初から魔力が多い僕とウィルを狙ってた――だからお前を見逃して油断させたんだ。攻撃すればそれだけ早く魔力を吸われる――教師を待って、一気に火魔法をかけるか強力な除草剤にするか――僕一人じゃ無理だ。なんにしろ僕たちが取り込まれる前に片を付けないと。ジョナサン! お前の使い魔は――くっ!」
リュカの身体が沈んだ。
「どうやら気に入られたらしいな。リュカ、怒るな。焦るな。それにできるだけ動くな――魔力が表に出ないように感情を押さえろ」
そう言ったウィリアム王太子の身体も静かに地面に沈んでいっているように見える。
それはそうだろう。王族は魔力量なら随一、絶対に逃がしたくないはずだ。
どう、したら。
呆然と立ち尽くす下級生に、それでも王太子は笑顔を見せた。
「離れているんだよ。僕らを捕まえたんだから、囮は必要ない。次捕まったらもう見逃がしてはもらえないだろうからね――」
「そん、な……」
リディアの声が震えた。
白フクロウが戻ってきて、ジョナサンは今度はその足に手紙をつけて飛ばした。
「『シルヴァヌスの子が出て、王太子を含む生徒が数名囚われている』そう書きました」
頷いて、木の上からナイジェルが言う。
「そもそも『シルヴァヌスの子』がなんで、こんなところに生えたんだ――? もっと奥の植物だろ? おい、ここからロープを垂らしたら出てこれないか?」
「種で増えるんだから鳥にでも運ばれたんだろ? ロープは気やすめだな――お前が乗ってる木ごと喰われるだけ――お前も早めに離れろ。こいつらはどん欲だ。根っこが届くところに大きな植物がないだろ? でも、とりあえず離れる前にウィルを縛ってやれよ。取り込まれるのが僕より早そうだ」
落ち着きを取り戻したらしいリュカの声に、ジョナサンが自分の荷物からロープを出し、木の上のナイジェルに投げる。
ナイジェルはできるだけ太そうな枝に結んだロープの片側をウィリアムに投げた。
ウィリアムが自分の両脇をくぐらせるようにロープを結ぶと頭上の枝がしなった。
ひょいひょいと枝を伝ってナイジェルが戻ってきて、自分の荷物からもう一本ロープを出すと近くの太い木の幹に結び、反対側をリュカに投げた。
リュカも同じように自分の身体に結び付け、ゆっくりと引いた。と、その顔が苦痛に歪んだ。
「逆らうと棘で刺される――結構痛いぞ」
「だからおとなしくしてろって言っただろ」
そう言うウィリアムは既に腰近くまで沈んでいる。
教師を待っている時間があるのだろうか。
「あの、何か、私たちにできることは――」
「ん~、その子たちをもう少し遠ざけておいて欲しいくらいで、今はあんまりないかな」
顔は笑みの形を作っているけれど辛そうだ。
かなりの魔力を吸われているのだろう。二人とも顔色が悪い。
待つ時間は長い――エリザベスたちは近くにあった石に腰掛けた。
誰も何も話さなかったけれど、やがてナイジェルがぽつりと言った。
「なあ、縁起でもないけど――このまま取り込まれたらどうなるんだ?」
リュカが何を今さら、といった顔をする。
「順番でいうならうちはステファンが後を継ぐ。次男だからな。ウィルだってそうだ。ロドリックが継ぐ。だろ?」
「そうだな~。泣かれるかもな。あいつ甘えん坊だから」
ウィリアムが苦笑する。
「泣いてくれる弟がいるのが羨ましいよ。うちは全員競争相手だ――いや、トリスは別だったけど」
「末っ子か。まだ見つからないのか?」
「ああ、絶対ジジイが隠してるんだって思ってたんだけどな~」
リュカが言葉を崩して言った。
「隠してるにしたって学校は来させないとまずいだろ?」
ナイジェルが座っていた石から立ち上がる。
「だから今年は出て来るんじゃないかと思ってたんだよ――でも出てこなかった」
「なんだかんだで心配してるんだな」
ウィリアムが優しい声で言った。
「あいつが攫われたのは僕のせいだし」
「間違えられたって言ってたよな」
「ああ、あいつは僕によく似てたから――目の色は違うけど。あいつは金目でさ。なのに僕より冷めた目をしてて、ジジイがいつも心配してた」
「お前の祖父さん、誰かの心配なんてすることあるのか? おっかねえよな~。あの眼鏡、見るたびにぞっとする」
ナイジェルが身体を震わせる。
「それはお前が悪戯ばっかりしてたからだろ。くそ、あのジジイ、気づいてるんならさっさと来ればいいのに――まさか無視か?」
「?」
ウィリアムが首を傾げて先を促した。
「うちのジジイ、血縁者の健康状態がわかる魔術具を持ってるんだよ。今の状態って結構危険だと思うんだけど、助けに来る気がないのか? 自分で何とかできる状況だっていうのかよ、これ――あのジジイは自分で何とかしろって時は来てくれないんだ。ひっでージジイだと思うだろ?」
上級生たちの話を聞きながら、エリザベスもトリスタンも祖父が自分の様子を見に来てくれたことを思い出していた。
祖父が来てくれるとしても、それまでにどれだけ時間の猶予があるか――。
その間にも話は続く。
「『シルヴァヌスの子』は好物が魔力や生命力。通常は森の深部で植物や動物を喰いながら生きてる。実は滋養強壮に効く。花から採れる香水にはチャーム効果があるが入手は非常に困難。王宮の植物園で強化ガラスの植木鉢を用いた水耕栽培の個体あり――悪魔属性の植物で弱点は炎と聖属性の攻撃。討伐は除草剤と炎の組み合わせ。他になんかあったかな……おい、ウィル。お前は何か知らないか――ウィル!? 頭埋まってないだろうな――ウィル!」
「……埋まってないよ。あとちょっとだけどね」
王太子は既に肩が地面に埋まりそうになっていた。




