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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第二章 入学
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30. 罠

 王太子ウィリアム、フォーレイン伯爵家ナイジェル、パートリッジ公爵家リュカ。

 そこにエリザベスとジョナサンと、リディア、だ。


 羨ましそうな女子生徒たちの視線に、代われるものなら代わりたいと思いながら歩き、グループ行動になってみんなと別れてからは、ほぼ諦めの境地で森の中を進んだ。


 できるだけリディアにくっついて過ごそうと思ったのに、二年生はそれぞれの一年生を指導しながらという実習計画らしく、話しかけることはできるもののちょっとだけ距離があいている。エリザベスの隣には当然のように王太子……一応、二人の間にナイトが入ってくれているのだけれど。


 実習先は王都西の森だ。

 学院自体が王都の西の外れにあり、その奥に広がる森林はそれなりに広く、強くはないけれど魔物も出る。

 実習内容はそこに生息する魔術に利用可能な動植物の採取だ。どのような動植物が生息しておりどう気をつけるかはこれまでの授業で学んだので、今日は実践。


 出発前には復習を兼ねて王太子自らが装備の整え方、気をつけること、歩き方など、一つ一つわかりやすく丁寧に説明してくれた。

 もちろん優しい笑顔付き。


 顔を見るとふとした拍子に見とれてしまいそうになるので、俯いて頷くように心がけて乗り切った。

 森を歩くときは手を繋がれそうになり、どうにか固辞した。


「エリザベスは本当におとなしいね。もうすぐ三カ月なのにまだ新入生みたいに見えるよ。ちっとも僕に慣れないし――もう少し近くにおいでよ。そんなに緊張しなくても心配いらない。この森の魔物は強くないし、奥には入らないことになってる。

 それに、ナイジェルは剣技ができる。来年は騎士科を目指すって言ってるんだ。リュカの黒魔法もすごいよ。僕の学年では断トツだ。流石パートリッジ公爵家の長男だって思う。

 エリザベスの特性は聞いてるよ。白魔法メインなんだから何かと闘う必要はないし、森の中には先生たちだっているんだから、僕たちが怪我をする可能性は――」


 そう説明されているときだった。

 さほど遠くないところから、女生徒の悲鳴があがった。


 ささっと一年生女子を背後に庇う王太子の前にいつの間にやら剣を抜いたナイジェルと杖のようなものを手にしたリュカが進み出て、リディアとエリザベスを挟んだ殿しんがりにジョナサンがつくと、すぐに白いフクロウが飛び立った。


 ――なんていうか、小さくてもさすが魔法世界の紳士だ。


 辺りを警戒しながらじりじりと進む。

 一瞬ためらうような動きを見せた後で、ナイトも悲鳴が聞こえた方へと駆け出して行った。


 思わず引き止めそうになった声を飲み込む。

 離れて欲しくない――だけど使い魔なのだから、先の危険を確認しに行くのは当然だ。


「誰か!……助けて!!」


 聞こえてきた女生徒の声に緊張が走って、足を速めようとした王太子をリュカが諫めた。


「先頭は僕だ」


 こころもち急ぎながらナイジェルが言った。

 そこにジョナサンのフクロウが戻ってきて肩に留まる。


「この先で生徒たちが複数倒れているって。怪我はなさそうだが動けずにいるらしい――何だろう? 毒か、幻術かな? よしよし、ご苦労さま。次は教師を呼んできてくれ」


 再び飛び去った白いフクロウを見上げ、上級生たちが頷きあった。


「毒なら早く行かないと――」

「だけど、既に複数が倒れているなら迂闊には近づけない。解毒剤を用意して――エリザベス? 君、解毒はできる?」


 リュカに聞かれて頷いた。


「習ったばかりですけど、一応――」

「防毒は?」

「習っていません」


 体力の回復と解毒は白魔法使いが真っ先に習う魔法だ。

 当然エリザベスも習ったし、ちゃんと使えた。

 けれどやはり皆とは少し違うらしく、エリザベスにとってのそれらはどちらも同じ魔法で、体力を回復させるのも、解毒も同じただの『治癒』という感覚だった。


 そして今聞かれた『防毒』は既にある怪我や苦しみを癒すものではない。前もってかける魔法はなんとなく種類が違うような気がする。


「幻術なら僕が防げるから、一応――」


 リュカが呪文を唱え、先に進む。


 森の中にちょっと開けた空間があった。

 太陽の光が届いていて、草が生え、気持ちよさそうだ。中心には白い花をつけた木が一本。エリザベスの腰までの高さもない小さな木なのに、甘い花の香りがあたりに漂っている――その気持ちよさそうな空間に、生徒が数名倒れている。

 数えてみれば六人、同じ実習生だ。

 さっきの悲鳴と助けを呼ぶ声を聞いていなかったらただ眠っているだけのように見えたに違いない。


 さらに光の方に進もうとしたら、フウアッ! と威嚇の声がした。


「ナイト!」


 すぐ側の木の上にナイトがいて、こちらを見ている――威嚇されたということは『進むな』ということだ。


「先に行くなって言ってます――先生を待った方がいいと思います」


 エリザベスの声を受けて六人が木陰で足を止めた時、倒れていた女子生徒の一人が気づいて起きあがろうとした。


「助……けて。身体が、重くて、動けない……」

「毒か? 幻術か? 何があった!?」


 呼びかけるナイジェルの声に、女子生徒は首を振って眉を寄せた。


「毒、じゃない。幻術でも……わから、ない……ただ、すごく、疲れちゃって、動けないの」


 切れ切れにそう言ってこちらに這ってこようとする。

 それでも動くだけの力は既にないらしく、その場にへたりこんだ。


「僕が行ってみる。みんなは離れてて。僕も同じようになったらそのままで先生を待って」


 ナイジェルがきっぱりと言った。


「待てよ、既にあれだけ倒れてるんだぞ。同じようになる可能性の方が高い」


 リュカが止める。


「でも、どんな感じでああなるのかはわかるし、対応策を練れるだろ?」

「そうかもしれないけど危険だよ」

「毒だったら急いだ方がいい。彼らをここまで連れて来られればエリザベスに解毒してもらえる。エリザベスをあそこまで行かせるわけにはいかないだろ。危険だ。君はウィルとみんなと残ってて――」


 踏み出そうとするナイジェルをリュカが止める。


「僕が行くよ。この中では一番役立たずだ」


 ジョナサンがそう口をはさんだ。


「バカ言うなよ、下級生にそんなことさせられない。それに君の使い魔が戻って来た時に困るだろ、僕が行く」


 いうなり、ナイジェルは荷物を下ろして剣だけを持ち、スタスタと陽だまりに歩きだした。


 ナイトが唸る。

 緊張が走った。

 ――けれど、ナイジェルは何事もなく倒れていた女子生徒のところまでたどり着いた。


「大丈夫か? 動けるか?」


 声をかけてどうにか立ち上がらせて背負い、戻って来る――何も起こらない。

 エリザベスたちのいるところまで戻ると地面に下ろした。


「みてやってくれ、エリザベス。僕は次の子を運んでくるよ」


 そう言ってすぐに戻る。

 エリザベスはぐったりしている女の子の横に膝をついた。


「怪我はない――毒も――ない?」

 

 リディアも反対側に膝をついて女の子の額に手を当てた。


「熱もないわね」


 リュカとウィリアムものぞき込む。

 みんなで首をかしげているところにナイジェルが次の少女を運んできた。


「原因はわかった?」


 聞かれて首を振る。


「ただ眠っているだけみたい」


 ――感覚的には疲労だ。新しく運ばれてきた子も同じ。


「ナイジェル、お前は大丈夫なのか?」


 ウィリアムの声に、ナイジェルが頷いて首を傾げた。


「なんともない……何も起こらないし。なんだろうな?」


 そう言ってまだ木の上にいるナイトを見上げた。


「お前、何で止めたんだ?」


 暫し見つめ合うが、意思の疎通ができるわけではない。ナイジェルが首を振って諦めた。

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