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世界の終りまで君と  作者: 佑
第四部 最終章
253/253

253. 黒豹プレイ SS的な

「行っちゃった――お父様なんて放っておけばいいのに」


 ため息と一緒にそう言って応接室の三人掛けのソファの端に座ったエリザベスの隣に、またしても子どもにされた(今回は『危機は自ら回避する』と言って自分からホルストに頼んでいた)エリックが座った。

 エリザベスが少しぼんやりとした様子で、エリックだけでなく正面に座った黒豹のレイラの頭も撫でる。


「親なのに会いもしないなんて呆れた? 私だって許してあげるべきだっていうのはわかるのよ? 誰かに「このまま死に別れたら後悔するでしょ」って言われたらたぶん後悔するし――でも今のところは、二度と会いたくないのよ。でもそれってダメよね? トリスタン的にはきっと優しい女性の方が好み――思ってたのと違うな、とか思われたらどうしよう――」


 エリックがあくびをして、レイラがその隣に飛び乗って丸くなる。ちょっとだけ頭を上げてから言った。


「……エリー。正直に言うとね、バカみたい(・・・・・)よ? トリスタンはエリーならどんな状態でも好きなのよ。あの公爵への態度がどうだろうと絶対気にしないわ」


 レイラもあくびを一つして、エリックはその背中にもたれかかった。


「……アリーには笑われたわ」


 それに『全然心配いらないところを心配しているわよ』って言われた。


「……リディアにも呆れられた」


 リディアには『いいかげんにしたら?』って言われた。

 レイラが今度は頭も上げずに片目だけ開けて言った。


「で、あたしには『バカみたい』なのね? エリー、あなたあたしには『ダメだったら捨てて次を探せばいい』って言ったわよね? まったくもう自分のことは棚に上げて――そうそう、エリーがうじうじしていたら言ってやれってアリーに言われた――『私が持ってきたプレゼントを着れば?』って。何をもらったの?」

「――ナイトウェア……シルクの」


 答えながらちょっと不機嫌そうな顔になる。


「ダメなの?」


 レイラの両目が開いた。


「ダメじゃないけど――あれ、トリスタンの好みらしいし……」

「なら何が不満なの?」

「あれが好みだとすると、ジュリアのはダメだったのかなって――それになんでトリスタンの好みをアリーが知ってるのかなって――それに、大人っぽい方が好みだったのかな……」


 ジュリアのやつはシースルーだけどフリルがついていた。


 大きな息を吐いて、レイラが目を閉じた。


「バカバカしい……トリスタンはエリーなら何でも好きなのよ」


 そのまま穏やかな寝息に変わる。

 エリザベスも似たような息を吐いて周りを見回した。


 二週間ダンジョンに籠った後のシュヘル邸はちょっとだけ違和感がある。


「一息ついたら大掃除ね――トリスタンが帰ってくる前にお父様の気配を消そう。うん」


 一人で頷いたとき。


「してもらうより、して欲しいことを言われるのも嬉しいぞ。……トリスタンにナイトになってもらうといい。ただし、エリーは何も着ちゃダメだ。感想はいらないから」


 え。

 ええ、と。

 えええ、と。


 すっかり忘れていたけど、エリックがいるところでする会話じゃなかった、よね。


 かあ――っと耳に熱が。

 でも、それなら、帰ってきたら頼んでみよう、かな。


「……ありがと」


 返事はなくて、穏やかな寝息。

 トリスタン、早く帰って来ないかな。


 ~~~~~~


「……ルーク伯父様に本当に記憶を消されていたら? どうなっていたかなんてわからないわよ。でも、今考えるとホルストお祖父様が逃がしてくれたとは思えないから――記憶が戻らないままでいきなりトリスタンの奥さんになるように言われてものすごくびっくりするとか――?」


 公爵の見送りで出張したから今日はギルドを代休にして、ダンジョンの二階層、小川のほとりでピクニック中。

 エリザベスにあの時のこと聞いてみたら、そんな返事が返ってきた。

 それは確かに――すごく驚かれそうだ。


「あのジジイ、全部わかってて余裕ない振りなんかしやがって――」


 俺も伯父も、他の人を選べないってこと、それだけじゃなくて、エリザベスが他のやつを選ばないってことも。


「お祖父様たち、さすがは年の功よね。本当にかなわないったらない――」エリザベスが嬉しそうに言って続けた。「それによく考えたら私、聖魔法持ちなのよ? 記憶を覗く程度の影響を受けるのはともかく、呪いの力を利用した記憶消去の魔法がちゃんとかかるかどうかだって微妙――むしろかかる方がおかしいかも」


 あり得る。


「今度やってみてもらおうかな」

「リジー、俺のを消すのはやめて――」


 あの時は焦った。もうそういうのはたくさんだ。


「もちろん、トリスタンのは消さない――消すならお父様の記憶ね。忘れたくないやつが殆どないわ」

「ほ」


 トリスタンは安堵の息を吐いたけれど、エリザベスは困った顔で傍らの草を毟った。


「……『愛されてる、と思ってた』」

「え?」

「私、言ったでしょ? 『一度は、父にも。トリスタンにも愛されてるんだと思ってた』って」


 そう言ってまた草を毟る。


「父の態度のことも誤解だってアリアンヌに言われたわ。それに自分でも――愛されていた時期があったはずって思うの。だけど全然――忘れてるのよ。それに、誤解だからって簡単に『はいそうでしたか』とはいかないんだけど――」


 首を振って考える。


「そういう忘れてる記憶って、あれで戻せたりしないのかな……」


 そういうやつか。


「それはいいかも――俺も、思い出したい記憶ならある。母のこととか――魔王がいくつか話してくれたけど、うまく結びつかない」


 自分の記憶にある母親はいつも穏やかで控えめだった。伯父の記憶の母は、きっぱりはっきりした性格で、こうと決めたらてこでも動かない頑固な女性だったらしい。


「もう、トリスタン。伯父様のことすぐ『魔王』って言うの――領内でちょっと流行ってるわよ」


 咎める口調でエリザベスが笑う。


「『妖怪ジジイ』もだろ? いいんじゃないか――あの二人は事実その通りだし。ジジイの方は嬉しそうだ。領内の子どもがからかってくるようになったとか――『ひっひっひっ』ってやつをやって追い払うのが楽しいらしい。中には懲りないのがいて、『将来有望じゃ』ってさ」


 楽しんでいる。


「あの――トリスタンは――その、平気、なの?」


 エリザベスが右手を取って親指を撫でる。

 指輪が嵌っていたところだ。


「平気だよ?」

「そうなの? ――こうやってダンジョンの中に来るの、大変じゃないのね?」

「ああ――指輪がなくても別に何に変わろうともしない。だから平気だよ。魔力も、通常状態での上限が定まって来たし」

「?」

「このくらいでいい、って感じがあるんだよ。そんなにいらないってわかるんだ。リジーはここにいるし、誰からも狙われてないから俺が強くなる必要もないし、あれもこれも延々と集めなくていいやって――だけどそのかわり」

「そのかわり?」

「リジーが近くにいない時は上限がぐっと増える――リジーに逃げられないように、誰かに攫われないように、って常に周囲に警戒してる。その分だけ出て行く量も増えるからバランスはとれてるんだけど、これ、リジーが本当に攫われたりしたらどんだけ増えるのかなって――ちょっと怖いかも。リミッターなし、だろ? ダンジョンの中じゃなくても魔王になったりするのかな」

「なれないんじゃなかったの!?」


 そう言いつつエリザベスがぴったりと横に貼りついてくる。

 常時警戒中、なんて言ったらその『粘着』具合に引かれるかと思ったけど、大丈夫みたいだ。


「リジーが安全で、俺のそばにいればただの人だよ――もうすぐずっと一緒にいられるようになるし」


 キスをして抱きしめる。何の抵抗もない様子に今日も安心する。


 ちなみにピクニックのランチボックスの中身は、アントニーに頼んで作ってもらってあったのだという『ホットサンドメーカー』を使用したサンドイッチだ。あっちのジジイに連れて行かれたウーリッヒが後から持ち帰ってくれたものの一つ。

 『エビとアボカド』『BLT』『チキンとコールスロー』どれもかなりしっかり中身が入ってるやつで、半分はルークとセリーナのところに差し入れとして置いて来た(今では彼らはほぼダンジョン一階層に定住している)。

 飲み物は冷えたマンゴージュースとお茶だ。


 ダンジョン食材は毎日進化している――セリーナとルークの関係が落ち着いたことで、魔物の種類も変わったらしい。そこに変化が出るとは、やっぱり冒険者を名乗るだけのことはある。


 セリーナの「私がここを出た時は公爵がエリーの護衛もできるような侍女を探していて、ちょうどタイミングがよかったんです。これからは魔獣素材のお料理も増やせますね♡」という頼もしい言葉には、エリザベスが期待の顔になった。


 他にも、今は四階層になった海の、その陸地側がぐぐっと広がって、ジャングルになった(これもセリーナの希望)。南国フルーツとカカオとコーヒー豆が採れるようになってエリザベスは有頂天。ルークとセリーナはそれを見てかなりほっとした顔になった。


 どうやらこれらの変化は解呪のお礼を兼ねているらしい。


 デザートはバナナとパイナップルとリンゴを使ったミニパイ。

 新作のアボカドサンドの説明をするエリザベスはすごく生き生きしている。


 幸せって、こういうことだよな――。


 ダンジョン内は天気の変化もなく(早朝と夜には雨が降ることがあるらしいけど、日中は大抵晴れている)、泉の近くには冒険者も来ないから、ホントのびのびだ。


 領地内では、学校も始まった。

 今はあくまでも試し運転状態で、学費は無料。教科書は今のところ貸し出し――希望者は時間を分けて全員受け入れている。学科は午前中に子ども、夜に仕事を終えた大人。午後に実技。

 各ギルドから出向している本職が講師(商業関係はやっぱり商業ギルドの人間がよくわかっているし、機械の仕組みなどは工業ギルドの人間。流通の仕組みは運送ギルドの人間だ)。それ以外にセリーナとリディアが交代で一般教養の教師役をやってくれている。ナイジェルもテオと一緒に冒険者向けの実技を受け持っている。子どもクラスは運動がメインだけれど簡単な武器の扱い方も教えている。子どもクラスでは対人戦は禁止で、上級者向けにはジジイが……そこの希望者はいまのところナシだけど。


 地上の温泉も無事稼働した。地上部分の従業員は地元住民から募集(温泉の利用は従業員特典で無料に)したら、希望者が殺到した。

 そんなわけで、そろそろトリスタンは住民ギルドを離れられそうだ。


「魔王になれる(かもしれない)次期領主がダンジョンの上に建ってる食事処の店主っていいのかな……」

「いいんじゃないか? この国の重要施設の入り口なわけだし? だけど店主(ボス)はリジーだよ? 俺は手伝いの従業員」

「エリックとレイラと? ずいぶん豪華よね」


 レイラは十六歳になったので酒場でも働けるようになった。

 別に食事処で働かなくてもポプリの収入もあるし困らないのだけれど、「働けるときにちゃんと働いて将来に供えないとね。それに黒豹の見た目は用心棒にピッタリでしょう?」と爪と牙を見せて笑った。

 エリザベスが「どっちかっていうと探しているのはかわいいウエイトレスさんよ?」って言ったら、「じゃあ人で働くわ」ってあっさり言って、エリックが『自分も一緒でないとダメだ』と言い張って――まあ、つまりはそういうことだ。


 国に帰らないのかと聞いたら、「俺がいるとカイルが成長しないから。王として残るのがどっちでもいいくらいにあいつが成長したら改めてどうするか考えるよ」という返事だった。

 ロゼッタはローゼマリー王女と仲良くなって、ここの王城に長期滞在中だ。その後どうなるかは――わからない。


「やっぱり黒豹パークね」

「黒豹、好きだろ?」

「うん――」


 そう答えたエリザベスの頬が赤く染まるのは、エリックのお勧めのせい。

 毛皮が素肌に当たる感触がすごく気持ちよかったらしい――ますます抱き枕化。そして髭が動くのはものすごくくすぐったいらしい。

 ふと思いついて、眠っている背中を尻尾で撫でてみたら――なんていうかもぞもぞとくすぐったがる反応がすごくかわいくて――調子に乗って遊んでいたら、しまいには泣きつかれた。


 黒豹最高。


「また今度?」


 誘ったら、ますます真っ赤になったけど、ちゃんと頷いてくれた。

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