とあるランジェリーショップ店員のはなし
笑顔のないパパはとっても怖い。
被害妄想によって犯罪臭を嗅ぎ分けたお姉さんのお話。
今日見た女の子、大丈夫だったかな。
警察に通報すべきだった?
でももし誤報だったら問題が大きくなるし…。
あ、こんにちは。え?お話聞いてくれるんですか??
ありがとうございます!
私、とあるデパートで働いている下着専門店の店員なんですけど…
今日の午後、昼休憩から戻った後の事。
店内の客もいなくなった時間帯、三十代前半くらいの男性と、可愛らしい明らかにまだ高校生くらいの女の子の二人連れが腕を組んで入店してきました。
男性は優しそうな雰囲気で、でも怖い人ってよく豹変するって言うし、もしかして、脅迫されているのかな!?ってちょっとドキドキしながら二人を見ていました。
たぶん、他のショップの子も同じように思ったんじゃないでしょうか。そのお客さんが入ってきたとき、一瞬視線がお二人に集まるのを感じました。
「いらっしゃいませ」
とはいえ、お客さんだからみんなできちんとご挨拶して。まぁ、ほとんどのお客さんは挨拶なんてスルーするんですけど。女の子の方はペコっと頭を下げてくれました。
私、ますます彼女を助けてあげたくなっちゃいます!
とりあえず、他のショップの子とアイコンタクトして、しばらく様子をみる事にしました。
その時ふと、二人の会話が聞こえてきました。
「今のじゃ合わないんだったね。たしかに、少し大きくなったかな?」
「もう、パパ!人前で恥ずかしいよ…」
な ん で す っ て !?
会話と共に男性の目線が女の子の胸元に注がれるのを、私はバッチリと目にしました!
なんていういやらしい視線!明らかに彼女、嫌がってるじゃないですか!!
っていうかパパ!?
パ パ !?!?
え、この時点で通報しちゃいけないんでしょうか。
いや、でも物的証拠は何も…
えーい、勇気をだして!私、いきます!
「お客様、よろしければサイズをお測りすることもできますが」
ちょっとドキドキしてきました。
ちゃんとさり気なくを装ってお声をかけられたでしょうか。
心配になって彼女をじっと見つめてしまったけど、おかしく思われたりしなかったかな。
突然声をかけたからかきょとんとする女の子(可愛い・・・)に、「いかがいたしましょう?」と促すように声をかけてみる。すると女の子は可愛らしく微笑んだ。
「パパ、ちょっと行ってくるね」
許可をとるようにつかんだ腕を軽く揺らす姿は、同性の私から見ても守ってあげたくなる仕草でした。私も彼にやってみようかな。って、そうじゃなかった!
「あぁ、きちんと測ってもらっておいで。私は華に似合いそうな下着をみておこう」
華ちゃんて言うんだ。名前まで可愛いなぁ。
それにしても、男性は彼女の下着探し…。自分の色に染め上げるって、そういう事ですか?
やっぱり、これってアウトだよね。え、かろうじてセウト??
男性は優し気に笑いながら片手を上げて華ちゃんを見送った後、一瞬私と目があいました。
『俺の女に余計な事を言ったらどうなるかわかってんだろうなァ、アァン?』
ひ、ひぃぃぃいいい!!
今、今、視線から何かを送られてきた気がしますぅぅぅううう!!!
こ、こわーーーー!!!(泣)
ぎこちなく視線をずらして、できるだけ不自然じゃないようにフィッティングルームに案内しましたが、恐怖でいつもより早く心臓が脈打っています。怖かった!!
なんとかそれを抑えるように胸に手を当てた後、一度大きく深呼吸。
「ぁ、あの…」
勇気をだして声を出したけど、だいぶ声がかすれてしまいました。情けない!
これで何か言ってくれたら、あの人から助けられるかもしれないんだから!がんばれ、私!
「す、素敵な…お父様、ですね?」
若干上ずってしまったけれど、声が裏返らないように注意しながら、なんとか声を発することができました。
これでもし、本当はお父さんじゃないとか、脅されてるとか、さっきの私みたいに怖い思いしてるとか一言でも言ってくれたら、私、なんとか警察に通報して助けるから!
祈るように彼女を見つめると、一瞬何か言いたげに言葉を詰まらせた後、「…はい。とっても優しいパパなんです」と小さく一言つぶやいた。
な、なんて健気なぁぁぁああ!!!
そうなのね、やっぱり怖いのね!!!
そりゃ脅されてたら言えないよね!
あぁ、何もできない私を許して………!!
何もできないやるせなさに歯を食いしばりながら、その後はただひたすら集中して自分の業務に没頭しました。
一通り伝えることを伝えれば、当然フィッティングルームから出る時間が来るわけで。
「パパ、終わったよ」
「あぁ、華…」
何事もなかったかのように笑顔で男性の元に向かう華ちゃんは天使のようです。
せめて店内だけでは見守ろうと、その後もさり気なく二人の様子をうかがうことにしました。
「ど、どうしたのパパ…」
この角度からだと華ちゃんは見えませんが、男性が結構際どい白のベビードールを手にした後ろ姿ははっきりと見えました。そこに、華ちゃんの困惑したような声が聞こえます。
「い、いつか可愛い華が…こんなドレスを着てお嫁に行くかと思うと…」
声が震えてますけど、え、怒り狂ってるんですか?
て、店内で暴れるのだけはやめてくださいね!
というか、嫁に出す気はあったんですね!?
あ、金銭あってのやりとりとかそういう…?
ともかく、白無垢通り越して初夜のベビードール姿想像しちゃう当たり、いったい今までどんなエロいことしてんですか!?
細身とはいえ、華ちゃん身体大丈夫!?!?
あー。ごほん。心配しすぎて下世話な想像までしちゃった。
でも、華ちゃん、本当に大丈夫なんでしょうか。
男性の怒りを鎮めるためか(後から聞いた話、男性の顔は般若のようだったと同僚が言っていた)、華ちゃんは可愛らしく「私のお婿さんはパパなんでしょ?いいから下着、一緒に決めよ」なんて甘えて見せた。
可愛い!可愛いです、華ちゃん…!!
「華っ!そうだった!華は私のお嫁さんだったね」
途端に嬉しそうに弾んだ声を出す男性。
「下着ならあっちに華が好きそうなのが…」と、私がいる方向に向かってくる気配がしたから、慌ててバックヤードに逃げ込みました。
こ、怖いよ。やっぱあの人こわいよー!
でも、華ちゃんも心配…っ!
ぐずぐずと決心がつかないまま、バックヤードから顔を出して二人の後姿を視線で追う。
何事か話しながら、下着を二人で眺めているようでした。
ふと、男性が華ちゃんの頭を撫でる様子が見え、男性を見上げるように顔を上げた華ちゃんの横顔がここからでも見えました。
あ、赤くなってるんですけど!
華ちゃん、照れてるの!?
というか、好きなの!?恋してるの!?その怖い人に!?!?
これが世に言うストックホルム症候群…???
うわーん!
やっぱり私、なんにもできなーーーい!!!
思わず涙目になりながら、再びバックヤードに引っ込んでしまいました。
怖いし、私じゃ助けてあげられないし、お会計はほかのスタッフがするでしょう、きっと。
私はただ、華ちゃんの幸せを願うしかない。
たとえ怖い人でも、華ちゃんが好きならそれでいいのかな。
いや、でもそれを助けてあげるのが大人なんだろうか。
うぅ、でもやっぱり私には何もできそうもないよ。ごめんね、華ちゃん!
買い物を終えて遠ざかる二人を尻目に、何もできない自分を悔やみながら、心の中でつぶやいた。
強く生きて、華ちゃん!!
お姉さんは貴女の幸せを願っています!
ちょっとM体質のお姉さん。このお話のせいでR15タグを入れることに。(念のため)
パパの怖い視線の解釈は完全に勘違いだけど、顔が怖いから仕方ない。
こうして華ちゃんは知らない人からも幸せを願われるのでした。