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とある夜の訪問と季節の訪れ




こつこつとノックが聞こえた。

その音に眉を顰め、眼鏡を外す。


この時間に部屋を訪ねるとなると、思い当たる相手は何人かしかいないが、ゆっくりと歩いてゆき扉を開けると、そこに立っているのはネアだった。



寝間着の上に屋内用の厚手の毛糸のガウンを羽織っているだけで、ひどく無防備な姿に眉を持ち上げる。



「…………ほお。真夜中に、一人で男の部屋を訪ねる意味を分かっているんだろうな?」



戸口に手を当てて体を屈め、そんな迂闊な人間を覗き込むようにすると、ネアはこのような薄闇でも光を集める鳩羽色の瞳を揺らして、小さく首を振った。


先程までまとめていた長い髪は、結い上げていた癖がついたのかふわふわと波打っている。



「とてもよく懐いた使い魔さんのお部屋ですし、私は一人ではありません。ここに、とても弱ってはいますが、もじゃふわがおります」

「……………もじゃふわ?」

「お風呂ですっかり弱ってしまっていた、もじゃもじゃちびふわこと、大事な伴侶のディノです」



ネアの胸元には、確かにウェーブのかかった毛の塊のようなものがあった。

服の装飾かと思っていたが、まさかシルハーンだとは。




「……………キュ」

「…………なんでシルハーンに、あの術符をつけたんだ」

「私がやったのではないんです。大浴場から帰った後に、すっかり弱ってしまいふらふらだったディノが、エーダリア様から返却されて机の上に置かれていた、もじゃもじゃちびふわ符に触れてしまうという、悲しい事故だったんですよ」

「……………術符管理の基本がなってないな。そういうものは、しまっておけ」

「むぐ。隙あらばアルテアさんに貼り付けようと思っていたので、出したままにしておりました……………」

「やめろ…………」

「しかしながら、ノアとは仲直りしたと聞いたので、ドキドキ人面魚パニックに持ち込む必然性はなくなったと言わざるを得ず………」

「…………それ用か。絶対にやめろ」

「ぐぬぅ。…………でも、ディノがもじゃふわを堪能させてくれているので、もじゃもじゃちびふわを撫でたい欲求は満たされたということです」

「……………で?何の用だ」

「……………む。もじゃふわ自慢ではなく…………?」

「……………キュ」

「何で疑問形なんだよ」



ここでふと、妙な事が気になった。

ちびふわと呼ばれるあの生き物の鳴き声は特徴があった筈だが、今のシルハーンは、寧ろムグリス寄りの声を出している。



(シルハーンだからなのか、この毛質からして、他の生き物の要素の強い亜種なのか…………)



そんなことが妙に気になったが、考えている内に、ネアがこの部屋を訪ねた目的を思い出したのか、はっと息を飲んだ。



「そうです!私は今、とても大切なお知らせに来たのに、すっかり失念していました!」

「おい…………。また事故ったんじゃないだろうな?」

「………………アルテアさん、大浴場からの帰り道に、ディノをしゃきんとさせる為に遠回りで外客棟の方を歩いていたら、窓から見えるリーエンベルク前の並木道に、ボラボラがいたんです…………」

「…………………いや、まだおかしいだろ」

「こんな夜ですが、慌てて夜勤の見回り騎士さんに連絡したところ、確かにボラボラの痕跡があったそうで、今年は遅れている新年のお祝いの前に、もう、あやつらが出て来てしまったようです」

「……………確認が取れたんだな?」

「ええ。……………私とアルテアさんはボラボラとは相性が悪いので、こんな時間ですが、カードではなく、直接会って知らせないとと思って来てしまいました…………」



ボラボラは、詳細が不明のままだが、巨大な毛皮のキノコのような奇妙な姿をしている。


背丈は長身の竜種くらいあり、可動域の高い子供を攫って伴侶にする、駆除の叶わない季節の害獣のような存在だ。

大人には反応せず、可動域の低い子供を見ると嫌がって寝転がって暴れる習性があり、それをされた子供は、生涯伴侶を持てなくなるとも言われていた。




(窓から見ての正門前となると、禁足地の森にもいる可能性が高いのか…………?いや、子供を狙うなら、街近くの森林地帯からか…………)



確かに、今年のように様々な要因で季節の運行が遅れると、伴侶探しに焦るボラボラが早めに出て来てしまうことは知っていた。

昨年の蝕でずれ込んだ季節の要素の定着を待ち、また、王都では、昨年の蝕の時の犠牲者の慰霊祭が年明け早々に執り行われたことを受け、ウィームでは新年の祝いを遅らせているのだが、それはボラボラには関係のないことなのだ。



ついつい、新年の祝いの後だと考えてしまっていた迂闊さに、片手で額を押さえた。




「俺は暫くの間、国の外に出ているからな。何かあったら連絡しろ」

「…………むむ。新年のお祝いにはいないのですか?」

「悪いが外せない用事がある」

「…………ほぎゅ。春告げの舞踏会までには戻って来てくれますか?」

「…………ガーウィンでの仕事があるだろうが。何で春までなんだよ」

「でも、傘祭りのビーズの腕輪はいらないのですよね?」



傘祭りとは、ウィームで行われる古い傘の焚き上げの祭事のようなものだ。

傘達が大騒ぎする一日なので、守護や祝福を込めた、ビーズとリボンの腕輪を作る習わしがある。


ネアは、リーエンベルクのその腕輪作りを請け負っているらしい。



「そもそも、何で俺が傘祭りに出る前提なんだ。普通に考えていらないだろうが」

「では、ヨシュアさんに…………」

「またヨシュアを呼ぶつもりなのか…………」

「今年は、ウィームの南の外れにある遺跡から、昨年発掘されたばかりの伝説の呪いの傘が登場するので、念の為に人を増やそうという話になりまして………」

「…………それを先に言え。お前はどうせ事故るだろうが」

「……………むぐ。アルテアさんはそう言って参加してくれる筈だと、ダリルさんに言われてビーズの腕輪を作っておりました」

「ったく。次から次へと、ろくでもないものを持ち込むのは何なんだ………………」

「まぁ、元はと言えば、アルテアさんが作った傘ではないですか!」

「………………何だと?」

「ディノが、アルテアさんの魔術の証跡があると話してくれましたよ?」

「……………それも先に言え。まさか呪物じゃないだろうな?」

「呪物です!」

「キュ!」

「…………………傘祭りに、そんなものを出すな。大惨事になるぞ」

「しかし、通りすがりのアレクシスさんが、悪さをする為の爪と牙は外しておいてくれたそうですので、ただの呪われた傘という程度になっており…………」

「…………………待て。そいつは、俺の編み上げた呪物の魔術を剥いだのか?」

「はい。美味しいジャガイモと、額縁の魔物さんの魔術を煮込んだスープを飲ませて毒抜きしたそうですよ」

「……………は?」



その言葉には、さすがに絶句した。


一介の人間の魔術師が、額縁の魔物の証跡を煮込んだことがそもそも理解不能であるし、高位の魔物の資質というものは、せいぜい紡ぐのが精一杯で、煮込んだりして変質させられるのは、同階位の魔物くらいのものだ。



(だいたい、傘となると、ロクマリアに流しておいたあの傘だろうが………………)



額を押さえたまま深い息を吐き、あのスープの魔術師についてはもう深く考えまいとした。

あれは、人間の中でいうところの、ほこりのようなものだ。

アルテアが後見人にさせられた星鳥の変異体であるほこりも、星鳥という生き物の範疇を大きく逸脱し、悪食としてその階位を上げて統括の魔物にまでなった。



竜には春闇の竜がおり、精霊にも白孔雀、雪喰い鳥の純白などがいるように、時折、その生き物本来の資質を大きく変えた変異体が現れることはある。

アレクシスという人間は、まさしくそれだろう。



(………………いや、リーエンベルクにはゼベルもいるか……………)




リーエンベルクの騎士の一人にも、そんな男がいた。

ここ一、二年で急速に魔術階位を上げたのは、伴侶を得て心を安定させ、尚且つ高位の魔物達に術式の助言を得ただけでなく、元々、困窮していた時に悪食めいたことをしていたからだ。



かつて、ウィームが最も豊かで力を誇ったとされる時代にも、そのような者達は少なかった。


強いて言えば、王だったエーヴァルトがそのような人間だったが、王ともなるとその居場所は特定され、行動は制限される。

一介の領民が得体の知れない力を持つ事程、他領や他国を、能力の把握に於いて辟易させる事はない。



ウィームは、王国としての仕組みは壊れたが、その事から不可思議で稀有な力の流れが出来上がりつつあるらしい。




(ネアがウィームに来てからというものもあるが、それ以前から集まり出しているものも多い………………)



であれば、案外その運命の繋ぎを持つのは、エーダリアなのかも知れず、このウィームの地そのものが失われた頑強さを取り戻さんと呼び寄せたものやもしれない。

頑強であれば言うことはないのだが、いささか無尽蔵過ぎると思わないでもなかった。

得体の知れないものの呼び込む得体の知れなさは、時として土地の守護を越えることがある。

例えば目の前にいるネアのように、大きな守護を持ちながらも見合っただけの事故に巻き込まれやすい人間がそうであるように。



(…………だからこそなのか……………)



だからこそ、土地の歪や不安定さというべき事象は、全てこの人間のところに集まるのではないだろうか。



様々な者に関わり、それを動かす支点となることでその結果、歪みをも集めてしまうのかもしれない。

そう思うとどっと疲労感に襲われたが、でもそれでも尚と、この人間は言うだろう。

まず間違いなく、それでも尚、かつてのあの日よりはどれだけ豊かなのだろうかと。




「……………気が変わった。新年の祝いも出てやる。その代り、当分ボラボラには近付かないようにしろ」

「………………む。さては、そう見せかけてザハの新作料理の情報を握っていますね…………?」

「何でだよ」

「ザハとアレクシスさんとの、共同開発メニューなんですよ」

「……………ほお。どんな料理だ」

「シンプルな春野菜と牛コンソメのスープですが、飲むだけで一年分若返ります」

「……………は?」

「何杯飲んでも一年の若返りなのだそうですが、一歳若返れるのは素敵ですよね…………」

「いや、おかしいだろ。何で総じてその効果が出るんだ。飲む相手によって、それぞれ体質や系譜もまるで違うんだぞ?!……………時間の魔術の系譜か……………?」

「………………キュ」



さすがにそのスープはおかしい。


そう思って指摘すれば、どこが目なのか分らない毛の塊なものの、シルハーンも震えているではないか。


多過ぎる毛に隠れてしまってはいるが、恐らく慄いているのだと思う。



「薬効、なのだそうです。でも、体内の不調や老化をある程度和らげるにしても、修復の魔術ではないので限度があるらしく、効果の上限があるのだとか。エーダリア様も、その報告を聞いた際には、驚きのあまり半日くらい抜け殻になっていましたが、今は、新年のお祝いの際にスープを飲むのを楽しみにしているみたいですよ」

「………………薬効、だと?」

「キュ………………」



そのスープは、ザハが今年の新年の祝いに特別なものを振る舞いたいと、料理人自らが、スープの監修をしてくれないだろうかとアレクシスに話を持ちかけたそうだ。


恐らく、シルハーンとネアの成婚記念も兼ねての特別料理なのだろうが、それにしても規格外過ぎる。


正式な薬効は公にされずに、ただ、特別な疲労回復を可能とした薬効コンソメスープとして振る舞われるそうだが、関係各位には必ず飲むようにと通達されているのだとか。


どの組み合わせでどんな錬成をかけ、薬効でそこまでを可能にしたのかを知る為にも、そのスープは外せないと小さく呻き、出るのも吝かではない行事から、必須行事に脳内の予定表を書き換える。


その上で傘祭りにはロクマリアに流した呪いの傘が出されることが決まっており、ガーウィンの潜入調査や、薔薇の祝祭などまで。

特にガーウィンの仕事に関しては、話を聞く限りかなり危うい仕事でもある。



(…………何だこの忙しさは…………)



そう思い、呆然とした。



ガーウィンの探索は、特殊な魔術に掌握された土地で、その土地の魔術の規定に収まり内部の様子を探ってくるというものなので、一歩間違えればそのまま取り込まれてしまう恐れもある危険なものだ。


なぜシルハーンがその任務への参加を許可したのかも疑問だが、防衛という意味では、その魔術がより練度を上げてしまう前に、管理された状況下で一度受けておくということを敢えて優先させたのだろうか。



厄介な固有魔術の対処方法として、その術式に隙間がなくなる未完成時に、一度攻撃を受けておくという手法がある。



あの狐が受けている予防接種と同じ仕組みだが、副作用のようなものが起きないとも限らない。

その場合の対応も含め、ダリルあたりが手は打ってあるのだろうが、更に用心を重ねる為に、ネア達がそちらに入り込む前に、幾つかの術式を仕込んでおく必要がありそうだ。



(だが、………………時代を誤認させることで、対象を孤立化させる魔術というのも、今迄になかったものだな。…………誰が考えたのか知らないが、まぁ、退屈はせずに済みそうだ………………)




潜入対象であるガーウィンに、なぜか昨年から迷い子の報告が重なっている教会がある。


不審に思ったガレンの魔術師が潜入して調査していたものの、迷い子を魔術的に作り上げているという報告の後、消息を絶った。

事態を重く見た王都でも、第一王子派の者と第三王子派の者による潜入調査が行われ、双方とも調査に入った者達は帰ってこず、正規の調査員が件の教会を立ち入り検査しても、行方不明者は誰も見付からなかった。



さわりを聞くだけでも面倒そうな事件であるが、ウィームが動かざるを得なくなったのは、その教会の迷い子をウィームの大聖堂に預けたいと言う申し出があったからである。



その上でエーダリアは、回答を年明けまで引き延ばした。


判明している限りの条件から、内部調査に向いた資質を備える者がネアしかおらず、そのネアも昨年までは、教会と関わることを避けなければいけない理由があったからだ。



世話のかかる契約主だと呆れ顔でじっと見返せば、ネアは首を傾げた後に、胸元に押し込んであったシルハーンを取り出すと、その小さな体をこちら向きに持ち上げてみせた。



「キュ?!」

「アルテアさんも、もじゃふわを撫でてみたいようです。ディノ、ここはどうか、お友達のもじゃもじゃへの探求心を満たしてあげて下さいね」

「キュキュ?!」

「…………………いらん。それとそいつは、本当にあの獣と同種の擬態なんだろうな?」

「パーマ毛でもじゃもじゃしているだけで、愛くるしいちびふわであることは変わりませんよ?」

「鳴き声が違うだろう」

「…………………鳴き声?」

「……………キュ……………キュムフ?…………フキュキュ……………キュ…………」

「ふふ、無理に鳴き声を真似しなくてもいいんですよ?私の大事な魔物は、ちびふわになっても、ちょっぴりだけ特別なのかもしれませんね」

「キュ!」

「…………………いい加減、その鬱陶しい顔の毛を持ち上げてやれ。殆ど何も見えないだろうが」

「ぐぬぬ…………このもじゃ度が愛くるしさの要であるのに、何て情緒のない使い魔さんなのでしょう………………」

「…………どう考えても、情緒の問題じゃないだろ」



ネアは不服そうであったが、渋々、手のひらに乗せたシルハーンの顔部分の毛を持ち上げてやる。



しかし、顔にかかった毛を持ち上げられたシルハーンは、この薄暗い廊下であっても眩しかったのか、小さな前足で目を覆ってしまった。



「キュ?!」

「まぁ、いきなりだと眩しかったのですね。戻しますか?」

「……………キュ」

「………………おい、目が光に弱いとなると、ますます同一個体の可能性が薄くなったぞ。グレアムから受け取った術符には、何も書いてなかったのか?」

「…………………むむぅ。術符入れを取り出して、もう一枚のもじゃもじゃちびふわ符を見てみますね………」



そこで、ネアが取り出した術符を二人で覗き込んで見たところ、術符の後ろ側にその個体ごとの詳細が記されていることが分った。




「…………洞窟ちびふわ」



案の定のこのようなことには抜かりないグレアムらしい几帳面さで、術符の裏には、個体特性までがびっしりと記されてある。

個体名にカッコ書きで、ウィーミアの亜種という正しい種族名だと思われるものが書かれており、アルテアは、初めてこの生き物の名称を知る事が出来た。




「成る程。……………洞窟ウィーミアの亜種ってところか……………」

「洞窟ちびふわは、狭いところと暗いところが大好きで、明るい日差しを好みません。真夏の太陽の下に連れ出すと休眠状態に入ってしまうので注意しましょう。鉱石の花を食べ、小さな箱に入れると喜びます…………………箱……………」

「キュ?」

「箱……………。ディノ、お部屋に帰って、お菓子の空き箱に入ってみましょう!きっと、衝撃的な愛くるしさに違いありません!!」

「キュ!」




要件は終えたと、いそいそと部屋に帰ろうとするネアに溜め息を吐き、ぞんざいに頭に手を乗せる風を装って、念の為に守護を強化しておいた。



部屋に入ると、やれやれと肩を竦めた。



せっかくあの湯に浸かったのだから、そろそろ休もう。

そう考えて、先程まで作業をしていた写本作りの道具をしまうと、ふと気になって、窓からリーエンベルクの敷地の外を眺めてみた。



この部屋の窓からでも、辛うじて外の並木道の木々の一部が見えるのだが、とは言えさすがに、その程度では何も分らないだろう。




「……………っ、」



だが、そうでもなかったようだ。



気休め程度だと思いながら覗き、視界に飛び込んできたものに、ぎくりと体を揺らした。



並木道の木々の上部に、明らかに木の一部ではない影が立ち上がり、蠢いている。

その特徴的なシルエットを理解するや否や、無言で部屋を出て廊下を急いだ。




「………………アルテアさん?」




最初の角を曲がったところで追いつき、部屋への帰り道だったネアが、振り返り眉を顰める。

そこに無言で並ぶと、シルハーンを抱いたネアごと抱き上げた。



「むぐ?!なぜに捕獲されたのだ!」

「暴れるな。正門前の並木道に、ボラボラが複数いるようだからな。お前がまた事故らないように、今夜は近場で警戒しておいてやる。感謝しろよ」

「……………今夜は、一人になりたくないのですね………………?」

「やめろ。さっさとお前達の部屋に帰るぞ」

「アルテアさんのお泊り会が、勝手に進行されています……………」

「キュ…………………」




結局その夜は、ネア達の部屋からネア所有の併設空間である厨房への扉を繋がせ、そこの寝台で眠ることした。


ボラボラの出現報告の少ない国にある屋敷の一つにでも行けば何の問題もないのだが、そうすると、目を離している隙にネアが呼び落とされていそうで気が気ではない。

確かにリーエンベルクには充分な守護があるが、相手はこのネアである。

おまけに、今はシルハーンが術符で人型ではない上に、ボラボラは幾つもの集落が世界中にあり、個々の領域の識別が難解なのだ。



騎士達にも連絡をさせ、並木道の木の上に何体か隠れていると伝えておけば、無事にそのボラボラは追い払われたようで、朝食の席でエーダリアから感謝された。




「新年の祝いに訪れる客を狙っていたようだ。木の枝の上に保存食などを持ち込み、当日まで潜んでいるつもりだったらしい」



その説明にネアは顔色を悪くし、給仕の妖精に、今朝はパンは三個しか食べられそうにないと伝えていた。

ヒルドからは、リーエンベルクで業務連携を図る精霊達に連絡をし、ボラボラの初物が出ていると言ってあるので暫くは問題ないだろうと言われたものの、少し時間を置いてから外に出るべきだろう。




そう考えて食後の紅茶を飲んでいると、いつもの銀狐が何かを咥えて会食堂に入ってきた。

尻尾を振りながらご機嫌で歩いてくるので、ボール遊びでも強請りに来たのだろう。

うっかり目が合ってしまい、銀狐はなぜか誇らしげに胸を張る。



「………………ボールならやらんぞ」



そう言えば、なぜか不満げに足踏みをし、口に咥えたものをこちらに見せにきた。

獲物でも獲ったらしく、その自慢に来たらしい。



「やれやれ。食事中に困ったものですね」


そう呟いたのはヒルドだ。

その言葉に、エーダリアが首を傾げる。


「だが、珍しいな。獲物を捕らえたとなると、雷鳥以来か………………」

「まぁ、自慢の獲物となると、また雷鳥さんなのでしょうか…………」

「形が違うように見えるね…………………」




(…………雷鳥?)



その時、形がと呟いたシルハーンが、なぜか短く息を飲んだ。

それまで食事に夢中だったゼノーシュもシルハーンの異変に気付き、警戒するようにこちらを見るなり、あっと小さく声を上げる。



ぽさりと、軽い音がした。



シルハーンやゼノーシュの反応を訝しむよりも早く、銀狐が、アルテアの足元に何かを落したのだ。



小さな毛皮の塊が転がり、まだ生きているものかよろよろと立ち上がる。



「ねぇそれ、ボラボラの幼体じゃないかなぁ………」

「ゼノ?!………………ほわ、アルテアさんが逃げました……………」




その姿を認識した途端、転移を踏んでいたようだ。



気付けば自宅の玄関先に立っており、時間をかけて深く息を吐くと、片手でゆっくりと前髪を掻き上げる。



幸い、泊まった部屋に広げていた荷物などは金庫に入れてあるので、このまま帰宅としても問題はないだろう。



そう考えて小さく頷くと、自宅の扉を開ける。



この前の不意の訪問で途中になった作業をしてもいいし、昨晩中断した術符作りを再開してもいいだろう。


なぜだか今日は一日じっくりと家で作業をしたい気分だったので、さっそくそれらに取りかかることにした。





















本日で「薬の魔物の解雇理由」の完結記念のお話はおしまいとなります。


こちらはひとまずこのまま“連載中”で残しておき、薬の魔物の後継のお話が始まりましたら、“完結済み”とさせていただきますね。


それまでにお時間が空くようでしたら、SSなどを追加するかもしれません。


完結記念のご投票をいただき、また「選択の魔物の失踪理由」を読んでいただきまして、有難うございました!



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