表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋の温度  作者: 穂高胡桃
3/17

温度差 ③

凌さんはどんどん歩いていく。私は着物を着ているので、一生懸命足を進めても追いつかない。

それどころかどんどん距離が開いていく。

凌さんはそんな私を振り返り、ドアの前で足を止めてくれた。迎えてくれているような笑顔はないけど。

私も急いで追いつき室内に入ったところで一息つく。着物で小走りはやっぱり苦しい。

私の呼吸に凌さんは気付いたらしく歩調をゆるめてくれて、少し前を歩く。

お互いの両親のいる個室の前に立ち、凌さんがこっちを見たのでもう一度確認の意味で聞いてみる。


「あの、どうしてもダメですか?」


すがる様な気持ちが言葉に出る。そんな私の言葉を聞いても凌さんの表情は変わらない。

見上げて凌さんを見ている私に視線を合わせて僅かに頷いただけだった。

そして目の前のドアをノックすると先に入って行った。


「失礼します。お待たせしてすいません」


凌さんの声に両親達が振り向き、笑顔を向けてくれる。

室内に入っていく凌さんの後に続いて中に入ると、凌さんのご両親も私の両親もニコニコと笑顔を見せてくれた。


「遥香ちゃんお庭綺麗だったでしょう?」


おばさまが優しく微笑んで声をかけてくれる。


「はい」


私も笑顔で答えるが、綺麗だと言われたお庭の様子が思い出せない。そう・・確か庭先に出た時は緑と花に囲まれた情景に感動した。その後少し歩いたところで突如言われた凌さんの言葉に花も緑も見えなくなってしまったのだけど。


「どうだ?久しぶりに再会してゆっくり話せたか?こんなに急いで戻って来なくても良かったんだぞ」


おじさまもいつものように優しく、そして嬉しそうに言ってくれる。

そしてそんなおじさまの言葉に私の両親も同じように笑顔でいる。

こんなにみんながこの場を喜んでいるのに、凌さんと私だけがこの空気に馴染んでない。


     ーどうしよう、この場で断られちゃうのかな・・・ー


凌さんの顔をそっと見ると、お互いの両親のことをジッと見ている。

その目は私を見ていたあの視線と同じだ。


     ーやっぱり凌さん今言うつもりなんだー


凌さんの表情を見てそう確信した時、硬く閉じていた唇が動き始めた。


「申し訳ございません。遥香さんとの縁談のお話は辞退させてください」


頭を深く下げ、キッパリと言い切った。

その言葉につい先ほどまで和やかだった部屋の空気が凍った。両親達の息を呑む音まで聞こえた気がする。

断るにしても正式なやり方ではないのだから、こうなるのは当たり前だよね。


「凌」


低くて重みのある声でおじさまが静かに叱るように彼の名を呼んだ。まるで彼がこの縁談を断ることを知っていて、彼の言葉を遮るかのように。動揺は感じられなかった。

凌さんは今日でこの話を終わりにさせるつもりで来たと言っていたから、きっと両親にもハッキリと言ってあったのかもしれない。

おじさまに呼ばれて凌さんは冷たい瞳を向けた。


「お前の考えもあるだろうが、ちゃんと考えなさい。確かにこの縁談は親同士で決めたことだがね。でも横にいる遥香ちゃんをしっかり見てごらん。お前にはもったいない位いい子だよ」


そう諭すように言った。でも凌さんの視線は私に向かない。


「父さん・・」


代わりにため息交じりの声で瞳を閉じた。

その時、お母さんが何を思ったのか凌さんに質問をした。


「凌さん?凌さんはお付き合いされている方いらっしゃるの?」


その言葉にドキッとした。そんなこと考えていなかったから・・

結婚すると約束されていて、付き合っている人がいるなんて考えてもいなかったから。

まさか・・そんな女性がいるの?


「はい」


祈るようにいないことを願ったのに、凌さんはハッキリと答えた。


     -嘘!-


私の動揺とは対照的にお母さんはニコニコしながら質問を続ける。


「その方とは結婚の約束をされていたり、意識をされているのかしら?」


笑顔とは対照的にズケズケ聞いていく。


「・・・いいえ。そこまで考えておりません」


「そう。じゃあ、とても大切な方?」


「・・・」


お母さんのその質問に凌さんは答えず、真っ直ぐ視線だけ向けている。

私の視線は凌さんとお母さんを行き来しているのに、2人の会話の内容についていけない。


     -凌さんに付き合っている人がいるなんて・・・-


さっきそんなこと言っていなかった。

度重なる衝撃に、胸が苦しくなるどころか息まで苦しくなる。

こんな晴れやかな格好をしているというのに、目の前も頭の中もグチャグチャだ。

ぼやけてしまっている視点を両親達に泳がせると、みんなそろって凌さんを見ている。その視線を辿って凌さんを見れば、変わらず凛とした姿で未だお母さんと目を合わせたままでいる。

この張り詰めた空気の中で、お母さんは「ふふっ」と柔らかく笑った。


「今日は凌さんにお会いできてよかったわ。でも今回のお話が凌さんに無理をさせてしまってごめんなさいね。親同士で勝手に決めて凌さんの気持ちもあるわよね。そんな凌さんの気持ちや環境があるのに私達も親ばかで、遥香の気持ちも汲みたくなってしまうの。親が決めた縁談って事を抜いても、幼い頃から凌さんに憧れていてね。本当にこの日を楽しみにしていたの。だから少しだけでもいいからこの子の気持ちも聞いて頂けたらと思うの」


ニコニコしているのに聞くことは聞いて、言うことはハッキリ言っている。

お母さんって・・・すごい。

私が口を開いたまま感心していると、凌さんは一歩前に出て頭を下げた。


「すいません、お気持ちは嬉しいのですが私の気持ちは変わりません」


その一言を告げて顔を上げた凌さんに心がギュッとなった。


「今回のお話は最初からお断りするつもりでした。それは遥香さんがどうこうということも、私の付き合っている人が理由ということでもありません。結婚というものに自分の関心がないからです。結婚よりも優先したいものが自分にはあるからです」


「凌さんの優先したいものって何ですか?」


結婚より優先したいものが何なのか聞きたくて言葉に出た。

その質問にやっと凌さんは私を見てくれた。


「自由だよ」


「自由・・ですか?」


予想外の答えにポカンとしてしまう。

自由・・・自由って何だろう。


「そう、仕事からプライベートまで結婚によって縛られたくないんだ」


そんな凌さんの言葉の意味が今の私の頭では理解ができなかった。決して難しいことを言っているわけじゃないけど、この混乱した気持ちの中で自分の言いたいことも言うことができない。だけど、このままでは断られて終わってしまう。それだけは嫌。


「凌さん!お願いです。もう一度私と会ってください!お願いします」


頭を下げてお願いする。今はそれしかできない。


「・・・今話したことを理解してもらえないのかな」


凌さんの怒りの混じった声が聞こえる。でもこれだけは譲れない。


「ごめんなさい、でも今は冷静になれないのでもう一度お話させて下さい。そして凌さんの考えも聞かせて下さい。そうでないと私・・・諦められないんです」


そう、今まで自分の中で膨らんだ想いをこんな一瞬で終りにするなんてできない。

凌さんへの気持ちだけは簡単に諦めたくない。


「いや・・」


凌さんが私の言葉に返しかけた時、今まで口を挟まずにいたお父さんが助け舟を出してくれた。


「凌くん、どんな形でもいいから遥香ともう一度会ってやってもらえないかな。私達の勝手な約束を抜きにしても、妻の言う通りこの子はこの日を心待ちにしていた分、君とちゃんと話をしたいのだろうね」


「・・・」


「その上で答えを出してやってもらえないかな?」


お父さんはいつも優しい。その言葉が私は嬉しかった。


「凌、お前も大人だ。マナーはちゃんとしなさい。常に目の前にいる人とちゃんと向き合うことの大切さは分かっているだろう。」


おじさまの言葉はこの場の空気をいい意味で締めてくれた。

決して厳しい口調ではないおじさまの言葉でも、凌さんは真っ直ぐに父親を見て暫く続いた沈黙の後、答えてくれた。


「分かりました。では後日お会いしましょう、日時は追ってご連絡します」


淡々とした言葉だったけど、嬉しかった。そしてホッとした。

あの時の凌さんの冷たい顔を思い出すと今でも心がザワザワするけど、この場で終わらなかった事それだけで深いため息が出る程ホッとした。


     -伝えたいことはまだある。凌さんのことがもっと知りたいー




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ