温度差 ②
そう私、凌さんと結婚したい。
幼い頃、何度か両親と凌さんのお家に遊びに行ったことがある。いつも一緒に遊んでくれて、かっこよくて優しい凌お兄ちゃんが大好きだった。その頃からお父さんには「遥香は凌くんのお嫁さんになるんだよ」って言われてきたし、ずっとそう思ってきたのに。
あんな風に結婚の話を否定されるなんて、それこそ私には信じられなかった。
でも・・・私の言葉を聞いて、目の前の凌さんは更に眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。
「何言っているんだよ」
冷めた感情の低い声が私の熱のこもった言葉を打ち消した。
何言っているって・・このお見合いでの私の返事なのに。確かにハッキリ断りの言葉を先に突きつけられたけど、私の気持ちはこの一言しかない。
「凌さんのお嫁さんになりたいんです」
ハッキリとした気持ちと反比例して、声は小さくなる。
「それは父親が決めたことだろ。君はろくに知らない相手とよく結婚しようと思えるよな」
呆れたように言葉を返される。言い捨てられて、目線も外される。
それでも私はその顔を見つめてしまう。
凌さんが中学生になってからは、お家へ遊びに連れて行ってもらっても、凌さんはいつも留守にしていて前のように遊んでもらえることはなかった。
その分、ご両親にアルバムを見せてもらって成長した凌さんを知ることができた。
写真で見る凌さんは、優しい笑顔の少年から凛とした青年になっていって、いつも見せてもらう度にドキドキした。
それはやっぱり恋だと思う。いつかこの人のお嫁さんになるのだと思うと、恥ずかしさと嬉しさが混ざって幸せを感じていた。そんな気持ちがいつも心を満たしていた。
そして私は大学を卒業して春、やっとこの日を迎えたんだ。
「私はずっと凌さんのことを見てきました」
「どうやって」
「写真です。昔からいつも凌さんのご両親に見せて頂いていました」
私の言葉に凌さんがため息をついた。また呆れたように瞳を伏せてわずかに首を振った後、きつい眼差しを私に向けた。
「何言っているんだよ。写真で何が分かる?分かるわけないだろう!」
「いいえ、写真だけじゃありません。幼い頃、一緒に遊んでもらって凌さんに優しくしてもらって楽しくて嬉しくて、ずっと大好きでした」
凌さんの家に遊びに行っても会えないことが続くようになって、更に凌さんのことが気になって会いたい気持ちが膨らんだ。思い出の中の凌さんはいつも笑顔で、会えない間に成長した凌さんの写真を見る度にその笑顔を想像していた。
私にとっては憧れのお兄ちゃんだったけど、お父さんの「遥香は凌くんのお嫁さんになるんだよ」って言葉をいつも意識していた。私の気持ちも変わらず凌さんを想い求め続けていた。
「全く理解できないな」
私の想いをバッサリ切るように、凌さんは低い声で言い切った。
「え・・・」
私を冷めた瞳で見る凌さんの顔はやっぱり綺麗で、余計に心に言葉が突き刺さる。
「君の言っていることが全く理解できないんだよ。確かに君と何度か会ったことはある。君の言う通り、子供の頃遊んだ記憶もね。そう、何度かだよ。そこに愛情やら思い出など俺にはないよ。君と同じように父から君との結婚のことは聞いていた。でも俺は聞き流していたよ、ばからしいって」
全く表情を変えることなく、淡々と彼は口にした。私の感情とは正反対に。
-愛情や思い出など俺にはない?-
-ばからしい?-
凌さんの言葉が頭を巡って、また視線が落ちていく。
「そんな・・・」
会いたくて、会いたくて、心からこの日を待ち望んでいたのに、お互いの感情がこんなに違うなんて。
凌さんにとって私は思い出にもなっていなかったの?
私がずっと信じてきた凌さんとの結婚の話も、凌さんには聞き流す程度のことだったの?
あまりにショックで言葉が出てこなかった。
「申し訳ないけど、そういうことでこの話は承知して欲しい」
「・・・・・」
「君のご両親にもちゃんと伝えるから、とりあえず戻ろう」
そう言って私を会食の席へ戻らせようと軽く肩に触れた。
僅かに感じる凌さんの感触にドキッとした。
好きな人に触れられることが、こんなに気持ちを揺さぶるなんて・・・緊張と恥ずかしさで、一瞬身体が強張る。
凌さんの意思に抵抗できず、先を歩く凌さんの後について行く。でも、歩きながらいろんな感情が私の頭を混乱させる。
-このまま戻って凌さんがみんなの前で断って終わりになるの?ー
-私は凌さんのお嫁さんになれないの?-




