その1 伝説の始まりは魔王の白い花
────────断罪の大斧!!!!
最大限まで魔力を筋力と重量に割り振り強化した一撃必殺の大斧。魔王の頭上まで跳ね上がり、渾身の一撃をお見舞いする。例え大斧の刃がこぼれ砕けようとも、最強の女狂戦士として、この一撃だけは外せない。
ミシッ⋯⋯⋯⋯
大斧使いの女戦士キルルの強力な大斧の打ち降ろしに、魔王の柔らかで強固な外皮が音を立ててひしゃげ潰れる。
「みんな、いまだよ!!」
大弓使いのドアラの声で、好機を逃さず一斉に戦士達が攻撃に向かう。
「くたばれ────ポコ野郎!!!!!」
「グォォォ⋯⋯⋯⋯!?」
誰が発した言葉なのか、気合の声と仲間からの追撃が後に続く。急所を押し潰し貫く連携攻撃により、魔王は体内を巡る白く濁った体液を派手に戦場にぶちまけた────────
◇
ムコウリト大陸⋯⋯それは大陸とはいうものの、海に浮かぶ巨大な百合の花のように、反り返る断崖絶壁に囲まれた巨大な島だった。その独特の地勢から外海へ乗り出す事の出来る港は少なく、ムコウリトの人々は、要塞のような巨大な島の中で独自の生活圏や文化を築いていた。
ムコウリト大陸は海外からの外敵や魔物に襲われる心配は少ない。そのかわり魔力に満ちた特殊な環境のせいか、内敵が存在する。発生する、が正しいだろうか。このムコウリト大陸では人々に「魔王」と呼ばれる存在が出現するのだ。ムコウリトの特産品「魔王茸」の生息地ではとくに発生率が高く、頻繁に膨大な魔力と生命力を持って誕生する魔物達の王が出現しては暴れ回っていた。
魔力に満ちた特殊な環境のせいか、内敵が存在する。発生する、が正しいだろうか。このムコウリト大陸では人々に「魔王」と呼ばれる存在が出現するのだ。ムコウリトの特産品「魔王茸」の生息地ではとくに発生率が高く、頻繁に膨大な魔力と生命力を持って誕生する魔物達の王が出現しては暴れ回っていた。
厄介なのは魔物達だけではない。魔王の誕生は、ムコウリト大陸の男達の血を滾らせ、暴力的に凶暴化させる魔力胞子の波を放つのだ。強力な魔力を内包する魔王キーン・マースラカの誕生は、過去に例を見ないほどで凶悪で、その生命活動の活性化は大陸全てに及ぶほど広範囲に発せられた。
秩序の崩壊と魔王の暴力的意思により、まともな人々は魔物と暴徒と化した賊徒達に襲われる。狙われるのは幼い子供や老人‥‥それに若い女性達、それに愛する者を持つ男性達が少々。。それでもこのムコウリトの人々が魔王に屈する事なく生存してこれたのには理由があった。
◇
「────ねぇキルル、聞いたぁ? 東方のキタングラム聖国で新しい魔王マースラ・キングが現れて、めっちゃ暴れ出しているらしいよ」
威勢よく駆けて来た一人の少女の名はドアラ。長いサラサラの少しウェーブの掛かった金髪。まとめた金の麦穂のようなポニーテールが、風に靡く速さだ。近づく声量の大きさで、彼女の調子の良さが分かる。気分の昂りは、狩りの帰りだからなのだろう。黒い革の装甲を身に着け、手足は動きやすいように露出させている。よくいる冒険者風の革の軽鎧だが、走るにはそれなりに負荷がかかるはずだが、彼女は気にしている様子はなかった。
「へぇ⋯⋯そぅ。伝説の魔王がねぇ‥‥」
駆け寄る少女に一方的に話し掛けられたのは、昼寝から起こされ気怠そうな目をした黒髪の少女の名ははキルル。無駄に明るい親友の放った「魔王」言葉にピクッと眉を動かすも、どこかまだ夢見心地だ。魔王の名前が違っているのだが、魔王という存在がいる‥‥それがわかるだけで充分だった。
黒髪の少女は、雑にカットした癖っ毛のショートヘアをササッと手で軽く直す。犬のように目をキラキラ輝かせる少女と違い、不死者のように瞳の感情が死んでいる。寝ぼけ眼の少女キルルは、村の人が好んで着る薄手の生地の普段着を整えてから起きる。離れた所から駆けて寄って来たので、いくら少女が大きな声で語り出していても、「魔王」 という言葉以外ろくに耳に入っておらず、キョトンとした顔をしている。
そんな寝ぼけ顔のキルルに楽しそうに好き勝手に話しかける金髪ポニーテール少女ドアラは、キルルの幼馴染であり、村で唯一の親友といってもいい。見た目通り明るくお喋りな娘である。一方のキルルはと言うと、ドアラ以外の相手には殆ど喋らない。無口で無愛想。人付き合いを避け、友達など出来ない印象だ。実際友人は人懐っこいドアラ以外にはいない。常に話しかけるのもドアラのため、親友と言ってよいのか疑問なほどだ。
実際正反対な性分の二人が、いつも仲良く一緒に行動するのを不思議に思う者は多い。とくに社交的で明るく人気のあるドアラがキルルを構う理由は、村一番の謎と言えた。なぜなら彼女の母親同士は同じパーティを組むものの犬猿の仲と噂されている。ムコウリトのどちらが最強の女狂戦士かで張り合い続けているからだろう。
ムコウリト大陸の人々の希望⋯⋯それこそが女狂戦士と呼ばれるキルポコ村の女性だけで編成された冒険者達だ。キルルとドアラの母親達は、過去に二度、魔王を討伐した生ける伝説のパーティ。魔王の放つ魔力の波動に男達が狂う中で、アマネスト王国────その中でも最強と言われる女狂戦士達だけが人々の最後の砦だった。
「魔王ってどんな姿なんだろうね。見てみたいよねぇ〜」
「どうせすぐに母さん達に討伐されるんでしょ‥‥だからあたしらは見られないよ」
女狂戦士達の強さは王国騎士千人以上と言われる。冒険者で言えば金級クラスは確実にある。
「確かにねぇ。村中の戦士相手でも母さん達六人に勝てないもんね」
「あたしらは加わってないけどね⋯⋯」
冷めた表情でちょっとだけ強気に応えるキルルだったが、魔王という言葉には反応してしまう。彼女自身も魔王を一度くらいは見てみたいと思っていたし、戦いを挑みたい気持ちがあった。そんな時のキルルの瞳は輝きが増している。普段無愛想で表情には出さないのだが、ドアラにはわかるのだ。自分の聞いて来た話、魔王に関して興味があるのが一目で見て取れた。
「キルルは生粋の戦士だからさぁ、大戦になれば戦地に行くのよね」
「うん⋯⋯でもそれは母さん達が負けた時の話だよ。負けないけど。それに大戦には興味はない⋯⋯かな。魔物はドアラと一緒におっきいのも狩っているし、やって来る冒険者の男達は、村の姉さん達より弱いし」
「あははは、確かに。まあ聖なる国の悪い噂は絶えないから、唆されて狩られに来るのは自業自得だよねぇ」
魔王と聞くと普通の国では恐怖の対象、無力な民が殺され悲惨な光景ばかりが頭に浮かぶものだ。しかし呑気に強気な会話をする二人が暮らすアマネスト王国では話が変わる。引退したものを含めて国の民のほぼ全員が戦士として戦い、訓練を積んで来たものばかりだからだ。
その中でもキルルの暮らすキルポコ村は別格だった。魔王討伐の切り札、女狂戦士と呼ばれる生粋の戦士ばかりの村だからだ。住まう国民の気性は活性化した男達よりも荒いとさえ言われていた。
アマネスト王国の民は、生まれた時から戦士として育つため、その気質は基本的に好戦的だ。しかし領土的野心は少なく、自国領さえ安定していればそれでよいという方針なのを周辺国の人々は知っている。そのため隣国もアマネスト王国への無駄な干渉────とくに戦いを仕掛けるような真似は極力避ける傾向にある。アマネスト王国とは交易を重視し、友好を保つようにして来た。また同盟関係ではないものの、戦時には傭兵を派遣してもらう事で互いに守りあっていた。
魔王が誕生していなくても、時折飢えた狼達の集団のようにやって来る男達がアマネスト王国を訪れる。彼らは頭に菌でも入り込んでいるのかとキルルは思うのだ。アマネスト王国では、強い男達がやって来るのは歓迎しているので、友好国も止めない。むしろ生贄として、彼らの誤解を解くことなく送り出している節も見られた。
腕に自信があり好奇心旺盛な冒険者達が訪れるのは、実際アマネスト王国の若く美しい女性だけしかいない冒険者パーティが、大陸遠征に向かった結果でもある。一人一人が冒険者最上位級の実力者であり、若く美しいのだから当然だ。
近隣国同士ではアマネストといざこざを避けている理由は他にもある。アマネスト王国は男子禁制ではないものの、男性が居心地悪いのは確かだ。生まれた男の子達はある程度成長すると隣国に預けられ、その国の民になる。人質でも奴隷でもない。将来優秀な兵となり得る血筋を持つ子供達が、アマネスト王国を囲う国々で城壁のような存在になるのだ。アマネストを中心とした連合国家群もまた、魔王討伐が迅速に行なわれる重要な仕組みの一つになっていた。
ただ、遠くの国々や民間はまた別の話だ。特に下心心が強く、実力に自信のある多くの勘違い冒険者の男達は、アマネストの友好国が流した女性しかいない国‥‥天国のような国があるという噂に見事にかかる。
「魔王よりもさ、キタングラムの総主を潰した方が平和になりそうだよね」
「たしかに、ね」
キタングラム聖国は海を隔てた東の大陸に近く、数少ない港を持つ国。位置的に好戦的で好色な冒険者達がやって来やすい傾向にあるのは仕方ない面もあった。ただキタングラムでの魔王の発生率の高さや、送り込まれる不良冒険者や悪徳商人達が、聖国の質を物語っていたのは事実だ。
いくら冒険者達でも、本当に騙される輩はほんの一部だ。現地にやって来て、それとなく甘い噂を耳に入れられて、疑いなく信じる方もどうかしている。地道に聞き込みをすれば、アマネスト王国の女冒険者達の実力は本物と信じ、大人の戦士を狙おうなどと思わない。
そこで狙われるのが幼い子供だった。魔王と戦える素養、そして美しい娘になるとなれば危険を冒してでも手に入れる価値はあると判断されたのだ。魔王覚醒時でなければ、通行証を持たずともアマネスト王国には簡単に入れるのも大きかった。
アマネスト王国にはそうして自発的にやって来る腕自慢の冒険者や、依頼を受けてやって来る騎士団が数多く来訪するようになっていた。また美人の多い子供を狙う賊徒達も、アマネストの友好国では大人しくやり過ごして通り抜け、楽々と国境を越えてやって来る。
また噂の中には、実力を見せつければアマネスト中の女性を侍らす事が出来る⋯⋯文字通りの男達にとって天国になる────そんな酷い妄想のような話が信じられていた。
「知らないって罪なんだね」
「呆れる⋯⋯」
アマネスト王国に君臨する男の王がずっと不在‥‥いない事がそんな噂の甘さが現実的ではないと察するべきだろう。この国の女戦士達を相手に、実力を示せた冒険者は一人もいなかった‥‥その事実に。それでも自信過剰な浅はかな野心家はいつでも沸く。キルルたちがのんびり暮らせているのを見ても分かるように、子供を狙った人攫い達は、攫おうとした子供達自身により征伐される有様だった。キルルとドアラも既に二桁以上のならず者集団の襲撃を撃退していたのだ。
「冒険者達は別として、ムコウリトの男達の活力が増した原因は、やっぱり魔王のせいだってことなんだよね」
「そうだね。他の大陸に魔王いるのかどうか知らないけど、この大陸の男達が魔王の影響で少しばかり強くなるのは間違いないわ」
彼女達の役割は、いつしか魔王による活性化の種‥‥因子をその身を持って回収する事になっていった。より強い子孫の誕生は、歴代の魔王達の力を大きく上回るようになる。アマネスト王国の女性達は、活性化の恩恵だけを受け入れて、狂う事なく強くなって来たのだ。
キルル達の母親が二度も魔王を退治したのも偶然ではない。魔王の力の源を刈り取り続けた結果だと言えた。
「だからさぁ、魔王誕生はよその国には災難でも、あたしらには恵みの雨ってものでもあるよねぇ」
「⋯⋯⋯⋯うん」
ドアラが少し照れたように笑う。歴戦の女狂戦士と違い、彼女達はまだ乙女だから、比喩にするにも恥じらいは残っていた。
「⋯⋯お母さん達の世代が長く暴れ過ぎたせいで、私達が生まれてからずっと戦らしい戦なかったし、出番はないかもしれないね」
「そうねぇ。でもさ女王様達の世代なんか、海を越えた大陸まで遠征して強い種を仕入れていたんだってさ」
「どんだけ血の気が滾っていたのって、お母さん達も笑ってたよね」
「ほんと、そうだよねぇ。魔王が退治されたら、私らも婿取りによそに行く必要あるかもね」
キルルとドアラは笑い合う。母親同士がいがみ合うのは最強にこだわるからであって、けっして不仲だからではない証だ。互いに反りが合わなければ、こうも長く一緒に行動し続けることなどないのだから。
だからキルルは安心してドアラの手を取る。魔王はいずれ母親達により討伐される。それまでに少しでも強くなるために、魔王の力で強化された魔物を倒し、賊徒をあしらい、腕を磨く。それだけが今のキルルに出来る事だ。
人が国が活性化してゆくのは良いことなのかもしれない。キルルとしてはドアラと一緒に狩りをして、こうしてバカバカしい話を楽しみながら一生を過ごすのも悪くないと思っていた。キルルは戦士ばかりの国の中でそんな考えは異端、異色なのかも⋯⋯そう思って悩むようになっていた。
「キルルは間違ってないよ。実際私らの連携最高だしさ、戦闘でも負けなしだよ?」
大剣や大斧を振り回す狂戦士キルルと、大弓を扱う射手ドアラのコンビは、アマネスト王国の同世代の戦士の中でも群を抜いた破壊力と俊敏性を誇っていた。
突出した実力を見せるキルルと組みたがる戦士は大勢いたが、キルルがドアラを選び組むようになったのは、彼女の悩みをドアラがあっさり解決してくれたからだった。
「別に、好きなものは好きでいいと思うよ。それに私はキルルなら嬉しいよ」
キルルが悩みを告白した時は、ドアラはカラカラと笑って受け入れてくれた。この国ではよくある事で異質でも病気でもないらしい。
「ただね、本当に強い雄に出会ってしまうと、本能に抗うことが出来なくなるんだって。もしも私が堕ちた時はキルル⋯⋯あなたが私を殺してね」
幼い時に誓い合った約束。戦士ばかりのこの国で、高い実力を持ったキルルと、彼女のサポートに長けたドアラ。
幼さの残す彼女達はアマネスト王国の女狂戦士に語り継がれて来た伝説の本当の意味を、その身で知ることになるのだった。




