矜恃は捨てて
「近寄んないでよ」
私の口先から出てきた言葉はとても鋭かった。今までずっと心にしまっていて、どこにも見せなかった言葉は案外簡単に出てくるものなのかもしれない。
私の言葉を聞いた、私がずっと羨望と嫉妬の眼差しで見てきたあの子は目を見開いていた。
その瞬間、私は、悪者になった。
「いっつも、思ってた。私と同じじゃないのに同じみたいな顔して近づいてくるのが嫌いだった。私より優れてるのに、優しいのに、機転がきいて人に好かれるのに、さも同じです、みたいな顔しないでよ」
悪者になっても別にいい。怖くない、苦しくない、でもあの子が私の言葉を聞いて寂しそうな目をしたのが見えて、ほんの少しだけ胸が痛んだ。そんな気がした。
きっと、気のせい。
「ごめんね、気づけなくて」
あの子はただそれだけを言って教室を出ていった。出ていくべきは私なのに。私みたいな悪者は、周囲に糾弾されて、そして追い出されるべきで、あの子みたいなみんなに好かれてて、守られる子はここに残っておくべきなのに。
「なんで、あんたがここを出るの、なんで、私に言い返してこないの。そんなの、私が惨めじゃん」
あんなことを言った私に何も言い返さない、一つとして誰かを傷つける言葉を放たない。それがあの子だった。だからあの子が私に寄り添ってくるのが嫌いだった。
クラスメイトが私のことを睨め回すように見ていた。まるで私という悪者をこれからどう裁こうかと考えているようにも見えた。
「見んなよ」
それだけ言い残して私は教室から駆け出した。
チャイムが鳴っても教室にも戻らず、ずっと誰もいない中庭で寒風に吹かれて座り込んでいた。あの子はきっと私が出ていったあと、チャイムが鳴る頃には教室に戻っているんだろうな。
空に頼りなく浮かぶ残り月を見ながら思考に落ちる。夜はあんなに強く輝く月も、太陽が昇れば静かに溶けゆく薄氷のようだった。
私の言葉であの子は傷ついただろうか。それとも何も思わなかっただろうか。後悔しているだろうか。私はきっと、あの子がどんな感情を抱いていても気に入らないんだと思う。
だって私は「あの子」という存在を嫌っているのだから。頭が良くて、優しくて、私みたいな教室の隅で一人で気持ちの悪いと言われる文章を書いていた根暗に話しかけてくれた子。なんで私はそんなに優しいあの子にあんなことを言ったのだろう。
「私のほうが、創作だけなら上だと思ってたのが、思い上がってたのが悪かったのかなぁ。やっばり、頭の良い人には勝てないのかなぁ」
作品を書くアイデアを考えているとき、あの子は私と一緒にアイデアを出すと言って話を聞いてくれた。私の子達を馬鹿にせずに話を聞いてくれた。素敵なアイデアを出してくれた。優しかった。底なしの優しさだった。
でもある日に気づいた。本来この子は私と居るべきじゃないってことに。私みたいな人間とは交わるはずのない人間なんだって。
あの子のアイデアはすごかった。私が作っていった元となる設定から繋げていって、違和感のないように、それだけでなく美しい構成だった。
私はそんなある時気づいたのだ。
これは私の物語じゃなくて、この子の代筆をしているだけだ、と。
中庭に生える椿が一際強い風に吹かれてぽとり、と落ちる。
私も落ちてしまったあの椿のようになりたかった。
自分の能力を過信して、すぐ埋まるようなほんの少しの差で慢心していた愚者は今やどこにもいなかった。
そこに居るのはただただ一人ぼっちの、空っぽの人形だけだった。




