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人形は狐少女と今日も踊る。  作者: ぬけがら。
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 バットの処遇についてだが、私の使っていない部屋もあり、住処はそこに決まった。食事やらの生活費も私の給料から天引きすることで落ち着いて、元々溜まる一方であったお金の使い道がようやくできたと言えた。

 さすがにリルのような特例を何度も適用するのは難しいとのことで、ただ衣食住を私が面倒見る形になった。


 ただ、子供にとって知らない場所で何もできない毎日は苦痛だろうということで、子供を雇ってくれる先を見つけている。本来ならこの年くらいの子供は学校に通ったり、家業を学んだり、貴族の出であれば家庭教師もつくとのことで身寄りのない子供の預け先は簡単には見つからなかった。

 一時預かりであることも相まって勝手に学校に通わせることも難しい。そもそも私の身分すら掘れば怪しい裏道を通ってきているのだから、市民権をしっかり把握されるような危ない橋は渡れなかった。


 結果、バットは身寄りのない子供達の救済の場である孤児院に通うことになった。

 孤児院だからといってなんでもかんでも受け入れるわけではなく、無理を言ってお願いすることとなった。多少の寄付と手伝いをする代わりにバットに学びの場を提供してもらえることになったのである。

「ブルーさん!」

「...」

 最初の警戒心は多少薄れて、今では子供らしい自然な笑顔も見せてくれるようになった。

 今日はテネットたちと約束をした日である。いつもは孤児院に向かうところだが、今日は母親と面会できるということでテンションが高い。

「あっ、り、リルも」

「...はやくいこ」

 どうにも困ったことが一つ。リルのバットに対する警戒心の高さである。

 どうにも彼女は私をバットに取られるのではないかと懸念しているようで、事あるごとに冷たい視線が向けられる。彼女からしてもバットの境遇は理解しているようなのだが、思考と感情はイコールではないらしい。

 時間が解決する他ないだろうかと頭を悩ませつつ、三人で留置所に向けて出発する。


 リルには先週も別行動だったため、今週は一緒に過ごしたいのだと言われた。あまり仲がよろしくないバットの用事を優先してしまえば彼女の不安が一層深まってしまうだろう。

 かと言って母親に会える機会を子供に我慢しろとは流石に難しく、折衷案として一緒に行動することになったのだが、リルは不機嫌だし、そんな彼女に負い目があるのかバットはバツが悪そうであった。

「...お母さんに会えるんだから、もっと楽しそうにすればいいのに」

「え、あ、うん」

 リルもハナから敵対したい訳ではないのだろう。ぶっきらぼうに気遣うような言葉を投げかける。なんともギクシャクとしたやりとりであった。

 すぐに目的地に到着した。今日会えば次はいつ会えるか定かではない。どうやら街から離れて奉仕活動とやらをやるらしい。その段になって、状況を自覚したのか、少し泣きそうな顔のバットであった。


 とはいえ、私はバットの母親と話すことは特にない。面会室まで送っては、リルと二人で待つことにした。親子の再会に水を差すような趣味もない。

 次の面会日時だけ衛兵に確認できればそれで私の目的は終了であった。

『好きなだけ話すといい

 ここで待ってる』

「...はい」

 短いやり取りのまま、バットを見送った。


「お母さん、いいな」

「...」

 待っている間、リルとお喋りをしている時のこと。唐突に、彼女も意図していなかったらしく、ぽつりと言葉を吐き出してはしまったとばかりに慌てて口を塞いだ。

 何か後ろめたいことを隠すように泣きそうな辛そうな表情。取り返しのつかないことを言ってしまったとばかりに大袈裟なリアクションだった。

 彼女は滅多に弱気を口に出さない。家族のことも普段は全く。それはきっと無理をしていたのだろう。こんな幼い子供である。至極当然のことであった。少し考えれば思い当たるようなことであった。

 彼女の様子に今まで無理をして明るく振る舞わせていたのだと、今更になって気付いた。普段からできた子である。そんな当たり前の感情を匂わせもせず、すっかり毎日を楽しそうに過ごす彼女に騙されていた。そんな健気な子供に、犯罪者とはいえ母親と会う子供という場面に連れ出させた私の行動の残酷さに愕然とした。


 なんてことを。


 頭をハンマーで殴られたかのような衝撃。今ほど自身の無能さ、想像力の無さを呪ったことはない。私はどんな言葉を尽くしても、言い訳にすらならないこの状況に、思考が覚束なく、どう詫びればいいのかすらわかりそうになかった。

「ち、ちがっ、今のは違うのっ」

「...」

 慌てて言葉を並べるリルの様子に、それでもなお彼女に無理をさせ続けるのかと何もできない私自身に心底腹が立った。どんな言葉も彼女の救いにはならないではないか。ああ、なんということだろう。なんてことを。

「ブルーごめん!

 ちがうの!本当に!」

 涙を溜めながら、幼い彼女に謝らせている。なんだろうこれは。これはなんだ。

 どうしよう。

 そんな纏まらない思考はぐるぐるとループする。父親面して保護者を気取る人形は、こんな簡単なことにも気を配れなかった。それどころか、必死に取り繕って無理をする子供に言葉の一つも掛けられない。


 そんな自身の至らなさを再確認している場合ではないと無理やり自身を叱咤する。そうでもしないと私は何もできそうになかった。落ち込むのは後に回して、今はただ、目の前の彼女に何ができるのか。それだけ考えるべきである。

 私は決めたのだ。あの気のいいギルド員の前で誓ったのだ。私は少なくとも彼女が私を見限らない限り、彼女の笑顔を守るのだと。

 では目の前で泣きそうに笑っているこの子の現状をなんとする。私が勝手に想像力の欠如で傷つけてしまったと衝撃を受けて固まっている間にも、言葉を並べてなんとか気丈に振る舞う彼女のために何ができる。何もできなくても、それが失敗でも、今のリルに何をしてやれる。


 こんな無能な人形が思いつくことなどたかが知れていて、私は彼女を強く抱きしめることしかできなかった。


 リルの村について、王都で働き始めて一番に調べては、彼女の家族の安否を知ることすらできないことを知っている。もしかしたら生きているかもしれない。けれどもそれは希望的観測に過ぎた。ほぼ絶望的。だからこそ彼女に簡単に母親を探すなんてことは言ってあげられない。家族には信じていればいつか会えるのだなどと薄っぺらい希望を持たせることは不誠実だと思った。私は私をもって、彼女の寂しさを少しでも和らげられればと過ぎた願望を正しいことだと盲信していた。

 いつかのアルメリーとコルネのやり取りが浮かぶ。そんなことどの口がと思いながらも、私はこの煮詰まった感情をそのままにメモ帳に書き殴る。

『私はリルを本当の家族だと思ってる

 リルが幸せであればいいと願ってる

 足りないものは二人で探そう、リルのためならなんだってできる、嘘じゃない』

 書いては何を伝えたいのか自分でもわからないほどに根性一辺倒な思いの丈であった。そんなもの彼女にとって何の足しになるというのか。得体の知れない人形に家族だと思われることが母親に会いたい子供の心にどれだけの意味をもたらすか。なんとも弱々しい主張に言葉だけでももっとマシなものを用意できないのかと歯噛みする。

 けれど、その言葉はリルに少し届いてくれたようで、照れたように頷いてくれた。


「じゃあ、バットを追い出してくれる?」

「...」


 それは、なんともリルらしからぬお願いであった。聞き間違いかと瞳を見つめれば、混じり気ひとつない澄んだ瞳があった。一瞬思考が止まった。けれど、私はその願いに自分でも驚くほど簡単に頷けた。

 何故なら迷う理由は一つもなかったから。私の優先順位の一番上はこの人形になってからずっと彼女であるのだから。

 バットの境遇も、その母親との約束も、私にとってはちっぽけな一つでしかないことに気づいた。リルのお願いを断ってまで貫き通すものではないのだと、新たな気付きであった。それくらいの願いなら可愛いものである。何に衝撃を受けていたのか、不思議だった。

「...意地悪言ってごめん

 そんなことしちゃバットが可哀想でしょ?

 でも、...頷いてくれたから、私はもう大丈夫」

「...」

 吹っ切れた様子のリルの心情を図り兼ねた。それは本心がどこにあるのか。人形の私には判断がつかなかった。

 けれど、先ほどまでの不機嫌さや、後ろめたさは綺麗に消失しているようにも見えた。願望かもしれない。この節穴な瞳に何がわかるのか、彼女の本心を探ろうとしては早々に諦めた。

「ふ、ふふ」

「...」

 何故か唐突に笑い始めたリルの様子に首を傾げる。

「いや、ふふ

 私、幸せかも」

「...」

 まだ至らない人形は、彼女の笑顔に頭を撫でて応えた。

「お母さんにも、お父さんにも、会いたいけど、

 でも、私にはブルーが居るって思えたから、今はそれで満足しちゃった

 悪い子かも?」

「...」

 鼻歌でも歌い出しそうなリルの様子に、なんて答えるべきなのか迷っては、そっとその身体を抱えて膝に座らせた。無理をしているのだろうか。彼女の心がわからない。

 けれど、私は私のやれることをする他ないわけで。どこまで行っても私はリルの幸せを願うことが精々であるのだ。そう改めて思った。



*****



 目元を赤くして帰ってきたバットを引き連れて、約束の肉屋までゆっくり歩いた。

 バットは道中無言であった。わざわざ口を開かせるようなこともしたくない。今は母親との再会に浸らせてやりたかった。

「今日はごはん何かな?」

「...」

「たのしみだね」

 バットに配慮してか、小声でこれからの予定に想いを馳せるリル。心なしか足取りが行きよりも軽い気がする。そうあって欲しい私の願望かもしれない。


 約束の時間ギリギリで肉屋に到着すれば、約束していた三人。

「あ、こんにちわ!」

「...」

 いつもと雰囲気の違う今時なファッションをしている。テネットは元気よく挨拶をした。少し頬が赤い。テンションも高く、もしかしたら慣れない格好をテンションで乗り切ろうとしているのかもしれない。

「テネットが珍しくおめかししてる」

「ちょっと!やめて!」

 赤い顔を更に赤くして声を上げるテネットだった。


「その子がリルちゃんですか?

 今日はよろしくね?」

 ふと、やり取りも落ち着いて、周りを見渡せる余裕が生まれたのか、テネットがリルに視線を向ける。ニコニコと人当たりのいい笑顔だなと、やはりテネット子供好き説を密かに確信していると。

「ブルーは私のだからね?」

「へ?」

 あまりの角度で挨拶するリルであった。さっきの出来事で少しわがままになったのかもしれない。なんとなく、そんな気がした。

 にこりといつも通りの笑顔に見える。飛び出す言葉と若干合っていない気もした。

「...これは、手強いライバル?」

「ロゼちゃんまた怒られるよ?」

 後ろでこそこそと二人が言っている。


「ふふ、リルちゃんから取ったりしないよ

 約束しよう?」

「うん、約束する」

 何故か二人はそのやり取りだけで充分であったらしい。そのまま和かに手を繋いで歩き始めた。

 空いているリルの手が私に伸ばされる。

 なんだか不思議なスタートを切ったものの、険悪な雰囲気はないのでまあいいかと私は考えないことにした。



 到着した先は今若者に流行りのレストランだとか。確かに人が並んでいる。その列に私たちは連なった。

「バットくんは元気にしてた?」

「あ、うん」

 バットの様子に何かを感じたのか、ここまで無理に話しかけていなかったテネットだったが、並ぶ時間が長くなることを見越したのか会話を振る。母親と別れてどういう心境か心配だったものの、テネットのお陰で多少は持ち直してくれそうである。

「リルちゃん、かわいい」

「ありがとうございます!」

「元気でいいねえ」

「ポルンさんもかわいいですよ!」

「ええ?そ、そんな私がかわいいなんてっ」

 そんな会話をしているのはリルとポルンの二人。どうにもリルはポルンが気になったようで、ポルンもリルのかわいさに引き寄せられて自然と会話が弾んでいる様子。これはいいことだとリルの交友関係が広がることを喜んでおく。

「ポルンもテネットも子供に好かれる、羨ましい」

「...」

 自然と二列で並んだ私の隣はロゼになった。喋れない人形の隣で申し訳ない気持ちだが、彼女は独り言でも気にしないたちであるらしい。そのまま喋り続ける。

「動物は得意なんだけど」

「...」

「この前猫に家まで着いてこられた」

「...」

 心なしか胸を張っている彼女だった。それを自慢したかったらしい。なんて反応するのが正解なのかわからず、とりあえず頷いておく。

「動物に好かれるのはいい女って

 知ってる?」

「...」

 知らないと首を振る。

「読んでないか

 ...お腹すいた、待ち時間長い」

「...」

 なんともマイペースな子である。



 しばらく待てば席に通された。中はキラキラしていて、こういう店が流行ってるのかと勉強になった。

 リルもバットも子供らしくワクワクとした表情が可愛らしい。似た反応の二人に三人娘も笑顔であった。

「この店はなんでも売ってるんだよ

 メニュー数が一番なんだって」

「ほぁあ」

 ズラリと並ぶメニュー表の文字に口を開けて幸せを漏らすリルであった。バットは文字が読めないながらもテネットに教えられて頭を悩ませていた。最近勉強しているとは言え、すぐに身につくものでもないだろう。いつか自分で読める日が来ればいいと思った。


「おいしい!」

「っ!」

 驚いたままに言葉をこぼすリルと、大きく頬張っては顔でおいしさを表現するバットの二人が対照的だった。そんな二人に今日何度目かの微笑みを浮かべる三人娘。

「こっちも食べてみる?」

「いいの?!」

「もちろん」

 メニューのシェアもしつつ、和気藹々と食事は進んだ。

 見たことあるようなメニューも多数確認でき、食というのは世界を越えても似通ったものが生まれるのだと新たな発見であった。



 会話も弾んで、思ったより長く過ごしていたらしい。すっかりデザートまで完食した彼女らはご満悦の表情であった。

 バットも母親と離れる寂しさが多少は紛れたと思われる。見た限りでは楽しそうな様子であった。改めてテネットたちに感謝した。

「ええ?自分の分は払えますよ?」

「...」

 首を振って会計をもぎ取った私はこれは感謝の印だと笑顔のバットを視界に収める。赤かった瞼も多少はマシになっている。

『バットも楽しんでくれたようだし、気持ちと思って受け取ってほしい』

「んー、そう言われると

 わかりました、ありがとうございます」

 わざわざ休日をバットのために集まってくれたのである。それどころかリルの話し相手にもなってくれた。食事代くらいは出させてもらえないと悪いと思った。


「私のおすすめスポットがある

 一緒に行く人?」

「ロゼちゃん?」

「はーい!」

「お、おれも」

 さあ解散というところでロゼが唐突に提案した。子供二人は乗り気である。私も特に断る理由はなかった。

「ふっふっふ、着いてきな!」

「ロゼちゃん...」

 謎のハイテンションで駆け出さんとばかりに歩き出すロゼに何が何だかわからないものの付いていくことになった。


 そこは路地裏であった。そして、何かの集会場と言えた。

「なぉーん」

「にゃー」

「どう?いいところでしょ?」

「わぁ」

「おぉ」

 猫たちが思い思いに転がっている。そういえば動物に好かれると言っていたか。

 各々がその秘密の猫集会場に目を輝かせている様子で、ここに動物嫌いは居ないらしい。

 当の猫たちはぞろぞろと近づいてきた私たちをちらりと見るばかりで思い思いに転がり続けている。なんとも人に慣れた猫たちである。

 ロゼはそんな猫たちを得意気に一匹ずつ紹介していく。

「この子はしらたま、この子はくろみつ、この子はもなか…」

「全部ロゼちゃんが名前つけたの?」

「もちろん」

 和菓子の名前が並ぶロゼの紹介に、この世界にも和菓子があるのかと変なところが気になった。

「触られるのが好きな子も嫌いな子も居るから気を付けて

 大体転がってる子は大丈夫」

 そんな注意事項ともなんともつかない説明をして、彼女のお気に入りなのか、しらたまと呼んでいた真っ白の綺麗な猫を膝に乗せては撫で始めた。しらたまとやらはされるがままであった。

 野生の動物に触れ合うのは如何なものかと思ったものの、折角の子供たちの瞳の輝きに水を差すのは気が引けた。それに、何故か猫たちの毛並みが綺麗に整っている。

「触って大丈夫?ほら、病気とか」

「ああ、大丈夫

 この子たちは魔法で清潔にしてるから」

 同じことが気になったらしいポルンの言葉になんでもないように応えるロゼ。魔法でそんなことまでできるのか。

「え、なんて?」

「だから、魔法だって、こうやって、こう」

「へ?」

 しらたまとやらを撫でながら、空いた手を少し翳しては、その掌から白い光が降り注ぐ。それは神官が使う治癒魔法の光に似ていた。魔法というのは世の中に溢れているんだなと別世界を改めて感じていると、テネットとポルンの開いた口に気付いた。白い光で猫を照らすロゼを見て固まっている。

「ロゼちゃん、ま、魔法使えるの!?」

「なんで?!いつから?!」

「…あ、これ内緒だったっけ」

 あまりの二人の驚きように寝転んでいた猫たちがびくりと起き上がった。

 そんな剣幕に少しも動じた様子なく、通常運転で聞き流せないことを呟く。魔法というのは珍しいものらしい。私の周りには当たり前に魔法を使う人で溢れていたから、そんなものかと思ったけれど。二人のあまりの驚きようを見れば、希少なことであるようだ。

「まあ、内緒ということで

 ほら、猫たちが驚いてるから、静かに」

「え、ええ」

 二人の何とも言えない表情に、言いたいことがあるのだろうなと他人事で、私は近くの猫を観察してみる。子供たちは魔法よりも猫に興味津々の様子で、リルは猫に近付いては警戒されて落ち込んでいるし、逆にバットは猫に囲まれて困っていた。

 何とも対照的な二人の様子を見守っていれば、一旦魔法については飲み込んだらしいテネットが、リルの様子に気付いて話し掛ける。

「この子人懐っこいですよ」

「う、うん」

 腹を上にして寝転がっているふてぶてしい三毛猫の元にリルを呼び寄せては、緊張した様子で恐る恐る手を伸ばす。

 ピクリと耳を動かして顔をリルに向ける猫。その猫は驚いたような表情をしているように見えた。

「んにゃ?でかい猫、じゃないのにゃ?」

「え」

 初めて聞く声だった。誰が喋ったのか理解が追い付かず、時が止まったように思えた。

 その猫は億劫そうに身体を起こして、リルに"喋りかけた"のだ。

 子供のような高めの声で、声変わり前の少年のようにも、少女のようにも聞き取れた。

「もう、もなか、声出てる」

「んにゃ?まあ、出したもんはしゃあにゃい」

 平常なのは喋った本人、というか本猫とロゼ。ロゼの反応からして猫が喋ることを知っていた様子。猫と歯喋るものなのだと、なんとか消化しようとしていたところで、周りの反応からして異常事態であることを知った。

「この通り、この子だけ何故か喋る、他の子は喋れないみたいだけど

 不思議だね」

「ふし、ぎだね?じゃないよ!」

「まあまあ、落ち着いて」

「どどど、どういう」

「どうどう」

 何でもないかのように首を傾げるロゼに対して、テネットが悲鳴を上げながら詰める。ポルンに限っては壊れた玩具みたいになっている。


「ばれたものはしょうがにゃい

 それにしても、アニマを見るのは久しぶりにゃ」

「アニマ?」

 ロゼを質問攻めにしている最中。当の猫はリルに向かってとんでもないことを言った。

 喋る猫からすれば、魔道具で姿を誤魔化していてもアニマであることが分かるらしい。

 アニマという単語にロゼが二人からの質問攻めを聞き流しながら首を傾げた。リルは顔色を変えて、恐る恐る猫に触れようとした手を引っ込めて成り行きを伺っている。私も人形の身体をリルに近付けた。

「んにゃ?これも言っちゃダメだったにゃ?」

 私たち二人の反応を見て、きょとんとした表情をする。そんな中で、ロゼはアニマというものに興味を示したように口を開いた。

「アニマって、あのアニマ?

 誰が?アニマって猫耳生えてるんじゃないの?」

「うまく隠してるにゃね

 人間は不思議な魔法を使うんだにゃあ」

「…リルちゃんが、アニマ?」

「…」

 猫が喋るっていう衝撃も鳴りを潜めて、ロゼと猫の会話の意味を理解し始めたこの場は静まり返っていた。

 リルが泣きそうな顔で身を縮ませている。抱えて逃げるべきか悩んで、テネットがこの情報を持つことに思考が伸びた。

 彼女は貴族家が取引を密にしている肉屋の娘である。そのテネットにリルのことがバレてしまえばどこに情報が漏れるかわからない。私以外の従者が肉屋へ取引に向かうことだって当然ある。巡り巡って職場に漏れる可能性は大いにあった。

 となれば、ここはなんとか誤魔化すしかない。しかし、私は喋ることはできないし、猫が文字を読めるかもわからない。咄嗟の現状に口を挟むことが難しい人形の身体にやきもきしつつ、震えるリルに視線を向ける。

 いつもであれば、私の意図を汲んでリルが積極的に会話を請け負ってくれるのだけど、この状況でうまく場を任せるのは酷だった。

「…ああ、アニマってこの国だと酷い扱いされてるんだっけ

 知ってる?」

 そんな沈黙の中、平常運転で会話を続けたのはロゼだった。その質問は未だに感情が読めないテネットとポルンに向けられている。


「アニマって身体能力がとんでもないんだ

 それに、すごく感情的で仲間想い

 そのせいで昔、この国が建国する時に人間とアニマの大きな争いが起こったことは二人も知ってるだろうけど」

 やけに詳しく説明するロゼの言葉にテネットもポルンも何も言わない。

「簡単に言えばその戦争で人間が勝って、でも、大きな被害を受けた

 復興に当たってその身体能力に目を付けた人間が奴隷としてアニマを好き勝手使ってるわけだね

 それが今も続いてる」

 はははと乾いた笑いを溢すロゼ。


 私も何故この国でアニマがこのような扱いを受けているのか勉強したことがある。

 そういう歴史があるからこそ、この国の人間には根底にアニマに対する忌避感が備わっている。身体能力では敵わないという恐れもそれを後押しして嫌悪している。

 おおよそロゼの言っていることは正しいものの、その言い回しが気になった。

 この国の人間からすれば、建国に当たる大きな戦争の大事な歴史である。このくらいの少女たちであれば、その戦争にどれだけ正当性があって、どれだけ敵であったアニマが残虐なことをしたのかを大袈裟に、ともすれば誇張のある歴史として学んでいるはずである。

 それにしては、ロゼの言葉はどこか客観に寄った事実だけを認識しているような話口であった。


「アニマがどれだけ危険な存在なのかを歴史の授業で学んでるけど

 私は大袈裟なんじゃないかなって思うんだよね」

「ロゼちゃん?」

「ああ、もちろん危ないアニマも中には居るんだろうね

 すべてを否定はしないし、声高々にアニマを庇うなんてこともするつもりはないけど」

 テネットがロゼの言葉に反応する。貴族の前でそんなこと言って大丈夫なのかという心配もあったのだろう。私は従者であって貴族ではないのだけど。

 少し間を開けて、リルに視線を向けたロゼは言った。


「少なくとも直接関わった相手を、学んだ通りのアニマってだけで態度を変えるようなことしたくはないんだけど

 二人はどう思う?」

 ああ、彼女は友人二人を説得していたのかと納得した。リルと共に二人に目を向ける。

「…本当に、アニマなの?」

「…う、うん」

 ロゼの言葉に直接は応えず、目が合ったリルに向けて質問するテネット。その表情は無で、どのような感情を秘めているのか読み取れない。

 リルも恐る恐る頷いては、顔色を白くしながら、それでもほんの少しの期待を込めて目を逸らすことはしない。


 ふっと、子供好きないつもの彼女の笑みが浮かんだ。

「私も直接アニマに会ったことはなかったけど、普通の子と変わらないんだね」

「て、テネットちゃん?」

「ポルンちゃんはリルちゃんが嬉々として人肉を口にするような、人間を傷付けて獰猛な笑みを浮かべる獣に見える?」

「そ、そんな、ことはない、けど…」

「教科書に書いてある知識と、目の前のリルちゃんなら、私は一緒にご飯を食べたリルちゃんを恐れるようなことしたくない」

「…」

 どんな教育がなされているのか、この国のアニマ嫌いが薄れないはずだと変に納得した。


「だから、そんなに怯えないで

 リルちゃんはリルちゃんでしょ?」

「い、いいの?

 嫌いにならない?ぶたない?」

「私はこれからも仲良くしてほしいって思う」

「本当に?」

「本当」

 涙で濡れたリルの頭を優しく撫でるテネットに、遂に決壊したくしゃくしゃの顔をしながら抱き着くリルを見て、私は心底安堵したのだった。




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