お知らせ
東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX −
「週二回(水・土)更新への変更のお知らせ」
チュ、耳を澄ませば特異事案対策室のオフィスに時折聞こえてくる鳴き声。自称、オオナムチを救ったネズミの末裔。白鼠の式神、豆大福だ。
豆大福のヒゲが調書の山のざわめきに応え、ピクピクと揺れる。調書たちが言っている、来週からは水と土、週二度の更新にせよ、と。その間隔は会話の「間」。次の言葉を待ち、焦がれる時間。
「チュチュッ(もっともお知らせだけでは申し訳ない、少し思い出話をするよ)」
これは私が直接見た光景じゃない。
あの夜、封印の森に吹いた風に紛れ、鎌鼬が見届けたものだ。後になって、私はその記憶をひとつかみ、胸の奥に流し込まれた。だからこれは借り物の記録、けれど確かにそこにあった現実だ。
風が囁く。
森は穢れに沈み、木々は黒く歪み、空気そのものが毒に変わっていた。そこに立つ禍神──姦姦蛇螺が死に、その肉体が裏返り這い出してきたものは、六本の白い腕をゆらゆらと揺らしながら、まるで人の怨嗟を喰らう巨大な尾長蜘蛛のように悠然と佇んでいた。
そして──轟雷蔵。
雷をまとい、稲妻を背に跳ね、風と稲光を交錯させながら異形の前に立ちはだかる男。鎌鼬の眼には、その姿が確かに「人でありながら神威を借りる者」として映っていた。
なぜ彼だけが、禍神の目前に立てたのか。
その答えは「稲妻」──稲妻は、古来より畏れられてきた。古事記には、伊邪那美が火の神を産んで死したとき、その腐した屍から八雷神が生まれたと記されている。死の穢れから生じたものは本来なら禍いの塊であったはずだ。だが、彼らは「名」を得て、祀られることで「神」となった。そして日本書紀にも書かれる雷電。稲は雷と交わり実を結び、豊穣をもたらすと信じられた。人の畏れと祈りが、穢れを反転させ、やがて神威を帯びさせたのだ。
対して、あの森に立った禍神は違う。
名を持たず、祀られず、ただ怨念と穢れを膨張させた存在。稲妻が「畏怖と信仰」によって神へと変じたのに対し、名も知らぬ禍神は「畏怖だけ」に縛られ、神格を得られぬまま。
だからこそ、神威を帯びた稲妻だけがその穢れに直接対峙し打ち祓い、再封印までの時間を稼ぐことを成し得た。雷蔵の纏う稲妻は彼自身の恩寵だけでない。稲妻という概念そのものに、八雷神から連なる雷神信仰の系譜が宿っているのだ。
私はその記憶を受け継いだとき、鎌鼬の潜む風に、ざらついた匂いまで嗅いだ気がした。
──畏れ。
風が畏れ、人は抗った。
だから私は描いた。
立ちは向かう益荒男を。鎌鼬が見た稲妻を、墨の線で。借り物の記憶でも、残しておかなければならないと思ったから。
──で、これが私の力作。あとでボスに見せたら「筆致が震えているな」と言われたけれど、それは恐怖じゃなく、鎌鼬の記憶の齟齬と人間用の筆の大きさの問題だ。
──この話が気になったなら、私の書きつけた「東京怪異捜査録 外伝」も覗いてほしい。
白鼠の目に映るのは、人の気配と影の裂け目。
街角の祠に潜む声、夜の校庭を渡る風、落ち葉に混じる見知らぬ足跡。
小さな私が巡り合った不思議を、物語のかたちで残していこう。
東京怪異捜査録外伝 豆大福不思議譚
noteにて不定期連載中。
https://note.com/mamedaifuku888
本編は冷徹な報告書。外伝はゆるやかでどこか奇妙な話。
もしも眠れぬ夜にこれらの話を読むのなら、明かりはつけたまま。
側に私がいると思って、読んでほしい。
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