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CASE:019-1 誰も見ていない

東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX −

1-1. 影越


 闇が、深い水底のように重たく沈んでいる。未明の廃校の奥は、街灯の光すら届かない。廊下に張り付いたような湿った闇。時刻は──四時四四分。空気の密度が変わった気がした。どこか遠くで水が流れる音がする。それは洗面台の排水が、ひとりでに始まったような、無性に嫌な響きだった。足元からじわりと、夜の冷たさが這い上がってくる。


 ふいに、背後の闇から──ザ……ザ……と微かな足音が聞こえた。歩幅は妙に小さく、不規則に擦れるような。あれは、老人の足取り……いや、違う。人間のものと呼ぶには、何かが決定的に欠けている。息遣いも──奇妙な静けさに包まれていた。それでも、背後に何かがいるのは確かだった。


 怖い。けれど、体が動かない。肩越しに視線だけを巡らせる。そこに──薄墨を流し込んだような女の影が立っていた。顔は見えない。頭巾のような黒い布に包まれ、全身が歪んだまま、四肢が薄暗闇と混ざり合っている。いや、顔だけじゃない。まるで現実味がなかった。女の輪郭そのものが、少しずつにじみ、膨らんだり縮んだりしている。夜気と闇の隙間から生まれたばかりの、説明できない何か──。


 女は、まっすぐこちらを見ている……気がした。いや、見られているという感覚だけが、骨の芯まで刺さる。思考がどろどろと濁る。見つかったら、終わる。逃げなければ、と思うのに、膝がひりついて、呼吸だけが浅く速くなった。


 女の手が、ゆっくりと持ち上がる。指先は──爪か骨か分からない、異様に長く黒ずんだもの。空間を掴みとるように、すうっと宙を切った。その瞬間、世界が一瞬だけ、しんと止まった。──気配が、こちらをすり抜けていった。


 気がつけば、女の姿がどこにもいない。闇が闇として戻り、ただ湿った夜のにおいと、廊下の静けさだけが残る。震えながらその場にへたり込むと、息が白く上がっていく。何もかも夢だったような──だけど、確かに、そこにいた痕跡だけが、皮膚にこびりついて離れなかった。



1-2. 鉄臭


 ──鼻腔を貫くのは、湿り気を帯びた鉄臭だ。


 薄曇りの朝の弱々しい光が、窓辺の古びたカーテンを辛うじてすり抜けて、廃アパートの室内に幽かな陰影を刻む。壁紙は長年の湿気を吸って不規則にふやけ、所々が膨らみ、色褪せた畳は縁から無造作に剥がれている。埃と黴の混じった空気は濃厚で、室内には干からびたカップ麺の容器や空き缶が転がっていた。それらは時間に見捨てられたまま色褪せた、かつての生活の残骸だ。


 だが、今この場所で最も鮮烈なのは、紛れもなく血の匂いだった。生臭い鉄の臭い、そしてそれを際立たせるように、油脂の酸化したような、どこか甘ったるい臭いが微かに伴う。若手鑑識官の鼻が、マスク越しでもその刺激に思わず眉間をしかめる。

「これで四件目、ですか……」

 乾いた声が、頼りなく室内に落ちた。年配の刑事はその問いには応えず、ゆっくりと室内を巡る。足元には靴カバーを着け、点在する血痕を踏まぬよう慎重に歩を進めていた。部屋の中央、雑に積まれた布団の上──その異様な光景を目に捉え、刑事は静かに呻いた。

「まただな……」

 そこにあるのは、荒々しく裂けた腹をさらした無惨な遺体だ。臓器が剥き出しとなった腹部は、獣の牙で無理矢理引き裂かれたかのように荒れている。深く抉られた胸腔から心臓だけが消えていることに気づいた瞬間、若手鑑識官の手が震えてシャッターを切った。


 猟奇性が明らかにエスカレートしている。一件目は心臓に致命的な一刺しのみだった。二件目は生きたまま腹を割かれたと推測され、三件目に至っては心臓が抜き出され皿に供えられていた。そして今回は、心臓が持ち去られていた。

「何のために──まさか、喰っちまったなんてないだろうな」

「人間が、こんなことを……」

 若手が呟く言葉には、驚きというよりは怯えが色濃く滲んでいた。床や壁には、どこか稚拙で不可解な記号が血によって描かれている。それはラテン語めいた偽呪文、子供じみた魔法陣のような模様で、明らかに素人の手によるものだった。しかし稚拙ながらもその線には異様な力強さと、残虐さを象徴する禍々しさが潜んでいる。ベテラン刑事は軽く首を振った。心底から嫌気がさしたような動作だった。

「また遊ばれてる気がするな、俺たちは」

 その言葉に若手鑑識官が頷く。彼らの間には共通する焦燥感があり、それが暗がりの隅々からじっと見つめているような感覚だった。


「……あれ?」

 ふと、若手が壁の一点を指差した。血の飛沫が壁を斜めに走っているが、その血痕が途中でぷつりと途絶えている。何か見えない壁に阻まれたような不自然さで、痕跡は宙で唐突に終わっていた。

「……妙だな」

 ベテラン刑事はその途切れた先をじっと見つめたが、ただ薄暗い虚空だけがそこにあった。室内に満ちた不吉な沈黙。ベテラン刑事が顔を上げ、若手を見遣った。その目には深い疲労の影が落ちている。

「これから何度もこの現場に来ることになるだろうが──覚えておけ。俺たちはいつだって、見落としているんだ」

 若手は小さく頷き、再びカメラを構え直す。だがファインダー越しに見える遺体の傷口や血のパターンを前にすると、何を撮っているのか、自分でも分からなくなる感覚に襲われた。遺体の肌に残る鮮血の艶、生暖かさすら感じさせる赤色が、現実感を奪っていく。

 ──本当に、人間がやったのか?

 その疑念が、若手の心臓をゆっくりと締め上げるように膨れ上がっていった。


 窓の外、薄い光は徐々に色を失い、空はさらに暗くなる。まるでこの部屋そのものが、光を吸い取っているかのようだった。誰もが口にしない不安だけが、異様な臭気と混ざり合い、湿った壁を伝ってじっとりと室内に溜まっていく。その重苦しさの中、二人はしばらく黙ったまま動かなかった。

 鉄の臭いはもう鼻腔だけでなく、全身を侵し始めている──気づけば呼吸が浅く早くなり、鼓動だけがひどく耳に障るように響いていた。

 ──誰かが、見ている気がする。

 不意にその感覚に捕らわれ、若手が振り返る。だが背後には何もなく、ただ薄汚れた壁と剥がれかけた壁紙が、どこか嘲笑するように揺れているだけだった。


 その視線の主が人なのか、あるいは別の何かなのか──それすらも曖昧で、恐ろしく不確かなままだった。



1-3. 迷路


 夕暮れが、捜査本部の空気をどこか冷たく染めていた。蛍光灯がひとつまたひとつと、パチリと音を立てて無機質な光を投げかける。薄暗がりを打ち消すように白い光が広がっても、そこに積み重なった重い沈黙を払いのけることはできない。


 部屋の隅には、事件の資料が何層にも積み上げられている。使い込まれたファイルはめくられるたびに紙が擦れ、細かな埃が空気に散っていた。ホワイトボードに貼られた地図には色とりどりの付箋が乱雑に重なり合い、貼り直された痕跡が痛々しく残っている。それらを繰り返し眺めても、新たな手掛かりが生まれることはない。ただ同じ景色が、ただでさえ重苦しい室内をさらに息苦しくするばかりだった。

「今回の被害者も、やはり同じパターンですね……」

 疲労で目の下に隈を浮かべた若い刑事が、吐息混じりに呟いた。もう何度目になるだろうか──まるで儀式のように繰り返される言葉。周囲の刑事たちの視線がぼんやりとその声に集まったが、誰も新たな言葉を付け加えられなかった。彼らの手元には、今日新たに加えられた被害者の名前と写真、そして詳細が記されたファイルが広げられている。その人物はこれまでの被害者たち同様、特に目立った特徴もない、ごくありふれた一般市民だった。


 重く沈黙を破ったのは、別の若手だった。彼はメモ帳を片手に苛立ったように口を開いた。

「満月の日に殺される──これだけが唯一、明確な共通点です。現場はいつも空きアパートや廃ビル、管理者の手元から、いつの間にか鍵だけが消えている。そのうえ現場は完全な密室状態、凶器も見つからない。誰も目撃していない……」

 メモを読み上げながら、彼の声は次第に苦い響きを帯びた。言葉にすればするほど、それが何の役にも立たないという焦燥に押しつぶされそうになる。

「それ以外は、共通点、動機、目撃者──全て無し。つまり、何もないことが共通点なんですよ」

 苛立ちを隠そうともせず、別の刑事が地図に付箋を乱暴に貼り付けた。

「カルトか、サタニズムかと思って専門家に聞いても、返ってくるのは偽ラテン語だの、素人の悪ふざけだの……結局、犯人像が全然浮かばねぇ」

「今回のは臓器密売を隠すための模倣犯という線は?」

「わざわざ心臓だけをか? 他のも持ってくだろ……あたるだけあたってみるか」

 隅のデスクで資料をめくっていた年配の刑事が、低く抑えた声でため息混じりに吐き出す。

「海外のオカルト団体も洗ったが、動機が見つからない。金も怨恨も宗教的意図もまるでない。これじゃ捜査の方針が定まらない。現場をどれだけ検証しても痕跡はないし、犯人に繋がる手掛かりもない。完全な袋小路だ」


 彼の言葉に室内が沈黙する。誰もが疲弊しきっていた。部屋の空気がさらに重くなり、蛍光灯がちらついてまた音を立てた。

「それでもやるしかないでしょう。俺たちが諦めるわけにはいかないんですから」

 若手の一人が投げやりに呟くが、その声は部屋の片隅で力なく散った。彼自身もまた、自分が言っていることに意味がないと感じていたのだろう。

「……また一から調べ直すしかない」

 ベテラン刑事が吐き捨てるように言った。誰もが頷きもせず、ただ苦々しくその言葉を飲み込んだ。蛍光灯の無機質な光の中で、捜査本部の空気は暗鬱な色を深めていった。時間だけが無意味に流れ、成果のない議論が何度も繰り返される。彼らはすでに答えのない迷路の中で、出口を求めずに歩き続けているかのようだった。やがて管理官が書類を閉じて、低く呟いた。

「こうして何度も同じことを繰り返す……まるで俺たち、罠にはまってるみたいだな」

 立ち上がり部屋を出ようとした管理官が床に目を落とすと、自身の影が僅かに揺らめいて見えた。気のせいと言ってしまえばその通りだが、かすかに残る違和感。

「──? 今、誰か居たか?」

 その言葉に誰も返答しなかった。部屋にはただ沈黙が降り積もり、蛍光灯のジジジ……という音だけが空虚な室内を巡っていた。



1-4. 都市伝説


 深夜の捜査会議室は、昼間の熱気が嘘のように冷え切っていた。室内の照明は必要最低限まで落とされ、薄暗さが一層、室内の息苦しさを増している。資料に囲まれた長机の端で、年季の入った警察手帳を指で弄びながら、ベテラン刑事が若手刑事に向かって呟いた。

「なあ、知ってるか──こういう説明のつかないヤマを、俺たち一部の古い刑事の間では『マルトク案件』って呼ぶんだ」

「マルトク案件?」

 若手刑事がぼんやりと視線を上げる。ベテラン刑事の視線は、警察手帳に釘付けになったままだった。その口調は、どこか懐かしい昔話を語るように穏やかだった。

「昔からあるんだよ。どう調べても手掛かりが出ない、動機も何も掴めない、どうやって起こっているのかわからない事件がさ。原因不明、解決不能……いつしか俺たちは、『マルトク案件』と囁いて片付けたがった。だがな、いつから言われてるのか、それが何を指すのか、本当は誰も知らねぇ。いわば『都市伝説』ってやつさ」

 若手刑事は不安げな表情でその言葉を聞いている。ベテラン刑事は目を細め、まるで過去の幻影を見るかのように続ける。

「俺がまだ駆け出しの頃、似たような事件があったんだ。ありえない状況で人が消え、犯人の痕跡も動機もなし。手掛かりひとつ掴めない。上司に訊ねても、『マルトク案件』だとしか言わない。やがて誰も事件のことを口にしなくなった。まるで蓋をされちまったようにな」


 部屋の空気がさらに重く沈む。若手刑事は喉を鳴らし、震える声で尋ねた。

「それって、結局どうなったんですか?」

 ベテラン刑事は薄く笑ったが、その笑みはどこか冷えきっていた。

「さあな──事件はいつの間にか消えてなくなった。ただ、忘れられただけだ。解決したんじゃない。誰もそれ以上追おうとしなくなっただけだ」

 彼はタバコの箱を机に置くと、静かに立ち上がった。部屋の隅に置かれたホワイトボードには、まだ手掛かりもない地図が貼られたままだ。誰もがそこから目を逸らし、目の前のテーブルを無言で見つめている。刑事たちの視線は遠く、皆、深い闇の中にある何かを探しているかのようだった。

「だがな、俺たちは忘れちゃいけねぇ。忘れちまったら、それこそ犯人の思う壺だからな」

 ベテラン刑事が低く呟いたその言葉は、薄暗い会議室の空気の中に深く染み入っていった。



1-5. ノイズ


 警察本部の朝は、今や夜よりも重くなっていた。曇天の東京は灰色のカーテンに覆われ、庁舎の窓ガラスは弱々しい光を投げかけるだけだ。その淡い光の中で、幾人もの刑事が無表情に資料をめくっている。ファイルを繰る乾いた音が室内に響き、それをかき消すように蛍光灯の唸りが重苦しく頭上に広がった。本部長は朝一番で会議室に姿を見せるなり、苛立ちをあらわにした。顔を赤らめ、ネクタイをきつく締めなおしながら管理官に向かって言い放つ。

「いいか、猟奇的な要素は絶対に公に出すな。ただでさえ警察は世間から無能呼ばわりだ。その上に、こんな情報が流れたら収拾がつかなくなる!」

 その声は室内の刑事たちの耳にも届く。彼らは資料から目を上げることなく、ただ眉間に皺を寄せるだけだった。現場を追い続ける彼らにとって、上層部のこうした対応はもう聞き慣れた虚しいノイズでしかない。管理官は渋い顔をしながら頷くが、その表情には明らかな困惑と諦念が入り混じっていた。


 そんな中で、若手の刑事がパソコンの画面を見つめ、苛立ちを隠そうともせずに声を上げた。

「またSNSで『犯人特定した』って騒いでるやつがいますよ……。これ、またガセでしょうか?」

 彼の言葉に、別のベテラン刑事が手元の資料を投げ出すように机に置き、苦々しく呟いた。

「毎回毎回これだ。炎上商法か愉快犯か知らんが、デマばかり掴まされて、俺たちは振り回されてばかりだ」

 若手刑事が画面をさらにスクロールすると、そこには犯人を名指しするような書き込みや陰謀論めいた投稿が溢れていた。どれも信憑性は薄く、むしろ捜査の妨げになる情報ばかりだった。

「こういう書き込みがあるたびに、無駄に時間が浪費されるんですよね……」

 若手刑事の言葉に、年配の刑事が深くため息をつく。

「昔はこんなに情報に振り回されなかった。今は誰もが発信者で、真実がノイズの洪水に埋もれっちまってる」

 苛立ちが募り、室内の空気はますます重苦しくなった。刑事たちの疲労は、次第に憔悴へと変わっている。事件発生から時間が経つにつれ、世間はより一層の成果を求め、警察の動きを監視するかのように騒ぎ立てた。その間にも、ネットには不確かな情報が次々と積み上げられ、本当の手掛かりはますます見えにくくなっていく。


 頭を抱えながら防犯カメラの映像確認をしていた若手刑事が、画面を指差して訴えるように言った。

「これ、見てください。現場付近のコンビニですが、誰もいないのにドアが勝手に開いてるんですよ。何かの手掛かりになりませんか?」

 だが、それを聞いたベテラン刑事は一瞥しただけで首を振った。

「馬鹿、センサーの誤作動だ。こんなもんまで拾っていたらきりがない。焦りすぎるな」

 若手刑事は唇を噛み締め、黙って映像を閉じるしかなかった。彼自身も、藁にもすがるような思いだったのだろう。しかし、その小さな希望すらあっけなく否定される現状に、やりきれない思いを隠せなかった。


 ふと、署内の片隅から小さな嗚咽が漏れ聞こえる。被害者遺族が、刑事に付き添われながら泣き崩れている姿だった。その母親の手には、小さな写真とメモ帳が固く握り締められている。担当の刑事は何度も慰めの言葉をかけるが、その度に自分の無力さを痛感させられる。

「全力で捜査していますから」

 そう言った瞬間、刑事の掌には汗がじっとりと滲んでいた。母親はゆっくりと顔を上げ、赤く腫れた目でじっと刑事を見つめ返す。

「それ、前にも聞きました」

 その言葉は、刑事の胸を深く刺した。何度も繰り返される約束の空虚さに、刑事自身も気付いていたのだ。刑事はそれ以上何も言えず、目を逸らして立ち上がった。会議室に戻る彼の足取りは重く、胸の奥に鉛を抱え込んでいるかのようだった。


 署内に戻った彼を迎えたのは、いつもの迷走だった。

「もう一度、全ての現場を検証し直すしかないか?」

「もう何度目だ、新しい情報は出ないだろう」

 堂々巡りの議論が繰り返される。誰もが同じことを考え、同じ言葉を口にする。次第にそれは空虚なリフレインとなり、室内の空気をさらに重く沈ませるばかりだった。

「予算も人員も限界だ。これ以上、この捜査にリソースを割く余裕はないぞ」

 上層部からのプレッシャーも徐々に増している。その中で、誰もが途方に暮れていた。


 深夜、誰もいなくなった会議室に残ったベテラン刑事が、机に並べられた未解決事件のファイルをぼんやりと見つめながら、自嘲気味に呟いた。

「結局、俺たちは何のためにやってるんだろうな」

 当然、返事など返ってこない。静まり返った室内には、蛍光灯がジジジと低い唸り声を上げるだけだった。その頃、管理官はどこかへ電話をかけ、短く呟いていた。


「──公安に繋げ」



1-6. 異物


 その部屋には窓がなく、人工的な冷気が空調から静かに降りていた。蛍光灯の白い光が無機質に室内を照らし、並べられたPCモニターが青白い輝きを放つ。机には事件の詳細を記した大量のファイルと血痕の生々しい現場写真が積まれている。壁際には資料がびっしりと並んだ書棚があり、その狭間から覗く小さな影が時折、微かに揺れていた──特異事案対策室、通称『特対室』の光景だ。

 蜘手(くもで)創次郎(そうじろう)は資料を指で軽く弾き、顔をしかめた。

「毎度毎度、こっちに回されるのが遅すぎるんだよ。今度は猟奇モノの魔術師ごっこか?」

 その傍らで南雲(なぐも)美優(みゆ)はモニターに表示された写真を見て、露骨に嫌悪感を示した。

「これ絶対臭いやつですよね……写真だけでも気分悪くなりますよ」

 (とどろき)雷蔵(らいぞう)は椅子に大きく背を預け、腕を組んで低く唸る。

「まともな刑事じゃお手上げってヤツだ。こういうのが特対室に回ってきた時点で、普通じゃないのは間違いない」

 葦名(あしな)透真(とうま)はじっとホワイトボードを見つめていた。

「どこから手をつけるべきでしょうね」

 誰も答えを持っていない。沈黙が降り積もったその時、美優がぽつりと呟いた。

「これ、なんか変なんですよね。何かこう……嘘っぽいというか、よくわからないですけど」

 その言葉に蜘手は軽く鼻で笑った。


「それを調べるのが俺たちの仕事だろ?」



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