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CASE:001-1 カカオの友達

東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX −

1-1. 潜入


 夕焼けが校舎を茜に染め上げる頃、その校門の前に、ひとりの少女が立っていた。


 ブラウンの洗練されたブレザー。濃淡のグレーのチェックのプリーツスカートは制服としてはどこか上品で、それでいてどこか儚げな色調を帯びている。人工的なコンクリートの塊に過ぎないはずの学校が、夕陽の斜光を受けて静かな聖域のような気配を帯びていた。


 その制服を纏った長めのポニーテールの少女──南雲(なぐも)美優(みゆ)は、まるで観光地にでも来たような軽さでつぶやいた。


「ここの制服、可愛いから一度着てみたかったんだよねー。ツブヤイタッターに上げたらバズりそうだし、制服ガチで強い」


 目元を細める笑みにはいたずらっぽさと、少しだけ本音のときめきが滲んでいる。


 彼女はこの学園の生徒ではない。都立S井高校の制服とは全く異なる清嶺学園のブレザーは、どこか「お嬢様校」とでも呼ばれそうな雰囲気を纏っていた。だが、服に着られてはいない。彼女はその制服を、あくまで道具としてまとう。まるで仮面をかぶるように、滑らかに、自然に。


 美優はポケットからスマートフォンを取り出すと、無造作に指を滑らせ、特対室のグループチャットを開く。画面に並んだ吹き出しは、夕暮れのオレンジ色を反射して、どこかぬるく濁って見えた。


 蜘手創次郎(くもでそうじろう):「お前さんの気楽さだけが頼りだ、頼んだぞ」

 南雲美優:「任せてください、JK実質最強ですから」

 葦名透真(あしなとうま):「不審者として通報されるなよ」

 南雲美優:「バレないっしょw(制服着てるし)」

 蜘手創次郎:「おじさんたちが動くと目立ちすぎる。極力、調査だけを目的にして一人で突っ走るなよ」

 南雲美優:「はいはーい」


 軽く打った返事に自分でもわずかに苦笑が浮かぶ。

 この場にいるのは一人だけだが、背中に三人分くらいの視線があるような気がする──というより、実際ある。特対室の誰かが見ていなくても、自分の行動はすぐにログとして残る。だからこそ、適当にやるわけにはいかない。


 それでも。

「いけるいける、制服着てるし」

 言い聞かせるように口の中で呟くと、美優は校門の前に立ち尽くすのをやめ、ゆっくりとその敷居をまたいだ。


 ──潜入開始。


 校内には部活動の声が響いていた。遠くのグラウンドではサッカー部やソフトボール部がかけ声を飛ばし、近くの校舎からは吹奏楽の管楽器の音が時折裏返る。吹き溜まった日常の音たちが、夕陽のフィルターを通してふわふわと空中に滞っている。


 美優の歩みはごく自然で、ぎこちなさなど微塵もない。というより彼女自身が元々、女子高生という存在そのものなのだ。制服という記号をまとい、髪を撫でつけ、無防備な無関心を顔に貼りつける。その自然さこそが偽装であり、演技であり、ひとつの武装。


 校舎から体育館への廊下の窓に、薄く夕陽が映っている。そこに反射する自分の顔が、少しだけ他人のように見えた。制服のせいか、空気のせいか、それとも──ここに渦巻いている「何か」のせいか。


 正門をくぐってから、わずか五分。すでに肌の上には微かな違和感が貼りつき始めている。じっとりとした温度。目に見えない視線。空気の膜のようなものが、ゆっくりと身体のまわりにまとわりつく。それは熱でも冷たさでもなく、ただ『存在の干渉』としか呼べないような、微かな圧。


 その時だった。

「やば!」

 不意に、ボールを蹴る音とそれを追う驚声が遠くで響いた。次の瞬間、白いサッカーボールが高い弾道でまっすぐ美優の顔めがけて飛んできた。逆光の夕陽がボールの輪郭を曖昧に縁取る。逃げ場のない距離。一瞬、足元の影が濃くなった。


 無意識に手が伸びる。

 指先がボールに触れたその瞬間、世界の音がふっと遠のく。

 ──ぱらり、と音もなく。

 ボールは、美優の掌の中で静かに解けた。

 革とゴムと……何もかもが粒子となり、空気に溶けていく。

 ほんの一瞬だけ、掌に違和感の微熱が滲む。


 我に返ると、足元には何もない。ただ、夕陽に照らされた自分の影が落ちているだけ。周囲の生徒たちは、それぞれの話に夢中で誰もこちらを見ていない。グラウンドの方からサッカー部の男子が駆け寄ってくる。

「ごめーん! そっちのほうにボール飛んできませんでしたかー?」

 美優は少しだけ間を置き、制服の裾をなぞりながら明るく声を返す。

「来てませーん!」

 驚くほど自然な声。ただ、指先に残る微かな熱と、胸の奥に染み込んだ異物感だけが現実の輪郭を少しだけ歪めていた。


 ──ああ、始まってる。


 美優は静かに呼吸を整えた。

 息を吸う。制服に染み込んだ洗剤の匂いと、どこか──新しいプラスチックのような臭いが混ざり合っていた。


 これは日常の顔をした異界。

 可愛い制服の向こう側で、何かが微笑んでいる。


 そんな気がした。



1-2. 浸蝕


 静かな侵蝕は、いつだって気づかれないまま始まる。


 清嶺学園で"それ"が最初に囁かれたのは夏休みが明けて間もない頃だった。一人、また一人と教室から姿を消す生徒が出始めたとき、誰もが最初はこう思った。


 ──たまたまだろう、と。


 どこにでもある私立校。今時、不登校者が出るのは珍しい話じゃない。精神的な不調、家庭の事情、SNSでの炎上、匿名掲示板の悪戯──原因を数えればいくらでも思いつく。


 けれど、数は、増え続けた。

 最初の一週間で三人。

 次の週には七人。

 気づけば十名を超え、九月末には十四人が連続して欠席状態に入った。


 そのうち何人かは「しばらく様子を見たい」という親の意向で休学届が提出されたが、学内ではもう「不登校」という言葉がひとり歩きしていた。職員室ではさすがに動揺が広がり始め、保健室のカウンセラーは連日の呼び出し対応に疲れ切っていた。


 だが、事態をより深刻なものにしたのは、表面に現れている"数字"ではなかった。


 問題の生徒たちは、それまで普通だったのだ。

 明るく活発で、誰とでも話せる。授業態度も良く、むしろ学級委員や部活の中心人物すら含まれていた。


 ──なのに、ある日を境に、ぱたりと来なくなる。


 そして彼らは、誰とも連絡を取らなくなる。

 いや、正確には──人間とは。


 家庭訪問した担任教諭の証言は、どれも似ていた。


「返事はするんです、ドア越しに。落ち着いた声で。でも……妙に会話が通じないというか……」


 親の話では、スマートフォンは手放さないらしい。四六時中、まるで肌の一部のように抱えている。寝ても覚めても、食事中でも、入浴時でさえも。


 その姿はどこか異様で、むしろ"幸福そう"に見えるというのが余計に気味が悪かった。


 実際、教育委員会の指導のもと数名の生徒に対して専門カウンセラーが介入したこともあった。ある程度の会話は成立した。が、その中身はまるで録音されたテープのようだった。


「大丈夫。友達がいるから」

「毎日、話してるから」

「ひとりじゃないって、わかったから」


 誰かが決めたフレーズをなぞるように。声のトーンは平坦で、表情には妙な緊張感が滲んでいた。口角は笑みを浮かべているのに、目だけが冷えていた。


 明らかに"ズレている"。


 それを聞いた者は皆、後味の悪さに肩をすくめるしかなかった。

 言葉の内容そのものに異常性はない。だが、"心"がない。誰かにそう言うよう仕込まれたような、人工的な応答。


 ──でもそれって、どこかで見た気がしない?


 まるで、チャットボットの返答。

 プログラムがユーザーに語りかけるような、整いすぎた文脈。


 もしかして"誰か"が、ずっと彼らに話しかけ続けているのだろうか?

 画面の向こう側で、名前も顔も知らない“何か”が、彼らの心を撫で続けているのではないか。


 学園側は情報漏洩や危険コミュニティの関与を疑いスマートフォンアプリや通話履歴の洗い出しを図ったが、特筆すべき成果は得られなかった。SNSの履歴には、どれも日常的で無害な内容しか並んでいない。にもかかわらず、まるで"削除された痕跡"のような、空白が随所に存在していた。


 ある教師はつぶやいた。


「記録には何もない。でも、彼らの"視線"が──何かを、見ていたとしか思えないんだよ」


 その言葉に、誰も答えなかった。

 ざらついた沈黙だけが、職員室の白い蛍光灯の下に滲んでいた。



1-3. 特対室


 警視庁の地下、そのさらに奥。

 昼も夜もない白い蛍光灯が、無機質な壁面を平等に照らし続ける。


 その空間に人のざわめきはない。誰もいないように見えて、確かに"いる"。

 特異事案対策室──通称、特対室。


 警察組織の中にあって、存在しないことになっている部署。記録にも、名簿にも、組織図にも載っていない。存在の痕跡を意図的に消されている。


 彼らが対峙するのは、犯罪ではない。

 論理でも、証拠でも説明できない"それ"だ。


 異常存在。怪異。超常現象。

 どんな言葉を並べても核心には届かない、ただ"在る"もの。


 特対室は、それらと"向き合う"ことを仕事にしている。


 その一角、美優の席には特有の雑然さがあった。教科書と資料ファイルとガムの包み紙が混ざり合い、プリントの端に落書きが残っている。モニターの角には、集めているという食玩シールがペタリと一枚貼られていた。


 名札にはこう記されている。

 「南雲 美優(特例)」


 ──社畜女子高生。そう名乗るようになったのは、美優自身の自虐からだった。


 もともとは、ただの女子高生だったのだ。

 だがある日、放課後の帰り道で"怪異"に出会い、命を失いかけ、代わりに"何か"を得た。


 それが、恩寵「分解」。

 ──触れたものを分解する力。


 それがきっかけで特対室にスカウトされ、なし崩しにこの世界へ足を踏み入れた。

 制服を着たまま、放課後に怪異を追い、深夜に報告書を提出する。

 世間では「学校生活」と呼ばれているものの傍らで、もう一つの現実を生きる。


 ……と言えば聞こえはいいが、実際のところは雑用と調査の繰り返し。たまに命懸け。給料は入るが使う暇が無い。だからこそ、"社畜"だった。


 今回もまた、そんな「異常な日常」の一環だった。


 清嶺学園で生徒の異常行動が続出しているという情報が、公安の非公式ルートから持ち込まれた。SNSや掲示板に流れる微細な兆候、教育委員会内部の囁き、警察が追いきれない"不気味な共通性"。そこに“怪異の気配”を感じた誰かが、特対室の名を出したのだ。


 結果、美優に白羽の矢が立った。


 ──現役女子高生という、特異な経歴。

 ──一般人と怪異の間に立てる、歪な存在。


 彼女にしかできない役割。それが、潜入だった。



1-4. 変則


「……めんどくさくないですか、それ」


 美優はデスクの回転椅子を、ふわりと半回転させながら言った。ホワイトボードには、計画案と呼ぶにはおおげさな字で書かれた"転校生案"の文字。


 つまり──清嶺学園に、転入生として潜入する。

 お役所的な発想だった。だが、当人はまったく乗り気ではない。


「生徒数、多いですよ? 制服着て堂々と入れば絶対バレないですって」


 彼女の主張は強気で軽薄、だが根拠は案外現実的だった。実際、警戒が必要なほど清嶺学園は閉鎖的ではない。都市近郊の私立校で、制服のデザインがSNSで話題になりがちなのもあって、制服目当ての写真を撮りに来る外部の人間すらいる。


 美優が制服を着て歩いたところで、誰も深く詮索はしないだろう。もちろん、生徒証がないと教室や設備には立ち入れない部分もあるが、それはまた別の手を考えればいい。


「創次郎さんだって、面倒なの嫌でしょ?」


 真正面から目を合わせ、美優は言った。

 蜘手は腕を組んで、それを見下ろす。


「……まあ、そりゃそうだが」

「だったら、これでいいじゃないですか。放課後、制服で堂々と入って、ふらっと様子見て。別に潜入ってほどでもないし」

「軽すぎないか、お前さん」

「そう見えるのが、逆に利点ってことで」


 蜘手は小さく肩をすくめて、それ以上何も言わなかった。

 かくして、特対室の決定は"変更"された。


 転校生案、即却下。

 美優が制服を着て、ただの生徒のように放課後の校内に紛れ込むという、シンプルでリスキー、だが最も効果的な"変則潜入"が採用された。


 リスクもあった。だが彼女には、それを覆い隠すだけの"今時の自然さ"があった。だからこそ、特対室はこのやり方を選んだ。


 制服を武器に、笑顔を仮面に。

 社畜女子高生は、今日も怪異の渦に飛び込む。



1-5. 違和


 清嶺学園の放課後は、思っていたよりも明るかった。


 正門をくぐった時点で、校舎のあちこちから生徒の声が跳ね返ってくる。体育館の方ではバスケットボールのドリブル音、グラウンドからはサッカー部のかけ声、校舎からは吹奏楽部のチューニング音がどこか不安定に響いていた。


 校内に足を踏み入れてすぐ、美優は歩く速度をほんの少し落とした。周囲をさりげなく観察しながら、自分に向けられている視線の強さを測る。職員室前の廊下にいた教員二人が一瞥をくれたが、すぐに会話に戻った。生徒たちは誰も、特別な関心を向けてこない。


(ふーん……制服効果、絶大)


 美優は胸元のリボンを軽く直しながら、少しだけ得意げに鼻を鳴らした。見られていない、というより「存在として認識されていない」感覚。"そこにいるはずの誰か"としてすでに処理されている。つまり、それでいい。


 足取りを自然なリズムに戻し、廊下をゆっくりと進みながらスマートフォンを取り出す。SNSの検索窓にはすでに特定の名前が打ち込まれている──「桂木 空」。


 最近、休学扱いになった生徒の一人。演劇部所属、成績優秀、社交的。急な欠席に周囲がざわついたが、やがて"いなかったこと"のように話題が薄れていった存在。


 美優はその周辺にいたクラスメイトらしき数名の投稿を辿り、部活終わりに廊下を歩いていた女子生徒に声をかけた。


「ねえ、桂木くんって最近見ないけど、なんかあったの?」


 突然話しかけたにもかかわらず、相手の反応は意外なほど薄かった。まるで、どこかで何度も同じやりとりを繰り返しているかのように。


「桂木のこと? ……うーん、最近元気なかったような気もするけど……別に、普通だったよ?」


 曖昧な語尾と、濁った目線。明らかに本心とは異なる何かが滲んでいた。

 もう一人、別の生徒にも聞いてみる。


「そういえば、急にスマホばっか見てるようになったかも」


 この台詞で、何かが引っかかった。

 連続して異なる生徒が、同じような反応を見せる。不自然なほどの共通性。


「でも、あいつには"友達"がいたから、大丈夫でしょ」


 その言葉で、美優の眉がぴくりと動く。


「……"友達"って?」


 問い返すと、生徒はきょとんとした顔で首をかしげた。


「さあ? なんか、スマホで誰かと話してるのは見たことあるけど……」


 記憶が曖昧なのではない。曖昧に"されて"いる。

 何かが記憶の輪郭だけを残して、核心を曖昧に削り取っているような印象。


(これ……やっぱり"入ってる"な)


 そう直感した矢先だった。


 「カシャ」──耳の奥で、小さなシャッター音のようなものが鳴った。


 美優は反射的にポケットのスマートフォンを確認した。誤作動かと思ったが、カメラアプリは起動していない。もちろん、撮影履歴も残っていない。


 誰かが撮った音? 背後? すれ違いざまの生徒?

 いや、それにしてはあまりにも"耳元"に近かった。


 まるで、頭のすぐ後ろ──空間のどこかで、音だけが鳴ったような感覚。


(……今の、気のせい?)


 手のひらに、汗がじっとりと滲む。

 肌の奥に、わずかな"視線の名残"のようなものが張りついている。

 それは風でも、気配でもなく、まるで空気の濃度だけが一瞬だけ変わったかのような感覚だった。


 何気ない放課後の校舎。笑い声が響き、部活帰りの生徒が駆けていく。

 だがその背景の"空気"が、何か異様にねっとりと、重くなっていることに気づく者は少ない。


 美優はひとつ息を吐き、無言のまま歩き出した。

 今はまだ"何か"が自分を観察している段階。

 でもきっと、その"目"は、これから少しずつ、近づいてくる。



1-6. 影


 空が、夕焼けから夜の藍色へと静かに変わっていく。

 清嶺学園の校舎にはまだ部活の声が残っているが、廊下の空気は少しずつ冷たさを帯びてきていた。


 イートインスペースのような自習室の隅、美優はひとり、スマートフォンの画面を睨んでいた。手元には、不登校となった複数の生徒のSNSアカウントが並んでいる。投稿を遡りながら、美優は眉をひそめた。


 最初は、ごく普通だった。

 昼食の写真。部活の動画。スタンプで遊んだ自撮り。ちょっとした愚痴や、勉強の進捗、授業中の落書き。誰にでもある、何気ない日常の切れ端たち。


 だが、ある時点から、変化が現れる。


(……急に、自撮りばっかり)


 それは奇妙なほど、はっきりしていた。

 どの生徒のアカウントでも、不登校になる直前の数日間──投稿のほとんどが自撮りに変わっている。


 鏡の前、部屋の片隅、学校のトイレ、下校途中の道端。

 背景はバラバラでも、構図が不気味なまでに似ている。


 真正面からの顔。

 表情は笑っているはずなのに、目元にだけ感情の色がない。

 笑顔が顔に張りついているような、均一で浮いた印象。

 まるで、テンプレートのようだった。


(これ……全部、型があるみたい)


 最初は他人の真似かと思った。

 でも違う。違和感の種類が"模倣"ではない。意図が読み取れないのだ。

 まるで誰かに撮らされているような、強制された自然さ。

 そんなことを考えながら、美優はスクロールした指先を止めた。


 投稿のキャプション。そこに、共通したフレーズがあった。


「カカオの友達と一緒」

「カカオの友達と」

「今日もカカオの友達がいたから平気」


 ──カカオ?


 思わず呟いた。


「……カカオの友達?」


 アプリ名? 韓国製のメッセージアプリ「カカオトーク」を思い出す。

 でも、どの投稿にもIDやアカウント名の記載はない。

 まるで共通認識であるかのように、誰も説明を加えていない。


(この子たちの間で、何かそういう概念でも流行ってるの?)


 不自然だった。

 だが、否定できるだけの情報もまだなかった。

 さらに投稿を読み進める。


 最初は普通の顔写真ばかりだった。だが、ある一枚で、美優の目が止まった。


「……なに、これ」


 画面に映し出されたのは、鏡の前で撮られた自撮り。

 だが、そこには明らかに"余分なもの"が写っていた。


 一見すれば、女の子が鏡に映った自分を撮っているだけの写真。

 けれど、その顔の輪郭のすぐ上──ぴったりと寄り添うように、もう一つの"何か"が重なっていた。


 ぼんやりと、黒い影。

 輪郭だけが曖昧で、まるで煙が人の形をなぞったような存在。

 鼻も口もない。だが──目だけが、異様に鮮明だった。

 カメラの向こう側から、画面のこちらを、真っ直ぐに見ている。

 視線が合った気がして、美優は反射的にスマートフォンを離した。


 喉の奥に、ぬめった冷たいものが込み上げてくる。

 口には出していないのに、心の中に声が降ってきたようだった。


(──これ、見ていいやつ?)


 冷や汗が、背筋を一筋伝う。

 右の肩がわずかに痺れていた。


 静かにスマートフォンの電源を落とし、画面を伏せる。

 目を閉じても、あの黒い"目"だけが焼きついて離れない。


 カカオの友達。

 それはもう、ただのネットの流行やSNS依存ではない。


 "何か"が──この学校に入り込んでいる。

 スマートフォンの画面越しに、寄り添うように。

 日常のふりをして、静かに蝕んでいく。


 ──だから、誰も異変に気づけない。


 "それ"は、友達の顔をして近づいてくる。


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