ツイてない
…まさか。どういうことなんだろう。僕があの日に願った通りになってる。
ルーレットも、満員電車も、一万円も。こんなことが3回も重なったらさすがに偶然とは言いづらい…がまだ確定とも言いづらい状況。たまたまが重なって、たまたまこうなっているだけかもしれない…。
だって僕が願った通りにすべてが行く場合、あの投稿した動画もバズっていたはずだろう。
『…ィサ……ァュ…ュ…………ェィ…ォ』
ふとあの声が脳裏をよぎる。あの不思議な体験の影響なのか?
誰かに言える話題でもなかったものだからもう忘れそうにすらなっていたし、実はアレは夢だったのかもしれないなと思い始めていたのも事実だった。
「お先に失礼します…お疲れ様です…」
僕が務めている会社は残業が少ないと聞いたから入ったのにまさかの去年か一昨年あたりにここの会社が伸びたことによって仕事が倍増。働き方改革のせいで家に持って帰る仕事の量も増えて、毎日大変である。
「あ!蒼原く!今帰り?」
「あ、田中さん。そうです、今帰りです」
「じゃあ駅まで一緒に行こ?」
「あ、はい…」
「あの時はごめんね?ずっと謝りたくてさ。私が無茶言ったせいで…」
「いえいえ、田中さんは気にしないでください」
あの時というのは、アノ飲み会である。あの場で僕に歌ってほしいと言ってきたのが田中さん。
夜が少しずつ涼しくなっていく。ここは特別都会なわけではないが周辺よりは栄えている町。大きなショッピングモールの前を通る。田中さんとしっかり話すのも今回が初めてで、一緒に帰るのも初めてだ。
夏の夜が少し涼しくなったからといってまだ暑さはあり、軽くネクタイを緩めてシャツの中に空気を送り込む。「暑いですね…」なんて本当に話題がないときの最終手段をもう使ってしまい、田中さんも「そうだね」と笑うだけだから、また僕たちの間にだけ静かな空気が流れていた。
日が落ちるのが遅いからかこの時間でも若干明るさはあるがあっちの空はもう暗くなっていた。少し栄えたこの町にはそぐわず、近くの街灯は消えたり光ったりを繰り返していた。
夏の夜の中で二人で電車を待つ。蝉の鳴き声にこんなに助けられたのは初めてだ。ありがとう蝉さん。
「あっ、蒼原くんの電車来たね」
「田中さんの電車は何分ですか?」
「えっと、23分かな」
「あ、じゃあ僕これ見送ります」
僕ができうる最大限のかっこつけも「私の方が先輩なんだから見送る責任は私にあるの!」という一言で玉砕。ここは年関係なく男はそういうもんだろと学んできているんだけど、なんだか今日はもう一押ししてまで待つのも面倒くさいと思ってしまい、お言葉に甘えてこの電車で帰ることにした。
「じゃあ、田中さん。夜道には気をつけてくださいね」
「お子ちゃま扱いすんなぁ!」
「ハハハ!じゃあ…お疲れ様ですぅぅぅ…ぅあっ!…痛って……」
完璧な、完璧な会話ができたと思った矢先、何もないところに躓いてずっこけた。
恥ずかしすぎる。
急いで近寄ってくる田中さんに対して「全然大丈夫ですよ!気にしないでください!では!」と気合だけで別れ、急いで電車に駆け込んだ。
痛すぎる…右腕から血が出てる。そんな何もないところに躓いてヘッドスライディングすることある?
一人でいるときならまだしも田中さんの前で…。どんだけ恥かけば済むんだ。周りの人もちらちら僕を見ている。本当に恥ずかしくて顔がほてっていることに気が付く。
今日はツイてない日だ…。




