月夜
「すぅ……ァ、ぁる日、海ゾッ…い、を……す、すいませんごめんなさい、う裏返りま、ます、ました。」
「マッッッッジでごめん、ほんとにごめん、俺があんなこと言わなければ…」
「…いや、気にしないで…」
流石にあの地獄の空気を巻き返せる優秀な人材はあそこにおらず、あんなに盛り上がっていた飲み会は葬式ほどに静かになった。
居たたまれなくなったゆりが『アッ、りり律!今日大学の友達と予定あるって言ってなかった?…部長すいません、こいつ連れて行ってきます。失礼します。』と言って無理矢理僕を外へ連れ出した。その間、僕はもう恥ずかしくてたまらず、惨めにずっと正座で下を向いていた。
腕を引っ張られて外に出るとすぐゆりに頭を下げられた。正直恥ずかしくて声を出す気力もなかった。
「勢いで外連れ出してきちゃったけど、お腹すいてるならどっか行く?」
「大丈夫」
「そっか、じゃあ律の家まで付き添うよ」
この男はもうどこまでイケメンなんだ。ここまでくると惨めな気分にもならない。比べる対象にもならないよな、はは。
あぁ、しんど、ダル。なんでちょっとでもいけると思ったんだよ、クソ。その自信どこ行ったんだよ、クソ。なんでよりによってあのタイミングでアレを思い出すんだよ、クソ。なんでやっぱり俺はここっていう場面であーなんだよ、クソ。クソクソクソ。全部クソ。
いつもだ、僕は今までもずっとこんな感じだった。ここぞという場面で力を発揮できない…なんてそもそもその力がないだけかも。結局今までもこれからも僕は誰かの人生の通行人Aとして生きていくのがお似合いで、こうやって少し主人公に憧れたせいで、こんな、こんな、こんな惨めになるんだ。
僕は僕らしく、誰の何者になることもなく生きていくのがお似合いなんだ。
「はは…惨め、だな、あぁ…っ…」
やっぱり理想の僕と現実の僕はかけ離れていて、少し理想の僕を見て自信湧いていたんだろうけど結局現実はこれで、いつまでたっても10年も前のあの記憶に苦しんで、がんじがらめ。見上げた空には幾つもの丸い大きな星が浮かんでいた。
「…律、家にギターは?」
「?」
「だから!!ギターは家にあんのってきいてんの。」
「あ、あります。」
「あーでもここから家まで取りにいくのは…よし、ちょっと来い。」
突然ゆりはいつもより2トーンも低い声で話し始めた。
ちょっと来い、の後はどこに行くのかさえ教えてもらえず、とにかく指示通りゆりの半歩後ろをついていく。
僕らが住むこの町は大学時代からあまり変わっていない。
そういえば大学時代、ほんとよくゆりと遊んだなあ。
僕は高校1年生の時にバイト代で念願のギターをゲットし、自己満で弾き語りをしていたのだがたまたまゆりの実家にお邪魔したときにゆりが中高とオーケストラ部でコントラバスをやっていたことを知り、それからというもの、ゆりの家にある防音室の中で、ゆりがコンバス、僕がアコギで弾き語りをよくしていた。あの太い低音がギターの音とまざった時の感動ったらなくて、僕たちは毎日防音室にいた。そんなことを言っても最後にしたのはもう何年前だろうか。
10分ほど歩き、少し汗がにじみだしたころ。
「ここ抜けたら着くよ」
暗く細い道を抜けるとそこには
視界いっぱいにひろがる、月に照らされた、あおいあおい海が広がっていた。少し波立つその海には揺らめく月が浮かんでいて、そこから一本の月光の太い道が敷かれている。その道はまるでかぐや姫が帰っていく絹の道のように、ただただきれいだった。
僕たちは横並びで浜辺に入り、靴が濡れるぎりぎりまで進んだ。
「せーーーの」
「え?なになに?」
「えーー律さんはもう忘れたのかよーー」
「待って何のこと…」
「思い出せ!…“準備完了”!」
「…ハハハッ!」
僕たちの“合図”。二人で弾き語りをする時の合図。
あの真っ白な部屋の中で、椅子があるにもかからず僕は床に座って、ゆりがおおきなコンバスの太い弦を抑えていく指をずっと見ていた。
見た目なんてほぼ一緒で、大きさしか変わらないような楽器がこんなにも違う音を奏でるのが不思議で、練習なんかせずいつもゆりが弾く姿を見ていた。僕が弾き語りをしているところにゆりが合わせに来たり、逆に僕が合わせにいったりして、真っ白の中で僕たちはだれより自由に音を楽しんでいた。
「課題曲は?」
「そんなの『真昼の月』に決まってんだろ」
「え、今めちゃくちゃトラウマの曲…」
「ハハッ、しーらね!…準備は?」
「はあ…かんりょーだわ!!」
月の光に照らされた僕たちは、また真っ白の中で目が合う。懐かしい。そして緊張なんかないのに、体が震える感じ。武者震いのような。
当時と変わっているのは、僕たちがもう28になって、スーツを着ているということだけで、中身は何も、何も変っていなかった。見た目が変わっただけで今の僕たちは確実にあの頃のあの部屋にいた。
ゆりが癖の右口角をグイっとあげて、悪い顔をしたのを合図に、大きく息を吸った。今度はしっかり、肺に酸素が入っていった。肺胞の一つ一つに確実に酸素を届けて、エネルギーが右ひじまで届いたのを感じる。軽く右手を握り、悪い顔したゆりを見ながら精一杯叫んだ。
「「せーーーの!!」」
「「ある日、海沿いを散歩していると海の上には月が浮いていたんだ」」
僕がメロディを、ゆりがハモリを。
その瞬間、月の光がキンッと強くなったかと思いきや、海の波の音が変わった。
サーというあの海の音から、ポンポンとまるで木琴のような音が聞こえる。いや、これは海の音が変わったんじゃない…のか。どこかから柔らかい音が聞こえる…。
いろんな音が、それぞれのタイミングで鳴っているのに、全く不協和音でなく、とても心地いい。
月に向かって吹く風の中から白い線が5本現れる。そしていつのまにか浮かび上がっていた無数の、あか、あお、きいろ、むらさき、だいだい、みどりのおおきな、おおきな音符たちが海をトランポリンのように、たのしそうに飛び跳ねながら線上に並んでいく。
そして柔らかな音たちには合わないヒューという鋭い音が鳴ると同時に、僕たちの目の前に現れた楽譜通りにうつくしいピアノの音が鳴り始めた。
するとあおい海は月の方から徐々にしろく、しろくなっていった。
しろが僕の足元にまで来た。僕は靴を脱いで、そっとつま先でしろに触れると、水面に小さな水輪ができた。その水輪は消えることなく広がっていき、半径2mほどになった時。
「…ィサ……ァュ…ュ…………ェィ…ォ」
何語なのか、少なくとも日本語ではない言語で、何かを僕たち…僕に伝えるのは水輪の中心から暗い背景に現れた…白…。
月より、海より、しろい白。ヒトのような形はしているものの煙のような、今にも消えそうな残像にさえ見える二次元の姿は三次元のこの世界では明らかに浮いていた。
「ッッ」
アレは僕を見て、多分微笑んだ。
姿ははっきり見えないが、確かに微笑んでいた。そんな気がする。
…彼女は微笑むと、両手で何かをかき集めて空にそれらを巻き上げた。その姿はまるで、無邪気な子供が海で遊んでいるような、そんな姿だった。
自然と僕の口角が上がっていた。それを見た彼女は優しく、柔らかい音を奏でながら、強い、強い光とともに消えていった。
第二話を読んでいただきありがとうございました。
活動報告でも書きましたがこの話の描写にめちゃくちゃ時間をかけました。
うつくしく、ふしぎに、でもどこかなじみある雰囲気を意識しています。
皆さんのご感想、ぜひ私に聞かせてくださいね!
めちゃくちゃ楽しみにパソコンの前に座っています!!!!
私(現役看護学生(20))のSNS各種をプロフィールに記載しましたので
ぜひ気になる方は見てみてください(頑張ってSNSも更新します!!)
では第3話の更新をお待ちください。(2024/08/17/12:05)
陽向りお




