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ここは、雲海市にある雲海高校の、3年2組の教室だ。
雲海高校の校舎塔は3階建てで、3年2組の教室は3階にある。生徒の数は31人で、窓際からは校庭が一望できる。その先に広がるのは、雲海市の街並みだ。大量の一軒家が並んでいるのが見えるし、高層マンションが点在しているのが見えるし、ところどころに田畑も見える。
「みなさんお静かに、お静かに」
教壇に立った担任の、太田亜優美先生は、生徒たちが静まるのを辛抱強く待った。
きょうは、特別なイベントのあることを察知してか、生徒たちは普段とは違う興奮状態にあった。太田先生が、身振り手振りで生徒をなだめ続けたので、教室は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
生徒たちが静まったのを見て、先生が朝の挨拶を始めた。
「ニュースがあります。渡辺真さんは、きょうは熱を出してお休みです。どうやら風邪のようです。インフルエンザじゃないといいんですが。お母様の話によると、日曜の夜、ゲームで夜更かしをしたのが原因のようですね」
教室が少しざわついた。
「お静かに、お静かに。受験生の皆さんは真似をしてはいけませんよ。もちろん、受験生でない皆さんも真似をしてはいけません。ゲームで夜更かしをしたかったら、社会人になってからですよ。わかりましたか」
生徒たちが返事をしたのを見ると、太田先生は話を続けた。
「さて、もうひとつニュースがあります。こっちはビッグニュースです。皆さんすでに、噂が耳に入っているかも知れませんね。このクラスに転入生です。では倉田惠美さん、入ってきてください」
太田先生が廊下を見ると、カバンを持った倉田惠美が教室に入って来て、先生の隣に立った。
新しいクラスメイトたちから暖かい拍手が起きた。
先生は拍手がやむまで待った。
「倉田さん、自己紹介をしてもらえるかしら?」
「はい、わかりました」
倉田惠美は、チョークで黒板に自分の名前を書き始めたが、途中でチョークを落としてしまった。慌ててチョークを拾って自分の名前を書ききり、自己紹介を始めた。
「はじめまして、倉田惠美といいます。めぐみの字は旧字体のほうです。7月11日生まれで蟹座です。父の仕事の都合で、東京の高校から転校してきました。趣味は読書です。とくにミステリー小説が大好きです。これから1年間よろしくお願いします」
惠美は頭を下げた。緊張しているのが教室に伝わったが、転校生ともなれば当然だろう。
ふたたび、新しいクラスメイトたちから拍手が起きた。
すかさず惠美はこう付け加えた。
「5月の転入生は珍しいと思いますが、こういう事情があります。父の仕事の前任者が、4月にこの土地に転勤になったのですが、その人が突然、辞めてしまったんです。なんでも家業を継ぐことになったとか。それで急遽、父が代理として転勤になり、家族ともどもこの雲海市に引っ越して来ました」
教室に、「なるほどー」「水が合わなかったかー」「ホームシックじゃねぇの」などと声が上がる。
「それから倉田さん。職員室でも話しましたが、うちの高校はいじめ防止の一環で、あだ名呼び禁止ですからね。これは守ってくださいね。制服が東京の高校のものなのは、3年なので仕方ないですが」
太田先生が念を押した。
「わかりました」
惠美の返事はしっかりとしたものだった。しかし、まだ緊張しているようで表情が固い。
「みなさん、倉田さんに自己紹介をしてください。出席番号順に芥田くんから」
太田先生がそう言うと、生徒たちは転校生に自己紹介を始めた。
ここは、雲海総合病院の内科の診察室だ。
中年の医師がパソコンの置いてある机の椅子に座り、マスクをした真が患者用の椅子に座り、璃々杏はその隣に立っている。
「うれしいニュースですよ。渡辺真くんはただの風邪です。インフルエンザじゃありませんよ。よかったですね」
中年の医師が、電子カルテを見ながら喜ばしげに言った。
医師の言葉に、真と璃々杏は無反応だった。
「あれ、インフルエンザじゃないって聞くと、たいていの患者さんは喜ぶんだけどな」
「ええ、まぁ」
熱のある真はだるそうだ。
「息子を観察していて、インフルエンザじゃないと思ったものですから」
中年の医師は、少しカチンときたようだ。
「渡辺さん、素人が勝手に判断しちゃいけませんよ。そりゃ素人の勘は鋭いものがある。われわれ医師が驚かされることも少なくありません。でも、やっぱり素人判断はダメです。背後に大きな病気が隠れていたときには、最悪の場合、手遅れになってしまいますからね」
「分かりました」
「わかりました」
璃々杏と真が渋々うなずいた。
「お薬を出しておきます。養生してくださいね」
医師はつまらなそうに言った。




