2章 48 父親
王都に着いたのは昼過ぎ
シュラが乗っている馬車と知っているのかスザクを先頭に全員がズラリとお出迎えだ
つってもそんなに数は居ない・・・居ても100人くらいか?一国の王が帰還したのだからもっと大人数で出迎えても良いと思うのだが、そこがシューリー国が特殊な所なのだろう
想像していた国の軍隊とかと違ってシューリー国はほとんど軍を持たない。代わりに各村の流派が戦争になった時に兵士と早変わりする。なので各村の道場は言ってみれば駐屯地みたいなもんだ
有事の際は招集に応じよ
それが補助金を出す条件にもなっていた
今回の螺拳の反乱はそこまで大きくなると思わずに天下六拳しか招集しなかったのが失敗だった。まあ、予想外の裏切りとかもあったからっていう結果論だけどな
今回の件で天下六拳の仁王拳はその資格を剥奪されるらしい。で、天下五拳となると思いきや代わりに違う流派を入れるらしい
その辺は後々皆に伝えると王都に着いてすぐにシュラは城へと戻って行った
「なかなか戻って来ないから心配したよ・・・無事で何より」
出迎えの中にいたヤクモが微笑みながら声をかけてきた。微笑んでいるが顔はげっそりとしてる・・・多分神聖魔法使いとして負傷した者達を治す為に奔走していたのだろう
「終わたんだナ・・・ナハトはどうなるんダ?」
アイリンがシュラと共に城へと連れて行かれたナハトを気遣う。ナハトの身は妹達共々国預かりとなって城に居る。命令されていたとは言え螺拳として国を攻めたんだ・・・無罪放免とは難しいだろうな・・・
「さあな・・・ところでジジ・・・ダルスさんは?」
「見てないな・・・ふらりと何処かへと消えてしまった・・・」
俺の問いにリュウシが答えてくれた。あのジジイ・・・神出鬼没か
「今は休め・・・色々と忙しくなるぞ」
ユン・・・どう忙しくなるんだ?終わったばかりだろ?
この時ユンは気付いていたのかも知れない・・・俺がこの後どうなるかを・・・まさかあんな事になるなんて──────
数日後、螺拳派襲撃の犠牲者の葬儀がしめやかに行われた
葬儀と言っても墓の前で黙祷するくらい・・・特に特別な事はしていない
犠牲になったのはラカンやビャッコ隊の人達・・・それにセイリュウ隊とゲンブ隊の人達だ
ここには戦闘に参加した者達の他に間に合わなかった鋼拳と威空拳の門下生が集まり総勢500名程が集まっていた。その中でシュラに前に来いと言われたが後ろの方が落ち着く為に丁重にお断りした
黙祷を終え、シュラは振り返ると今回の事を話し始める。全員跪いた為に俺も慌てて跪く・・・1人で立ってたら悪目立ちだ。それにしてもシュラの奴、真面目な話も出来るじゃないか
「・・・そして裏切ったセイリュウ、ゲンブ共に四星拳の地位を剥奪・・・更に天下六拳である仁王拳と招集に応じなかった斬武拳は天下六拳を名乗る事は許さん。魔法の使用許可もありこの国は変わる・・・新たな血を入れ生まれ変わりより強固な国にしようではないか!」
みんな一斉に顔を上げ「おおっ!」と叫ぶ。なんか・・・ノリが体育会系だな・・・
「先ずは天下六拳!これについては近々行う予定の御前試合にて決める事とする!既存の天下六拳を排し、新たな天下六拳を目指し各流派が戦うのだ!異論は認めん!」
うわー、マジか。こりゃあ凄い事になりそうだ。天下六拳って古くから決められていて入れ替わりなんてなかったと聞いてる・・・指拳が落ちぶれたとか言ってたけどそのまま天下六拳だった訳だし・・・指拳大丈夫かな?
「過去の栄光に縋るな!強き者が『天下』を名乗れると知れ!」
シュラの言葉に動揺していた者達もその言葉で気合いが入ったようだ。まあ、この場で『そんなぁー』とか情けない声を上げればいい恥さらしだしな
「次に四星拳・・・四星拳に関しては我が国の守護者・・・強き者というのはもちろんだが前セイリュウやゲンブのように裏切っては元も子もない・・・よって我が王として任命する!四星拳東のセイリュウに・・・流拳リュウシ!」
おおっ!?マジか・・・リュウシが・・・四星拳?
「はっ!」
「ザンキと戦いよくぞ東門を護ってくれた・・・期待しているぞ」
「謹んでお受け致します!」
「うむ・・・次いで四星拳北のゲンブに・・・指拳ユン!」
はあ!?・・・いや、まあそうか・・・確か仁王拳の・・・名前忘れた・・・俺を吹っ飛ばした奴を倒したんだもんな・・・
「はっ!」
「仁王拳を退けよくぞ北門を護ってくれた・・・更に貴殿の配偶者・・・ヤクモには世話になった。夫婦共々これからも国を護ってくれ」
「は、はっ!謹んでお受け致します」
うむ・・・後ろからでも顔が真っ赤なのが手に取るように分かる。にしてもいつの間に結婚したんだ?結婚式呼ばれてないけど・・・
「そして・・・」
そして?もう四星拳は揃ったはずなのに──────
「よう!ビャッコ!」
「・・・ジジイ・・・どこほつき歩いてた?てか、その名で呼ぶな!」
そう・・・俺は何故か四星拳西のビャッコに任命された・・・
ビャッコ・・・元ビャッコであった獣化拳ジュラは自ら引退を表明・・・つっても引退してどうするかと思えば嫁入りするんだと・・・シュラの元に
で、その空いた枠にラモンを倒した俺が・・・いやいや俺シューリー国民じゃないし!
「くっくっくっ・・・呼ばれた時のお前の間抜け面・・・傑作だったぞ!」
「・・・ジジイ・・・知ってたな?」
「ああ・・・王が俺を訪ねて来てな。『一番弟子をビャッコにしたいがいいか?』って聞いてきたから二つ返事で了承した」
「ふざけんな!何の権限があって・・・」
「あん?散々俺の名前を使ってたんじゃないのか?『ダルスの一番弟子だ』ってな」
うっ・・・いやまあ、名前を利用した事は認める・・・だって有名だし・・・ジジイ・・・
「諦めろ。まあ、国に拘束しないって話だし、別に今までと変わらずにいればいい・・・王にとっても保険みたいなもんだろ?有事の時に駆け付けてくれる強い味方がいるってな」
確かに・・・ビャッコに任命された後にリュウシとユンと共に呼ばれてみんなの前に立たせられた。そしてジュラが着ていた白の闘衣?を渡された時にシュラが俺に耳打ちした
国に縛られなくていい。世界を駆け回れ
何が世界を駆け回れだ・・・四星拳って言う名の首輪を付けておいて・・・後で抗議してやる!
「・・・で?俺に言う事はないか?アタル」
俺がシュラになんて文句を言おうかと考えているとダルスが俺を覗き込む
言う事?・・・色々あるが何の事を言ってるのだろう?
「分からねえか?」
真剣な眼差し・・・いや、マジで分からん・・・ジジイ・・・ジジイ・・・うーん・・・
「お前は何故ここにいる?」
何故?・・・そりゃあ・・・
「魔法を何たらとか言って目指してたんじゃないのか?ブルデン王国を」
「あ、ああ・・・ちょっと手違いがあって・・・」
「・・・シーナはどうした?」
「!・・・それは・・・」
「どうしたと聞いている!」
胸元を掴まれ引き寄せられる・・・凄い力だ・・・あっ!
「なんだこれは?」
シールが懐から出て来てジジイの手に噛み付いた。ツツーと血が出るがジジイはその手を離さない・・・
「・・・シール・・・」
「『シール』か・・・俺の手は食いもんじゃねえと言って聞かせろ」
ジジイが手を離すとシールも同時に手から離れて俺の肩に乗り毛を逆立ててジジイを威嚇する。どんだけ義理堅いんだ・・・
「で?シーナはどうした?」
冷静になったジジイが再び俺に尋ねる。俺はあまり思い出したくない過去をジジイに話した・・・あのジャクスの町であった出来事を・・・
「・・・そうか・・・」
「・・・ああ。で、気を失ってた俺をリュウシとアイリンがシューリー国に連れて来てくれた・・・もしあのまま放置されてたら今頃・・・」
右も左も分からない状態で放置されてたら今頃死んでいたかも知れない。特にあの後の俺は精神状態が不安定だったから・・・
「・・・ふう・・・そうか・・・」
ジジイは深いため息をつくと天を見上げた
「ハムナさんとレギーさんには・・・これから伝えに行くよ・・・殴られるかも・・・いや、もしかしたら・・・」
殺されるかもしれないな・・・死ぬ訳にはいかないけど・・・いや、会ってさえくれない可能性も・・・
「必要ない・・・俺から言っておく」
「いやいや・・・さすがにそれは・・・」
「もうシーナの死はハムナ達に伝わっている。今更お前が行ったところで意味は無い」
「でも直接・・・許される訳ないけど・・・でも・・・」
「直接何を言うんだ?守れなくてごめんなさいか?それとも自己弁護でもするか?俺は悪くないって」
「ふざけんな!守れなかったのは俺の責任だ!確かに・・・俺はシーナの死が受け入れられなくて・・・現実逃避していた。でも今は・・・」
「受け入れたか?」
「いや・・・シーナは俺の中で生きている!だから・・・これからもシーナと共に歩む!」
「精神論か?そんな長い期間共にした訳でもないのに?」
「精神論じゃない!期間なんて関係ない!俺は・・・」
「分かった分かった・・・認めてやるよ。まあ、とっくに認めてたつもりだが・・・それだけ言えれば上出来だ」
「はあ?認めるって何を・・・」
「シーナとの結婚だ」
「ジジイ・・・狂ったか?なんでジジイが・・・それにシーナはもう・・・」
「結婚とは結魂・・・魂が結びつく事と俺は思ってる。肉体なんて関係ねえ・・・俺も遅まきながらエリゼとハネムーンを楽しんでる・・・なかなかアンテーゼから出られなかったからな」
「いやいや・・・確かに魂が結びつくで結魂ってロマンチックだが・・・そもそもジジイに認められたところで・・・」
「あん?言ってなかったか?シーナは俺の娘だ」
「おい!いくらなんでも・・・」
「エリゼはシーナを産み、そのまま他界した。さすがの俺も赤子を育てた事がなくてな・・・ちょうどアンテーゼは妊娠して身動きの取れないエリゼの代わりにハムナ夫妻を呼んだ頃だった・・・エリゼはアンテーゼ唯一の神聖魔法使い・・・妊婦に回復魔法なんて使わせられねえし、怪我人が出ても治せないじゃ町が危ういからな」
何を・・・言って・・・
「ハムナ夫妻が教会に住み始めた時期にエリゼは出産を迎え・・・そして死んじまった・・・ハムナ夫妻は子がいなくてな・・・俺はシーナをハムナ夫妻に育ててくれるよう頼んだ。ハムナ夫妻は快諾してくれたよ・・・どうやら子が産まれたけど死んでしまったらしい・・・だから本当の子のように・・・シーナを育ててくれた」
嘘だ・・・そんな・・・
「無責任に感じるかも知れねえ・・・だけど粗暴な俺が育てるより・・・ずっと幸せだと思っていた・・・あまり口出しするつもりはなかったが、唯一願ったのは町から出さない事・・・俺の目の届く範囲で育ててくれって事だった」
シーナが・・・ダルスの・・・
「近くに川があったろ?そこでよくシーナは水浴びしていた・・・あれは俺が場所を指定したんだ・・・あそこなら魔物もそこまで出ないし俺がいつでも守れる・・・でも魔物は現れた・・・俺が駆けつけようとした時現れたのが・・・お前だ、アタル」
あの・・・ハチの時?ダルスも近くに・・・
「ビックリしたぜ・・・あっさりと倒しちまって・・・そこでお前に興味が湧いた・・・次のクマの時は焦ったぜ・・・でもお前は身を呈してシーナを助けた・・・あれが決定的だったな・・・」
決定的?
「シーナは外の世界に憧れてた。それは知っている・・・ハムナから聞いていたからな・・・でも俺は・・・目の届くところに置いておきたかった・・・このままではダメだと思いながらも・・・そこにシーナを身を呈して守るお前が現れた・・・俺は俺の直感に任せようと・・・こいつにならシーナを任せられると・・・」
そんな・・・俺は・・・
「なっ?シーナは俺に似て美人だろ?」
なんで笑えるんだ?・・・だってシーナは・・・
「そんな顔すんな・・・シーナは自分からお前について行った・・・俺から離れ・・・お前にな。本音を言うと・・・なんで守れなかったとお前を責めたい気持ちもある・・・けど責めてどうなる?自分の息子を責めて何が変わるって言うんだ・・・」
「・・・息子?」
「俺の娘の旦那は義理とは言え息子だろ?違うか?」
「・・・まだ俺は・・・シーナに告白すらしてないぞ?」
「ハッ!あれだけ堂々と父親に『共に歩む』と言い切ったんだ。今更告白とかぬるい事言ってんじゃねえよ!それともあれか?あれは嘘なのか?」
「嘘じゃない!・・・嘘じゃない・・・シーナはずっと俺の中で生き続ける・・・ずっと・・・ずっとだ!」
「なら・・・何か言う事があるんじゃないのか?」
「・・・娘さんを・・・俺に下さい!」
「断る!」
「おい!」
「・・・冗談だ・・・クソッタレ・・・泣かせたら承知しねえぞ!」
「泣かせるもんか・・・もう二度と・・・」
「ケッ・・・まあいい・・・ラモンってやつに放った一撃・・・見事だった。さすが俺の一番弟子で息子だな」
「ジジイに何かを習ったつもりは全くない!あれはみんなのお陰だ・・・ラカンやユン・・・リュウシにアイリン達の・・・」
「ケッ、可愛げのねえ・・・そこは素直に『ありがとうお義父さん』だろが!」
「絶対に言うもんか!そもそもお義父さんって面じゃねえだろ!」
「だったらどんな面だって言うんだ!」
「・・・クソジジイ・・・」
「てめぇ・・・」
「待て待て・・・殴るな殴るな!・・・DVだぞ!DV!」
「なんだディーブイって・・・チッ、まあいい・・・ところで俺の息子となると・・・レギンの弟って事になるな」
「げっ!それは嫌なんだけど・・・」
「ガーハッハッハッ!ちゃんとレギンを『お兄ちゃん』と呼べよ!」
「それだけは絶対に嫌だ!ザッケンナ!クソジジイ!」
「こりゃあ再会した時が楽しみだな!そろそろ俺はアンテーゼに帰る・・・気が向いたら帰って来い!一番弟子息子!」
「混ぜんな!勝手に帰れ!・・・クソ・・・親父・・・」
「あぁ?今なんて?」
「うっせえ!さっさと山に帰れ!山猿!」
「このぉ・・・父親に向かって!殴るぞ!」
「・・・ヒール・・・いやいや、殴ってるから!本気で!」
「ああん?今ので一割くらいだ!本気とか冗談だろ?」
「嘘だろ!?どんだけ馬鹿力だ!それにこれじゃあ永遠の名ゼリフ『親父にもぶたれたことないのにぃ』が使えねえじゃねえか!」
「知らねえよ!」
「知っとけ!」
額がくっ付くくらい近寄って唸り合う。肩のシールも飛びかからんばかりに唸っていた
「チッ・・・次はどこにいくんだ?」
ジジイは舌打ちすると背を向けて呟いた
次は・・・
「予定通りだ・・・ブルデン王国に向かう」
「・・・そうか・・・手甲は付けているか?」
「・・・付けてない・・・」
「付けろ・・・付けて相手をぶっ飛ばせ・・・で、手甲を外したら相手を許してやれ・・・それが境界だ」
「うん?どういう意味だ?」
「自分を律せるにはまだまだ未熟だって事だ。その手甲を境にしろ・・・そうすれば少しだけ・・・ほんの少しだけ・・・お前の助けになるはずだ」
手甲を境に・・・俺の助け?
「言いたい事はそれだけだ・・・必ず戻って来い・・・」
「・・・ああ。戻った時は抜いてるかもな」
「言っとけ・・・じゃあな」
ダルスはそのまま振り返らず去って行った
そうか・・・ジジイが頑なにアンテーゼを離れなかった理由は・・・シーナを守る為だったんだ・・・
俺はこっちの世界の親父の背中を見送ると興奮状態のシールを宥めて城へと向かい歩き出す。これが今生の別れにならないように心に誓って──────




