2章 28 心の穴
「アタルー!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる
慰霊碑警護より1ヶ月が経過していた
俺はみんなとケイズ村に戻りのんびりと修行生活を満喫していた
で、ある日の午後、村外れにてラカンとジャタンに螺拳を教わっている時に遠くの方から俺の名を叫びながら走って来る者がいた。ヤクモの弟ヤクマルだ
俺は動きを止めてヤクマルが来るのを待っていると血相を変えて走っていたヤクマルが俺らの前に到着し肩で息をしながら呼吸を整える
「どうした?ヤクマル」
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・く、国から・・・お達しが・・・」
「やっとか」
「シューリー国にて・・・魔法の使用を許可する・・・と!」
どれくらいかかるか心配だったが、意外と早かった・・・のかな?シュラが約束通りやってくれた
「これで兄さんが・・・兄さんが・・・」
涙ぐみ鼻をすすりながらヤクマルは言葉を詰まらせる。そう・・・これでヤクモは大手を振って神聖魔法を使える。誰かの役に立てる・・・生きる価値を得る・・・。両腕を失っても周りは・・・特にユンはヤクモを大事に想っていた。でも、ヤクモ自身が許せなかった・・・誰かに頼るだけの人生に・・・
「ふう・・・」
大きく息を吐く
肩の荷が降りたような・・・少し気が楽になった。もしいくら待ってもシュラが動かなければまた殴りに行くつもりだったが・・・
「行くのか?」
何かに勘づいたラカンが言った。ジャタンも俺を見つめている。ヤクマルは意味が分からず俺とラカンの顔を交互に見ていた
「ああ・・・とんだ寄り道になったが・・・な」
当初は宿屋を紹介してもらう為に指拳道場に寄っただけなのに、まさかこんなに長居する羽目になるとは思わなかった
「え?・・・行く?・・・えっ?えっ?」
状況が飲み込めてないのはヤクマルのみ。ラカンとジャタンはやはりついてくるみたいだな・・・まっいいか
とりあえず修行を切り上げて村に戻ることにした。ヤクマル曰く村は今てんやわんやの大騒ぎらしい。それほどまでに魔法の使用が許可されるのは大事件のようだった
村に戻ると村人は誰かしらと話している状態・・・みんな不安なんだろうな。魔法を使用出来るのは決していい事だけじゃないのは俺でも分かる。ましてや国を追い込んだのは魔法って言うんだから更に不安は倍増だ。その辺のフォローはシュラがすると言ってたが・・・いや、誰かにやらせるって言ってたか
道場に戻るとここでも修行そっちのけで話をしていた。道場の中にいたユンが俺に気付いて猛ダッシュ・・・その形相に思わず流拳発動・・・華麗にいなすとユンは勢いそのまま地面に突っ込んだ
「・・・なぜ!?」
「いや、怖いわ!」
地面にうつ伏せになりながら抗議の視線を送ってくるユン。あんな勢いで突っ込まれたら普通逃げるだろ!
「ユン・・・嬉しいのは分かるが暴走し過ぎだよ。アタル君・・・君には感謝の言葉もない・・・でもあえて言わせてくれ・・・ありがとう」
「いやいや、俺は別にそんな・・・」
「謙遜するなアタル。私達が無理だと思っていた事をやり遂げたのだ・・・誰しも思い誰しも口に出せなかった事を成し遂げたのだ・・・誇って良いと思うし、私も感謝しきれないくらい感謝しているし」
起き上がりながら膝についた土を叩きそう俺に言うユン。誇って良いか・・・でも結局俺はヤクモに俺を重ねて突っ走っただけなんだよな・・・
「良いか悪いかはこれからの在り方で決まる・・・何せ未だに魔法に拒絶反応を持つ者もいるらしいからな」
ここで影薄指拳当主のシホウ登場・・・生きていたか
「良いに決まってるじゃない!」
「だと良いがな・・・何にせよ激動の時代となるぞ」
影が薄い割には大きな事を言うシホウ。ここぞとばかりにキメるが、そんなシホウを放っておいてみんなは他の話題へと移っていった
その話題とは他でもない魔法に対しての制約である
魔法にて人を傷付ける事を禁じる
制約はこれだけだった。細かく規定など設けるのではと思っていただけに驚きだ。破った者は極刑に処すと書かれており、ぶっちゃけ使用がダメだったのが使用して人を傷付けるのがダメに緩和された感じだ
でもこれはかなり大きい。回復魔法を使えるようになるのはもちろん、魔法は様々な用途で使えるからだ。他国より発展が遅れていたシューリー国はもしかしたらこれから飛躍的な発展を遂げるかも知れない
「・・・少しいいかな?」
ヤクモが俺に声をかけると道場内に入って行く。俺はなんだろうと思いついて行くと道場内でヤクモが自室として使ってる部屋に案内された
部屋のドアは足で開閉出来るように改造されている。道場に住むことになってすぐにユンとヤクマルがあーでもないこーでもないと苦労していたのを思い出す
器用に足で開けられたドアを通るとヤクモは椅子に座るよう促してきた
「腕を切り落とされてからこんな穏やかな気持ちになれるとは思いもしなかったよ・・・改めて礼を言うよ・・・ありがとうアタル君」
改まって言われると照れるな・・・でも様子が変だ・・・俺が照れているとヤクモの表情が変わる
「君は自覚していないかも知れないが・・・いやかも知れないではないな・・・自覚していないだろう今の君の事について話そうと思う」
今の俺?どういう意味だ?
「僕には分かる・・・と言っても僕は淵に立って覗き込んだ程度・・・君みたいに堕ちてはいない」
淵?堕ちる?何を言って・・・
「君は・・・分裂してしまってるんだよ・・・アタル君」
「へ?」
「精神に衝撃を受けると心にぽっかり穴が空く。その穴を埋めようと人は働きかける。忘れようとしたり、他の何かで埋めようとしたり・・・身体に穴が空いたら人は死ぬだろう?心も同じ・・・穴が空いたままでは死んでしまう。だから人は必死に埋めようとするんだ」
心の・・・穴・・・
「心に空いた穴は闇とも言われている。闇は全てを飲み込む・・・大きければ大きい程にね・・・誰しも大小様々な穴を持っており、その穴を埋めるのに必死だ。僕も両腕を失った時、心に大きな穴を空けたよ」
ヤクモは寂しそうに笑った・・・顔は笑ってるけど、泣いてるような・・・そんな寂しげな表情・・・
「闇に飲み込まれそうになり、耐え切れずヤクマルに自分を殺してくれと頼んだ事もある。それだけ穴が大きいと苦痛を伴う・・・一時期はユンの存在すら重荷に感じた・・・彼女の存在が疎ましかった・・・なぜなら彼女と居ると痛みが増したから・・・ではなぜ痛むのか・・・それは・・・彼女を見ると否が応にも心の穴を・・・心の闇を意識してしまうからなんだ。楽になりたい・・・彼女で心の穴を埋めるのはいやだ・・・そして死を意識してしまったんだ」
「・・・」
「・・・いや、すまない・・・僕の話はいいんだ。君のお陰で僕の心は大分埋まったと思う。問題は君だ・・・君の心の穴は・・・あまりにも大きく深い・・・そんな大きな穴を容易に埋める事は出来ず・・・君はある手段を取った。それが精神の分裂・・・心に大きな闇を抱えていた君は穴の空いた心と闇に分裂した。穴の空いた心はそれ以上傷つかない代わりに感情が欠落し、闇は全てを否定する・・」
分からない・・・ヤクモの言ってる言葉が理解出来ない・・・
「恐らくだが・・・君はそのままでは精神が壊れてしまうので無意識に分裂したのだと思う。分裂する事により自分を守ったのだろう。でもそのままでは・・・君は前には進めない」
「ちょっと待ってくれヤクモさん!俺は別に分裂なんかしてない ・・・確かにシーナの事はショックで・・・いや、ショックなんかで済ませられる事じゃないけど・・・」
「・・・アタル君・・・今、君はシーナさんの事を考える事は出来るかい?」
シーナの事を?もちろんだ
シーナ・・・シーナ・・・シーナ・・・あれ?・・・なんで・・・
「違う・・・そんな事あるはずが・・・」
「考えられないはずだよ・・・シーナさんを想う気持ちは・・・闇と共に別にあるはずだ。アタル君・・・君ならきっと向き合える・・・僕らがついている・・・闇に・・・触れるんだ──────」
何がどうなってこうなった?
ヤクモと話していたはずの俺はいつの間にかぬかるみの中に居た
相変わらず視界が悪く、底には数多くの死体が沈んでる
これは夢?それとも現実?それとも・・・
思考がまとまらずボーッとしているとどこからか声がした
──────よう、また会ったな──────
また?いつ会った?てか、どこから喋りかけてるんだ?
──────どこ?目の前にいるだろ?──────
目の前って・・・ぬかるみしかないぞ?
──────ああ、そうか。お前にはそう見えてるんだな・・・どれ──────
目の前でぬかるみが人の形に・・・って、これって・・・
──────よう、俺。驚いたか?──────
よう、俺って・・・なんで俺の形に・・・
──────何言ってんだ・・・俺はお前だろ?──────
俺はお前・・・じゃあ何か?ぬかるみは俺だとでも言うのか?
──────察しが悪いのは相変わらずだな──────
うるさい・・・てか、そんな訳ないだろ?ぬかるみは他の奴から・・・
──────違う。お前が言うぬかるみはお前がその相手に抱いた感情だよ──────
抱いた感情?
──────そう。それも飛びっきりの負の感情──────
負の感情・・・
──────なあ、なんで殺した奴がぬかるみの底に沈むと思う?なんでそれで自分が上がれると思ったと思う?答えは単純・・・お前の気が晴れるからだ──────
そんな事・・・
──────ない?笑わせるなよ・・・じゃあなんで殺した?俺の女に手を出したから・・・俺の女に手を出しうるから殺したんだろ?それで正解だ。それでお前は俺に・・・俺はお前になれる──────
お前が俺に?意味が分からない・・・
──────本当に?ああ、そうか。いい加減相手が俺だってことを理解しないとな・・・お互い察しが悪いってのは苦労するな──────
御託はいいからさっさと答えてくれ・・・
──────そうだな。ヤクモが言った通り、俺はお前から分裂した負の感情・・・つまりお前の闇だ──────
俺の・・・闇・・・
──────お前は俺を抱えることに限界を感じ、切り離した。それがよく分かる質問をしてやろう──────
質問?
──────お前はシーナをどう思ってる?──────
は?そんなの・・・そんなの・・・決まって・・・
──────どうした?言えないのか?当然だよな・・・シーナへの気持ちを持ってるのはお前じゃない・・・俺だからな──────
ふざけんな!お前は・・・自分の事を負の感情と言ったはずだ!それがなんで・・・
──────ははっ、安心しろ。シーナに負の感情を抱いている訳じゃねえよ。むしろ逆だ・・・だがお前はシーナへの感情を手放さなくてはならなかった──────
どうして・・・
──────分からないか?お前はシーナへの感情を持っていると世界の全てを許せなくなるからさ──────
世界の全てを?
──────そう・・・理不尽に命を奪われたシーナ・・・シーナを殺した奴らを殺しても足りない・・・全然足りない・・・奴らを生かしていた周りの奴ら、奴らを生かしていた無能な国、奴らと同じような事を考える奴ら・・・その全てが許せない──────
そんな事しても・・・シーナは生き返らない!
──────シーナへの感情を失っているからそんな事が言える。思い出したくないか?この感情を・・・シーナへの想いを・・・なあ、一緒にやろうぜ?気持ちいいぜ?素直になるってのは・・・お前と俺ならこんな世界いつでも──────
いつでも・・・
「壊せ・・・ブベッ!」
あれ?頬が痛い・・・あれ?ぬかるみアタルは?ってなんでユンが・・・
「ったく!久しぶりに見たわ!少し前まで散々見た顔をね!」
「散々見た?それって・・・」
俺が視線を逸らしヤクモを見ると申し訳なさそうな顔をして頭を下げてきた
「すまない・・・危うく戻って来れないところだったからユンを呼んだ・・・君は今闇に取り込まれそうになっていた」
闇に・・・え?
「ヤクモが落ち込んでいる時にしていた表情にそっくり!生きる事に絶望して・・・でも、そっくりだけど・・・アタルの場合は何か違う。何かこう・・・放っておいたらヤバいと思った・・・」
だからって殴るなよ・・・頬の痛みの正体が分かり、次第に痛みが増してきた。でも感謝するべきなのかもな・・・あのままだったら俺は・・・
「君に恩を返そうと焦り過ぎたかも知れない・・・ゆっくり・・・ゆっくりいこう・・・僕達がついている」
ヤクモの言葉に少し胸が高鳴ったような気がした・・・でも・・・その高鳴りはすぐに消えてしまう。まるで底なしの沼に小石を投じたような・・・本当にアレは俺だったのか・・・俺は──────




