グラースの遺跡と身分証
宜しくお願いします。
「こ、これは……」
「どうしたのだ内務卿」
「軍務卿これを……。財務卿、法務卿、外務卿、学務卿、農務卿、警務卿、魔務卿、神務卿、政務卿も見てください」
「内務卿。顔色が悪いぞ」
「外務卿もこれを見れば分かります」
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ギルドカードの討伐履歴は至ってシンプルだ。確認したので良く分かる。魂に記憶された履歴を表示する為、偽装は絶対に不可能。生まれてから死ぬ直前まで落丁する事無く記録する。
【単独討伐履歴】
戦闘1 危険度☆5:オレンジポヨポヨ1匹
戦闘2 危険度☆6:狂骨影戦士53体
戦闘3 危険度☆8:ジャガーウルフ4匹
戦闘4 危険度☆6:狂骨影戦士14体
危険度☆4:狂骨影戦士見習い兵444体
危険度☆2:人魂166体
戦闘5 危険度☆1:ノーマルポヨポヨ2匹
【パーティー討伐履歴】
なし
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「これは、夢なのか……討伐隊を組織し対応するべき魔物や亡者をこんなに……」
「ランクNが、1人でジャガーウルフをっ」
「軍務卿よ。そういう問題ではないのでは……オレンジポヨポヨはランクNだろうがランクCだろうが1人で討伐出来る相手では無いはずだ」
「魔務卿の言う通りです」
「こ、これが……ドゥ―シャー様」
「軍務卿よ。私が知る限り、ドゥ―シャー様は治癒治療。最高位の神聖魔法を扱われるヒーラー様です。戦闘に長けていたという記録はございません」
「ならば、魔務卿よ。これをどう説明する。この偉業……もはやランクLeいやMyレベルではないか」
「それでしたら、良い解決策がありますぞ」
「何だ。魔務卿。良い解決策とな、世継ぎの件かぁっ」
「陛下」
「「「 陛下 」」」(大勢)
私は時間を確認する。
30分と少し。指示を忠実に守ってくれた様で何よりだ。
「ニノマエ侯爵様のギルドカードの討伐履歴を、皆で閲覧しておりました」
「そうか。世は忙しい故。後で聞く事にしよう。内務卿まとめておけ」
「畏まりました」
「侯爵。ローザも付いてまいれ」
「叔父上様。私もですか……」
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控えの間から王宮の中を歩いて移動する事20分。
大型バス3台分の駐車場より少し広め約400㎡の大きな部屋に案内された。
「国王陛下。この部屋はいったい……」
「付いて来なさい」
石でも木でも金属でも無い。材質が分からない。この台座は何だ。
部屋の中央には、縦30cm・横100cm・高さ130cmの透明な台座があった。
「まずは、改めて挨拶するとしよう。トシ・ニノマエ侯爵。いや、ドゥ―シャー殿。良くぞ、ルシミール王国へ参られた」
「えっと、どういう事でしょうか」
「この台座に記された通りであった」
「叔父上様……」
「この部屋に世以外で入室出来る者は、本物のドゥ―シャー殿とその縁者だけなのだよ」
「私達は、封印の結界の中にいるのですか」
「その通り」
国王陛下は私が本物のドゥ―シャーかどうか試したのか……。いや、それはさっき豚にヒールを施す事で証明して見せたはずだ。何か他に目的があるはず。
「この部屋はいったいなんなのですか」
「この部屋は、『グラース』と名を持つ遺跡。建国以前からここに存在しているそうだ。そして、ルシミール王国の王宮はこの遺跡を護る為に建てられた」
「遺跡ですか……」
「叔父上様、何も無いこの遺跡を、いったい何から護るのですか」
護る以前の問題だ。グラース……目、瞳の事だったはず。ドゥ―シャーとその縁者のみが入室出来る部屋。この遺跡は、ドゥ―シャーに関係している。そう考えるべきだ。
「グラース……どういう意味ですか」
「侯爵には意味が分かるのではないか」
「国王陛下。この遺跡は、ドゥ―シャーに関係した遺跡ですね。そして、ここはドゥ―シャーの目に関する何かを封印している場所。違いますか」
「やはり、分かるか。それならば、この台座の正面に立つと良い」
材質不明の怪しい台座の前にですか。……成仏までの間、極力危険な事は避けたいと考えているのですが……
「ドゥ―シャー殿。さぁ~こちらへ」
「は、はぁ~……」
「トシ様。行きましょう」
ローザ姫様。押さないで。まだ心の準備が……
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これは、日本語……どういう事だ。……この右側の文字は、日本語では無いのか、日本語だと思い読み書きしていたが、右側の文字はスィリディーナ語だ。何が起きてる。
それに、左側の文字は、イポーニィ語。私は、スィリディーナ語もイポーニィ語も習った覚えは無い。だが、何故か理解出来る。
「3つの文明文字で記されている様ですが、スィリディーナ語以外はサッパリ分かりません。トシ様は読めますか」
「右の文字はスィリディーナ語。中央の文字は日本語。左の文字はイポーニィ語です」
「トシ様の国は、ルシミールとは文字が異なるのですね。言葉は同じなのに不思議です」
あれ……そういば、私は日本語しか話せない生粋の日本人。単語と片言の英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語が何と無く分かる程度だ。どうして、ルシミール王国の人と日本語で会話が成立している。おかしいだろう。
「その、イポーニィ語と日本語も、スィリディーナ語で記された通り、同じ事が書かれているのですか」
「世もそれが気になる。『3つの文字は意味を同じくし、ドゥ―シャーを導く』と、スィリディーナ語の文章には記されている」
「そうですね。確認しますので、暫しお待ちください」
「うむ」
「はい」
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なるほど。概要はほぼ一緒だ。だが、日本語の文章だけ少し違う。日本語の文章を読めるドゥ―シャーは神様の力で英雄・勇者としてこの世界に転生し、大魔神率いる魔王を討伐する使命を帯びる者。
……確か、英雄王の剣と英雄王の盾は、ダサいからと女神様が腕時計と交換してくれた。交換して良かったのだろうか。……女神様が交換してくれたのだから間違いは無いだろう。それにヒールの力が無ければ、ベリョーザも子供達も救う事が出来なかった。
私は、英雄でも勇者でも無い。現状から判断して、読めるだけで、ドゥ―シャーなだけで、他幾つかの要素を満たしてい無い。大魔神を討伐する使命の件は伏せる事にしよう。
出来る事ならば、もう1つも伏せてしまいたい。だが、これはたぶん成仏の事を記している。『全ての大陸にあるドゥ―シャーの遺跡【グラース】【ノース】【ロート】【ウーホ】【イズイーク】【ルゥカー】【ナガー】。7つの台座の文字を読み、7つの台座が示す地に立ち、輪廻の悟りを得よ』輪廻を悟る。凡そ成仏の事を示しているのだろう。まさか、待つだけでは成仏させて貰え無いとはな。
しかし、何処まで何を話すべきだろうか。……
……うんっ。イポーニィ語の最後の記述は、どういう意味だ。このまま解釈して良いのであれば、日本人として生まれる前の魂はイポーニィ人という事にならないか。……ダメだ。情報が少な過ぎる。
つまり、遺跡を巡れという事か。なるほどな。良く出来た仕掛けだ。
「国王陛下。どうやら7つの大陸全てに、グラースの様な遺跡がある様です」
「この部屋の様な遺跡が他に6つあると申すか」
「記された文字を読む限り、グラース、ノース、ロート、ウーホ、イズイーク、ルゥカー、ナガー。7つの遺跡が存在し、私は全ての遺跡の台座に記された文字を読み解き、その先に進む必要がある様なのです」
嘘では無い。伏せただけだ。
「そうか。だが、おかしな事になっておるぞ」
いかん。説明を誤ったか。
「世界には、大陸が14個存在する。中央大陸『スィリディーナ』。古の大陸『ヴェーチノスチ』。1時の大陸『アレネフ』。2時の大陸『ボリス』。3時の大陸『ヴァブラ』。4時の大陸『グレープ』。5時の大陸『ドミドン』。6時の大陸『クロヨア』。7時の大陸『キリベロ』。8時の大陸『クセペテ』。9時の大陸『ヴェニコ』。10時の大陸『ムートル』。11時の大陸『ムーフェ』。12時の大陸『セルラド』だ」
「1つは、スィリディーナ大陸のルシミール王国のグラース。トシ様。残り6つの遺跡が何処にあるのかは記されていないのですか」
14大陸から7つの遺跡。……1つ目はここだ。つまり、13大陸から6つの遺跡。何て事だ……成仏するまでにいったい何年費やす事になる。
「分かりません。そこまでは記されていないようです」
「ルシミール王国として、ドゥ―シャー殿に最大限協力すると誓おう」
「ありがとうございます」
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王宮に部屋を与えられた。
「トシ様。これから、どうされるおつもりですか」
「国王陛下も探してくれると言ってくれましたが、私も探してみるつもりです。王宮の書物庫や魔法資料館、図書館や教会に何か手掛かりがあるかもしれません」
「それでしたら、冒険者ギルドや商人ギルドで聞き込みするのも良いかもしれません」
「ギルドですか」
「騎士団や親衛隊に軍籍を置く上級職の軍人は冒険者ギルドにも所属している事が多いんです。ギルドは世界中に支部があります。軍人は国を跨いだオーダーは出来ませんが、冒険者の多くは支部を転々と移動しオーダーします。つまり情報や噂の宝庫なんです」
「情報は人の集まる場所に集まる……文献を漁るのは聞き込みの後にし、まずは生きた新鮮な情報を収集する事にします。……ローザ姫様。1つ問題があります」
問題。それは、身分証が無い。たった、それだけなのだが、非常に問題だ。
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問題は、解決した。
それは、夕食時の事だ。国王陛下と王妃様御二人から招待を受け、私はディナーに出席した。席には、マンダリーン第2王女。オルゲルト伯爵。ローザ姫様が同席していた」
「ドゥ―シャー殿。夕食後に、余興を用意させた。高齢出産の技術の為のヒールやキュアは、それを楽しみながらでも良いか」
「はい。国王陛下」
「あなた。家族で食事をしている時に、ドゥ―シャー殿。国王陛下。肩書きは堅苦しゅうございます」
「そうだな。メグの言う通りだ。……姉上やオルゲルトはドゥ―シャー殿を何と呼んでいるのですかな」
「ユーリー。私はニノマエ侯爵と呼んでいますね」
「私はルシミール王国の伯爵です。義理の息子とはいえ神魔国イポーニィの侯爵様です。不敬は許されませんのでニノマエ侯爵様とそのままお呼びしております」
「姉上もオルゲルトも参考にならぬではないか」
「そうですわね。ホッホッホッホ」
「まぁ~だがオルゲルトの言い分も分からんでも無い。古の大陸全土を統治する神魔国イポーニィは世界の中心。その国の侯爵の名を異国の伯爵が呼び捨てにするは侮辱と取られてもおかしく無い」
ここは黙って食事を取り、振られた時だけ応える。ローザ姫様に確認した。これが正解らしい。
「ドゥ―シャー殿を我がルシミール王国へ招き入れただけでも近年稀に見る大功績だ。しかもただ招き入れた訳では無い。ルシミール王家の一員に迎い入れた。これは余興の楽しみに取っておきたかったのだが、家族として呼び方を定着させたい。故に、今発表しよう。マンダリーン姉上……」
「何ですかユーリー。勿体ぶらずに続けなさい」
「姉上に、ルシミール王国は聖母の名を贈ります」
「私が聖母ですか。姉上の耳に入ったら王宮へ怒鳴り込んで来ますよ」
「それはその時に対処します。マンダリーン姉上は、ドゥ―シャー殿のルシミール王国での母。聖母の名に相応しいと考えました」
「トシ・ニノマエ侯爵のルシミール王国での母。確かにそうですね。……分かりました。聖母の名有難く頂戴致します」
「王家での序列は亡き母上様と同位です。母上様と同位の聖母の夫が伯爵では国内外に示しが付きません。オルゲルトに聖伯爵位を授爵します。ドゥ―シャー殿のルシミール王国での父ですからね」
「陛下。お心遣い感謝致します」
「聖伯爵位は一代限りだ。ドゥ―シャー殿の父親はオルゲルトただ1人故な。現伯爵位はアーロンに継承させると良い。聖伯爵の王国での序列は、公爵と同等とする」
「お父様。おめでとうございます」
「ありがとうローザ」
「ローザ。お前にも贈り物がある。我が姉上マンダリーン第2王女と、オルゲルト伯爵の長女として生まれたお前は王族に名を連ねてはいるが、身分を約束されてはいない。今よりルシミール王国第5王女と名乗るが良い。世に娘が生まれる度に、第6第7と数字は増えるが王女として身分を約束しよう」
「叔父上。ありがとうございます」
「お前のおかげで、メグも私もドゥ―シャー殿に巡り合う事が出来たのだ。感謝しておるぞ。最後に、ドゥ―シャー殿よ」
私の番が来てしまった。私は異国人だ。しかもどうやらこの世界に日本は無いらしい。
「はい」
「ドゥ―シャー殿は、身分証を紛失したそうだな」
「はい」
「神魔国イポーニィへ帰国し身分証を新たに発行するまでは、ルシミール王国が身分を保証します」
「トシ様。良かったですね」
身分を保証されるだけでは弱い。証明する物が欲しいのですが……
「ドゥ―シャー殿の冒険者ギルドカードと例の物をここへ」
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私のギルドカードはこうだったか。……何か変わった様な気がするのだが……。
「国王陛下。これは……」
「新しい冒険者ギルドカードだ。情報を表示してみたまえ」
「はい」
カードに魔力をほんの少しだけ流す。カードには、ランク『S+』、称号『ドゥ―シャー』、職業『―――』、レベル『84』、パーティーメンバー『トシ、ローザ』※最大12人・現在2人※と、表示された。
「ギルドランクがS+になってるようなのですが」
「世界共通ルールとして、一国の元首はギルドに所属する冒険者に対してランク『S+』から順に『S2』『S3』『Le』『My』を保証し与える事が認められている。これは如何なる理由があっても剥奪される事は無い。そして、冒険者ギルドが本部支部出張所を構える国において、貴族身分として扱われる。ルシミール王国では、『S+』『S2』『S3』は男爵子爵相当。『Le』は伯爵相当。『My』は侯爵相当だ。最もドゥ―シャー殿の場合、称号その物が一国の王と対等故貴族としての身分よりも、ランクに応じたオーダーや情報開示にメリットがあるだろう」
「情報開示ですか」
「ランクSは所属する本部支部出張所が置かれた国の軍に無条件で所属する。故に情報の開示は所属する国の範囲内に成る。だが、S+以上の冒険者はランクを与えられた国に所属する訳では無い。中立。故に冒険者ギルドのコードSが閲覧可能になる」
「トシ様っ」
「そうですね。明日、行ってみましょう」
「はい」
「それと、ギルドカードの機能は、本来は身分カードに付帯する。ドゥ―シャー殿の身分をルシミール王国が保証すると言ったのはだね。そういう事だよ」
つまりこのカードは身分証として使えるのか。
「国王陛下。ありがとうございます」
「見せていただけますか」
「あ、はい」
ローザ姫様は、カードを覗き込む。
「……そうですね。私と同じカードです。これでトシ様は名実ともにルシミール王国の人間です」
イポーニィでの身分とかこれで偽らなくて良い。冒険者として遺跡を探す事になる以上これは本当に助かる。国王陛下に感謝だ。
「それと、身分カードとは別に、もう1枚カードを贈ろう」
ありがとうございました。




