ローザ姫と結婚
宜しくお願いします。
「ここに、トシ・ニノマエと、ローザ・ル・ルシミールを、夫婦と認めます」
『カラァ~ン♪ カラァ~ン♪ カラァ~ン♪』
『おめでとう』※複数人※
『おめでとうございます』※複数人※
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サテリット宮殿内に新しく準備された夫婦の部屋の寝室に、私はローザ姫様と2人でいる。
何が起きた。何が起こっている。これはどうい事だ。……考えるんだ私。これは、夢だ。罠だ。成仏を待つ身の私が結婚。そんな事許される訳が無い。記憶には無いが以前の様に逃亡するか。いや、ダメだ。成仏を待つ身だからといって神の前で誓ったからには、そんな事してはいけない。
……何て事だ。死して尚、手詰まり、人生に失敗。フッ。私の様な人間にはお誂え向きだな。
「トシ様。先程から何を考えておられるのですか」
「……あぁ~」
何と返答すれば正解なのだ。
……お誂え向きという言葉は訂正した方が良さそうだ。まだ幼さの残る18歳の娘さんと結婚する事が私の希望ではないからな。しかし、ローザ姫様もどうかしている。その前に、王女様も伯爵様も正気なのか。娘が可愛く無い訳では無いのだろう。
だが、こんな仕打ちを娘に……。私がもし仮に、もし娘にしようものなら……。いかん、私から全てを奪って行ったあの2人の顔を思い出し途端。吐き気が……。気分が悪く成って来た。
「大丈夫ですか」
「はい……何とか」
しかし、この子は本当に可愛い。気が強く負けず嫌いな所はあるが、とても素直で優しい。他者への思い遣り自身への厳しさ。なかなか真似出来る事ではない。
「トシ様は、お風呂が好きですよね」
「はい……何とか……」
いかん。言葉を間違えた。
「この宮殿には、当家の者専用の大きなお風呂が御座います。気分転換に一緒に行ってみませんか」
「……風呂ですか。そうですね。気分転換に良いかもしれないですね」
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……誰だ。この青年は。
右手で自分の顔を触る。
おかしな事になっている。右手は間違いなく私の唇を触っている。そう言えばこの国に来てから鏡を一度も見ていなかった。鏡等無くても困らなかった。
左手で左の頬を抓る。
痛い。……この顔は私だ。それにこの身体は誰だ。
おかしいぞ。私は日本人にしては長身182cm。小太り90Kg、黒髪黒目の色白で、家族だった女達に根こそぎ全てを奪われた素寒貧な初老の冴えないおっさんだったはず。
己の身体へと視線を動かす。
何故この10日間気付かなかった。おかしいだろ私。肌を見た時に気付くべきだった。肌艶は若者のそれだ。手足も以前の私より細くしなやかだ。……というか誰だこの青年は。……私なのか。……
改めて鏡を見る。
心無しかグリーンがかったブルーの瞳。まるで欧州の人の様だ。
鼻筋の通った何だか気持ち高い鼻。まるで欧州人の様だ。
シャープな顎のライン。まるで……何処にでもいるか。強いて言うなら今流行りな気がする。
髪の色は濃い黒。65年間見慣れた色だ。周囲に幾らでもあった色だ。
身長は以前より、10cm以上も低く成った様だな。身長だけが売りだった私にとってこれは少しショックだ。だが、体型は実にスリムで良いじゃないか。差し引きプラスと判断して良いだろう。
「トシ様。先程から姿見の布の前で何をされているのですか」
「・・・年齢と容姿について考えていました」
私の横に並んだローザ姫様の姿が、鏡改め姿見の布に映る。
裸だ。何を考えてるんだ。この子は……
「ど、どうして裸なのです」
「入浴の際は、普通は裸ですよね。トシ様もスヴェーリの森で入浴されていた時は、裸でしたよ」
「そ、そうですね……家で風呂に入る時は、裸が基本ですね……。近年では、混浴のマナーや文化の異なる異国人同士が不快に感じない様に、湯浴み着、湯着を羽織って入浴したり、水着を着用するスタイルもあるそうです」
「聞いた事の無い服です。私にも似合うでしょうか」
姿見の布に映るローザ姫様。大胆過ぎます。刺激が強過ぎます。生まれたままの姿でその様な……。
「さぁ~入りましょう。風邪をひいてしまいますよ」
「そ、そうですね……」
「さぁ~脱いでください。行きますよ」
「は、はい……」
ダメだ。今はダメだ。絶対ダメだ。お見せ出来ない物が……
何がどうして、何がどうなって、何が起こったというのだ。
「ホラァッ!行きますよ」
行かないです。行かないです。行きません。許してください。
『パサッ』
浴衣を剥ぎ取られた。
あれ?……どうして、浴衣に触れる。……そういえばおかしいぞ。この子は私にどうして触る事が出来るんだ。…………、…………。う~ん。その前に……あれ。どうしたんだ。
「ト……トシ様。それ……」
「それがなにか」
「……」
若い身体を手に入れた私の若い身体はとっても若かった。
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『ザバァァァ――― ~~~』
若いとは、入浴の度にこうも疲れるのか。ただ、服を脱いで、湯を被り、湯船に浸かる。これだけの事が難しい。私の身体のとっても若い奴がここまでとはな。我ながら……
「トシ様。この浴室は、カワチ・アズマ作と言われています」
「西東作ですか」
私と同じ日本人がこの国に住んでいた。まさか……
「トシ様と名の響きが似ております。イポーニィ出身のデザイナーだったのかもしれませんね」
「イポーニィ。……そ、そうですね」
しかし、目のやり場に困る。話をしている時に、瞳を見ない不敬を御許しください。姫様。それ以前に、姫様と一緒にお風呂……後で何でもします。打ち首だけは勘弁してください。放っておいても成仏するつもりです。化けて出るつもりもありません。痛いのは嫌です。
「実は、この浴室にお湯を張り入浴したのは、始めてなのです」
「ほう。それは勿体無い」
「お母様やお父様は利用していたそうですが、私は自室にある小さな浴槽を使っていました」
「あぁ~部屋に風呂があるんですね。それは羨ましいですなぁ~」
「はい。……トシ様は、お爺様のような口調の時がありますね」
冴えない初老のおっさん。65歳だ。それ以外の口調を知ら無い。
「そ、そうですか」
「はい。……この国の人間は皆落ち着きがありません。トシ様のようにどっしりと落ち着いた方と会話をしていると、何だかホッとするのです」
落ち着きが無い。そうだろうか。どちらかと言うと、鈍い。遅い。とろい。あぁ~思考に落ち着きが無いと言いたいのか。なるほど。それならば納得だ。
「まっ。人間色々です。……広い風呂は気持ちが良いですねぇ~」
「自室の浴槽に不満はありませんでしたが、こうして広い浴室の浴槽にトシ様と一緒に浸かるのも良い物ですね」
「わ、私とですか」
「はい。ただ、ここをクリアしたとなると、あれが気になります」
「あれ……」
あれとは何の事だ。まさか……そんな事は無いか。早過ぎる。
「あの木の浴槽は温もりを感じました」
木の浴槽。……あぁ~あれか。
「湯を張った浴槽であれば」
「そういった温もりではありません。それに、木の良い香りがしました。お湯にも静養の効果がある様に見えました」
なるほど。着目点が違うのか。確か、魔王からベリョーザを護った事で手に入れたと女神様は仰っていた。桧葉シリーズだったな。桧や桧葉なら香りも良いだろう。覚えて無いがの残念だ。しかし、風呂や温泉が好きだと認めるが、意識障害記憶障害を起こしていた13日間。私は何をやっていたのだ。
森の中で風呂に入っていたのはこの際、風呂好きの私が仕出かした事だ。1歩譲って有り得る。取り分け行動に不信な所は無い。だが、何か大きな何かを見落としている気がする。フッ。だが今はこの湯を楽しもう。浴室の作者は、西東さんと言ったな。湯気の計算が甘い所は愛嬌なのだろうな。湯を張っていない状態でまた会おうでは無いか。
「あの浴槽で、次は入浴を一緒に楽しみませんか」
何て素晴らしい提案だ。この子は本当に優しい良い子だ。私の元家族だったあれは何だったのだ。鬼以上に恐ろしい何か。名前はまだ無い……その程度の存在だな。
「桧葉の浴槽で入浴ですかいいですねぇ~」
浴槽の取り出し方と、お湯の張り方を思い出しておかなくてはな。
「トシ様はどうしていつも頭の上にてぬぐいを……」
「不思議な事に、手で持っていない時は、何をやっても頭の上に戻ってしまうのです」
「武器や防具の様に所有者を選ぶ布ですか……」
「所有者を選ぶ手拭」
なるほど。手拭に選ばれた訳か。……余り嬉しく無いな。
「式の時も頭に布を……手拭を被っていたので、近年の神魔国イポーニィの正装の1つだと神官様に嘘を言ってしまいました」
ローザ姫様は、ペロっと舌を出し微笑む。目尻が少し下がり可愛らしい。浮いてる……大きいと浮くって本当だったんだな。人生65年にして初めて理解した。
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人生で1番長い入浴だったと思う。所要時間は1時間程度だったのだが、長い入浴だった。そして、何故かとても楽しいと思った。
苦痛と我慢の煉獄に囚われ解放されるまで、私の入浴は、1人で静かに物思いにふけながら、だったらいいなと妄想する事だった。時には残酷な事を考えた。時には残忍な事を考えた。そんな事ばかり考えた。良く成仏を許して貰えたものだ。てっきり本物の煉獄に囚われ、いよいよ本格的に責め苦の世界へ招待される物とばかり思っていた。
だが、成仏までの短い時間とはいえ、こんな幸せな時間を女神様は私に与えてくださった。もう思い残す事はありません。
「ニノマエ侯爵殿。……」
「これは、オルゲルト伯爵様」
「渡り廊下の壁を先程から見つめていたようですが」
感慨に耽ていただけだったのだが……この家族は実に良い人達だ。アーロン君は言葉遣いがタメグチなのが気になるが……あれ、待てよ。私の容姿は20歳前後位に見えた。
そういう事だったのか。ミランダさんの娘さんのエミリーさんも守衛の若者達も騎士団の若者達もアーロン君も、皆……そうだったのか。なるほどな。謎は全て説けた。
「この広い壁に何か絵を飾ってみてはどうかと思案していたのです。例えば、オルゲルト伯爵様とマンダリーン王女様。そして、アーロン様にローザ姫様。御家族の絵。模範的な幸せな家族の絵です」
私には縁の無かった事だ。だが、この一家になら可能だ。寧ろ残すべきだ。世の中あんな家族が普通ではない。あれは寧ろ悪い意味で残し反面教師にするべきだ。
「家族ですか。ニノマエ侯爵殿は今日から私の息子。私達の家族です。ここに家族の絵を飾るのであれば、トシ殿も描かなくてはな」
うわ。娘を嫁に出したばかりだというのに……何て良い人なんだ。この人は……
「うんうん。それが良い。家族が増える度に絵に描き加えよう。マンダに相談だな」
マンダ。……あぁ~マンダリーン王女様の事か。
「この宮殿は、マンダリーン王女様の所有ですよね」
「その通り」
「オルゲルト伯爵様も宮殿や領地をお持ちなのですか」
「そういば、家族になるのに、いや既に家族に成った訳だが、ルシミール家とパーリィ家の話を教えていなかったね」
何だ。複雑な親戚関係がここで登場する訳ではあるまいな。私は元妻とその実家や親戚にも悩まされたのだ。勘弁してくれ。……いや、その前に、ローザ姫様との結婚は現実なのか……
「マンダが、ルシミール王国の第2王女なのは知ってるね」
「はい」
「ルシミール王国の現国王には子供がいない。まだ36歳でお若い。世継ぎが誕生してくれると良いのだが、王妃様をはじめ20人の側室様は一度も懐妊した事が無いのです」
奥さんが21人。想像出来無いな。……妊娠しない懐妊しないではなく、この場合は国王の方に問題があると考えた方が良いと思う。その辺り、不妊治療の医者達はどう考えているのだろうか。
「21人も奥様がいるのですよね」
「子を生さぬとして、今年新たに側室を娶る事になっていたはず」
「嫁いだ女性が偶然子供が出来ない身体だったと考えるのは問題です。私は国王の方に問題があると考えます。今の状況で新たに娶ったとしても抜本的な解決に繋がらないでしょう」
「国王に問題があると他で口にしてはならぬぞ。不敬や謀反の疑いを掛けられる可能性もあるからな」
「なるほど。国の医者や偉い人達はどの様に考えているのです」
「国一番のヒーラーで、ブライアン・エバンズ男爵率いるパレスヒーラー達が毎日診察しているはず。異変があれば直ぐに気付き回復治癒していると思う。中央政府の重鎮達は、縁者を側室に送り込み、虎視眈々と外戚の立場を狙っている。そんな感じだな」
「トシ様。お父様。こんなとこで内緒の話ですか」
「国王の世継ぎの話をしていたのだよ」
「子供ですか……」
「お前達も夫婦になったのだ。頑張るのだぞ」
「お父様。今、気付いたのですが、ドゥ―シャー様のトシ様なら……」
「おぉ~。ドゥ―シャー様なら……なるほど」
ありがとうございました。




