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「さぁ、ドアを開けてくれ」
ティムは言った。
「君は、ここから来たんじゃないのかい」
僕は確認の意味を込めて聞いた。
「違うルートから来たから、この道は知らないんだ。事実、目の前のドアには、俺用の入口がないだろう」
目の前のドアを調べてみると、確かになかった。
「俺のいつものルートを通ってしまうと、君が怪しまれてしまうからな。仕方なく、もう随分と使われていなかった道を使って、街まで来たというわけだ」
「なるほど」
「わかったら、とっとと開けるんだ」
ティムは、顔をドアの方に振って、早く開けろとジェスチャーをした。
「わかったよ」
僕は、ドアノブを回して、ドアをゆっくりとあけた。
ドアを開けると、古びたマンション群の場所に出た。
昔、テレビで見たことがあったが、いわゆる「団地」という形態の居住区を連想させるようなマンション構成だった。
僕は、ゆっくりと歩き始め、居住区を進み始めた。マンションは、元は白かったのだろうけれど、だいぶくすんでおり、いたるところが茶色くなっていた。小学生の頃、近所の団地に住んでいる友達と鬼ごっこをして遊んだ記憶がある。団地にあるマンションは、横に長く、そして全ての階に停まるいくつもエレベーターが設置してあった。だから、鬼ごっこをするには最適な環境であり、エキサイティングだった。
「なぁ、どこに向かっているんだ」
ティムは、相変わらず前を歩いている。彼が前を歩いている時は僕の話をほとんど聞いてくれていなかった。
しばらく、歩いていると一つのマンションの中へと彼は入っていったので、僕は彼に着いていき、マンションの中へと入っていった。
郵便受けの横のあるエントランスを通って、エレベーター横の階段を上った。エレベーターは設置こそされていたが、動いている気配はなかった。ただ、驚いたことに豆電球ではあったが、電気が付いていた。僕は、電気が付いていることに感動し、しばしその場所に立ち止まってしまった。まさか豆電球の明かりで感動するとは思わなかった。
「おい、何をしている。ついたぞ」
階段を上りきった先からティムの声がして僕ははっとした。いけない。豆電球如きで感動している場合じゃないかった。ティムの声がした方向に歩いて行くと、ティムはドアの下に設置された猫用の扉を頭で開けて中に入っていった。僕は、その上にあるドアノブを回して、ドアをあけた。
「おじゃまします」
丁寧な挨拶をして入った部屋は、特に何もなかった。整理整頓されているとか、きっちりしているとかという話ではない。本当に何もないのである。キッチンや洗面所か何かの扉を除けば、柱にかかっている時計、ティムが食べているであろう餌入れと、ベットが一つだけがそこにあった。人間が寝れそうなベットが一つあるということは、彼は誰かに飼われているのかもしれない。間取り的にはいわゆるワンルームと言える。
「その辺に座れ」
僕は、言われるがままに、部屋の隅っこに座った。クローゼットらしき襖があったから、開けようと試みたが、ティムが「君は、始めてきた家のクローゼットを開ける趣味でもあるのか」とつぶやいたので、そっと差し伸べていた手を元の位置に戻した。
ティムは、柱の時計を見た。
「あと、10分くらいで主人が帰ってくるはずだ」
ティムは、ふたたび体の毛繕いをし始めた。器用に前の両足で体のいたるところをチェックしている。
彼が、チェックをし始めると、僕は暇になることは先ほどまでの小旅行で経験積みである。この時間になると彼の集中力はハンパないのだ。僕は、座っているのが退屈になったので、部屋の窓から外の景色を眺めることにした。
この部屋に来るまでに上った階段の数は、それほど多くなかったというふうに記憶していたから、部屋の高さとしては3階か4階くらいだろうと思っていたが、やはりそこまで高くない高さに位置する部屋であった。
しかし、あたりの景色を見回すには十分な高さだ。僕は、ベランダに出て、視線の先に見える景色をくるっと見回した。他のマンションが沢山あったが、公園のような場所が見えた。古びたぞうさんの滑り台と、砂場、錆び付いたジャングルジムがあった。特に子供が遊んでいるといった雰囲気にはなかったが、懐かしい景色がまたそこにあった。
ドアの外で、誰かがコツコツと階段を上がる音が聞こえてきた。その音にティムは反応したのか、毛繕いをやめて玄関の方へとゆっくりと歩いて行った。
足音がドアの前で止まると、ドアノブをくるっとひねって、ドアが開いた。
「ただいま」
ちょうど僕がいるベランダからは、ドアノブを開けて入ってきた者の姿は見えなかったが、声から察するに人間である気がした。(まぁ、ティムも人間のように喋るわけだが)
ティムが、玄関から部屋へと戻ってきて、後ろからやはり僕の読み通り、人間が現れた。
その人間は、黒いワンピースに、赤いメガネ。黒髪のショートボブ。
可愛らしい女の子が僕の目の前に現れたのだった。