第1話 ハズレ卵と、似た者同士
十万人が、俺の名前を叫んでいた。
ドラゴンスタジアムの中心。世界中に中継されるその舞台で、俺の後ろには――数えきれないドラゴンの軍団が、翼を広げて並んでいた。空が、影で埋まっていた。
実況の声が震えている。
「信じられない! 弱小国・日本が、まさかの決勝進出! それも、たった一人のテイマーが率いる軍団で……!」
正面には、世界最強と呼ばれた国の代表。やつのドラゴンが、俺を見下ろして吠える。
俺は、隣を見た。
そこには、一匹の小さなドラゴンがいる。
灰色の、ぜんぜん強そうに見えないやつ。出会った頃と、変わらない。
「やるか、タマ」
「キュルッ」
こいつが、全部の始まりだった。
――なんで、ハズレと笑われた俺が、こんなところに立ってるのか。
話は三年前、あの選定の儀まで遡る。
選定の儀の朝。
俺は、ボロい家の縁側で、ひびの入った天井を見上げていた。
「お兄ちゃん。まだ寝てるの」
襖の向こうから、妹のひなたの声がした。冷たい。氷みたいな声。
「今日、選定の儀でしょ。……うちの最後のチャンス、わかってる?」
わかってるよ。
うちは、天野ドラゴンブリーダー商会。じいちゃんの代まで続いた、ドラゴンを育てる家だ。
でも、今はもう、客なんて一人も来ない。札束で強いドラゴンを買う時代に、「信頼で育てる」なんて古いやり方は、誰にも見向きされなくなった。
両親はいない。残ったのは、頑固なじいちゃんと、優秀な妹と、ぐうたらな俺。
家計は、とっくに限界だった。
もし今日の選定の儀で、俺がいいドラゴンを授かれば。
その資質を元手に、うちはもう一度、立て直せるかもしれない。
ひなたが俺に期待してるのは、それだけ。俺自身じゃない。
……まあ、無理もないよな。
縁側でだらけてる十五歳の兄貴なんて、誰だって信用しない。
「行ってくる」
俺がそう言っても、ひなたは振り向かなかった。
台所で、ぎゅっと拳を握ったのだけ、見えた。
言っておくと、俺の中身は、こいつらが思ってる十五歳のガキじゃない。
前世の俺は、ゲームばっかりやってる廃人だった。とくにハマってたのが、モンスターを育てて軍団を組む育成ゲー。何千時間も突っ込んで、たぶんそのまま無理がたたって、死んだ。
気がついたら、この世界にいた。ドラゴンが当たり前にいる、知らない日本に。
最初は戸惑った。けど、すぐ気づいた。
この世界、レベルがある。育成がある。卵を孵して、ドラゴンを強くしていく。
――これ、俺が世界で一番得意なやつだ。
だから今日も、内心ちょっとだけ期待してた。
頼むぞ。せめて、まともな一匹を。ひなたとじいちゃんのために。
選定の儀。
会場の中央には、白い石の古い祭壇がある。手をかざすと、その人の"資質"に応じた卵が、光とともに現れる。資質が高けりゃ立派な卵が。低けりゃ、お察しのやつが。
つまりこれは、自分の格を全員の前でさらけ出す、残酷なイベントだ。
「次、天野ソウマ」
名前を呼ばれて、祭壇の前に立つ。
手をかざす。ひんやりした光が、手のひらに集まってくる。
頼む。頼む。
光が、形になって――
……ショボい卵だった。
灰色。くすんでて、手のひらに乗るサイズ。
さっきまでのやつらの、つやつやでデカい卵と並べたら、笑えるくらい小さい。
会場が、静まって――それから、どっと笑い声に変わった。
「うわ、ハズレかよ」
「天野んち、ブリーダーなんだろ? それでこの資質、笑えるよな」
「ブリーダーの家で、資質サイテー。お似合いじゃん」
金色のデカい卵を授かったやつが、見せつけるように笑う。
……ああ。
頭の中に、ひなたの握った拳が浮かんだ。じいちゃんの背中が浮かんだ。
ごめんな。
俺、また、期待を裏切るのか。
さすがの俺も、このときばかりは、笑えなかった。
ピシ、と音がした。
卵に、ヒビが走る。
え、もう孵るのか。早すぎないか。ふつう何日かかけて温めるもんだろ。
まわりもざわつき始めた。
ピシ、ピシッ。ぱかっ、と殻が割れて――
中から出てきたのは、地味な灰色の、小さなトカゲみたいなドラゴンだった。
ツヤもない。羽はちっちゃくて、飛べんのかこれってレベル。
「ぶはっ、なんだそれ!」
「ちっさ! トカゲじゃん!」
「ハズレの家にハズレのドラゴン、完璧だな!」
会場、大爆笑。
うん。見た目は完全にハズレだ。それは認める。
でも、そのときだった。
俺にしか見えない"情報"が、頭に流れ込んできた。
この世界に来てから気づいたんだけど、俺にはドラゴンの"ステータス"が見える。ゲームでいう、能力値の画面みたいなやつだ。
さっき、金色の卵から生まれたやつのも、ちらっと見えてた。
あいつのは、こんな感じだった。
資質ランク A
レベル1
HP 70 / MP 45
筋力35 敏捷32 精神30 体力33 運10
……うん。さすが、金の卵。
生まれたてでこの数字なら、エリート確定だ。会場が沸くのも分かる。
で、問題は、俺のタマだ。
おそるおそる、こいつのステータスを覗いてみる。
【タマ】 資質ランク E
レベル1
HP 15 / MP 10
筋力6 敏捷10 精神8 体力7 運30
スキル:産卵
……うわぁ。
見事に、最低ランク。さっきの金卵の、4分の1以下。
HPなんか、15。紙耐久どころか、ティッシュだ。
ほら見ろ、やっぱりハズレ――
と、思いかけて。
俺は、あれ? と、目を細めた。
ステータスの、一番下。
運の数値だけ、なんか、おかしい。
筋力6。敏捷10。精神8。体力7。
どれも、ショボい。最低ランクらしい、ゴミみたいな数字だ。
なのに――運だけ、30。
……は? なんで?
この世界に来てから、いろんなドラゴンのステータスを見てきた。
で、気づいたことがある。「運」ってステータスだけは、どいつもこいつも、やたら低いんだ。
他の能力は、強いドラゴンならガンガン高い。さっきの金卵だって、筋力35だ。
でも運だけは、別。あの金卵エリートでさえ、運は10。どんなに資質のいいドラゴンでも、運はせいぜい、それくらい。みんな、運だけは持ってない。
たぶん、運ってのは、鍛えて上がるもんじゃない。生まれつき決まってる、特別な数字なんだ。
なのに、こいつは――30。
最低ランクの、ハズレのくせに。
誰も持ってない運を、エリートの三倍、持ってる。
明らかに、おかしい。一個だけ、別次元の数字が、ぽつんと混ざってる。
なんだ、これ。バグか? それとも――
その違和感を、追いかけようとした、そのとき。
俺の目は、もう一行、とんでもないものを見つけた。
――【産卵】。
……は?
産卵?
ドラゴンが、卵を、産む?
頭の中で、かちっと音がした。
前世で何千時間も育成ゲーをやり込んだ、俺の脳みそが、フル回転を始める。
卵を産むってことは。
育てれば、増える。
一匹が二匹に、二匹が四匹に。条件さえ整えれば――軍団が、作れる。
ひとつのスキルで、無限に。
しかも、だ。ステータスの一番下に、もうひとつ、ありえない一行があった。
レベル上限:なし
……は?
上限なし?
さっきの金卵エリートだって、上限はある。どんな高ランクのドラゴンにも、伸びしろの限界はあるんだ。
なのに、こいつは――【なし】。
育成ゲーで一番やっちゃいけない、ぶっ壊れの文字だ。
数字はゴミ。でも、伸びしろは、無限。
つまり――育てれば、こいつは金卵だろうが何だろうが、ぜんぶ抜く。
しかも、増える。
俺は、必死で顔をこらえた。
ここで「うおおおお当たりじゃねえか!」なんて叫んだら、台無しになる。
育成ゲーの鉄則、その二。
本当に強いカードは、価値がバレる前に確保しろ。
まわりは、こいつをハズレだと思って笑ってる。けっこうだ。そのまま笑っててくれ。
誰も気づいてないこの瞬間こそが――一番、おいしい。
さっきまで凍ってた背中に、ぞくぞくと熱が戻ってくる。
ごめんな、ひなた。じいちゃん。
俺、やっぱり――期待、裏切らないかもしれないわ。
「キュルッ?」
ちっこいドラゴンが、首をかしげて俺を見上げた。
「なに笑ってんの?」みたいな顔。
……ん?
こいつ、目だけやけに賢そうだな。
ショボい見た目のくせに、何か企んでそうな、食えない顔をしてる。へらっとした、それでいて妙に余裕のある目。
なんだろう、この既視感。
あ。わかった。
こいつ、俺に似てるんだ。
ショボいって笑われてるくせに、本人(本竜?)はぜんぜん気にしてない。「まあ好きに言えよ」って顔してる。中身で勝負するタイプの顔だ。
ドラゴンは俺の手のひらの上で、ふぁ、とあくびをした。
……この状況で、あくび。大物か。
「お前、名前つけてやるよ」
卵を産むドラゴン。卵といえば、タマゴ。
「タマ。お前の名前、タマな」
「グルルゥ……」
あからさまに、不満そうな声を出された。
「文句あんのかよ。いい名前だろ」
「グルルゥ……」
「却下な。タマで決定」
タマは、ふん、とそっぽを向いた。
でも、俺の手のひらからは、降りようとしない。
会場の連中は、まだ笑ってる。
笑え笑え。今のうちに、たっぷり笑っとけ。
お前らが今日笑ったこの瞬間を――俺はぜったい、忘れない。
いつか、この灰色のちびドラゴンが空を埋め尽くすほどの軍団を連れて、お前らの国ごと、ひっくり返してやる。
ハズレの家の、ハズレ卵から生まれた、ハズレのドラゴン。
みんな、そう思ってる。
でも、俺は知ってる。
ここから全部、ひっくり返るんだ。
俺とタマ。似た者同士の、成り上がりの話だ。
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【あとがき】
ここまで読んでくれて、ありがとうございます!
ハズレ卵のソウマと、ちびドラゴンのタマ。
似た者同士のコンビ、これからじっくり育てていきます。
見た目はショボいタマですが、作中いちばんの出世株です(笑)
▼次回予告
ソウマ、家族のもとへ。
優秀な妹・ひなたの反応は……?
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それじゃ、次回もよろしくお願いします!




