人間、拾われる
大学の帰り道。一人の少年が気だるそうに駅へ向かって歩いていた。
特別目立つわけでもない。運動が特別出来るわけでも、勉強が飛び抜けているわけでもない。
どこにでもいる普通の大学生。名前は……凛馬。
(今日の晩飯どうしようかな……)
財布の中身を思い出しながら、小さくため息を吐く。
(家には……帰らなくていいか)
牛丼で済ませるか。それともコンビニで適当に買うか。そんな平和な悩みを抱えながら歩いていた。
(明日も一限か……だる)
ため息を吐きながら空を見上げる。その瞬間だった——
胸の奥が熱い。まるで心臓を直接焼かれているような感覚。
「……っ!?」
思わず足を止めた。息が苦しい。視界が揺れる。なにより胸が熱かった。
(なんだこれ……!?)
心臓が暴れ、全身を熱が駆け巡る。周囲の音が遠ざかっていく。
信号機の音、車の走る音、人の話し声。すべてが歪む。
「っ……!」
次の瞬間、視界が強い光に包まれた。
目を開けると見慣れぬ景色。街も建物もどこか異質で、空気には獣のような匂いが混ざり、通りを歩く影のいくつかは明らかに人ではなかった。
夢だ、と凛馬は思った。だが、足裏に伝わる石畳の冷たさだけはやけに現実的だった。
戸惑いながら歩いていると、突然赤い髪の獣耳を持つ少女が現れた。
「にゃっ…..人間……!?」
少女は目を丸くし、耳としっぽをピンと立てて驚きを隠せない。
凛馬もまた、目の前の獣耳の生えた人を見て息を呑む。信じられない光景に混乱しながらも、通りを歩く者たちが皆、耳や尾を持っていることに凛馬は気づいた。
少なくとも、ここは自分の知っている世界ではない。
その事実だけが、嫌というほど現実だった。
凛馬が混乱して周囲を見回していると、次々とクラスメイトたちが集まってきた。
「え!人間じゃん!珍しっ!」
金髪の狐耳を持つ少女が、興味深そうに凛馬を観察しながら近づいてくる。
「……本物?」
黒髪の豹柄の獣耳をもつ少女が無表情のまま、ジト目で凛馬を見つめる。
「本当だ!僕人間見るの初めて!」
青緑色の丸い耳を持つ少女が、目を輝かせて凛馬の周りをぐるぐる回る。
「ちょ、ちょっと……!怖がってますよ......!」
三つ編みに白く長い耳を持つ少女が慌てて割って入る。
「にゃはは〜!こんな珍しい子、私が保護するにゃ!ね、お家来る?」
赤い少女が嬉しそうに凛馬の手を握る。凛馬は不意にその繋がれる手を引いてしまった。
「えっと……ごめん、まだ状況が飲み込めなくて……」
凛馬が困惑した様子で言う。
「あ、そっか・・・確かにいきなり知らない人の家は怖いにゃね」
赤い少女が少ししょんぼりと耳を垂らす。
「警戒心はあるんだ。へぇ〜……」
金髪の少女が目を細めながらつぶやく。
「でもさ、人間が一人でいるのは危険だよ?ペットとして飼われちゃうか……」
すると急にぐっと距離を近づける。
「食べられちゃうかもよ〜!?」
金髪の少女がからかうように言う。その言葉に、凛馬の心臓が驚くほど跳ねた。
(……え?)
「…..脅かすな」
黒髪の少女が言い放つ。だが——
「でも、事実ではある。人間は珍しいからな。どうなるかわからない」
この一言に、凛馬の背筋は凍った。
(俺……どうなっちまうんだ!?)
そこで、白く長い耳を持つ少女が優しく話しかける。
「と……とにかく!まずは落ち着いて話しましょう!えっと……名前は?」
「凛馬…….です」
「私は兎原ミナ、兎族です。あの赤い子が紅葉ミケ」
「紅葉ミケにゃ!猫族にゃ!」
「それからあの青い子が森下アオ」
「熊族だよ!よろしくね!」
「あの意地悪な人は金城コハクです」
「ちょっと!?」
「後ろの黒い子は黒瀬ヒョウカです」
「……豹族だ」
「あぁ……よろしくお願いします」
いきなり自己紹介されても、凛馬はそれどころじゃない様だった。
「僕たち、悪い人じゃないから!ね、信じて?」
アオが心配そうに凛馬を見上げる。
笑っているはずなのに、耳や牙、爪の先が妙に目についた。さっきまで可愛く見えていたはずの笑顔が、どんどん信用できなくなる。
(猫族やら熊族やら……なんだよそれ)
——ここは、人間の世界じゃない。凛馬は実感した。
(……一か八か逃げてみるか?)
その時凛馬の脳内に過ぎった未来は——
得体も知れない人間の姿をした獣たちに食い荒らされる自身の姿。
(絶対に嫌だ!じゃあどうすんだよ……)
凛馬は思考を巡らせる。逃げても無駄、ついて行くのも怖い。だが——
今この場で凛馬が頼れる相手は、目の前の彼女たちしかいなかった。その事実がなにより嫌だった。
(俺は賭ける……賭けるぞ!)
「……分かった。そこまで言うなら信じてみるよ。」
そういった声は震えていた。そしてこの時はまだ知らなかった——
その判断が、自分の運命を大きく変えることになるなんて。
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