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元OL令嬢リアンナの受難 {悪役令嬢と仲良くなったら、王子の護衛騎士に逃げ場を塞がれた件}  作者: ねこまる


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第48話:綺麗な景色は誰かと見た方がもっと綺麗に見える。〜笑顔が咲く場所〜


 ガタゴトと心地よい振動に身を委ね、馬車に揺られることしばらく。

 窓の外には、黄金色に色付いた木々や、のどかな田園風景がゆっくりと流れていく。


 席に二人きりという空間にもすっかり慣れて、私はセドリックの隣でリラックスしながら、他愛ない世間話に花を咲かせていた。最近の領地での出来事をおもしろおかしく話すと、セドリックはいつも楽しそうに笑って聞いてくれるから、ついついお喋りが弾んでしまう。


「もう間もなく到着するよ」


 セドリックが優しく窓の外を指差した。

 私は期待で胸を躍らせながら、窓の外へ視線を向ける。馬車が緩やかにカーブを曲がり、視界が開けた。

 すると――。


「あ……」


 思わず、感嘆の吐息が小さく口から漏れた。

 視界を遮るもののない広大な大地を埋め尽くしていたのは、文字通り一面のコスモス畑だった。

 淡い桃色、可憐な白、優しい薄紅色。

 秋の澄んだ風に揺れる無数の花々が、まるで色鮮やかな絨毯のように、どこまでも広がっている。それはまさに、視界のすべてが色彩で満たされるような『花の海』。


「すごい……綺麗……!」


 ようやく絞り出せたのはその一言だけだった。じわりと、胸の奥が温かい感動で満たされていく。


「リアンナに気に入ってもらえたみたいで、本当に良かった」


 すぐ隣から降ってきた少し低めの声に視線を向ければ、セドリックが本当に嬉しそうに、形よく切れ上がった目を細めて微笑んでいた。至近距離でのその優しい笑顔は、ちょっと心臓に悪い。


「うん! 想像以上だよ……本当に、本当に素敵!」


 興奮のあまり満面の笑みを向けると、セドリックはますます目元を優しく和らげた。その瞬間、馬車が滑らかにその動きを止めた。


「到着いたしました。」


 御者さんが扉を開けると、セドリックが流れるような動きで先に降り、すぐさま振り返って私へと大きな手を差し伸べた。


「さあ、おいで」


「ありがとう」


 私はその手の上に、そっと自分の手を重ねた。

 馬車の踏み台へ足を掛けると、セドリックの手がグッと心地よい強さで引き寄せるように、私をしっかりと支えてくれる。

 トスン、と地面へ降り立つ。――けれど、セドリックは私の手を握ったまま、離そうとはしなかった。

 それどころか、繋いでいない方の手を、私が大事に抱えていたバスケットの籠へとすっと伸ばしてくる。


「これ、預かるね」


「え? でも、片手じゃ大変じゃない?」


「これくらい全然平気だよ。女の子には重いから、俺に任せて」


 そう言って、セドリックは私の手をしっかりと繋いだまま、空いた方の片手でひょいとお弁当のバスケットを持ち上げた。

 ……つまり、私の右手はセドリックの左手の中にしっかりと包まれたままだ。


 当たり前のように手を繋いだまま、私たちはコスモス畑の小道へと一歩足を踏み入れた。ふわりと、ひんやりとした秋風が私たちの間を吹き抜ける。


「わぁ……! 近くで見ると、さらに可愛いね!」


 私は繋いだ手を軽く揺らしながら振り返り、隣を歩くセドリックに笑顔を向けた。


「ええ、本当に綺麗だね。……でも、俺には今の君の笑顔のほうが、ずっと眩しく見えるよ」


「なっ……!?」


 セドリックは悪びれる様子もなく、繋いだ手に少しだけギュッと力を込めて、優しい笑顔で見つめてくる。

 思わず顔がボッと赤くなって、私は照れ隠しにまた前を向いて歩き出した。隣からセドリックの楽しそうな低いくすくす笑いが聞こえてきて、さらに恥ずかしくなる。

 小道の両脇には生き生きとしたコスモスが咲き誇り、どこを見渡しても花、花、花だ。


「こんなに広大なコスモス畑、初めて見たよ」


「この辺りでは毎年綺麗に咲くんだ。土壌が良いらしくてね、ここの開花は領民たちも毎年楽しみにしているんだよ」


「そうなんだぁ。みんな楽しそうだね」


 言われてゆっくりと辺りを見回してみれば、小さな子どもを連れた家族連れや、仲睦まじく歩く老夫婦の姿があちこちに見えた。


「なんだか……とても素敵」


「何が?」


 セドリックの優しい問いかけに、自然とそんな言葉が口をついて出た。


「みんな、笑ってる。こうして綺麗な景色を眺めるだけで、人はこんなにも穏やかな笑顔になれるんだね」


 ふと、前世の記憶が脳裏をよぎる。毎日目の前の仕事に追われ、季節を楽しむ余裕なんてこれっぽっちもなかった頃のこと。

 だけど……今は違う。

 こうして、温かい手を繋いでくれる人がいて、ただただ綺麗な花を眺めて、流れる時間を贅沢だと感じられる。この世界に来て、こんな穏やかな時間を過ごせるなんて、なんだかもの凄く尊いことに思えた。

 少し視線を落とした私に気づいたのか、セドリックが繋いだ手をそっと優しく引き寄せ、2人の距離をさらに縮めた。肩が触れ合いそうな距離で、前方の小高い丘を指差す。


「リアンナ、あそこを見て」


「ん?」


「あそこから見る景色は、また格別なんだ。視界を遮るものが何もないから、ここから見るよりもずっと遠くまで、この花の海が見渡せるよ。……一緒に行ってみない?」


 セドリックはそう言って、覗き込むように私の顔を見つめてきた。その眼差しがあまりにも温かくて、前世のしんみりした空気なんて一瞬で消し飛んでしまう。


「うん! ぜひ行ってみたい!」


 嬉しそうに答えると、セドリックは満足そうに目を細めた。


「それじゃあ行こうか。」


「はい!」


 爽やかな秋風が、優しく私たちの背中を押し抜ける。

 陽の光を受けて、コスモスがきらきらと輝いていた。私はその美しい景色と、繋いだ手から伝わる彼の心地よい体温にすっかり心を奪われながら、丘へと続く小道をゆっくりと歩き始めたのだった。


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