第12.5話:騎士の愉悦と予期せぬ共犯者(クラウス視点)
幼なじみのレオンハルトが放つ、無自覚で熱烈な視線のせいで教室が妙な空気になっているが……今の俺の興味は、別のところにあった。
(……この子、さっきから面白いくらい必死だな)
俺のすぐ隣、窓際の一番後ろの席。
そこへ滑り込んだリアナ嬢は、今にも「透明人間になりたい」と祈り出しそうなほど、気配を殺して硬直している。
自分の席に座った時の、彼女のあの安心しきった顔を思い出し、思わず口角が上がりそうになるのを堪える。
残念だが、そこは俺が殿下の護衛として控える定位置から、ほんの数歩の場所だ。
本来なら、俺はもう少し後ろで控えるのが通例だが……。
(……さて。今日は少しだけ、位置を変えてみるとしようか)
思考を切り替え、表情から私情を消して、隙のない騎士の顔で彼女の隣に立つ。
途端、彼女の肩が小さく跳ねた。見なくてもわかる。「なんでこの人、ここに立ってるの!?」という、悲鳴に近い絶望が全身から漏れ出している。
普通、俺がこれほど至近距離に立てば、令嬢たちは色めき立つか、露骨に視線を送ってくるものだ。だが、彼女は逆だ。机の一点を見つめたまま、瞬きすら忘れたかのように微動だにしない。
(まるで外敵から身を隠す小動物だな。本気で背景になろうとしているのか、これじゃまるで――死んだふりだ)
俺が少し動くだけで、彼女の肩がさらにびくっと跳ねる。本人は隠せているつもりだろうが、その隠しきれていない挙動不審な反応がいちいち新鮮で、つい観察したくなってしまう。
前方では、レオンがエリシア様の斜め後ろを陣取り、相変わらず「観察」という名の熱視線を送っている。
おかげで、鉄面皮で知られる公爵令嬢が、あろうことか教本を真っ逆さまに持って固まっていた。
この光景を俺一人で抱えておくのはもったいない。
いや、何より、隣で懸命に「気配を殺して」いるこの少女を、このまま放っておくのは少し惜しい気がした。
俺は「表」の顔を崩さないまま、彼女の耳元にわずかに顔を寄せ、声を潜めた。
「……っ。リアナ嬢、見ましたか?」
彼女が飛び上がらんばかりに驚き、こちらを見上げる。
その瞳には「なんで私に振るんですか!」「放っておいてください!」という必死な抗議の色が浮かんでいて、思わず口角が上がりそうになる。
「……クラウス様。わ、笑い事じゃないですよ。エリシア様、あんなに必死に平静を装っていらっしゃるのに……」
窘めるような小声。だが、その視線はしっかり逆さまの教本を捉えていた。
「いいえ。私も殿下の専属になってそれなりに経ちますが、あんなに人間味のあるエリシア様は初めて見ました。……貴方のおかげですね、リアナ嬢。なかなかに、いい『仕事』をなさる」
(……いいな。誰にも悟られぬよう必死に息を潜めているところを、こうして無理やり引きずり出すのは)
あの二人が巻き起こす嵐の中で、必死に「目立たないように」生き残ろうとする彼女。
だが、俺のすぐ隣という逃げ場のない場所に収まってしまったのが運の尽きだ。
重厚な鐘の音が鳴り、教師が教壇に立つ。
俺は教本を開く彼女の、今にも魂が抜けそうな横顔を視界の端に捉えた。
(……さて。次はどんな顔を見せてくれるのか、じっくり見せてもらうとしよう)
そんな期待を胸の内に秘めて、俺は涼しい顔で壁際に控えた。




