純粋な悪意
「ここです」
シューゼの上空をカッ飛び過ぎて目的地を通過してしまったので、俺たちはゆっくりと戻ってきた。亜音速で急ブレーキした時はみんなからブーイングの嵐だったが、皆それぞれ人の常識の外側にいる奴らだから大丈夫だろう。リリナちゃんはグレースが使った重力攻撃を応用して万全にしてたから問題ない。
「降りるぞ!」
「はっ!」
「やっとか……」
「もう……早く降りたいです……」
「全く、通り過ぎなきゃもっと早く着いたのに」
「リリナ楽しかった!」
「そうか? それは良かった」
いやいや、文句ばかりの奴らとは違い子供は可愛い。
「もう一回ビューンてやって!」
「また今度ね!」
「えー!」
「リリナちゃんのパパとママが待ってるから急がなくちゃ!」
「むー。わかったー」
ふと、幼くして国の代表となったリンちゃんを思い出す。今頃はもう良い大人になっているだろうか……あれ……俺、リンちゃんに年齢抜かれたのか? リンさんと言わなきゃダメじゃね? いやいや……向こうは俺を見て年齢なんかわかるはずないし。リンちゃんに年齢抜かれるとか……あれ……じゃあ、妹にも……抜かれた? ……姉ちゃん?
「大丈夫?」
「あ……ああ。問題ない」
難しい顔でもしていたのだろうか? リリナちゃんに心配されてしまった。もうタイムスリップについて悩むのはよそう。起きてしまった事をグチグチ言っても仕方ない。
「中央C棟千七号室に、二人は入院しているはずです」
「そうか……じゃあ、そこに降りるぞ」
中央C棟の入り口の前に降り立つ。町の外は、相変わらずゴーストタウンのようだった。
「そう言えば……シューゼはアンドロイドが稼働してるんだよな? 俺達みたいな侵入者は排除されるんじゃないの? 大丈夫?」
「問題ありません。スサノオは掌握済みで、私が最上位の権限を所有しております」
「二十年経った今でも有効ってことね」
「はい」
長い間システムダウンしていたシューゼが、今となっては閉ざされた楽園と化しているとは 誰にも想像出来なかっただろう。
特に問題なさそうなので、みんなと入り口から堂々と進む。
そのあとはレノさんの後に着いて行くだけだ。レノさんの万能っぷりに、俺なんて必要ないんじゃないかと時々思う。
「ここです」
部屋の前で立ち止まり、ドアに手を掛ける。こんな大所帯で大丈夫だろうかとも思ったが、この世界の事だ、手狭な病室なんて無いだろう。
ドアを開けると、やはり広かった。二人分のベットがあり、その上には男女二人が寝ていた。この人達がリリナの両親なのだろう。
「パパ! ママ!」
元気よく両親との再会を喜ぶリリナ。寝ている両親に向かって駆けていった。
「……まだ寝てるね」
リリナは両親の顔を覗き込み、寝ている事を確認すると俺の元へゆっくり戻ってきた。
俺はリリナの頭を撫でてやる。
「じゃあ、ヒルデ。よろしく」
「……はい」
ヒルデは寝ている二人の間の枕元まで移動した。
「じゃあ……」
「本当に良いの?」
今まで大人しくしていたコルチェが口を挟む。
「……」
「両親が起きちゃったら、リリナちゃんは両親の元へ行っちゃうよ? ヒルデはそれで、本当に良いのかな?」
ああ、そういう事か。何か止める理由でもあるのかと思ったが、ユキちゃんと瓜二つのリリナちゃんを親元に返せば、もう会えないかもしれないし、両親が起きなければ、引き取る事も出来る。
冷たいかもしれないが、俺は良い機会だと思った。これから先、もっと嫌がらせはエスカレートして行くだろう。だから、この回答次第でヒルデはここに置いていこうと思う。
「ええ」
「本当に?」
「はい。私は涼介様のお力になりに来たのですよ?」
「リリナちゃんともう会えないかもよ?」
「何か問題でもありますか?」
「問題って……ユキちゃんと瓜二つのリリナちゃんの事、なんとも思わないの? このまま目覚めなきゃ君達が引き取る事だって出来るんじゃないの?」
「私達が引き取らなくても、この世界では幸せに生きていけるのではないですか?」
「そう……じゃあ、良いんじゃない?」
「では……」
ヒルデはコルチェの言動に動揺しなかった思う。本当に二人とも吹っ切って来たようだ。しかし、それはそれで、少し寂しかった。悲しんでいてくれた方が良かったというわけではないのだが……。
「ウルリザレクション!」
ヒルデが二人の頭の上に手をかざし、呪文を唱える。淡い光が二人を包み、やがて消えた。
「んー」
二人の体が動く。成功だ! リリナちゃんが「ママー! パパー!」と叫んで駆けていった。
嬉しかったのだろう。ずっと寝たきりの両親が動いたんだ。嬉しくて当然だ。
「いやーー!!!」
「あああああ!!! 来るなーー!」
バシッ! ドッ!
「いやあ! やめて! 知らない! 何も知らない!!」
「いやだ! いやだ! 来るな! 来るなぁああ!」
ガバッ!
「んー!! んー!!……」
「んーん!!……」
一瞬の出来事だった。
両親は目覚めと同時に狂乱。飛びついたリリナちゃんは蹴られて床に転がっている。今は、緊急用ビットが二人を抑え込み、再度二人を眠らせたようだ。
「だから言ったのにー。本当に良いの? って。君達の浅はかな行いのせいでこんなことになっちゃったんだよ? それに、リリナちゃん動いてないけど大丈夫? 死んじゃった?」
ニヤニヤと楽しそうに笑うコルチェ。
床を見ると、リリナちゃんはピクリともしない。
「ダメ……」
ぼそりとヒルデが呟く。何がダメなのだろうか? いや、そんなこと考えてる場合じゃない!
「レノ! リリナちゃんを早く!」
「申し訳ありません。手遅れです。頭を強く打ったようで、即死でした」
「ダメ……させない……」
「おい! ヒルデ! おい!」
中島がヒルデに呼びかける。しかし、ヒルデには聞こえてないようだ。目が虚ろで焦点はリリナを離さない。
俺は、ダメ元でリリナちゃんに触手を突き刺してみた。俺が何かすれば、ヒルデの混乱も止まるだろうと思ったからだ。
「……」
何も感じない。エネルギー吸収もできない。摘んだストローを吸っているみたいだ。
じゃあ、逆に、吹き込んで見れば……
「アムルタート様! ダメです! ご自身のエネルギーを注いだら、アムルタート様に何が起こるかわかりません! やめてください!」
グレースが叫ぶ。もしかしたら助かるかもしれないのに俺の心配か? ふざけているのだろうか?
「いいんじゃない? 死んだ人間も、涼介のその体なら生き返す事が出来るかもしれないよ? ほら! 涼介……リリナちゃんに命を吹き込んであげなよ!」
「ダメです! 涼介様!」
「俺は……」
どうすればいい? コルチェが楽しそうに俺を煽っている。本当にこれで良いのか? もし、命を吹き込んだら……俺は死ぬのだろうか? あれはそういう笑顔なのだろうか?
「涼介様」
レノが不意に話しかけて来た。なんだろう。こんな時に話しかけるって事は、重要な何かがわかったのだろうか?
「どうした?」
「はい。お約束通り可能性を進言したいと思います」
「あ……ああ」
アローでレノと交わした約束。確定事項じゃなくても、可能性が高ければ教えてくれと話していたんだった。
「涼介様がリリナちゃんにエネルギーを吹き込んだ場合、魔物を生成するかもしれません」
「え? ……なんだって?」
全く想像していなかった。咄嗟の成り行きで思わず突き刺しただけだ。思いつくはずもない可能性だった。
「エネルギーを吸収したリリナちゃんが、魔物へと変わる可能性があります。もしくは、リリナちゃんが摂取した植物が魔物になり、内部から魔物が生まれる可能性があります」
レノの言葉を聞き焦燥に駆られる。俺はリリナちゃんから触手を優しく抜いた。傷跡は残っていないだろう。
もしあのまま考え無しにエネルギーを注ぎ込んでいたら……想像するのも耐えがたい。寒気が全身を襲った。
「……随分と興ざめな事してくれるのね」
コルチェが口調を変え話しかけていた。これは……タマか? 声はコルチェなのだが、この話し方はタマだ。
「レノ……いいえ、アマテラスかしら? 人間の癖に……こんな物を作るなんて……。
まあ良いわ。まだまだたくさんあるもの。たっぷり楽しんで頂戴……ね! 涼介」
ゆっくりとした口調で紡がれた言葉には、楽しみを邪魔された怒気が入り混じっていた。
「……ああ。タマ」
「ふふ! 嬉しい! じゃあね!」
タマは短く別れを告げた。
突然の非常事態は突風のように消えていった。しかし、ほっとしたのもつかの間に悲惨な現実が眼前を埋める。
状況は好転などしていない。リリナちゃんは死に、両親は眠らされている。
「レノ……ありがとう」
「いえ、涼介様がリリナちゃんにエネルギーを注入して救える可能性もあります。感謝される立場にありません」
レノに、俺の感謝は受け入れられなかった。
「タマの反応見ただろ? あり得ない」
「状況的に可能性が高いだけで、確定した事実ではありません」
レノは頑固だ。俺の感謝をわざわざ否定しなくても良いだろうに。でも、これは俺のわがままで伝えてもらった事なのだから、レノに感謝を覚えたのであれば俺が意固地になるのはお門違いだ。
それに、きっとレノが強く否定するという事は、大事な事なのだろう。可能性を感情で決めつける行為は元の世界でも大いにあったが、どれも醜い物が目立ってたっけ。美談の裏側とか、汚い政治家も良く使ってたな。レノに謝らなきゃな。
「……そうだな。俺が言い出しておいて悪かった」
「いえ……ですが、可能性を潰さないでください。失敗を恐れ、選択肢を減らす行為は、正しい道を閉ざしてしまいます」
「だから、レノは確実なものがなければ話さないのか」
「この世界では、涼介様の世界と違い失敗に寛容です。犯罪でなければ、全ての失敗は肯定されます。しかし、失敗のプロセスを隠してはなりません。これが、この世界のルールです」
「わかった。でも、お説教はここでお預けだ。リリナちゃんをこのままにしてはおけない」
「はい」
依然として寝転ぶリリナちゃん。レノのお説教を聞いていて気づかなかったが、ヒルデが満身創痍でへたり込んでいた。中島が側についているが、茫然自失といった感じで何も聞こえてないようだった。
「グレース」
「はっ!」
「ヒルデに着いていてやれ」
「はっ! ……ありがとうございます」
「ん?」
グレースは小声で感謝の言葉を述べていたように聞こえた。命令されなくても、大切な人のためなら、自ら行動すれば良いのに……。いよいよもってグレースがわからなくなってきた。
二人に介抱されるヒルデ。これで少しは落ち着けば良いが……やはり、この戦いにヒルデは耐えられないかもしれない。ヒルデはまっすぐな人間なんだ。信じていた正しさや、誠実さ、善行の教えが根底から崩されているんだ。無理もない。
倒さなければならない悪に、立ち向かわずに媚を売るなんて……耐えられないのだろう。
きっと、誰も耐えられない。……だからこそ……俺がやる意味がある。
「レノ、ヒルデを落ち着かせる事は出来ないかな?」
「一時的には可能ですが、継続的にですと禁止事項に抵触します」
「書き換えは無しだ」
「かしこまりました。では」
そうレノが発した瞬間、ヒルデの意識は途絶えた。
「おい! ヒルデ! おい!」
急に意識を失ったヒルデを見て、中島が叫ぶ。
「中島、大丈夫だ。落ち着かせただけだ」
「え? ……何かしたのか?」
「睡眠薬で眠らせました」
「そっ……そうか。全然気づかなかった……」
おそらく緊急用ビットが透明なまま遂行したのだろう。それにしても鮮やか過ぎる。もし弱点の一つでもあれば勝つ事は不可能だろう。
「レノ……この親子の事、頼んでいいか?」
「かしこまりました」
「よろしく頼む」
虫のいい話だが、この惨状の後始末を全てレノに任せる事にした。
今回のリリナちゃんの死。責任の所在は一体どこにあるのだろうか?
タマの責任だろうか?
蹴り殺した親だろうか?
何も考えず両親を癒した俺達だろうか?
リリナちゃんの手を掴まなかった……俺……だろうか?
これも、レノに言わせれば、失敗という事になるのかな? じゃあ……俺は、失敗したプロセスを隠さなければ……許されるのかな? ……いや、レノはただ、肯定されると言ったんだったな。そもそも、許されるってなんだよ……リリナちゃんが死んだ事には変わりはないんだ。そうだ……この失敗は肯定される。過去として刻まれるんだ。レノは……この世界のルールは……そう言いたいのだろう。
心が癒えたところで……結果は変わらないんだから……。
皆さま、大丈夫でしょうか? まだまだこんなの余裕でしょうか? 読まない方が良かったとお思いでしょうか? 申し訳ありません。
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