止まらない悪意
「じゃあ、行くか……」
俺はみんなに声をかける。
「涼介……もう少しだけ待ってくれないか?」
「ん?……ああ」
行くぞと声をかけたものの、行く当てはない。ヒルデが相当ショックを受けているようで、リリナちゃんの前から離れられないでいた。
「涼介様……」
か細い声でヒルデが呟く。今にも消えてしまいそうだ。
「どうした?」
「私は……もう、ご一緒出来そうにありません……ですから……お願いがあります」
「なんだ?」
「私は、属性を操る精霊魔法だけではなく、聖なる魔法を扱う聖霊魔法も使う事が出来ます」
「ああ、リザレクションを使えるのはヒルデだけだったな。それも関係してるのか?」
「はい……。その聖霊魔法の中で、禁忌とされている魔法があるのです」
「……」
「それは、聖なる霊を召喚し、願いを聞き入れてもらう……というものなのですが……一説では、死者を蘇らせたと聞いた事があります」
「……試してみたいのか?」
「はい……」
ヒルデは本気のようだ。死者を生き返らせてなんになると言うのか? そんな事が出来るなら、誰も悩みはしない。禁忌とされる理由も、危険だからだろう。
「レノ……どう思う?」
「可能性を提示出来るようなものはありません」
「そうだよな」
やってみなければわからない。それだけの話か……。
「ヒルデ、その魔法はどんな危険があるんだ?」
「聞いた話では、呼び出した聖霊の機嫌次第だと言う事です」
「そうか……なら、その聖霊はあいつらと同じような存在なのかもしれないな……どうしてもやりたいのか?」
「お許し頂ければ……」
「わかった。じゃあ……やってみるか?」
「……はい」
馬鹿な考えだとはわかっていた。もしかしたら、もっと悲惨な状況に陥るかもしれない選択なのだから。しかしながら、禁忌の魔法ごときで足踏みしているようなら、この先の未来は絶望しかない。
この戦いを始めてから、倫理観などという生易しい考えは捨てている。マッドサイエンティストに近いだろう。か細い理だとしても、全ての可能性を試してみたかった。
「よし……じゃあ、せめて外に移動しよう」
「わかりました」
やる事が決まった。禁忌の魔法を試す。倫理の壁をぶち破り死の概念を犯す。生への冒涜を行う。
……そんなところだろうか? カッコいい御託を並べたところで、やる事は変わらない。可能性を試すだけだ。
俺達はリリナを連れて外へ出た。街の外は荒野だ。見晴らしが良く、何が起きても対処しやすい。リリナを荒野に寝かせ、ヒルデ以外は距離を取って囲むように陣を作る。
「いつでも良いぞ!」
ヒルデに声をかけ、詠唱を促した。冷たい汗が背を伝う。ヒルデは片手を上げて、聞こえた事を合図する。
「行きます!」
ヒルデは両膝を地につき、祈るようなポーズで目を瞑る。
「エンドマジック・スプンタ・オラクル!」
聞いたことのない魔法だった。オラクルって……神託か? スプンタ……知らないな。全くの未知。説明通りであれば、なんらかの聖霊が出てくると思うのだが……。
辺りは静まり返っている。変化は無い。……失敗か? と思っていたら……
「呼んだのはお前か?」
どこからか声がした……しかし……一体どこから……。
みんなも辺りを見回している。
「あ……」
浮いていた。リリナちゃんが少し……浮いていた。リリナちゃんは、誰かに持ち上げられたかのように手足と頭を垂らし、レノのようにふわふわと浮いていた。
「私を呼んだのはお前か?」
リリナちゃんの腕が、だらりとヒルデに向けられる。
「は……はい! 私です!」
「そうか……何の用だ?」
「あの……リリナを生き返して欲しいのです!」
「リリナ? 誰だそれは」
「……今、私の目の前で浮いている子がリリナです」
「そうか……ん? なぜお前がこんなところにいるんだ?」
謎の声の主は、リリナちゃんの腕でヒルデの後ろにいたコルチェを指していた。
「……あらら。面倒くさいのが来たものね。なんでも何も無いわ。面白いからよ?」
「……貴様から、同胞の念を感じるな……。また、閉じ込めたな」
「……まったく。せっかく閉じ込めたのに……こんなにすぐ見つかっちゃうとはね」
「返してもらうぞ……」
そう言うと、周囲は光に包まれ、目を開けられない程の光量と、尺玉花火が爆発した時のような、ドン! という衝撃を胸に感じた。
驚いて惚けているとリリナちゃんの横に姐さんがいた。一緒に浮いている。
「さて……リリナの命だったな」
「……」
ヒルデは言葉に詰まっていた。しかし、ヒルデの返答は必要なかったようだ。リリナちゃんはゆっくりと下降し、元の寝かされていた状態にゆっくりと戻っていった。隣で浮いていた姐さんも、後を追うように降りて来て、リリナちゃんを優しく撫でる。そして、俺に視線を向け、不敵に微笑んだ後……陽炎のように消えてしまった。
「……」
周囲を静寂が包んだ。誰も言葉を発する事は無かった。ヒルデもそのまま呆然としていたが、寝そべるリリナちゃんが少し動いたのを確認すると、慌てて抱き上げた。
「……生きています」
蘇生の喜びをうまく表現出来ず、ヒルデの声は震えていた。
それにしても、本当に生き返ったというのか? こんな……ファンタジーみたいな事があり得るのだろうか? 本当になんでも有りの世界だと思った。これじゃ、ロールプレイングゲームと一緒じゃないか……蘇生魔法なんてものを間近で見せつけられ、リリナちゃんが生き返ったのに、喜びを分かち合えるような心境にはならなかった。
「よかった……本当に……」
俺の心境とは裏腹に、ヒルデは涙を流し笑みを浮かべている。よほど嬉しかったのだろう。じゃあ、他のみんなは……と言うと、中島は……笑っていない。どこか悲しそうだ。グレースも……真顔だ。気になって見回せば、喜んでいるのはヒルデだけだった。
しかし……思わぬ者が喜びに声を上げる……
「良かったね、ヒルデ! リリナちゃん生き返って」
コルチェがヒルデに話しかけていた。良かったね……? 悪意の塊のようなタマの発言とは思えない。なにかあるのだろう。聞いたところで教えてはくれないだろうが、コルチェに真意を聞かずにはいられなかった。
「どういう意味だ? コルチェ」
「涼介……僕は祝福しているんだよ? 立派な事さ! 危険をかえりみず、禁忌の魔法を使ってまでリリナちゃんを生き返したんだよ? 素晴らしいことじゃない?」
「……」
心意気は素晴らしいが、やっている事は褒められるような事じゃない。死者蘇生が、なんのリスクもなく行える世の中になったら……いったいどうなるのだろうか?
「これでもう死んでも大丈夫だね! 死んでも生き返せるんだから! なんにも心配いらない。みんな、死を恐れること無く、積極的に行動出来るようになってよかったじゃない! 殺そうが、殺されようが、これからは安心だね!」
「……そう簡単にはいかないだろう?」
死なないけど痛いし、悲しい。死なないだけで、そういった感情を克服出来るとは思えなかった。
「そお? じゃあ、もう一度やってみようよ!」
「何を……」
言い切る前に、コルチェはリリナちゃんの胴と頭を切り離した。
鮮血が飛び散り、胴を持ったヒルデは、リリナちゃんの首から吹き出る返り血を浴び真っ赤に染まる。
「え?……嘘……え?」
ヒルデは立ち尽くしている。鮮血を浴びながらも、目の前の出来事を理解できないようだ。
「よーし! これでもう一度試せるね! さっきはこんな状態じゃなかったから、頭と胴が離れてても生き返して貰えるのか……楽しみだね!」
コルチェはクルクルと楽しそうに舞いながら、嬉しそうに語っている。歌劇でも披露しているかのように。
「も……もう……一度……?」
「そうだよー! 君のおかげで、人間が死を超越出来るかもしれないんだよ! 凄いよね! ふふふ。ヒルデ、神様みたいだね! あはははは!」
コルチェは絶好調だ。楽しくて楽しくて仕方がないようだ。
ヒルデはリリナちゃんを地面に優しく置くと、飛んで行った頭を拾いに向かう。全身が震えている。足取りはおぼつかない。ふらふらと、危なげに一歩一歩を踏みしめている。やがて、リリナちゃんの頭までたどり着くと、大事な物のように優しく拾い上げ、顔に掛かった髪の毛を整えた。リリナちゃんの開いた目がヒルデを見つめる。
「……」
ヒルデは、リリナちゃんと見つめ合ったまま動かない。視線を外せない呪いにでもかかってしまったかのようだ。
「ヒルデどうしたの? 大丈夫?」
白々しくヒルデを心配するコルチェ。
「……」
「早くしないと、生き返せなくなっちゃうかもよ? って……あれあれ? その場合、殺したのは……ヒルデって事になっちゃうのかなぁ? あはは! 僕は実験のお手伝いしただけだから、それを拒否したヒルデは……リリナちゃんを実験台にして、無残に殺したって事になるんだね! あー可愛そうなリリナちゃん! ヒルデのせいで、実験動物のように失敗したら捨てられてしまうんだねぇ。ふふふ」
「違う……違う……いや……」
ヒルデの心は悲鳴を上げていた。俺は……なんでこんな所で突っ立って見ているんだ? なんで誰も助けない? 中島は? グレースは? 二人とも……泣く程悔しいなら……なんで? グレース……お前が壊れそうな程握り締めている剣は偽物なのか? なんで……助けてやれない……お前らは……こんな戦い、背負わなくたって……。
「何が違うのかなぁ? こんな事しようって言い出したのは、ヒルデじゃなかった? 死を冒涜しておいて、今更良い子ちゃんぶるのはちょっと僕でも引いちゃうなぁ。それとも、生き死にを自由に出来て、神様にでもなったつもりかい? なんだって自分は許されるのかな? 凄いね! ヒルデ神って言わなきゃいけないかな? カッコいいねぇー! あーはははははは!」
コルチェは絶好調だ。
俺の戦いは、タマの機嫌を取り持って、人類滅亡を防ぐ事だ。タマがこの世界を楽しいと思ってくれれば、この星を壊してしまう事はないだろう。
こんな哀れな戦いに、なんで中島とヒルデはついてきたのか? 俺は言ったはずだ。救う事は出来ないと。ヒルデがどんなに心を抉られ、踏み躙られようとも、救う事なんか……出来ない。
ヒルデを助けることが出来ない現実を目の当たりにして、自己を正当化しようと自問自答が脳を埋め尽くしていた。
「あれあれ? 二人とも、なんで泣いてるのかな? あ! わかった! ヒルデがリリナを殺そうとしているからだね! このままじゃ、リリナ死んじゃうかもしれないしねぇ。ほんと、ヒルデはわがままだよね!」
ヒルデだけでは飽き足らず、二人を煽るコルチェ。悔しそうにはしていたが、二人とも声を上げることが出来ないでいた。もし、一言でも声に出してしまえば、抑えられない感情が溢れてしまうのだろう。
必死に口を紡ぐ二人の姿勢を見て……俺は……救えないなどと言い訳ばかりを言って、何も行動しようともしていない。そんな自分が……不甲斐なく、愚かで、人間のクズだと思った。だから……
「駄目だ。涼介」
「……」
決心した一歩を踏み出したら、すぐさま中島に止められた。一番悔しいと感じているだろう中島が、なぜ俺に行くなと言うのだろうか? ヒルデはもう限界だ。あれでは何も出来ない。なんでお前が俺を止めようとなんか……
「どういうつもりだ? 中島」
「お前は行くな……俺に任せろ」
「何するつもりだよ? 言わなきゃ行かせないぞ」
中島は下を向いた。目をつぶり、大きく深呼吸すると、とんでもないことを口走る。
「ヒルデは……もう駄目だ。だから……俺が……終わらせる」
終わらせるとは……考えなくてもわかる。ヒルデはもう駄目になった。だから、俺が殺す。そう言いたいのだろうが、そんな事を中島がする必要がどこにあるというのか? お前にそんな事をさせるつもりは……無い!
「馬鹿か! ふざけるのも大概にしろ! お前がヒルデに何をするって言うんだ! お前がヒルデの夫だからって、何でもしていいなんて思ってるのか? 馬鹿野郎!」
「涼介……」
「あれあれぇ。喧嘩? 大丈夫?」
コルチェが何か言っていたが、そんな事はどうでもいい。今は……
「ヒルデ! おい! 何してるんだ! お前は俺の力になりたいんだろ! だったら、ぼーっと突っ立ってないでリリナちゃんを蘇生しろ! 早く!」
ヒルデは大声で俺に話しかけられ、少し怯えてしまったようだった。肩をすくめ、体は萎縮してしまっている。
「どいつもこいつも……」
俺は触手をヒルデに突き刺した。そのまま宙に浮かせると、リリナちゃんの胴の元へ降ろす。
「俺の力になりたいのなら……命令だ。禁忌をもう一度破れ! お前が嫌がったとこで、もう罪を犯した身だ、俺が何度でもその罪を犯させてやる。
嫌がろうと、心を壊されようと、俺が何度でもお前を罪人にしてやる! もうお前には真っ当な道なんて残っていない。死ぬまで尽くせ!!!」
ビクッと肩を震わせ、ヒルデはたどたどしく跪いた。そしてそのまま、リリナちゃんの頭を優しく置き、祈りを捧げる格好で詠唱する。
「……エンドマジック・スプンタ・オラクル」
ヒルデの声は震えていた。
君の膵臓、小説を読んだ後に映画見たけど……どっちも最高でした!




