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戯曲「魔王討伐」

 楽団のおかげで、思ったよりも見物客が集まってきた。

 入りは上々だ。あとは、この観客達を満足させるだけ……俺は頃合いを見て開演を宣言する。



「これから、劇を披露する! たった二人だけの劇のつもりだったが、気さくな楽団が音を提供してくれるそうだ。

 台本も、楽譜もない即興の劇だ。

 演目は「魔王討伐」

 故郷を魔王に蹂躙された王国騎士が、神の神託を受けて勇者となり、魔王を討伐する……そんなありふれたお伽話。


 ……それは、勇者の故郷に突然訪れた厄災、植物を操る魔王アムルタート 。

 時に弄ぶ様に殺し、時に家畜の様に拘束し、植物を模した魔物達が非道の限りを尽くす。

 人の力では到底抗うことのできない強大な力は、大波のごとく人々に絶望を植え付けていった。


 魔王は配下を増やすため、村人たちが手塩にかけた作物を次々に魔物に変えていく。

 村人達は食べる物を奪われ、抗えない死を宣告されてしまう。だが、人々は餓死を待つ事すら許されなかった。


 魔物は言語を理解し、知能もそれなりにあったため、皆家畜の様に一箇所に集められた。

 周りを見れば、膝を抱き、震えるだけの人しかいない。首を飛ばす順番を待つだけの哀れな運命。

 魔物達は腹が減ると、その集団から一人、また一人と掴み取っては首を刈り、目の前で血を啜る。

 順番などは無く、女、子供さえ見さ変えなく首を飛ばされてしまう。

 そうして、集められた人々の近くには、首を刈られ、血を啜られた死体の山が築き上げられていった……。


 そんな故郷の絶望を救う為に立ち上がったのは、王国騎士随一の剣士であったグレース!

 やがてグレースは王に勅命を賜り魔王討伐へと向かう事となる。

 そして出発の日、グレースは神の神託を受け勇者となった!

 仲間を引き連れ、その類稀なる力を遺憾なく発揮し、魔物達を打ち倒していく。

 やがて勇者一行は、無残に打ち捨てられた死体の山となった故郷までたどり着いた。


 しかし……そこに希望は無かった。勇者達は遅かったのだ……家族も……友人も……皆腐臭を撒き散らす肉塊となっていたのだ。

 自然豊かな美しい故郷だった……勇者の思い出は過去の物となり、絶望が……怒りが……美しい故郷の思い出を塗り潰す。

 怒りと悲しみを携え、ついに勇者一行は魔王の元まで辿り着く。


 ……しかし、魔王は強かった。

 共に旅した仲間は魔王の手にかかり倒れてしまった。

 やがて勇者一人にまで追い詰められ、もはや勝負あったかに見えた。だが……」



 俺はグレースを指差し、観客の注意を向ける。

 グレースが聖剣を天にかざすと一条の光がグレースを包み、だんだんと強く大きく広がっていく。

 そして、観客の前に光の壁を作った。



「勇者は神の慈悲を受け取り、光に包まれたのだ!」



 俺はすかさず楽団に合図を送る。開幕だ。

 アップテンポの序曲が観客に熱を送り、ダラけて見ていた人達を立ち上がらせる。



「何をした! 勇者グレース! 貴様はこの期に及んでまだ抗うのか!」


「……」



『……あれ? ちょっと……グレースさん? なんか下を向いて……おーい』


 開幕早々に負けムードだ。

 グレースにアドリブで劇をこなすなど無理だったということだろうか?

 短歌を切った俺は、だんだんと嫌な焦燥に身が縮まる。



「こんな子供騙し、私に通用するとでも思ったか! 死ね!」



 もうこうなればヤケである。無言の勇者に触手を伸ばす。


バタ。バタ。


 伸ばした触手が、グレースの手前で地に落ちる。


 『おいおい……見えなかった。これ……もしかして、もしかすると……グレースさんが自分の世界に入り込んでしまったとかいう落ちなんじゃ……。』



「なっ……。貴様! ただで済むと思うなよ!」



 俺は地を踏むと、グレースの周りから木の根の様な物を生み出し、グレースを捕まえ、きつく締め上げる。



「勇者さん負けるなー! 頑張れー!」

「悪い魔王になんか負けるなー!」

「勇者さん頑張って!」



 チビッコ達から声援が送られる。ワイワイと劇を楽しんでくれてる様だ。



「魔王アムルタート ! おまえの力はこんな物か! はぁああ!」



 グレースが喋った! 良かった、なんかとっても役になりきっている。

 感情が振り切ってしまっている様だが……まあいいだろう。そっちの方が盛り上がるはずだ。


 グレースが力を入れると、メキメキと木の根が押し返される。



「エンドマジック・サラマンダー・フレア・ツインドラゴン!」



 ……エンドマジック? 最上級的な魔法っぽい名称なのは気のせいだろうか?

 グレースは広げた両手から、二頭の龍を模した炎を繰り出す。

 その炎は木の根を焼き尽くし天に昇っていくと、空からその業火で辺りを赤く照らし、俺に目掛けて降りてきた。


『ちょっとグレースさん……これ、耐えられる気がしないんだけど……一瞬で蒸発しちゃうんじゃ無いの?』


——なかなか面白い事をしているじゃないか。おまえには荷が重かろう。代われ。


『あ……親父! ちょ!』


 ご機嫌な親父に体の自由を奪われると、俺の始めた劇は真の役者による伝説の再現となってしまった。


 親父はすぐさま二頭の龍に向けて腕から生やした巨大な大木にて応戦する。

 二頭の龍は大木を燃やし尽くしながら迫る。



「天界の理を以て命ずる。輪廻転生!」



 親父がなんかカッコいい事言い出した!

 すると、燃え尽きた大木が枝の様に広がり双竜を包み込む。

 捕らえられた双竜は燃やしても燃やしても生まれ変わる大木の枝に包まれ、やがてその業火は消えてしまった。



「ククク。甘いなぁ。勇者よ。貴様がいくら魔法を使おうが無駄だ。私に届くとでも思うのか?」


「……まだだ。俺の力の全てでもっておまえ倒す。生まれ故郷を死の山と変えたおまえは絶対に許さない……魔王アムルタートの死をもって……大切な人達の葬いとさせて貰う。覚悟しろ!」


「能書きはいい、貴様の全力を見せて見ろ」


「はあぁぁぁああ!」



 グレースが力を溜める。風が渦を巻きグレースを包み上昇していく。

 やがてグレースの周りが不自然に歪んで見える様になった。


『どうなってんだ? グレースがゆらゆらと……蜃気楼? 上昇気流?』


 この自然現象を見る限り、グレース周りの温度が上昇しているようだ。

 ラッツがやっていたようなやつの上位版だろうか?



「勇者さん負けるなー!」

「魔王を倒せー!」

「頑張れー!」

「負けるなー!」



 チビッコ達の暖かい声援が送られる。

 チラホラと大人の声援も混じっているようだ。

 


「これはかの国の猛将が編み出した秘技。

 最上級精霊魔法を同時に唱え、高度な技術によって混合した最強の魔法だ! くらえ!

エンドマジック・シルフ・ストーム・サラマンダー・フレア・フレアストーム!」



 放たれたその魔法は、灼熱の業火が渦を巻き、竜巻の如く上昇する。

 段々と肥大化していく炎の渦は、勢いを増しながらこちらに向かってくる。



「それが貴様の全力か?」


「ああそうだ! この業火で焼かれるがいい!」


「ふっふっふ。あーっはっはっははぁあ! ぬるい、ぬるすぎる! このようなちっぽけな炎では何もできはしない!」


「なに!」


「おまえに見せてやろう。絶望をな。

 天界の理を以て命ずる。虚構招来」



パン!


 親父が両手を目の前で合わせると、まるで……そう……そこには最初からなにもなかったかのごとく炎の渦は消えて無くなり、辺りを静寂が包む。



「なっ……」



 グレースが力無く膝をつく。



「……」

「……」

「……」



 静寂は観客の声援すら掻き消してしまう。

 観客達は声を張って応援していたはずだった。

 一瞬で消えた希望の炎……確かにそこにあったはずの……今はなき希望の残像を、皆呆然と眺めていた。



「終わりか? おまえの私怨などそんな物だったのか? 絶対的な絶望を前にして、縋っていた力が無力だと知り、勝てない戦いに挑む虚しさで立つ事も出来ないか?」


「私は……私の力は……」



ザシュ! ザシュ! ザシュ!


 親父は三本の触手をグレースに突き刺し、空中に貼り付ける。



「イヤー!」

「勇者さん! 勇者さん!」

「立て! 立ってくれ!」

「負けるな! 勇者!」



 ちょっと残酷な絵面だが、観客は忘れていた声援を精一杯グレースに送る。

 グレースにも聞こえてるはずだ。

 鳴り止まない声援。

 グレースに残された術はあるのだろうか?

 俯き、張り付けられたグレースに変化は無い。



「そうか、もう抗う気も失せたか? では、ゆっくりと見ているがいい。

 貴様の故郷で行われた食事を、特別に披露してやろう」



 もう一本の触手が、観客の方に迫る。

 最善列にいた少年に狙いをつけたようで、触手はスルスルと少年の前まで移動する。



「ひっ……!」



 声も出せない程驚き固まる少年。

 その目からは涙が今にも溢れそうだった。



「たっ……助けて! 勇者グレース!」



 少年は精一杯勇気を振り絞って声を出した!


 すると、薄く輝いていた光の壁が、観客を守る様に輝きを増す!


 あと一歩で届くはずだった触手は、光の壁に阻まれて萎んでしまった。



「なんだと! 貴様何をした!」



 張り付けられたグレースの方を向くと……いない……萎んでカラカラになった触手は切られ、地に落ちていた。


 握られた聖剣が直視出来ない程輝いている。



「なんだその輝きは! 貴様にそんな力など!」


「もう、同じ過ちは沢山だ……俺が果てようとも構わない。おまえを倒せるのなら! それでいい!」



 グレースが閃光となって間合いを詰める。


 それは一瞬だった。次に目で捕らえられたのは、輝く聖剣が魔王に深々と突き刺さっている光景であった。



「かはぁ! きっ貴様! これで……これで済むと思うなよ! 輪廻転生の理をもって再び貴様を殺しに来る! それまで……震えて待つがいい!」



 輝きが増し、辺りを眩い光が包み込む。


 俺はその瞬間を逃さず、親父から体の自由を交代してもらうと、すぐさま他の植物に乗り移り、楽団の方に駆けていく。



「フィナーレだ! 盛大に頼む!」


「……! あっ……はい!」



 劇に見惚れていた楽団が、盛大なフィナーレを奏でる。


 段々と弱まる光の中でグレースが一人たたずんでいた。


……パチ……パチ……

パチパチパチパチパチパチパチパチ……


 観客から拍手が送られる。やがてその拍手は講堂を喝采の渦で埋め尽くし、大勢の声援が大波のごとく押し寄せるほど大きなものとなる。



「魔王を倒したー!」

「すげー劇だった! 面白かったぞー!」

「グレースさんカッコいー!」

「勇者ー!」


「勇者! 勇者! 勇者! 勇者!……」



 観客は興奮が冷めず、勇者コールで盛り上がる。


 そして……



「聞け!」


 

 俺は上空から翼を羽ばたかせ観客に声をかける。

 皆一斉に声の方へ向く。



「楽しんでいただけただろうか? この劇の魔王役、そして、総監督を務めたのはこの私、アムルタートだ!」


「うおー! なんで飛んでんだ! すげー! 面白かったぞ!」

「また見たい! 今度はいつやるの!」

「魔王アムルタート ! すげーよかったぞ!」



 観客の声援が五月蝿いほど響き渡る。



「勇者役はグレース! そして、音楽を担当してくてたのは、そこにいる気の良い楽団だ! 皆、拍手を!」


「ウォー!」



パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 喝采を浴び、楽団と、グレースが観客に手を振る。



「グレース、行くぞ!」


「はい! フライ!」


「では、また会える日を楽しみにしているぞ! さらばだ!」



 俺とグレースは、そのまま講堂の出口まで飛び、外に出る。

 そしてそのままと祭壇へと向かった。







分割しようかと思いましたが、まとめました。

なので長くなってしまいました。

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