しまっちゃう猫
「……」
「……」
「……」
魔王アムルタートはだらだらしていた。
「……」
「アムルタート様」
だらだらしていると、ラミアがふらっと現れる。
心配してくれているのか、監視目的なのかはわからないが。
「ん?……ああ。ラミアか……」
「何をなされているのですか?」
今はそう、祭壇でゴロゴロしていた。
「え?……ああ。何も」
「今日は何もなさらないのでしょうか?」
「え? いや……そうだな……何かしようかな」
俺は、朝ラミアに起こされ、アルマのエネルギーを吸収した後、ずっとだらだらしていた。
「何をなさる予定ですか?」
「んー。考え中だ」
「そうですか」
「……」
だらだらしていた俺に愛想が尽きたのかラミアが行ってしまった。
『行っちゃった……。これはアレだな……燃え尽き症候群って奴だな。
あんな行き当たりばったりな劇をこなしたせいで、精神がすり減ってしまったんだなきっと』
自分のだらけた気持ちを正当化するために、適当な言い訳を考え始る。
こうなってしまうともう駄目だ。
だいたいこんな時は、一日無駄にしてしまうパターンだろう。
『だが、今日一日無駄に過ごすのもどうか……』
俺は仮にも親父のために娯楽を提供し続けなければならない。
もし、親父に愛想を尽かされたらどうなるのだろうか? 案外元の人間に戻してくれるのかもしれない。
ただ、親父に引き剥がされてから六日が経っている。
もしかしたら肉体は、もう無くなっているかもしれない。
そうなっていたらどうなるのだろうか?
戻る依代を失った魂は、地縛霊のように彷徨うのだろうか?
そうなったら嫌だなぁ、なんて思ってもいない事を考えて、やる気を奮い立たそうとするも、だらけた思考は戻らない。
『でもなー、何しよっかなー。そんなにポンポン面白いことなんて思いつかないしなぁ』
だらけきった今日の俺に、何かを期待する方が無理な話だった。
にゃーん。
『ん? 猫か……。何処にいるんだ?』
辺りをキョロキョロと見回すと、祭壇の後ろからひょっこりと俺の隣に現れる。
『おわっ! 何処から来たんだー? 可愛いヤツめー』
俺は猫が好きらしく、咄嗟になでなでしてしまった。
猫の愛らしさは罪である。
『すげーサラサラな毛並みだなぁ。あーヤバイ、癒される。このだらけ切った思考にこの猫の可愛いさは反則だ。うん、もう今日はもういいかな!』
突然の訪問者に脳がだらしなく反応する。
普通の状態であったら、こんな反応をする事は無かっただろう。
『……んー……でも……なんか何処かで見たような……』
ズザッ!
俺は思い出すと同時にその場から離れる。
おぼろげな記憶が繋がると、体が条件反射のごとく無意識に反応した。
『ヤバイ! 親父! あの猫だ! 俺、触っちゃった! ヤバイ! 俺、消えちゃう!』
——大丈夫だ。ちょっとどいてろ。
『え! マジ! え?』
やけに落ち着いた親父が俺の体の自由を奪う。それよか、早く離れないとこの星が消滅してしまう!
なんで親父はあんなに悠長に構えているのだろうか?
親父にとってこの世界など、無くなったところでどうとでも無いという事なのだろうか?
「何用だ?」
「あら、連れない事言うじゃない。久々に会ったって言うのに」
「私はおまえに用はない」
「ふふふ。相変わらずね」
親父と猫が喋っている? ってかなんか結構仲のいい知り合いだったりするのだろうか?
しかし、妙に親父がピリピリしているような感じだ。
『なーなー! 親父! 大丈夫なのか? 俺が消滅しちゃうんじゃないのか? この世界だって……』
——五月蝿い。アレは嘘だ。黙ってろ!
『ひいぃ! ひゃい!』
親父が怒っている。初めて怒られた。あれだけ非礼の数々を許してくれた寛大な親父が、あの猫と対峙した瞬間からピリピリムードだ。
親父を怒らせるなんてこの猫は一体……。
「去れ。この世界にいる必要など無いはずだ」
「あら? 要件も聞かずに追い返すなんて酷いじゃない。またお仕置きされたいの?」
『お仕置き? 親父に⁉︎ どんだけだよ、あの猫』
「……要件とはなんだ?」
相手の恫喝に親父はすんなりと折れてしまう。
この猫……いったい親父に何をしたんだ……。
「ふふ。それでいいの。近くの街で見たんだけど、なんだか随分面白い物を飼ってるみたいじゃない?
楽しいことはみんなで分かち合った方が楽しいわよ?
だから、私も混ぜて! ね!」
どんな要求をされるかと思ったら……これは俗に言う「〇〇君、一緒にあーそーぼ!」のようだ。
もっと凄い事を要求されるかと思ったが、これならばそうそう問題ないんじゃないか?
「おまえは……いつもいつも私のオモチャを横からズケズケと!」
「あらぁ? そんなこと言って良いのかしら? また……しまっちゃうわよ?」
「!……くっ……おのれぇ……」
「うふふふふ! そうそう、大人しく私も混ぜなさい。そうすればなにもしないわ! ね!」
しまっちゃう……? 一体そんな言葉の何処に恐怖を抱くところがあるんだ?
しまっちゃう猫……全然怖くない! こんなの怖がるのは青くてほのぼのした生物ぐらいだ!
『親父……一体何が……』
——五月蝿い黙れ!
『ふぁい!』
駄目だ……今の親父は目の前の猫の相手で頭がいっぱいらしい。
この愛らしい猫を前に、こんなにも緊張感溢れる状況になるとは……。
「くっ……うぅぅ……好きにしろ!」
「わーい! 交渉成立ね! 楽しみだわぁ。これからその子が何をするのか……でも、期待外れだった時は……ね!」
俺に話掛けているのだろうか? どう考えても俺だろう。
これは……娯楽を提供しろってことか?
この猫ちゃんを楽しませなければ俺もしまわれてしまうのだろうか?
しまっちゃうとは一体……親父はどんな攻撃でも死なない永遠の時を生きている。
そんな親父が恐怖するしまっちゃうとは……。
ああ……あの……なんだか……馬鹿にしてましたが……俺も……とっても怖くなって……きました。
俺は理解してはいけない事を理解してしまったようだ。
娯楽の提供……これほど曖昧で、解の無い博打のような危ない橋を……俺は……渡り続けなければいけないのか……。
もう、しまわれるのとどちらが良いかなど天秤に掛けたところで、あまりのスケールのデカさに天秤の極一部しか見えない状態で決めるようなものだ。
今の俺にとって、天秤の見えてる部分など、原子核の一部分くらいだろう。
そんな乗っているものすら理解できない状況で選択など出来はしない!
俺は親父が恐怖しているというその一点を信じ、己の人生の全てを全ツッパする以外なさそうだ。
「じゃあ、せいぜい私を楽しませてね! またね!」
「……」
しまっちゃう猫は、祭壇からひらりと飛び降りると、何処かへ行ってしまった。
親父が嘘までついて隠れろと言った猫は、想像もつかない恐怖植え付けて去って行った。
『……行ったね』
——ああ。
『親父……聞いても良い?』
——聞かない方が良いこともあるぞ。
『……でも、だいたいわかるよ』
——おまえの想像と、そう違いは無いさ。
『そっか……』
俺は、それ以上は聞かなかった。
伝えない優しさもあるだろう。
親父はいつも通り寛大だ。おそらく、聞いてしまえば何も出来なくなるくらい恐怖に襲われる事になるのだろう。
そんな状態では、娯楽の提供など不可能だ。
俺はこの件を忘れ、大胆不敵に生きよと……そう親父に言われたような気がした。
読み返してみて、本当にこの内容で大丈夫かな……と不安になりました。
ですが、なんでもありの異世界ファンタジーなら大丈夫だろうと投稿しました。




