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5:神の力

 何度目かの深呼吸と共に、黒髪の少女の目がぱっと開く。燃えるような紅色の瞳が見据えるのは、大声で泣く大人たちに囲まれた、目を閉じ仰向けになったまま動かない一人の幼女だ。

 少女の細い腕がゆるりと持ち上がり、両手の人差し指が幼女に向けられる。その直後、人差し指の先がばちっと音を立て、稲妻のようなものが迸り、幼女の体へ吸い込まれるようにして消えた。

 それと同時に、

「っはぁ!」

 微動だにしなかった幼女が目を見開き、小さな体を小刻みに震わせた。

「ああ、ソニア! 誰だか分かる? お母さんよ!」

 幼女が大きく胸を上下させている隣で、ずっと幼女の右手を握っていた女が枯れた声で呼びかける。状況が理解できていないのか、幼女はしばらく視線を彷徨わせ、やがて母親を見つけて目を輝かせた。

 娘と母親が抱き合い、二人を見守っていた家族や近所の人々が歓声を上げる。その光景を見つめる少女の瞳は、いつの間にか紫黒色へと変化していた。

 自分の仕事は終わった。少女は無言で背を向け、土壁の家を出て行く。通りに出れば、泣き声を聞きつけたのか、大勢の人々が集まっていた。

 いや、彼らが集まった理由はそれだけではない。

 少女が一歩足を踏み出せば、人々は興味深そうな視線を向けてくる。いちいち反応するのも面倒くさく、少女は無表情で人ごみを縫うようにして西の丘へ向かおうとした。

 しかし、

「あーちょっと、お嬢! 俺を置いていかないで下さいよ!」

 今にも泣きだしそうな中性的な声に呼び止められ、少女は振り返ることなく足を止める。

 少女とは正反対に人々にぶつかりながらこちらに近づいてきた少年は、疲れたように長い息を吐いた。

「せめて何か一言告げてから立ち去りましょうよ! いっつも無言で出て行っ、」

「エリセオ、うるさい。静かになさい」

「ちょ、まだ言いたいことが、って、あーもう!」

 エリセオと呼ばれた少年が不満げに頭をかきむしるのを無視し、少女は再び歩き出した。壁を形成するように集まっていた人々も、少女のために道を開けるようにして左右に分かれる。エリセオも諦めたのか、両肩から下げたバッグを持ち直し、彼女についていった。

 やがて木を組み合わせて作られた低い柵を通り抜け、二人は終始無言で丘を登っていく。その頂上に悠然と佇む一本の巨木のもとに辿り着き、少女はようやく足を止めた。

「そうそう、これを渡しておいてくださいって、先ほどの方々が」

 息を切らしながら登ってきたエリセオは、右のバッグから大きな葉に包まれた何かを差し出す。木に背中を預けて座り込んでいた少女はそれを受け取り、中を確認した。

「あら、いいわね。干し肉だわ。また後日食べましょう」

「はいはい」

 少女から突き返された干し肉を、渋々カバンに戻す。本当は今食べたかったなあ、と見上げた空は、すでに茜色と水色、さらに紺色が入り乱れていた。

「にしても、お嬢。今日もあっという間でしたね。ビリビリっと一発で」

「そういう仕事だもの。時間をかけるわけにもいかないしね」

 ふう、と息をつき、少女は自分の髪を撫でる。エリセオはその様子を眺めつつ、左のカバンから大量の封筒を取り出した。

 それは全て少女宛てに送られた、病人治療の依頼だった。

「まだこんだけ仕事ありますけど、次はどうします?」

「その中で緊急のものはないでしょう。あなたが請け負いなさい」

 エイルの力を持つのだから、と微笑まれ、エリセオの頬が一気に朱色に染まった。

 しかし、

「でも俺の力なんか、まだまだ未熟だし。薬草に関することにしか使えないし。お嬢みたいに、死人を生き返らせるなんて」

「少し違うと何度言えば分かる? 私は死人を生き返らせてはいない。死の淵にいる人間を引き戻しているだけよ。あとは、」

 そこで言葉を区切った少女は、右手の人差指を何の前触れもなくエリセオに向けた。顔の横を稲妻が走り、エリセオの顔が引きつる。その背後で「がっ」と短い悲鳴が聞こえ、彼が振り返るとともに屈強な男が地面に倒れ伏した。

「こうやって悪人を退治したり、とかね」

 魅惑的に微笑み、立ち上がった少女は男に近づいてそばにしゃがみ込み、その手に握られていたナイフを奪い取る。このあたりに潜む盗人なのか、腰には金銀を詰め込んだ小さな麻袋が幾つもぶら下げられていた。

 何のためらいもなくそれを頂戴していく少女を見つめ、

「いやあ……やっぱ凄いですねー、雷神トールの力は」

 俺もそうなりたいな、と素直に憧れを呟いた。

 エリセオが住んでいた村を初めとする多くの地域では、不思議な力を持って生まれる「神に愛された子」と呼ばれる赤子が時折現れた。エリセオはその一人であり、「最良の医者」と呼ばれる女神エイルの力を宿して生まれた。

 また、彼がお嬢と呼んで付き従うテオフィアも、雷神トールの力を持って生まれたのだ。

「褒めてくれてるの? ありがとう。けれど、忌まわしい力でもあるわ」

 悲しげに伏せられたテオフィアの目は、涙を溜めているようにも見えた。

「力を使いこなすことが出来るまで、私は色んなものを傷つけた」

「でも今は力の調節も出来るようになったし、だからさっきみたいに死にかけの人の体にショックを与える、みたいなことしてるんでしょう」

 テオフィアと出会ったのもそれがきっかけだった。エリセオの隣家の人が倒れ、旅の道中にたまたま通りかかった彼女がその人を治療した。その様子を目の当たりにしたエリセオは、旅の道連れにしてほしいと頼み込んだのだ。

 エイルの力を極めれば死者の復活さえも思いのままだという。だが、今のエリセオには病気に苦しむ人に、どんな薬草を調合してできた薬を与えればいいか判断できるくらいだ。

 彼女の力とは似ているようで少し違うことも分かっている。だが、誰かのもとで修業を積むしかないと思ったのだ。

 それに、

「お嬢、もうすぐ日も暮れますし、今日はここで休みましょう。すぐに食事を用意しますんで」

「そう? ありがとう。エリセオの作るものは美味しいからね、楽しみにしてるわ」

 ふふ、と微笑んだテオフィアの笑顔に、エリセオの心臓がどくんと音を立てた。

 テオフィアは男から奪い取った麻袋を地面に置き、腰にぶら下げたポーチから麻縄を取り出し、男の両手と両足を手際よく縛っていく。

 荒っぽい動作なのに、どこか美しい。エリセオがうっとりとその様子を見つめていると、「なに?」と首を傾げられた。それに対し、何でもないと慌てて首を振る。

「ふうん? おかしな子ね」

 言いながら、テオフィアは奪ったナイフで男の服を切り裂いていく。ある程度布を手にしたところで、ぱちん、と指を鳴らせば、そこから飛び散った火花により火が付いた。

 それを持ったまま、周囲に落ちていた枝をかき集めてそこに火を移していく。

「火は起こしたから、早くご飯作って」

 甘えるような声に、また顔が赤くなる。裏返った声の返事と共に、エリセオは調理器具を用意した。

※専門学校在学中の課題「世界に多数存在する神の力を借りて、魔法を使う世界」に加筆・修正したものです。

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