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13:冬の夜に

 暗闇の中を舞う雪が、獣の気配すらない深い森に静かに降り積もっていく。普段ならば森の中心で月明かりを映し出す湖も、今は厚い氷に覆われていた。

 その湖畔で温かな明かりを零すログハウスの入り口に、緋色のローブを纏った人影があった。

 力強く繰り返されるノックの音に、暖炉前の安楽椅子に腰かけていた青年は「遅かったね」と呟きながら立ち上がった。

「やあ、お帰り」

 扉をあけながら微笑みかけると、ノックをしていた体勢のまま固まっていた人影は転がり込むようにログハウスへ入り込んだ。冷たい風で室内が満たされる前に、と青年は静かに扉を閉める。

「せめて『ただいま』くらい言ってくれたっていいじゃないか」

「寒くてそれどころじゃなかったの」

 コートとマフラーを脱ぎ捨て、暖炉の前で猫のように丸まった背中から返ってきた声は、外気にさらされていたせいか微かに震えている。

 その肩に毛皮を被せながら、「お仕事お疲れ様、ベルギッタ」と呼びかける。ベルギッタと呼ばれた人影は、面倒くさそうに緩慢に振り返った。

「どこもかしこも雪だらけ! 村の中には屋根近くまで埋もれてるところだってあったんだからね」

 癖のある樺色の短い髪を撫で、ベルギッタは暖炉に手をかざした。雪に触ってきたのだろうか、指先はほんのりと赤く染まっている。

 青年は再び安楽椅子に座り直し、傍らの机に置いていた用紙を手に取る。

 白い部分など見えないほどにびっしりと書き込まれているのは、付近の村に住むゼロ歳から十二歳までの子供の名前である。

「仕事は全部終わったんだね?」

「イクセルが呑気に火に当たってる間に」

 不貞腐れたような口調に、イクセルと呼ばれた青年は苦笑した。

「ごめんね。脚が治ってれば僕が行ってたんだけど」

 言いながら、イクセルは自身の右足を撫でた。若葉色のズボンの裾から覗く足首には、痛々しく包帯が巻かれている。

「……それはそうと。はい、これ。回収してきた分ね」

 ベルギッタは腰にぶら下げていた小さな麻袋を、イクセルの膝に向かって放り投げる。

 袋の中に詰め込まれているのは、片方だけの靴下だ。

「こんな事までしてきてくれたの? ありがたいなあ。家の人たちに何か言われた?」

「今年はお兄さんじゃないのねって。あと、お疲れ様って」

 立ち上がったベルギッタは袋を掴み、入っていた靴下を一つずつ丁寧に床に並べて行った。大きさも色も、何もかもが違う靴下は、木目の床を鮮やかに彩っていく。

 その中の一部には、手紙と思しき丸められた紙が入っていた。その一つを引き抜き、ベルギッタは小さく咳払いし、声色を変えて読み上げた。

「神様へ。たくさんのオモチャが欲しいです――可愛らしいお願いねー」

 微笑ましげに目を細めたイクセルは指を組み、「そのお願い、叶えたよね」と頷いた。

「確かその子のところには、積み木を置いてきたんだよね?」

「ありったけのね。ご両親にも感謝されたよ」

 ふふんと誇らしげに笑ったベルギッタは、絨毯の上に座り込んだ。

 森の奥に住まう二人は、森の近辺に構える幾つかの村の子供たちに贈り物を届ける役割を担っていた。毎年冬の冷え込みが厳しくなったころ、眠りについた子供たちに内緒で家を訪れ、枕元に掲げられた片方だけの靴下と交換にプレゼントを置いていくのだ。

 かつてはイクセルの祖父が「子供たちの笑顔が見たいから」と始めたことだったのだが、それは息子に、そして孫へと受け継がれていった。

 彼に協力するベルギッタは数年前の夜、その「神様」に会ってみたいと隠れて起きていた。その際にイクセルと親しくなり、毎年この時期に贈り物を準備する手伝いをしている。

「大変だったろう、お疲れ様。来年はちゃんと僕が行くから」

「別に嫌じゃなかったし、楽しかったし。それに、今は傷を治す事だけ考えててよ」

 数日前、付近の村に買出しに行ったイクセルは、帰り道で獣に襲われた。それにより右脚を負傷し、歩くたびに痛むようになっていたのだ。

 その様子では到底一夜で村々を回り切れないだろうと判断したベルギッタは、自ら代行を買って出たのだ。

「それが治ったら、プレゼントに喜ぶ子供たちの顔でもなんでも見に行きなよ」

「その時はベルギッタも一緒に行こうね」

 柔らかく微笑んだイクセルは手を伸ばし、ベルギッタの頭を撫でまわした。

 一回り近く歳が離れているせいか、彼は時折こうして、まるで妹と接するかのようなスキンシップを取ってくる。

 どこか子ども扱いされているように感じながらも、ベルギッタは頬を染めつつ頷いた。

※専門学校在学中の課題「ショートショート」を加筆・修正したものです。

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