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「ということですよ、兄上」
夜になり、トーマスが戻ってくるなりクリストファーが報告してきた。
「それで?」
「兄上の感想はそれだけなんですか?」
「当たり前でしょ。ヘルゲさんが一緒なんだから。ヘルゲさんの言葉を借りずにそこまで考えられる方だったら、私は忠誠を誓えたかもしれないんだけどね」
「ですから、雇用面は研究所を出たときから考えていらっしゃると」
「クリス、お前は甘すぎる。この地区はどれくらい危険なのか分かっているのか? 皆、夜になれば一箇所に集まって休む。そうしないと安心できないんだよ。
誰一人笑うことを忘れた地域だ。その人たちに雇用面だけで笑って生きていけると思っているのか?」
トーマスはあえて厳しいことを指摘した。
「この地域の戦犯は、大抵帝都から来た上官に反論した人たちだよ。たったそれだけで腕を使い物にされなくなって、家族を養えなくなる。だと女性はそういうことをした輩に身体を売る羽目になる。そして、反論した人間はどこか遠くへ行かされる。そうやって子供たちだけが残ってしまう。孤児院も役にたっていない。何せ陛下の息がかかっている。
どうすればいい? 答えは簡単。スラムで孤児だけで生きていくんだ」
「あに……うえ……」
「だから私はそういった人たちを雇ったりしている。だからここの通いの方たちは年齢が低いんだよ」
言葉を失ったクリストファーにトーマスは尚も厳しい言葉を投げつけた。
「研究所の人たちだけは帝都から来てるけどね。数人ここの私学を出た人たちを来年から雇えそうだよ。そうすれば帝都からの干渉を今以上に減らせる」
「干渉?」
「そう。結果だけを求める頭でっかちな馬鹿共さ。自分の手柄のように言ったってどうしようもない。自分たちだけで宇宙開発をやっていると思っているしね」
現在宇宙開発はどの国でも力を入れている分野でもある。
トーマスも以前は関わっていたが、こちらに赴任してからはどちらかと言えば武器の開発が多くなっている。
そして、現在帝国が進めている宇宙開発の基盤を作ったのはトーマスだ。そのままトーマスがいれば大丈夫であったが、近々破綻するだろう。
それを知っていて黙っているという意味では、トーマスも犯罪者といえた。
その性格を熟知しているのが今一緒にいるクレールのみである。
トーマスの行う実験に「失敗」はほとんどない。
その時点で怪しいのだ。
それでも、帝国側はただひたすら喜んでいる。
今までの成果はトーマスが遥か昔に、別の男の人生で覚えたものばかりだからだ。
あの時代は、失敗だらけだった。その失敗の経験があるからそこ、現在のトーマスは失敗せずに行っているに等しいのだ。
神聖シャン・グリロ帝国には昔、二つの皇族の姿があった。
一つは現在の皇族。もう一つはエメラルドの瞳を持つ皇族である。
エメラルドの瞳を持つ皇族は、皇族を降り、臣下へとなった。
争いを避けるためである。
そして、エメラルドの瞳を持つ皇族には誰にも言えぬ、秘密があったのだ。
生前の記憶を持つ、いわゆる「記憶持ち」である。
それ故、栄えることが出来たが、それをもう一つの皇族に疎んじられたのだ。
だからこそ争いを避けるために臣下になったに過ぎない。
その家の筆頭がヴェルツレン家である。
久しく「記憶持ち」が産まれてこなかったため、トーマスが産まれてきたときは両親が大層驚いたそうだ。
それ以上にトーマスの兄、ヘンリーがその知識を聞きだすという暴挙に出たため、両親は尚更頭を抱えることになったが、トーマスはヘンリーの思いやりが嬉しかった。
以来、トーマスが開発する様々な特許は「ヴェルツレン公爵家縁の研究所」が発表し続けた。
その特許により、ヴェルツレン家は尚更潤うのだから、設備投資にも力を注げる。そうすればもっと開発が進み、尚更潤うといういい意味での循環が出来ていた。
いまや、民衆の生活にすらヴェルツレン家の特許は行き渡っている。