8
一応、バークス公爵領としてシャン・グリロ帝国に認められることになった。
だが、色々と問題はあった。
まずはゴドフリーが提出した領地分割に駄目出しが入ったのである。
帝国側の言い分としては、研究施設のあるところはゴドフリー=バークスが直接治めることが「最低限」の命令として、不毛地帯をヴェルツレン家に押し付けるよう提案してきたのだ。
さすがにゴドフリーが直訴に行こうとしていたのを、クリストファーが止めていた。
「兄上はそれでいいと言っております。逆にその条件を飲むとのことです」
「何故?」
これはクリストファーも不思議でならなかった。だが、トーマスはそれについて何も答えようとしなかったのだ。
「……憶測ですけど、雇用促進でしょうかね」
ジェイムズが事も無げに言う。
「雇用促進?」
「えぇ。ヴェルツレン家が統治すると決まった場所に何もないでしょう? まずは人を雇って寝場所の確保、そのあとヴェルツレン家の住居を作った場合、どれくらいの日数で人を雇えると思います?」
その言葉に全員がはっとした。
「トーマス殿はそこまで考える人ですよ。……まだ十五歳だとは思えない発想です」
「分かった。陛下のお言葉通りにすると伝えておくよ」
「……兄上……」
クリストファーはここにいない兄を思った。
同じ両親の血をひきながら、何故もここまで違うのだろうかと。
あの大人びた視線の先に何があるというのか。
トーマスはいそいそと、帝国に報告していない研究の移動を始めていた。
こればかりは、帝国に渡すわけにはいかないのだ。
おそらくこれを手にしてしまったら、帝国は世界へ宣戦布告、そして全てを滅ぼしつくすだろう。
トーマスにとってこの研究自体、別の意味を持っていた。
とある集団の孤立である。
全世界の中枢におそらく関わっているであろう、「奴ら」は常にこの世界に緊張をもたらしている。
その存在を知ったのは、わずか五歳の時だった。
あまりにも自然すぎる「偶然」だったのだ。
両親にも、当時公爵であった祖父にも伝えることが出来なかった。
ならば、ひとりで戦うしかないと思ったのだ。
誰が敵で味方など分からない。
それ故、誰にも知られること無く、この研究を続けている。
――ごきげんよう。エメラルドの瞳を持つ、「記憶持ち」のお坊ちゃま――
そう、声をかけられたのは七歳の時だった。
既にトーマスは「奴ら」に目をつけられたということだった。
――何のこと?――
――流石はヴェルツレン家のお方だ。驚きもしない――
声をかけてきた男は上機嫌そうな声で答えてきた。
――あなたをスカウトしに来たのですよ。我々と一緒に来ていただければ、研究費はあなたの思い通りに出させていただきます。そして以前作り得なかった「方舟」を成功させることも可能です――
嫌な連中だ。どこでそれが漏れた? そして誰に言っていないはずの「以前の記憶」を突き止めているのが怖かった。
七歳児にしては珍しく、「ぎゃん泣き」をして周囲を驚かせ、それ以降、接触は絶っていた。
両親に「記憶持ち」であることがばれたのも、同じ時期である。
というより、気がついていたんだそうな。祖父が。
流石「狸爺」といわれる公爵なだけある。そうトーマスは評価した。
そして、それ以降ずっと特許をヴェルツレン家の名前で取っている。
祖父は昨年引退し、何故かこの領内にやって来た。
そして、居るのがあの不毛地帯である。
これを知っているのはトーマスだけだ。
逆にいいかもしれない、こうなったら狸爺をこちらも利用してやろう、そう思ったのだ。




